「高市疑惑」追わない官邸記者
記者クラブ「特権」は誰のために
『山田厚史の地球は丸くない』第315回

6月 12日 2026年 政治, 社会

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

高市早苗首相の「悪あがき」は、目を覆うばかりだ。誰が見ても「詰んでいる」のに、「秘書は、自分の声かどうか確認できないと言っている」などと、「関与」を認めない。

昨秋の自民党総裁選では小泉進次郎氏や林芳正氏をこき下ろす「ショート動画」が大量に出回った。1月の衆院選では岡田克也氏ら中道連合の重鎮を貶(おとし)める動画が「落選運動」のような効果を発揮し「高市大勝利」へと導いた。

動画を作成した人物が明らかになり、高市事務所の公設第一秘書と打ちわせてばらまいた、と認めた。関与を裏付けるZOOM会議の音声まで公開された。権力の座を得るため「汚い手」を使った疑いは濃厚だ。

首相は「関与していない」と言う。ならば、潔白を証明する証拠・事実を示すのが政治家としての責任だろう。出来ないから、逃げまわっている。すくなくとも、そう見える。

高市首相は、そこまで追い込まれているというのに、新聞やテレビが踏み込んだ報道をしていないのはどうしたことか。日々、首相の動向を追っている首相官邸の記者から「高市早苗と中傷動画」のニュースが発信されないのはなぜだろう。

◆番記者からは首相に不都合な情報は出てこない

この事件は週刊文春が暴いた。きっかけは、暗号資産(仮想通貨)「SANAE TOKEN(サナエトークン)」をめぐる仲間割れらしい。動画を制作したのは、松井健というネット起業家だ。「高市早苗の支持者」とかで、ライバル政治家を中傷する動画で、恩を売り、首相の名を冠した仮想通貨を売り出してひと儲(もう)けしようとしたが、高市側が手の引き「サナエトークン」は暴落した。そんなこんなで松井氏と高市事務所の間に軋轢(あつれき)が生じたようだ。

週刊誌と新聞は、報道への姿勢がかなり違う。週刊誌は、独自に問題を発掘し、深掘りして伝える媒体だ。取材を積み上げ、違法を立証できなくても、怪しげな事案については「疑いあり」と踏み込んで世に問う。

週刊文春のスクープは「仲間割れ」した一方の当事者から、ZOOM会議画像や交信したショートメールを入手して、疑惑を報じた。

新聞は、数百万部の発行部数を抱え、日々の出来事をいち早く報道することを目指す。「正確さ=間違えがない」を重視するので、確証が取れない微妙な問題には慎重だ。

今回の事件は、週刊文春が入手した動画やメールが本物か確認できず、「疑い」だけでは記事にできない。そこで、双方の言い分や国会でのやり取りを通じて、「疑惑」を間接的に報じている。だから迫力がない。

だが、そうした媒体の特性だけで「権力者の疑惑」への報道姿勢を語るのは不十分だと思う。

もっと大きな違いは、情報源や取材先が違うことだ。新聞やテレビは官庁や産業界、政界から地方自治体まで取材網は広く、仕事の拠点は記者クラブである。

日々の報道は、役所・警察・政党・企業などの発表情報を足掛かりにしている。取材先と良好な関係が欠かせず、この「信頼関係」が批判的な報道の足枷(かせ)になることが少なくない。

週刊誌は、記者クラブに入れない。いきおい内部告発者や退職官僚、元秘書など組織の枠外に取材先を求める。発表情報に頼らないから、相手が嫌がる話題に切り込むことができる。

「中傷動画の拡散」は、その特性の違いが明確に出た。事件は高市事務所、自民党、首相官邸が舞台だ。大手メディアでは政治部記者の領域だが、番記者からは高市首相に不都合な情報は出てこない。

◆顔なじみの記者相手の「なれ合い会見」

高市首相については周辺から、さまざまな批判が上がっている。国会で答弁に立つことを嫌がる。自分の意見を述べるのは達者だが、人の話を聞かない。追及されるとムキになる。持論にこだわり、政府の基本方針から踏み出した答弁をしがちだ。

台湾有事になったら自衛隊の出動もあり、という「はみ出し答弁」で日中関係を険悪化したのがいい例だ。首相官邸は、できる限り首相を答弁させないよう取り計らっている。

同じことが記者会見でも起きている。高市首相の「記者会見嫌い」は有名で、あとで説明するが、このことが記者クラブの政権監視を弱体化させている。

高市政権になって記者会見がめっきり減った。ここ3か月、正規の記者会見は開かれていない。代わりに、少人数の囲み取材「ぶら下がり」が行われている。

官邸の出入り口で待機する番記者の前で、首相が立ち止まって二言三言コメントする。あれが「ぶら下がり取材」だ。参加できるのは官邸に常駐する内閣記者会のメンバーだけ。時間は短く1、2問で広報職員が「終わり!」と打ち切る。これを会見の代替に使うのが高市首相のやり方だ。

5月29日の官房長官会見でフランス人記者が問題にした。「最近の記者会見は、記者の人数が限られ、質問の制限があった。高市総理は記者会見をどう考えているのか」。

25日に行われた「2026年度補正予算について」という首相会見は、「ぶら下がり」と称して常駐の番記者だけに限られ、質問も「全社で1問」に限定された。

冒頭10分間は高市首相による説明、これを受けて「1問だけというので」と幹事社がガソリン補助金やナフタの供給不安、補正財源などをまとめて1分だけ質問。再び首相が紙に目を落としながら7分間、説明した。18分間の会見で17分が「高市の独演」だった。

官邸会議室にモニターを持ち込んで資料を説明、記者は着席して聞いた。どう見ても囲み取材ではない。「ぶら下がり」と称して官邸記者会以外の記者を排除し、顔なじみの記者を相手に「なれ合い会見」を行った、という格好だ。

◆記者の思考を権力者に同化させる官邸

フリーの記者から「我々も参加できる会見にしてほしい」と要望が出たが、木原稔官房長官の答えは「首相は多忙であることを理解してほしい」「会見のやり方については記者会で話し合い、要望があればこちらに伝えてください」だった。

「多忙」を口実に短時間の会見や質問制限を正当化し、「文句があれば記者会に言え」というのである。

では、官邸に常駐する内閣記者会(首相官邸記者クラブ)は、高市首相の「記者会見軽視」をどう考えているのか。内部事情に詳しい記者に聞くと、「内閣記者会はフリー記者や外国特派員のために会見参加の枠を広げる、ということはしないだろう。そうした意見はあるが、記者クラブの総意にはならない」という。

官邸の常駐記者(内閣記者会)は、会見時間が制約されても困らない、と言うのである。フリー記者や外国特派員など常駐できない記者は、公式な記者会見がないと取材機会を失うが、記者クラブの記者には、他に取材機会はいろいろある。

毎日、午前と午後に官房長会見があり、午後の会見が終わると、別室で「裏懇談」に移る。表の会見は、政府の公式コメント。「裏コン」は記者と官房長官の内緒話で、背景説明や、政策の意図や見通しなど本音めかした解説がオフレコで行われる。

官邸には首相秘書官、補佐官、官房参与など政策に携わる政府高官がいる。常駐記者は「囲み(複数取材)」「差し(単独)」などさまざまな形で情報にアクセスできる。こうした情報注入で記者の思考を権力者に同化させる。官邸の望む方向で記事を書く記者を大事にし、同調回路が働かない記者は干され排除される、という仕組みだ。

情報をエサにメディアを取り込む。記者の取材競争を逆手に取ってメディアを分断統治する。それが官邸のメディア戦略である。

◆恩を売って見返りもらう「与党記者」

高市首相が追い込まれても、官邸から「首相に不利な情報」が出てこないのは、官邸のメディア支配が成功しているからだ。

高市会見を問題にしたフランスの公共ラジオ放送局ラジオ・フランスの西村カリン記者は「クラブの記者は排他的な特権を官邸から与えられているので、開かれた記者会見など考えていない」と憤る。

フリーや外国特派員に平等な取材機会を与えることに強く反対しているのが、官邸の広報室だ。外部記者を入れれば、首相に厳しい質問が飛び出し、記者会見が制御不能になることを恐れる。

「内閣記者会でも、今の会見のあり方でいいと思っている記者ばかりではない。外部に開放しようという意見もあるが、官邸上層部の意を忖度(そんたく)する特定の社が反対してまとまらない」。時事通信・朝日新聞で政治記者だった脇正太郎氏はそう指摘する。脇記者は、ネットニュース「メディアウオッチ100」で「忖度派の代表は読売新聞だ」と名指しし、「忖度派の振る舞いについては固有名詞を含めて暴くことが必要だ」と主張している。

筆者は駆け出し記者のころ先輩から「記者会見は権威・権力を持つ相手に記者が束になって問いただす場だ。頑張って質問している記者がいたらライバル社であっても応援しろ」と教えられた。

友人の読売の記者は「記者会見では質問するな。いい答えを引き出しても他社と共有される。大事な話は裏で聞け、と言われている」と話していた。「新聞と一口に言うが、社によって考えは違うものだな」と感じた。

「記者クラブは結束して権力者に迫る場」、という捉え方は正しいが、現実は「取材先を会見で問い詰めるなど愚の骨頂。大事なことは後でこっそり聞けばいい」という対応をする記者は少なくない。

記者は取材競争を強いられている。官邸広報の意に沿って動き、恩を売ることで見返りをもらう「与党記者」になったほうが権力情報は入りやすい。それが官邸報道の現実だ。

読売新聞は「憲法改正私案」を公表し、安全保障政策を提言する有識者会議にグループ本社の山口寿一社長が参加するなど社を挙げて権力に寄り添う姿勢を鮮明にしている。

高市首相になってからは「解散総選挙決断」をスクープした。メディアと権力の「表裏一体」がどんどん進んでいる。

◆権力者の支配の道具になった内閣記者会

読売に限らず、内閣記者会は官邸に部屋を持ち、出入り自由の記者証を与えられ、存分な取材機会がある。「この特権を手放せない大手メディアは官邸の意向に逆らえない」。フリーの記者たちは口をそろえて言う。

官邸に記者室を持ち、記者証を与えられ、自自由な取材ができるのは、「官邸からのサービス」なのか。この特権は、「国民の知る権利」を支えるために国民から授かったものではなかったのか。

「授かりもの」が、いつのまにか既得権となり、権力者の支配の道具になった。

特権には毒がある。頼りすぎることでメディアは独自の取材力を失っていく。権力者が提供する情報に依存し、やがては体制翼賛へと靡(なび)きかねない。

高市疑惑を追わない官邸記者、記者クラブを優遇し常駐記者以外を差別する官邸、会見を減らされ質問を制限されても抵抗しない記者クラブ、権力ににじり寄ってご褒美をもらうメディア……。

「野党弱体化」は、国会だけの光景ではない。(文中一部敬称略)

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