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考えて、考えて、考え抜こう!
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第29回

9月 19日 2014年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住16年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私が統括するバンコック銀行日系企業部では、新入社員が入ってくると、私が自ら60~70時間のレクチャーを英語で行う。もちろん提携銀行から受け入れている日本人出向社員も例外ではない。毎回たくさんの課題を出し、その発表を英語でやらせることにより、恥も外聞もなく英語を使わなければいけない状況に追い込む。もちろんテーマは日系企業部の商品やタイの法律であったり、実務に基づくものであったりする。

もう何年もこうしたことをやってきているが、提携銀行からの出向者の反応を見て、「やっぱりか」と思う現象がいくつもある。それは「自分の仕事についてざっくりとした知識しか持ち合わせず、深掘りされていない」ことである。

具体的には「自行の商売の特徴を十分理解しておらず、顧客に対して『お願い業進』しかしていない。また顧客のニーズを自分の頭で整理していないため、顧客のメッセンジャーに成り下がっている」ということである。

一緒に働く仲間に対して大変失礼な言葉を使ってしまったので、彼らの名誉のために私は以下のことも申し添えたい。

それは「彼らは各銀行のエリートたちであり、頭も良く、今までも一生懸命勉強し、仕事をして実績を上げてきた」ということである。しかし残念なことに、「徹底して考える癖」と「他者の存在を認知すること」は習ってこなかったようだ。

◆「5 Why & 1 How」

私のレクチャーでは、新入社員に対して「 5 Why & 1 How(5回の『なぜ』と1回の『いかにして』)を身体の髄まで染み込ませようとしている。

毎回出題する宿題に対して、5回の「Why」で彼らを問いつめていく。すると物事は極めて単純化して見えてくる。ここまで来ると、判断は常識を使って出来る。「How」の回答は簡単に出てくる。

ところが頭の良いと言われている人ほど、物事をわざわざ複雑に難しく表そうとしている。こうした時に5回の「Why」で問いつめていくと、実は単純なことが全くわかっていなかったということに気付くのである。

また、頭の良い人間ほど物事を複雑化することにより、自分が判断を行うことから無意識に逃れようとしている。一方、異なった他者の存在を認知できないのは、民族・宗教・言語・社会などがほぼ同一化された日本ならではの特徴である。

全く異質な他者の存在がないために他者に対する興味がない。このため、論理構成は他者の存在を無視した自己中心的なものになりやすい。

この点、米国の一流大学では徹夜してディベートの授業が行われる。このディベートの授業では、自分の信条や価値観に関係なく仮定の条件が設定され、その立場に立った時の論理の正当性を主張していかなければならない。そして勝った者が「正義」を手に入れるのである。

こうした形で決まる「正義」については、是非もあろう。しかしディベートを通じて米国の大学で学ぶ人たちは、考える癖がついていく。また、違った立場や前提に立つ人間が存在し、その人間は異なった思考体系や結論を持っているということを、実体験させることで認識させていく。

残念ながら日本の教育プログラムの中には、こうしたカリキュラムがほとんど存在しない。これを少しでもわかってもらおうというのが、私のレクチャーである。

◆米国で体験した倒産がらみの係争案件

ここで、私は知っている「考える人」の事例を紹介したい。長い人生の中で、私はこれまでに多くの「考える人」にお会いした。今回ご紹介するのは米ロサンゼルスで法廷弁護士として活躍されているスティーブ・ブルーム氏である。

彼は「ストリートファイター」と呼ばれ、あらゆる手段を使って徹底的に相手をやっつける法廷弁護士である。1990 年以降、私は東海銀行ロサンゼルス支店次長として米国企業取引を統括していた。

当時、全米最大手のカタログ販売会社D社が会社更生法を申請し、私はメーン取引銀行の担当者としてスティーブ弁護士たちと共にこの処理に当たらなくてはいけなくなった。

これ以前に勤めていた米国のファイナンス会社で労働法に関わる係争事件の経験があったものの、倒産がらみの係争案件は日米を問わず、私にとって初めての経験である。

更に、私たちを震撼(しんかん)させたのは、D社が東海銀行と全面的に争う姿勢を見せたことである。当時は米国でレンダーズライアビリティ(貸し手責任)という言葉が脚光を浴び始めた時期であり、この貸し手責任を追及したら当代ナンバーワンというA弁護士がD社の選定弁護士となったのである。

このA弁護士は大柄な容姿で見た目も押し出しが強く、かつ弁舌に優れていた。陪審員を前に、とうとうと銀行の悪らつなやり方を披露して陪審員の同情を買い、銀行を連戦連敗に追いやっていった。米国の銀行を相手にして負けなしである。

当時「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言われ、アメリカ人から妬(ねた)まれていた日本の銀行ではとても勝ち目がなさそうに思えた。貸した金が返ってこないどころか、更にいくら賠償金を取られるかと心配する者まで現れた。

これに対して、スティーブ弁護士は「米国の裁判は時間と金と知力をつぎ込んだ者が必ず勝つ。すぐにゲームプランを作ろう」と我々を励ました。とにかく勝つことが重要であり、勝つためにはあらゆる手段を考えるのである。

米国の裁判システムには州裁判所と連邦裁判所があり、こうした破産関連の裁判は通常、州裁判所に回され陪審員制度が採用される確率が高くなる。

まず、入り口から争うこととした。「東海銀行は外国銀行である」という理由から、本事案は連邦裁判所が適当であると申し出て、判事による裁判が認められたのである。この決定により、A弁護士が得意とする陪審員裁判を避けることが出来た。

次にスティーブ弁護士が採った策は、裁判所によって選定されたB判事の経歴、人脈、過去の判例を徹底的に調べ上げ、B判事への対応策を検討した。B判事は「極めて真面目で、非論理的な議論が嫌いである。また自分の論理展開に自信を持ち、頑固でプライドが高い」という結論になった。

こうした特徴を踏まえ、法廷では、スティーブ弁護士の同僚で冷静沈着かつ記憶力の良いゲーリー・キャレス弁護士に任せることにした。ゲーリー弁護士は被告人尋問において、最初たくさんの質問を脈絡無く矢継ぎ早にしていく。

後半になると、この脈絡の無いと思われた質問の回答を次々につなげていき、回答の矛盾点を暴きだしていく。こうすることにより、D社側が「いかに不誠実で、いい加減な対応をしてきたか」という印象をB判事に植え付けていく。

一方、A弁護士はB判事を前にして銀行悪者論を得意の弁舌で行うが、感情に訴えようとするもので、B判事のテイストに合わない。B判事は時々、A弁護士の発言をさえぎり自分の考え方を説明するが、A弁護士はその説明を頭から否定してしまう。プライドの高いB判事の顔はみるみる赤くなっていく。

法廷での審議が始まった後も私たちは定期的に作戦会議を開き、現状分析と対策を次々に打った。「現在我々が持っている有効カードは何があるのか?」「相手側はどんなカードを持っているのか?それは我々のカードより強いのか?」

それはさながらポーカーゲームのようである。カードを切るタイミングを間違えると、そのカードは有効に使えない。一方で、有効なカードを増やしていく必要もあり、私たちは古い資料を読み込み、相手の過去の失点を洗い出したりした。

更にスティーブ弁護士は法廷審議開始後、私とD社社長の昼食会を2カ月に1回程度設定。弁護士抜きでのパイプの維持を私に求めた。

英語の不得意な私にとってD社社長との差しでの昼食会は大変つらいものであった。「下手なことをしゃべれば裁判で利用されるかもしれない」という恐怖感の中で毎回昼食会を行ったが、努めてにこやかに振る舞うよう心掛けた。

しかし、この昼食会の後は必ず面談記録を作り、スティーブ弁護士たちと検討会を行った。D社社長の発言の裏に何かの兆候が無いかと、常にブレーンストーミングを行った。

◆知力を尽くして闘う

幸いにもスティーブ弁護士の作戦により、法定闘争は私たちに有利に進み始めていた。こうした中で、D社は起死回生策として、私の証人喚問を要求してきた。私たちとしては避ける手立てはない。

しかし私が日本人であるために、通訳をつけることになった。また、通訳がつく証人審問であるため、かなり時間がかかるという理由でスティーブ弁護士はB判事抜きの証人審問を提案。これが承認されたのである。

いよいよ証人審問当日。私は緊張してその場に着いた。証人との癒着を避けるため、当日になって選定された通訳とお会いしたが、英語は出来るが金融については全くわからない人である。

A弁護士の質問に対して私が日本語で答えるが、これが通訳を通じてちんぷんかんぷんな回答となってしまう。最初は私もまずいと思い、通訳の英訳を自分で直したりしていたが、相手側はもっと混乱をしている。通訳を通した回答からはまともなものが出てこず、まるで禅問答。更に通訳を介して時間がかかっているため、相手側はじれまくっていた。

6時間ぐらい経過した頃、売れっ子のA弁護士は他の係争案件に行かなくてはならなくなり、途中で審問が終了してしまった。後にこの事実を知ったB判事は、A弁護士の態度に激怒。裁判は決定的に我々に有利になった。

この後、D社は私たちと争う姿勢を取り止め、「なるべく多く東海銀行に返済を行おう」という態度に変わった。最終的にはD社と和解し、最小限の損失に抑えることが出来た。

私は、この係争でスティーブ弁護士と共に働いたことにより、「知力を尽くして闘う米国の裁判闘争」を経験出来た。裁判が始まる前に彼の言った「時間と金と知力をつぎ込んだ者が必ず勝つ」というのは正しかったのである。一方で、自分の立ち位置、相手の状況、判事の性格などを徹底して分析して、的確な判断が出来たからの勝利である。

どんな目標、どんな状況においても「考えて、考えて、考え抜く」ことを行えば、必ずや結果が伴ってくると思っている。私のもとで働く人たちの中から何人こういう人が育ってくれるか楽しみである。

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