п»ї 経済とは何のためにあるのか『教授Hの乾坤一冊』第4回 | ニュース屋台村

経済とは何のためにあるのか
『教授Hの乾坤一冊』第4回

8月 30日 2013年 文化

LINEで送る
Pocket

教授H

大学教授。専門は環境経済学および理論経済学。政府の審議会の委員なども務める。「知性は、セクシーだ」が口癖。趣味は鉄道(車両形式オタク)。

ご記憶の方も多いと思うが、昔「くたばれGNP」という言葉がはやった。大手新聞の連載記事のタイトルになり、人々の共感を大いに誘ったのだ。1970年のことである。当時日本経済は高度経済成長の末期にあたり、公害や働き過ぎ、所得格差などのさまざまな歪みがあらわになった時期であった。多くの人が、もうこれ以上経済成長を追い求めても幸せにはなれないのではないか、GNP(国民総生産)うんぬんで経済を語っても意味がないのではないか、と思い始めていたのだ。

あれから40年以上が経った。用語がGNPからGDP(国内総生産)に変わったものの、同じ問いは依然として生きている。GDPの成長を追い求めることによって人間は幸せになれるのだろうか。この問いにはっきり「ノー」と答えたのが、ジョン・デ・グラーフ/デイヴィッド・K・バトカーの『経済成長って、本当に必要なの?』(早川書房、2013年)である。

◆経済成長追い求めずとも国は栄える

著者たちは、ヨーロッパ経済や過去のアメリカ経済などと比較して、現在のアメリカ経済に批判的な検討を加える。確かに、アメリカでは市場を中心に一部の企業は栄え、金融システムは高度に発達した。そのおかげで巨万の富を得る者もたくさん出てきた。余計な規制を取り払い、市場を活用すればGDPは増加し、才能があり努力するものが稼げる社会になる。アメリカンドリームは健在というわけだ。

しかしその一方で、アメリカでは貧困が蔓延している。失業は常態化していて、多数の人々がフードバンク(包装面の不備から市場に出せないが、品質上問題のない食料品を無償で生活困窮者に供給する制度)の世話になる。貧富の格差は広がる一方だ。

仕事があったとしても、長い労働時間の割には生活に安定感がない。それもそうだ。いつレイオフされるかわからないわけだし、いったんレイオフされたら再雇用される保証もない。また誰でも低額で医療サービスを受けられるような医療保険はまだないから、おちおち病気にもなれない。有給休暇や育児休暇すらないのだから、子育ても大変だ。

いくらGDPが大きく成長したとしても、これでは幸せを感じないのではないか。金融商品がたくさん売れ、また兵器や銃がたくさん売れることによってGDPが増えたとしてもそれで人間は幸せと言えるだろうか。環境を保全しないままGDPを大きくしたとしても人々は幸せにはなれないのではないだろうか。

「そんなこと言ったって……」と反論する人も多いだろう。GDPが大きくなれば分配すべきパイが増えるのだから良いではないかと。また経済の成長はその国の活気を表すものでもあるから、成長は良いことだと。しかしGDPを大きくするための社会的コストは耐え難いほど大きくなっているかもしれない。それに、パイの分け方が不平等だったら成長が必ずしも良いこととは言えないだろう。

著者たちはGDPの成長を追い求めずとも国は栄えることができ、また人々は幸せにもなれると主張する。ほんの少し市場に制約を加えるだけで良いというのだ。たとえばスウェーデンやオランダを見てみよう。アメリカのような市場万能主義的政策は採られておらず、社会民主主義的政策が採られている。税は高いものの、社会保障は行き届き、人々が安心して生活を送ることができる。

オランダのワークシェアリングも特筆すべきものだ。雇用を確保するために、一人ひとりの労働日数は短縮される。こうして仕事をより多くの人とシェアするのだ。確かにワークシェアリングによって個々人の給料は下がる。しかしその一方で余暇は増えるために、家族とともに過ごせる時間は増加し、人生を楽しむ機会も増える。このバランスシートは明らかにプラスの方向に傾く。

著者たちの主張を裏付けるものがもう一つある。それはアメリカの歴史そのものなのだ。セオドア・ルーズベルト大統領からフランクリン・ルーズベルト大統領に至るまでの時代、民主党か共和党かに関わらず、現在と較べるとリベラルな経済政策が採られ、市場に一定の制約が課されていた。

それだけではない。市場の機能不全を補完するために、政府が経済に積極的に介入した。市場が万能と思っていた政治家など少なかったのだ。こうしてアメリカは栄えた。

◆健全な精神「アメリカの良心」

今のアメリカは随分変わってしまったと著者たちは嘆く。だが、政府が賢く市場に介入することによって軌道を修正することが可能だとも主張する。そのための具体的で現実的な処方箋も書かれている。

多少スウェーデンやオランダなどの西欧諸国を美化し過ぎているきらいはあるものの、著者たちの主張はおおむね説得力があり、ほとんどの内容がうなずける。具体的施策が書かれている点も、著者たちがいかに建設的な態度を持っているかを示している。そして、何よりも、不正を憎み不平等な社会を憎む著者たちの健全な精神がそこここに表れているのが清々しい。久々に「アメリカの良心」を感じた一冊であった。

コメント

コメントを残す