п»ї 習・田母神の共通認識と安倍の立ち位置『山田厚史の地球は丸くない』第15回 | ニュース屋台村

習・田母神の共通認識と安倍の立ち位置
『山田厚史の地球は丸くない』第15回

2月 17日 2014年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

前回のコラムで東京都知事選に立候補した田母神俊雄・元航空幕僚長が「安倍首相と私は国家観・歴史観が同じ」と強調して選挙に臨んでいることを書いたが、その田母神さんの応援演説に、なんとNHK経営委員になったばかりの百田尚樹氏が立った。「南京大虐殺はなかった」ばかりではなく「東京裁判は米軍の残虐行為を隠すための裁判だった」と街頭でぶち上げ、歴史認識問題はNHK問題へと燃え広がった。

◆愛国心を刺激する中韓との緊張関係

NHKでは籾井勝人会長が就任会見で、従軍慰安婦を「戦争している国ではどこでもあった」、国際放送について「政府が右というものを左というわけにはいかない」と発言し、NHKトップの資質が問題になった。

百田氏と同時に経営委員になった長谷川三千子氏も物議をかもした。朝日新聞の社長室で拳銃自殺した武闘派右翼の野村秋介氏を「神にその死をささげた」「天皇は神である」「彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた」と追悼文で称賛したのである。

安倍政権が誕生した解放感か、右翼バネが一気に弾けた様相だ。これまで隅にいた右派が、政治のど真ん中に躍り出た。経済停滞が生活不安を増幅し、中国や韓国との緊張関係が愛国心を刺激する。内向きのナショナリズムとポピュリズムが入り混じってこんな雰囲気になるのだろうか。日本にいると何となく納得するが、国外の眼には異様に映るようだ。

「日本は戦後体制を否定しようとしているのか」。そんな疑念を米国や欧州のジャーナリストから向けられる。日本は平和国家として再生し、自由と民主主義を尊重して成長してきた。路線は変わりようがない。そう思うのが普通で、安倍首相も国会で答弁している。

◆世界の空気が読めない首相

ところが中国・韓国ばかりか米国や欧州でも「日本は危ない」と心配している。ダボス会議で安倍首相は、外国メディアとの会見で「日中関係が軍事衝突に発展する可能性はないか」と問われた。

「今年は第一次大戦から100年。当時、英独は大きな経済関係にあったにもかかわらず第一次大戦に至った歴史的経緯があった」と首相は語り、その上で「ご質問のようなこと(軍事衝突)が起きることは日中双方にとって大きな損失であるのみならず、世界にとって大きな損失になる。そうならないようにしなくてはならない」と発言した。

欧米メディアは一斉に反応。「安倍氏は現在の中国と日本の間の緊張状態を第一次大戦前の英独の対立関係に明示的になぞらえ『同じような状況だ』と述べた」(英ファイナンシャルタイムズ)と報じ、大騒ぎになった。

日本政府は「通訳が『同じような状況』と言葉を補ったことで、誤って伝わった」と報道を否定、通訳の責任にして火消しをはかった。だが、問題は首相の受け答えにある。「軍事衝突はないか」という問いは、日本を疑っているのだ。言下に「軍事衝突はあり得ない」と答えるべきだった。

経済関係がありながら戦争になった第一次大戦は歴史的な大失敗で、それを例に日中を語るのは評論家ならともかく、政治家がやることではない。挑発的と見られる。疑われているのだから、明確に否定するのが政治家の態度だ。首相は世界の空気が読めていない。

靖国神社に参拝を強行するのも、空気が読めないからだ。米国までが「失望した」と声明を出した。「国のために戦った方々に祈りをささげるのは、世界のリーダーに共通する姿勢だ」とダボス会議でも語ったが、友好国からも「建前発言」と見られている。「靖国参拝は戦後レジームからの脱却を目指すもの」という田母神氏の説明に真実味を感じるだろう。

東京裁判を否定する百田発言には、米国務省が反論した。「非常識だ。米政府は、責任ある地位にある人物が地域の緊張をあおるような発言を控えるよう努めることを望む」と駐日大使館はコメントした。

長谷川氏の文章に至っては「天皇人間宣言の否定」である。戦後体制を否定する面々を公共放送の中核に送り込む安倍首相の行動は、建前で飾った言い訳を虚(うつ)ろなものにしてしまう。

◆日本の孤立化を欧米に働きかける中国

習近平氏が率いる中国は「日本は戦後秩序を否定しようとしている」と日本の孤立化を欧米に働きかけている。日本にいると「なんてことを」と思うが、習近平氏と田母神氏の言い分はピッタリ一致している。「日本の本音は戦後レジームの否定」とやがて国際社会は見るかもしれない。そうなれば戦後日本が築いてきた信用が失われるだろう。

籾井会長も、百田・長谷川両経営委員も「個人の考えと公的立場を分ける」と表明し幕引きをはかったが、そのような考えの人が公的立場に就いたという事実は消えない。安倍さんはどう考えているのだろう。

侵略戦争であることを認め反省を述べた「村山談話」、従軍慰安婦に詫びた「河野談話」。二つの談話を踏襲すると言いながら、本心は田母神、百田、長谷川の三氏に近いのだろう。首相としては戦後秩序を認める。個人としては認めたくない。そんな人が日本のリーダーで高い支持率を得ている。日本はどこに向かうのだろうか。案外その国の正体は、外から見た方が分かりやすいのかもしれない。

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