姪たちのスクールホリデー
シドニーの冬景色点描(その2)
『四方八方異論の矛先-屋台村軒先余聞』第30回

7月 27日 2026年 国際, 社会

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元記者M(もときしゃ・エム)

元新聞記者。「ニュース屋台村」編集長。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は5年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。

東京の梅雨が明けた7月20日、シドニー市内の公立学校はスクールホリデー(冬休み)が終わり、翌21日からTerm3(2学期後半に相当)が始まった(ニューサウスウェールズ〈NSW〉州の公立学校は4学期制〈Term 1〜Term 4〉を採用)。妻は10人きょうだい(女5人、男5人)の長女で、シドニーには姪(めい)が7人住んでいる。冬休みは2週間ほどだったが、その間にも7人には色々な出来事があった。今回はその中からいくつか取り上げ、オーストラリア社会の一断面として紹介する。

◆大学進学体験イベント

妻のすぐ下の妹の一人っ子の娘は今年、大学進学をめざすハイスクールの12年生(日本の高3に相当)。7月21日からTerm3が始まり、9月23日に卒業式を終えるといよいよ大学受験の季節本番だ。12年生は最後のTerm4(10月半ば~12月)に入ると、授業は数週間で終わり、残りは登校せずに自宅でひたすら受験勉強に専念することになる。

冬休み期間中の7月8、9の両日、この姪が第1志望にしているUNSW(NSW州立大学)で高校生を対象にした進学体験イベント「On-Campas Days」があるというので、その初日に姪に付き添ってUNSWに出かけた。

この大学を志望する高校生がキャンパスを訪れて学部ごとの体験授業や研究室の見学、現役の学生と交流する催しだ。UNSWは同じ名門で伝統あるシドニー大学と比較されることが多いが、UNSWのキャンパス内には近代的な建物が並び、研究やイノベーションへの意欲が強く感じられた。

姪が体験授業に出席している間、私はその授業をガラス越しに外から見学したり、公開されている研究室を回ったりした。ちょうど半世紀前に大学に入学した私の場合、革マル派学生による学費値上げ闘争で構内がロックアウトされたり、タイ領内のインドシナ難民キャンプでボランティア活動をするために休学したりしていたので、在籍した4年間のうちきちんと通学したのは2年半ほどだった。

志望していたジャーナリズムの世界に運よく入れたものの卒業後も、今もってそうだが、重層的かつ俯瞰(ふかん)的視野を持つための基礎となる知識や情報の集積という点で大学在学中の勉強不足を幾度となく痛感し、後悔してきた。UNSWの構内でその苦い思いが自らの学生生活への懐かしさもない交ぜになって怒涛(どとう)のごとく押し寄せるように蘇ってきた。

◆「狭き門」をめざして

豪州と日本の大学受験で決定的に違うのは、豪州の場合、高校の成績がとても重要で、大学ごとの入試はなく、浪人という概念がほぼない点だ。また、大学受験と言っても、日本のように「1〜3月に入試」という形ではなく、NSW州の場合「10〜11月に州共通試験(高校最終試験)を受け、12月に結果が出て大学合格が決まる」というイメージだ。

州共通試験は日本の「センター試験」に近いが科目は選択制で、評価は学校内成績と州共通試験の両方で決まる。これによって各自の全国での順位(ATAR=Australian Tertiary Admission Rank、大学入学共通指標)が算出される。ATARは点数ではなく 0.00〜99.95 の「相対的な順位」で大学入学の合否に使われ、全国の高校生の中での「順位」を示すものだ。例えば、「ATAR 90」なら「全体の中で上位10%」に入っているということだ。

今年の州共通試験は10月13日〜11月5日の18日間に設定されている。受験科目は「ユニット数」で数え、文系なら10ユニット、理系なら12ユニットが一般的だ。

各大学とも入学に必要な「最低ATAR」を設定していて、難関校として名高い、この日付き添った姪が第1志望にしているUNSWの工学部なら「ATAR 93前後」、同じく名門のシドニー大学の経済学部なら「ATAR 96前後」といった具合である。いずれも「狭き門」には違いない。

受験生は自分のATARをにらみながら、大学出願を一括して管理しているUAC(Universities Admissions Centre、中央出願センター)に出願する。これは日本の「大学入試センター出願システム」に近い。志望大学を最大5〜8校まで登録でき、ATARが基準を満たせば大学から「オファー(合格)」が届く仕組みだ。豪州の大学進学希望の高校生の約7割がこのルートを使うという。

12月に最初の合格発表日があり、そこで早々と第1志望に合格して受験戦線から悠々と撤退する者がいれば、滑り止めの大学を確保したうえでより上位の大学を目指して翌年1月の合格発表日を待つ者もいる。最も多くの合格者が出るのが1月の発表日だ。

豪州の国内学生の大学進学率は45〜50%程度とされ、このうちNSW州の大学進学率は50〜55%前後で、豪州内では最も高い。NSW州は、大学の数が多い▽都市部の進学率が高い▽高所得層・移民家庭の教育投資が大きい――などの理由が挙げられる。

豪州国内の大学は計43あり、内訳は公立37、私立6と、公立が圧倒的に多い。このうち難関5校(Top5)として、メルボルン大学▽シドニー大学▽モナッシュ大学▽オーストラリア国立大学▽UNSW――が数えられている。姪は「On-Campas Days」への参加をきっかけに、UNSWへの進学にいっそう強く憧れるようになったという。

受験勉強の気分転換をしたかったのか、姪から先日、「ウォーキングに連れていって」と言われ、シドニー東郊のマルーブラからクージーまでの海岸線沿いの約10キロをいっしょに歩いた。白波が高くて荒く、風がかなり強くて冷たい、シドニーにしては珍しく曇天のまさに冬の日だったが、彼女は強風に抗(あらが)うように、時には前のめりになりながら黙々と歩いた。その後ろ姿を見て、来年再びシドニーに来た時、姪はいったいどんな表情で迎えてくれるだろうかと思った。

◆猛勉強の末、憧れの大学で学ぶ

私が豪州の大学受験制度に関心を持つきっかけになったのは、昨年9~11月にシドニーに滞在していた際に、妻の一番下の妹の2女がまさに大学受験の真っただ中にいたからである。

この姪は私の滞在中の最終盤まで昼夜が逆転するほどずっと机に向かい、ようやく顔を合わせることができたのは、州共通試験をすべて終えた後のことだった。

それまでは、私のお気に入りのウォーキングコースの一つであるシドニー南郊のクロヌラ半島に行く途中にある妹の自宅の近くを通っても、勉強の邪魔になってはいけないと思って立ち寄らなかった。また、夕食に誘われて訪れても姪の勉強部屋がある2階には上がらず、1階のリビングでも大きな声を出さないようにするなど、家中がピリピリする中でとにかく細心の注意を払った。

州共通試験の期間中は、妹から私に「きょうは得意科目の現代史の試験で、本人はよくできたと余裕の顔で帰ってきた」とか「きょうは苦手の数学で、浮かない顔で戻ってきた」などと頻繁に連絡が入った。私は自分の娘や息子の受験の時の緊張がにわかに思い出され、「一喜一憂せず最後まで精いっぱいやり抜くように勇気づけてやって」と励まし続けた。

州共通試験が終わり、帰国前に姪に会ったら、ストレスと不規則な生活がたたったのか、頬にいくつも紅(あか)い吹き出物があって痛々しく、口数も少なく、私の知る陽気な笑顔がすっかり消えていた。国やシステムは違っても、若者が自ら選んで通らなければならない大学受験という難関の厳しさは同じだと感じた。そして姪は州共通試験後の12月、大学受験前に両親からプレゼントとして約束されていた2週間の日本旅行のため来日し、東京や京都、大阪での観光を楽しんで帰国した。

姪の第1志望はシドニー大学経済学部だった。12月の最初の合格発表日には残念ながら、大学から「オファー(合格)」の連絡は届かなかった。落胆していたようだが、滑り止めにしていた別の複数の大学から「オファー」が届いていたし、「やるべきことはやり尽くした」という満足感もあってか、2度目の日本を十分満喫した様子で帰国していった。

そして迎えた、今年1月の合格発表の日。彼女や家族全員が待ちに待ち焦がれていた「オファー」が、ついに届いた。

晴れてシドニー大学経済学部の1年生になった彼女は今回、私がシドニーに到着した6月半ばは前期試験の期間中だった。「不得意な数学に苦戦した」というが、試験終了後は後期が始まる7月27日までの休暇(mid-year break)の間、自宅近くの雑貨店で週3回アルバイトをしている。

7月半ばの日曜、今年1月にオープンしたシドニーの新しいフィッシュマーケットで半年ぶりに再会した。爪をネイルアートで飾り、化粧をした彼女はサーモンやマグロの刺身、すし、ロブスターの炒め物などに臆(おく)することなく箸(はし)を伸ばし、見ているこちらが気後れしそうなくらい、実に食べっぷりがよかった。そして、昨年12月の訪日の時のことや大学生活について笑顔いっぱいに話してくれた。

姪は私との約束を覚えていてくれた。私は姪にシドニー大学に合格したら、ぜひキャンパスを案内してほしい、と伝えていたのだ。「おじさん、キャンパスを案内するから楽しみにしていてね。後期が始まったら連絡するから」。

私は7年前にシドニー大学の庭園のような構内を歩いたことがあるが、まさか姪に案内されながらまた歩けるとは思ってもみなかった。記念に、大学の売店で大学の紋章とロゴが入ったウォーキング用のショートパンツを買おうと思う。

◆白衣を脱いでコンサル業界へ

難関への挑戦はなにも大学進学に限ったことではない。就職戦線も然(しか)り、である。

豪州の大学新卒採用市場の全体像を概観すると、「やや売り手市場だが、分野による差が大きい市場」という。日本のように「学生が一斉に就職活動をして企業が一括採用する」仕組みではないため、日本人がイメージする売り手・買い手市場とは少し意味合いが異なる。2025年は企業の新卒採用が前年より約15%減少したが、26年に入って採用は持ち直している。求人はコロナ禍前より依然として高い水準で、求職者数もそれほど増えていないため、「新卒が極端に就職できない」という状況ではないという。

妻の一番下の妹の長女(前述のシドニー大学経済学部1年の姪の姉)は7月から社会人1年生として働き始めた。が、妹夫婦に言わせると、こうなるまではハラハラドキドキの毎日で、彼女は会社訪問や面接で20社近くを回り、周りの友人が次々に内定の通知をもらう中でなかなか決まらず、心底すっかり疲れ果て泣いて帰ってくる日もあったという。

長女はUNSWで生化学を専攻。Honours(オナーズ=研究学年)でさらに学んだ。豪州の大学は基本「3年制(Bachelor=学士)」が中心なので、「Bachelor(3年)+ Honours(1年)= 4年制の高度学位 」という扱いになる。

彼女が就職先として選んだのは、国際会計・コンサルティングファームのネットワークのオーストラリア拠点の会社である。監査、税務、経営アドバイザリーを中心に幅広い専門サービスを提供していて、シドニーに本社を構え、豪州国内13都市にオフィスの持ち、従業員数3000人、パートナー数350人という国内トップクラスのコンサルティング会社である。

私は、彼女は大学での専攻を生かして、てっきり研究職にでも就くのかと思っていたが、本人曰(いわ)く「卒業後も白衣を着て仕事をするのはイヤ。毎日好きな服装でビル街をさっそうと歩き、いろいろな分野の人とビジネスの話をしてみたい」。めざすは「聡明で有能なビジネスパーソン」というわけだ。

豪州の就職活動は日本と全く違い、「Graduate Program(新卒採用プログラム)」が年1回だけ」という仕組みである。採用の一般的なスケジュールは、2~4月に応募開始▽5~9月に選考▽9~11月に内定▽翌年2~3月入社という流れだが、7月入社枠もある企業もあり、姪の場合はこのケースに当たる。

日本のように「4月一斉入社」は存在せず、企業ごとに入社時期が異なるのが特徴だ。このうち選考は、オンラインテスト→グループ面接(ケーススタディー、グループワーク、プレゼンなど)→役員による最終面接、へと進んでいく。

本人によると、内定を勝ち取った理由は「よくわからない」が、彼女がUNSWで専攻した生化学は、豪州では人気の高い理系専攻という。本人の後付けの理由では、(必ずしも身についているかどうか本人も定かではないが)分子生物学・細胞生物学の知識や実験デザイン・データ解析、統計・科学的思考などがコンサルティング業界での基礎能力として評価されたのではないか、という。

彼女が働き始めた会社の案内を見ると、この会社は近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)、サステナビリティー、ヘルスケア関連アドバイザリーを強化していて、生化学のバックグラウンドは環境リスク評価やヘルスケア領域の案件で強みになり、研究者は複雑な内容を分かりやすく説明する訓練を受けているため、クライアント対応でも評価されるらしい。

働き始めたばかりだが本人に気負った様子は微塵(みじん)もなく、「今のところ上々」ということらしい。入社直後に本人に再会したら、黒髪を茶色のまだら模様に染めていた。「あんなのでホントに会社は受け入れてくれるの?」と、真顔で妻に話したら、「それこそ偏見よ。求められているのは中身でしょ」と、冷たい顔で軽くあしらわれた。

かつて新入社員の採用や教育の現場に立ち会ったことがあるが、いまもって偏見に凝り固まり、すっかり時代遅れになってしまったのだろうか。社会に出たばかりのこの姪の姿を見て、日本の企業の最近の採用の現場をのぞきたくなった。

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