п»ї ASEAN経済共同体という虚像と現実『ASEANの今を読み解く』第1回 | ニュース屋台村

ASEAN経済共同体という虚像と現実
『ASEANの今を読み解く』第1回

9月 06日 2013年 経済

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助川成也(すけがわ・せいや)

中央大学経済研究所客員研究員。1998年から2回のタイ駐在で在タイ10年目。現在は主にASEANの経済統合、自由貿易協定(FTA)を企業の利用の立場から調査、解説。著書に「ASEAN経済共同体」(2009年8月/ジェトロ)など多数。

◆過大な「ASEAN経済共同体」像

東南アジア諸国連合(ASEAN)は2015年末のASEAN経済共同体(AEC)実現を目指し、統合作業を進めている。残すところ2年強。最近、タイの新聞で「AEC」の文字を見ない日はなく、それに釣られる形で「2015年AECに向けた戦略」策定の必要性を声高に叫ぶ企業も増えている。しかし、その多くは「ASEAN経済共同体」という名前に踊らされている感がある。
2015年末、「ASEAN経済共同体の完成」で、東南アジアにASEANという欧州連合(EU)と同様の統合体が誕生するのか。答えは「No」である。それは、①ASEANは統合モデルとしてEUを目指しているわけではないこと②2015年末時点で各種措置が動き始めている区切りではあろうが、全ての措置の完成はさらにその先になることが見込まれること――による。

確かに、AFTA(ASEAN自由貿易地域)の一環で、域内関税削減は予想以上に進展した。2010年にはタイをはじめとした先行加盟6カ国(注1)での関税撤廃率は99.2%に達し、ほぼ全ての品目で関税撤廃が実現した。日本は現在、環太平洋経済連携協定(TPP)協定締結交渉で、自由化率をどの水準に設定するか参加各国との調整・駆け引きが続いているが、日本がこれまでに結んだ13カ国・地域とのEPAの自由化率は84.4~88.4%であることから見れば、AFTAでの自由化率はまれにみる高さである。

ASEAN経済共同体の実態は、緩やかな経済統合体であり、日本が推進している経済連携協定(EPA)に類似している。実際、スリン前ASEAN事務総長はAECについて、「EUはASEANの動機だが、地域体のモデルではない」(注2)と語っている。例えば、EUが実現した共通域外関税、通貨統合、政府調達の解放は最初から目標にもしていない。サービス投資や人の移動は部分的自由化にとどまる。

◆「ASEAN経済共同体」の呼称で投資誘致

そのような中で「ASEAN経済共同体」という呼称を使ったのは、自らを「成長著しい一体化した6億人市場」であることをアピールし、「投資誘致」につなげるためである。ASEANは長年、製造業を中心に外国投資を積極的に受け入れ、雇用を創出、また進出企業の輸出により外貨獲得を目指す「工業化モデル」を採ってきた。その根本は現在も変わっていない。

90年代前半は内需拡大も寄与し、ASEANは「世界の成長センター」と言われた。また去ること20年前の1993年、世界銀行は「東アジアの奇跡」と称賛した。しかし、97年のアジア通貨危機によりASEANの立場は暗転、ASEANはその投資求心力を一瞬にして失った。この状態に危機感を抱いたシンガポール・ゴーチョクトン首相(当時)が、「ASEAN経済共同体」という表現を用い、「ASEANは一つ」という姿を示すことで、企業家の注目を再びASEANに向けようと画策した。ASEANは「One Vision, One Identity, One Community」をモットーとした。

◆「ASEAN経済共同体」の課題

経済連携的色彩が強いAECであるが、その最大の課題の一つは措置実施面にある。ASEANは依然として「コンセンサスによる意思決定」や「内政不干渉原則」を堅持している。加盟各国は市場統合についてASEANに主権を委譲している訳ではない。そのため、各種AEC関連措置はあくまで加盟各国政府が法令化や行政指導を通じて国内措置として実施される。そのため加盟各国の政治・経済情勢などによってその進捗は大きく左右される。AEC実現には地域的約束を是が非でも実施するという「政治的意思」が不可欠である。

たとえ、統合措置が遅延したとしても、明確に示されている罰則はない。措置実施の鍵と期待されるのは加盟国間の「ピア・プレッシャー」(仲間からの圧力)である。未実施国は他の加盟国総出で実施を求められ、場合によっては1対9で実施するよう圧力をかけられる。ASEANは「コンセンサスによる意思決定」や「内政不干渉原則」を堅持しながらも、「ピア・プレッシャー」を効果的に使いながら、「カメ」のように着実に一歩一歩、目標に近づくたくましさを持っている。

現在の実施状況を鑑み、2015年末にASEANの統合措置全てが出来ていることはない。しかし、もう少し長い目で見れば、AFTAの例に見られるように、ASEANが約束した各々のAEC措置を遅れながらも実施し、目標年次からは後ろ倒しになりながらも「ASEAN経済共同体」を完成させる可能性はある。ASEANの統合に向けたその歩みを、「焦らず、慌てず、諦めず」の3Aの精神で長い目で見守る忍耐も必要だ。
 
(注1)先行加盟6カ国はブルネイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール、タイ。一方、後発加盟国はカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム。
(注2)2013年1月10日付タイ英字紙Nation ” Surin urges ASEAN to think regionally”

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