山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
拙稿の前回第316回「『皇統は男系男子』の時代錯誤 高市人気が『愛子さま』に敗れる日」で取り上げた「皇室典範改正案」がなんと、きょう(7月10日)の衆議院本会議で可決されるという。
空転国会が再開される10日、「改正案」は議員運営委員会にかけられ、その日のうちに本会議に緊急上程、採決するという。熟議どころか、議論さえない。天皇制の根幹に関わる議題の審議がこれでいいのか。
◆隠された「皇室典範改正」の本質
改正法案は、自民党のベテラン議員からも問題視されている。
「欧州の王室では長子が男女を問わず継承権を持つ。なぜ日本だけが男系男子なのか理解できない」(村上誠一郎前総務相)
「政府の改定案は『国会の総意』を逸脱している」(船田元・元経済企画庁長官)
野党からは「政府案には、正副議長のとりまとめに無いことまで書かれている、だまし討ちだ」という声さえ上がった。
だというのに、与野党は「国会正常化」への取り引きに「皇室典範改正」を使った。自民党は、野党が反対する議員定数削減法案を取り下げる代わりに、審議に応じることを求め、野党は応じたのである。再開される審議で、真っ先に取り組む法案として「皇室典範の改正」が押し込まれた。
定数削減法案は、民主主義のルールを根幹から揺るがす問題法案であり、野党がこぞって反対するのは当然だが、悪法を取り下げるため、衆院野党は「皇室典範改正」を差し出てしまった。
自民党は、与党仲間の日本維新の会が強く求めた議員定数削減を放棄してでも、皇室典範の改正にこだわった。「皇族の頭数を増やす」ことが目的なら、こうも急ぐ必要はない。それを「最重要課題」と位置付け、強引に成立をはかったのはなぜか。ここに「皇室典範改正」の本質が隠されている。
前回も書いたが、今回の皇室典範改定の大きな柱は
①皇族は旧宮家から男系男子を養子に迎えることをできるようにする。養子には皇族に資格をあたえないが、養子に男子が生まれたら、その子は皇族となり皇位継承権を持つ
②女性の皇族は、民間人と結婚したら皇族ではなくなるが、この規定を削除して、結婚後も皇族にとどまることができる
この2点だ。どちらも「皇族の数を増やすための策」とされているが、中身は複雑で、表には出さない「裏の意味」が込められているように見える。
◆「養子案」の弱点は「政治利用リスク」
特に、問題視されているのが、「養子の息子」に皇位継承権を持たせたことだ。皇室が外部から養子を迎えることは、これまでも議論されてきたが「適当ではない」と退けられてきた。
小泉純一郎内閣は2004年、有識者会議を設置して「安定した皇位継承」の仕組みを模索した。その中には「旧宮家の男子を養子として迎える案」もあったが、採用されなかった。
理由は「国民の理解をえるのは難しい」ということだった。旧宮家の人々は、戦後皇室を離れ、すでに60年(当時)一般国民として生活している。いまさら皇族に戻ることへの違和感はぬぐえない。養子となる本人の自由意思をどのように確認するかも容易では無い。
座長だった吉川弘之氏は後年、「精神的な継続性を守るには養子案は弱いという結論だった」と述べている。民間から、国民になじみのない男性が皇室に入り、天皇の後継候補だ、と言われても、国民は「ハイそうですか」と応じにくい、ということだろう。
懸念は、これだけではない。表では語られてはいないが、「養子案」の弱点は「政治利用リスク」にある。
現実に養子を取る事態を想像してみよう。真っ先に焦点となるのは「誰をどこの養子にするか」である。政治力を持つ「誰か」が天皇の血筋に介入する余地が生まれる。キングメーカーになって、皇室の権限を自らの権勢の道具に使う、という動きは歴史を見れば、いくらでもある。「お世継ぎ」と政治は、切り離したい。養子は危な過ぎる。
◆国会の取りまとめにはない仕組み
「結婚後の女性皇族」も問題を孕(はら)んでいる。皇族には姓がない。結婚すれば夫の姓となり、住民基本台帳に載る。ということは皇族の戸籍である「皇統譜」から外れる。
さらに、夫や子供には皇族の資格は与えられない。結婚した女性皇族が皇室に残留するのは公務を分担する「お手伝い」をするためだが、身分は「一代限りの準皇族」のようなものだ。見逃せないのが、男子が生まれても皇族にはならない、ということだ。もちろん天皇のお世継ぎ候補にはなれない。
仮に愛子さまが民間人と結婚して、男の子が生まれたとしても、天皇にはなれない。天皇は「男系男子」という縛りがある。愛子さまの男児は、天皇の直系ではあるが「女系(愛子さま)の男子」。つまり「女系天皇」は認めない、というルールによって「天皇候補」になれない。
今回の改正は「皇族の数を増やすための措置」として「お世継ぎルールに踏み込まない」という議論の枠を設けた。それは方便で、裏で「外からの養子を認め、男子が生まれれば天皇になれる」という「国会の取りまとめにはない仕組み」を作った。
「女性天皇・女系天皇を認めるか」という一番大事な議論を封じたことで「皇統は男系男子で」という旧来のルールは延命した。
皇室典範の改正は、戦後初めてのことだ。小泉内閣で有識者が打ち出した「女性天皇・女系天皇を認める皇室典範の改定」は、皇室ルールの現実に沿った合理的なものだった。しかし、秋篠宮家に男児が生まれたことで、法律改正に至らず「幻の答申」となった。
今回の改正は、「秋篠宮、その長男・悠仁さまへの皇統は揺るがせにしない」という但し書きがついている。お世継ぎは、悠仁さままで決まっているから、愛子さまが天皇になる目はない、と言っているのに等しい。
このルールは30年をめどに見直すことになっているが、その時、愛子さまは54歳だ。
自民党やその集票組織となっている日本会議など保守勢力が目指した「男系男子による皇統の維持」は、かろうじて死守された。しかし、これで国民の支持を受ける皇室になるのだろうか。
◆政府案に批判的な新聞メディア
世継ぎ候補を男系男子に限定すれば、頭数が足らない。女性を皇統から排除しておいて「お世継ぎが危うい」と騒ぐのもおかしな話だが、男系男子の頭数をそろえるために「男子を旧宮家から」という禁じ手が持ち出された。
血筋にこだわる保守派が、600年も前に天皇家から別れた旧宮家を今さら担ぎ出すのも陳腐だが、女系・女性天皇だけは認めたくない、という強い思いがあるようだ。
この考えは「国民の総意」とかけ離れたものであることは明らかだ。各種世論調査で明らかになったのは、国民の70%程度が「女性・女系天皇」を認めているということだ。
メディアの論調は、「男系男子」を維持しようといる政府案に批判的だ。朝日新聞は「皇室典範改正の暴走 このままの成立は許されない」(7月10日付)という社説を掲げた。毎日は「立法府への背信行為だ」(7月1日付)、日経も「皇室典範の改正案は再考を」(7月1日付)。地方紙もおしなべて政府・自民の「暴走」を批判する論調が目立つ。政府の方針に同調する論調が多い読売新聞も「女性・女系を排さず議論し直せ」(7月1日付)という手厳しい社説を掲げた。
政府案を支持するのは産経くらいで、読売・産経が手を組んで政府・自民党の政策を支える、という構造が崩れた。日経も含め、新聞メディアが筆をそろえて政府の方針を問い直す、というかつてない事態が起きている。
◆ツッコミどころ満載の政府案
会期末の国会が、脱兎(だっと)の如く「改正皇室典範の成立」へと動いた背景には、民意の動向がある。
皇室典範という言葉になじみのない庶民も、どうやらこの問題はお世継ぎ問題に絡むものである、と気付き始めた。政治や国会の動きに関心がない人たちも、「愛子さまの将来」とも関係する事柄には耳を傾ける。お世継ぎルールは難しくてよくわからないが、新聞がこぞって反対しているなら問題なのだろう、と考える人たちは少なからずいる。
時間の経過とともに波紋は広がる。もともと、政府案はツッコミどころ満載だ。とても国民の総意など得られるものではない。そのことは、自民党が一番よく知っている。
審議再開で参議院は特別委員会で皇室典範を議論することになった。自民党は「テレビ・ネットの中継なし」を審議の条件に挙げた。皇室を巡る議論は「静謐(せいひつ)な環境の中で」という理屈づけで、議論の公開を閉ざしてきた。密室の「ヒソヒソ話」で決めてきた、ということだ。
国民に聞かれてはマズイことがあるのだろうか。
そのことを明らかにしたのが「愛子さまが天皇になったら結婚相手がいなくなる」という中曽根弘文参議院議員の発言だ。自民党の憲法改正実現本部長でもある重鎮が、身内の講演会で「結婚すれば男の子を産まなければならない重圧にさらされる」などと軽率な発言し、顰蹙(ひんしゅく)を買った。
慌てて訂正したが、こうした感覚は自民党内では珍しいことではない。そんな実態が世間の目に晒(さら)されることを恐れたのだろう。
◆麻生氏は「二つの宮家」の親戚筋
そうした中で注目されるのが自民党副総裁の麻生太郎氏の動向だ。党の「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」のトップを務め、与野党協議にも参加し、「今国会で必ず改正を実現する」と繰り返し発言してきた。
メディアは、高市首相誕生を後押しした麻生副総裁が皇室典範改正の推進役と見ている。その麻生氏の実妹の信子さまは、三笠宮の妃となっており、三笠宮が亡くなってから宮家を代表している。独身の長女も皇族として宮家を興し、麻生氏は妹と姪による「二つの宮家」の親戚筋に当たる。養子案がまとまれば、「麻生銘柄」の宮家が、養子の受け皿になる可能性が大きい。
天皇家は、愛子さまは「資格なし」とされ、秋篠宮家は悠仁様だけ。その悠仁さまに男子ができなければ、皇統は「養子の息子」に移る。麻生氏はこの問題のインサイダーである。
「三笠宮寬仁親王妃家に養子が取られたら、麻生さんが天皇の外戚になり平安時代の藤原氏のようになる」。 月刊文藝春秋で政治学者の御厨貴(みくりや・たかし)氏はこう指摘し、「政治的権力者と天皇の権威との距離がぐっと近くなって、皇族の政治的中立性が揺らぐ可能性もある」と警鐘を鳴らした。
麻生氏にどれほどの深謀遠慮があるかは定かではないが、「国会の総意」をまとめた衆議院の森英介議長も、参院で皇室典範改正案を審議する特別委員会の委員長になった松山政司議員も、政界では「麻生の子分」と見られている。利害関係者のど真ん中にいる人物が「お世継ぎのルール作りの黒幕」だとしたら、日本の民主主義は危うい事態である。
◆焦る保守派、舞台裏バレないうちに
「皇室典範」の見出しが新聞の1面に載るようになった。テレビでも取り上げられる。大衆討議にかかれば、もたないのが「男系男子」の政府案である。
だから、官邸と自民党は急いでいる。「お世継ぎルール」を審議抜きで衆議院を通すなど、前代未聞の出来事だ。保守派はそこまで焦っている。
国民の総意は「女性天皇」にある。愛子さまの将来と皇室典範の関係に大多数が気づかないうちに、決めてしまいたい。時代錯誤の「男尊女卑」と、愛子天皇潰しという舞台裏がバレないうちに。
下手をすると、高市政権の支持基盤を揺るがす騒動に発展しかねない。(文中一部敬称略)











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