п»ї 社会現象化したノルウェーの幽霊退治『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第18回 | ニュース屋台村

社会現象化したノルウェーの幽霊退治
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第18回

11月 06日 2015年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

私はこれまでの旅行を通じて北欧を怜悧(れいり)で合理的で剛直なイメージでとらえていた。実際オスロ、ヘルシンキなどを歩いても猥雑(わいざつ)さ、不潔さを感じさせる場所がない。無菌化されたまじめさが印象に残る。そんな地域に起きている似つかわしくない社会現象を伝えるこの米紙ニューヨークタイムズの記事に目を引かれたのである。

アメリカがシェールガス発掘によって中東依存脱却の方向にあることと併せ、他国で自国の若者を戦死させることを厭(いと)い、世界の警察としての役割放棄への転換を見せている。

中国は共産党独裁下での経済成長維持のため、日本を含む近隣諸国との軋轢(あつれき)を生じさせながらの難しい国内世論のかじ取りと外交を図っている。一方、欧州では欧州連合(EU)分裂の危機、難民受け入れ問題を抱えている。イスラム圏ではもちろん過激派組織「イスラム国」(IS)の無法ぶりが脅威である。日本では国民への説得が不十分なまま安全保障の新しい仕組みを見切り発車させ、いわゆる普通の国へと大きな方向転換を始めている。そんな流動的で不安定な世界にあって、環境保護、社会保障制度、新しいライフスタイルなどの点でこれまで世界を先導してきている北欧でさえも変動の埒外(らちがい)ではないと思わせる近時世相の一部に興味を抱いたのである。

以下は、Norway Has a New Passion: Ghost Hunting、New York Times(ノルウェーが今、新たに取り憑< つ>かれているもの ―― ゴーストハンティング 2015年10月24日 ニューヨークタイムズ アンドリュー・ヒギンズ)の抄訳である。

◆「神は外出中で、幽霊たちがその留守を固めている」

ノルウェーのモスという町の郊外の豪華ホテル、レフネスゴッズ(Refnes Gods)には家具類が収納されている塔があるが、地元にはそこに幽霊が出ると信じている人たちがいる。

[ノルウェー、モス発、ニューヨークタイムズ] 南ノルウェーの旅行会社のマネジャーであるマリアンヌ・ハーランド・ボグダノフという名の女性は多くのヨーロッパ人同様、クリスマス以外には教会に行くことがなければ神の存在にも懐疑的である。

しかし、一連の不可解な出来事――原因不明のコンピューター故障、異様なにおいと騒音、そして頭痛に悩まされ続ける社員――がその旅行会社の一階で出現し始めるに及んで、超常現象に対する根深い疑いをひとまず心の中にとどめておこうと考えた。コンピューターの専門家、電気技術者、そして配管工たちすべての原因究明努力がことごとく不首尾に終わって、彼女はついに死者との意思疎通が可能と自称する占い師の力を借りることになった。果たしてその結果、社員たちの頭痛や他の問題もすべて消えたという。

「占い師がどのように解決したのかは分からない」とボグダノフ女史は言い、さらに、彼女自身および彼女の部下たちが姿を見ることはできなくても、その存在を感じて怖がるようになった幽霊をオフィスから取り除いた経緯を思い起こしてこう付け加えた。「全く不思議です」と。
その旅行会社の別の社員、ヘーゲ・サンドトロ・クルースは一連の経験を「すごく不思議で興味深くそして気味が悪い」と表現した。同時にその占い師のしたことに効果はあった。:それが何だったのか分からないが何かがここにあったであろうと、確かに信じている。そして今やそれはなくなった。私は今こう話していても完全な狂人になったわけでもないと信じている。

幽霊あるいは少なくともそれが存在すると信ずる風潮は何世紀にもわたって我々の身近に存在し続けてきたのであるが、かつては、ヨーロッパにおける迷信や宗教を科学に基づいて乗り越えようとする運動の冷徹な先導者であった、高度に宗教色排除主義国のノルウェーのような国にさえ特に強力な賛同者を見る状況に至ったのである。

現地での教会では概して人をまばらにしか見かけないし、世論調査結果でも神の存在は安定して低下傾向にある一方で、幽霊、精霊の存在または少なくともそれらに惹(ひ)きつけられる現象は高まりつつある。法により福音ルーテル教会への帰属を定められているノルウェー王室のファミリーでさえ精霊にどのように接触するべきかの手ほどきを女王に指南する人々をはべらせて、幽霊とのいわばつながりを持ったりしているのである。

「神は外出していて、幽霊たちがその留守を固めている」と述べるのはオスロにあるノルウェー神学校の助教授兼メソジスト教戒師であるロアー・フォットランド氏である。シグムンド・フロイト、カール・マルクスとその他の神学者たちが予言したような宗教を徐々に消滅させてゆくのではなく、現代の風潮は宗教的感情を予期しなかった方向に仕向けただけのことである、とフォットランド氏は述べた。

「神、あるいは少なくともキリストの存在を信ずることがすたれてはいるものの霊の存在を信じる人々は増えている」と氏は加え、それが前近代期の宗教の在り方が広く復活している傾向の一部を表すものと論じている。(抄訳続く)

◆人々の関心を引き付ける心霊ストーリー

道路関連技術者でノルウェー人道主義協会の会長を務める熱心な無神論者でもあるトム・ヘダーレン氏は、一般的に宗教がまだ辛うじて命をつないでいる現在、霊的なものが合理的な近代の人間の心を捉えるようになったのはペテン師たちが人々の恐怖心にうまく付け込んでいるにすぎないのだと唱える。

「惑わされないでおこう」を全国スローガンに掲げる人道主義協会は「神や伝説の巨人(北欧伝承の)あるいはサンタクロースなどの存在を信じない(と、まじめに公言している)」。そして、「最後にはあらゆる宗教が死に絶える」と言い添える。

そうなるとしてもまだ先のことであろう。心霊ストーリーは人々の関心を引き付け、既に10季目の放映に入った題名「霊のパワー」というテレビ番組の意外な人気に火をつける助けとなっている。その番組は日曜ごとに約50万の人々が見入るのであるが、その視聴者の数は国の人口が510万人に過ぎず、ノルウェーで普段教会に行く人の数の倍に相当することを考えると巨大な数字である。

その番組のプレゼンター、トム・ストロムネー氏は「我々はノルウェー教会よりも大きな存在だ」と豪語する。 彼は「白いシーツを被り黒い目をした生き物」である 幽霊など信じないとはいう。だが当初、超常現象についておよそ疑っていた彼ではあるが目に見えない、あるいは理解できない力がこの世の中にあるとの考えには行きついた。

「超常現象をすべて単純にたわいもないこと、と決めつけるのは大変難しい」。「物理学の法則では説明がつかない」ことが起きた多くの家庭を訪問したいきさつに詳しく触れて、「何かある。本物だ」と述べた。

何百人もの視聴者が、占い師参加のもとで進行される当該番組に、家や職場が呪われているので助けて欲しいと投書している。「これだけ多くの人たちすべての頭がおかしいはずがない」とストロムネー氏は言う。

異常なことを信じるのがブームになるなか、オスロは11月に「もうひとつの万博」と銘打ち、チベットの、眼をみてその人の心を読む術者、ニューエイジの水晶玉塊集(かいしゅう)者や何百ものその他の代替信教実践者たちを招くオカルト大会を主催する予定である。(抄訳続く)

◆説明不能なことの説明のために持ち出される幽霊

こともあろうに裁判所までもが誰の眼にも見えない現象に白黒を決める騒ぎに引っ張り出されている。2年前、オスロから北に160マイル(256Km)に位置する町、ヴィンストラで、ある家の購入契約を済ませた某氏は当該家屋が呪われている、と信ずるに至り、契約の破棄を試みた。幽霊が出没することを事前に知らされるべきであったというのが論拠である。

裁判所の決定は購入契約書の言い分にもかかわらず契約履行を求める内容になった。判決は、売り主は「そもそも存在していると一般的に受け止められてはいない」何かが実在することを事前開示する義務を負わない、とするもの。裁判所の見解は「申し立てられた、幽霊の形態で現れた不思議な出来事は問題の不動産の欠陥基準を満たすものでない」というもの。

今ひとり幽霊の存在を大いに疑っているのは。ノルウェー国立図書館所属の民俗学者で幽霊史について著作のあるヴェレ・エスペランド氏である。彼は述べる。「我々は説明不能なことの説明のために幽霊を持ち出す」。そして、「幽霊とは理解できない物事に対し与える名称である」と。彼は、それを見た、触知した、と言い張る人々の心の持ち方を映し出しているのであり、そんな人たちは自ら、人間の想像が及ばない隔絶された存在がありはしないのだということを証明してもいる。幽霊たちはまた、特定の場所に複数で出現するのが常であり、これは彼らが姿を現すのが、信じさせうる説得力が強い小さな地域空間であることとつながっている、と加える。(抄訳続く)

◆市が「ゴーストツアー」企画も

モスではあまりに多くの幽霊ストーリーが存在するので、その市庁では「ゴーストツアー」を企画し、それを率いるのはかつて“呪われた”旅行社で勤務し、今や“幽霊退治”サービスに時間当たり800ノルウェークローネ、米ドル換算98ドルを稼ぐプロの霊媒師となった女性、ヴィベッケ・ガルナアス氏である。

19歳のマーチン・オルメンと22歳のビルギッテ・Kは幽霊に遭遇したという。マーチン・オルメンは形跡を求めて幽霊出没の地域を旅し、発見したとする証拠のビデオを――それらはいつも何も映し出してはいないのだが――インターネットに投稿している。

「霊体エネルギーに場を立ち去るよう説得はするが、彼らも我々人間同様自由意思を有している」と前置きし、「(幽霊退治が)成功することを確約することはできない」と彼女は述べた。

もう一人の地元ゴーストバスターは、モス生まれで19歳の科学専攻の学生、マーチン・オルメンである。彼は、幽霊は簡単な器具で測定可能な電磁の脈拍を発信していると信じている。マーチン・オルメンは、考えを同じくする若い友人たちと共に証拠を求めて幽霊出没の地域を旅し、証拠のビデオを――それらはいつも何も映し出してはいないのだが――インターネットに投稿しているのである。

彼は言う。「周りの人たちが、いつもこんなふうに言い切ることは良くないことで悲しいことだ。:すなわち、見ることができないものを信じることはできない」と。(抄訳続く)

◆教会の無力化で放置されている精神的渇望

ルーテル教会派の牧師でかつて神学の講師であったアリルド・ロマーハイム氏は、教育水準が高い無神論者あるいは神の存在、不存在のどちらも断言できないとする不可知論者たちが幽霊は存在すると確信していることは“現代主義の矛盾”と解説する。――それは教会の無力化に伴い放置されている、生来人間が持つ精神的に充足した生活への渇望、を満たすための古来の信仰が復活していることを表すものであると。

彼が言うには、幽霊を信じることは、大多数のノルウェー人が正式に所属するルーテル教会派内においても顕著となったので、牧師が信者からお化け屋敷の悪霊除去の依頼を受ける場合に備え、いわゆる“お化け退治祈祷儀式”を取り入れたのである。

これまたモス所在のウン・ボーン・ツベイトは、町の旅行案内所のマネジャーの仕事を始めるまで、いかに彼女が幽霊の存在を信じることなくまたそれを考えたこともなかったかを思い起こしている。その旅行案内所ではドイツ語の案内書は他のものがなくなった後、常にいつも一番目立った場所の陳列物として残っていることに常に気づいており、それはモスを訪れる旅行者のほとんどがドイツ語を話さないので不思議なことであった。

2013年に彼女がそのことを他の社員に持ち出したところ、彼らも同じことに気づいていたという。「幽霊とすぐに結びつけたわけではないが、これは普通の理屈では説明できない」と彼女は言った。

彼女の話であるが、幽霊をテーマとするテレビ番組から派遣された占い師は謎を解明したと言う。:1940年から50年の間、ナチス軍によるノルウェー占領期に当該の建物でかつて働いたことがある、ドイツ兵の霊がいまだその場所に残り、陳列の配布パンフレットにいたずらを続けていたのだと。

「そこにいた存在を、お化け、霊あるいはほかの何と呼ぼうとも、死んだドイツ兵はもうとにかくどこかに行ってしまったのだ」とツベイトは続けた。(以上、抄訳終わり)

※今回紹介した英文記事へのリンク
http://www.nytimes.com/2015/10/25/world/europe/for-many-norwegians-ghosts-fill-a-void.html?_r=0

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