п»ї リスキリング:「リベラル能力主義」について考える(その8) 『視点を磨き、視野を広げる』第65回 | ニュース屋台村

リスキリング:「リベラル能力主義」について考える(その8)
『視点を磨き、視野を広げる』第65回

2月 13日 2023年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

◆本稿の狙い:リスキリング

今回のテーマは、リスキリング(学び直し)である。

リスキリングという言葉を意識するようになったのは、昨年9月に放送されたNHKスペシャル“中流危機を乗り越えて”の第2回「賃金アップの処方箋」という番組(*注1)を見てからだ。番組では、賃金アップにつながる成長産業を生むために、社員のリスキリングに挑む日欧企業の実例を取り上げていた。その中で印象に残ったのが、ドイツでのリスキリングへの官民を挙げた取り組みだった。

ドイツ政府は2011年に「Industry 4.0(第4次産業革命)」構想を発表し、従来型の「モノ作り」からの脱却を目指している。この大構想のもと産業構造の転換を進めており、(ジョブが失われる)衰退分野から(新しいジョブを生み出す)成長分野への労働者の円滑な移動を必要としている。そのため、数年前から政府が主導し、企業、労働組合が全面的に協力して国を挙げてリスキリングに取り組んでいるのである。

しかし、現在求められているのは、デジタルスキルである。伝統的な製造業の労働者が、そうしたスキルを習得することは可能なのだろうか。そう思って番組を見ていると、ドイツの中高年労働者が公的な職業訓練によってデジタルスキルを身につけて、新しいジョブに就くというリスキリングの成功例がいくつか紹介されていた。また、事業転換を計画する企業がリスキリングに多額の投資を行っているケースや、労働組合が雇用を守るために積極的に協力している様子が描かれていた。日本でリスキリングを進めるためには、ドイツのように企業と労働組合の協力体制と政府の支援(公的な職業訓練の充実など)が必要だというのが番組の主張であった。

欧米でリスキリングが注目されているのは、デジタル化の進展によって従来あるジョブの多くが失われる(これを「技術的失業」と呼ぶ)と予測されているからだ。ジョブ型社会にとって、ジョブそのものが大量に失われることは雇用の「危機」として受け止められたため、政治が動いて国を挙げて新しいジョブに必要なスキルを獲得することを急いでいるのである。

日本政府も動き始めた。経済産業省は、2021年2月に「デジタル時代の人材政策に関する検討会」を立ち上げて、D X(デジタルトランスフォーメーション)時代の人材戦略の中心にリスキリングを位置付けている(*注2)。また、岸田首相は昨秋の所信表明演説で、「個人のリスキリング支援に今後5年間で1兆円を投じる」と表明するなど、日本でもリスキリングへの関心が高まりつつある。

リスキリングは「学び直し」と訳されるが、より正確に言えば「新しいスキルを習得すること」である。ここでいうスキルとは、仕事の中の技能であり、学びや訓練で身につけるものである。そのスキルの集合体としてジョブがあり、スキルによってジョブの専門性が分かれる。このようにスキルを客観的に把握することでジョブ型雇用は成立している。しかし、日本のメンバーシップ型ではジョブを特定しない無限定採用で長期雇用が特徴だ。客観性を持ったスキルという概念は必要としない。ここに日本企業がリスキリングを行う場合の課題があると考える。その課題を解決していくためには、雇用システムの改革が伴わなければいけないのである。そして改革の方向性は、ジョブ型雇用に向かっているのである。本稿では、リスキリングの基本を確認するとともに、ジョブ型雇用との関係について考えたい。

参考としたのは、前述の経済産業省の検討会(現在まで計7回開催)の議論や資料である。また、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアティブという非営利団体があり、その代表理事である後藤宗明が書いた『自分のスキルをアップデートし続ける―リスキリング』(以下「本書」)は、リスキリングを推進するための啓蒙書であるとともに、リスキリング推進の課題として日本の雇用制度との関係性に触れており参考になった。

◆リスキリングとは何か

  • リスキリングの基本

(1)リスキリングは新しいスキルを学んでその業務に就くこと

リスキリングとは、「新しい」スキルを習得するだけでなく、(異動あるいは転職で)その業務に就くことまで含めて考える必要がある。このように職業に直結している点が、リカレント教育とは違うという。リカレント教育は生涯学習の一環として提唱されたものであり、「学び直し」そのものが目的であるからだ。

(2)リスキリングはデジタルスキルの習得が目的

リスキリングの対象はデジタルスキルである。デジタルスキルに関しては、二通りの人材類型が想定されている(*注3)。一つは「D X推進人材」でデータサイエンティストなどの専門人材である。もう一つが「すべてのビジネスパーソン」である。

後者は、「働くすべての人が身につけるべきデジタルリテラシー」とされる。リスキリングは自分には関係ないと考えるのは甘いということだ。では、一般的なビジネスパーソンはどのような内容を学べば良いのだろうか。同検討会で挙げられているリテラシーのうち入門的なものとしては「I Tパスポート試験」がある。試しに過去問を解いてみたが、知らないI Tの専門用語が頻出するので「一般的なビジネスパーソン」には少々難しく感じた(合格率約5割)。国家試験であり、履歴書に書けるスキルだ。まずここらあたりからチャレンジするイメージだろうか。

(3)リスキリングは自己啓発ではなく企業に責任

リスキリングの実施責任は企業及び行政にあるとしている。外部環境の変化に合わせて企業を変革していくために、従業員を新たに必要となるジョブに配置転換していくのがリスキリングである。したがって実施責任は個人ではなく企業や組織にあるということになる。企業は必要スキルを示し、業務時間内での学習を認め、費用も負担する。それは、リスキリングは企業目線で行われるということであり、自分目線で行う自己啓発とは別物なのである。

  • リスキリングへの誤解

経済産業省の検討会の議論や本書で指摘されているリスキリングの問題点を見ると、(前述の)「基本」が十分に理解されていないために起きていると言えそうだ。「基本」とは、「(1)業務に就く」「(2)デジタルスキルの習得」「(3)企業に責任」という点に核心がある。それが理解されないままリスキリングを唱えても、効果は期待できないと思われる。

例えば、「オンライン講座を充実させ費用も会社が負担して受講を促す」という個人の自主性に任せる方法は、一見自主性の尊重と映るが、この方法では成功しないという。従業員のモチベーションが高まりにくい、あるいは従業員の興味のある分野と企業側が求めるスキルとのギャップが生まれる可能性が高いからだ。リスキリングは企業に責任があるので、企業が求めるスキルを明確に示して、定期的に上司と従業員の対話を重ねることで方向性をすり合わせていくべきだという。

また、「ハードスキルよりもソフトスキルを重視する」という陥穽(かんせい)に落ちやすいともいう。ソフトスキルとはコミュニケーション力やリーダーシップなどを指す。これらは重要な能力であるが、ハードスキル(デジタルテクノロジーを扱うスキル)の習得がリスキリングの核心であり、ソフトスキルを強調しすぎるとハードスキル軽視につながりやすいので、気をつけるべきだという。

こうした問題点の背景に見えるのは、日本の雇用システムの影響であり、リスキリングの課題は雇用システムと関連付けて考えるべきである。一つは、日本の雇用システムに起因する問題、もう一つは、そうした雇用慣行によって形成された従業員の意識の問題である。

◆日本におけるリスキリングの課題

日本のメンバーシップ型雇用の特徴は――ジョブを限定せず新卒者を一括採用し、O J T(職場内訓練)で教育して戦力化する。会社都合の定期人事異動でこのプロセスを繰り返す――である。

概念的には――「ジョブ」基準ではなく、「人」基準の制度である。スペシャリストとして専門性を磨くよりも全社的視点をもったゼネラリスト育成に主眼が置かれる――と理解される。この方式で業務が円滑に遂行されるのは――「人」基準なので業務の現場で役割が柔軟に決められ(「できる人がやる」方式)、かつ長時間労働を受容する無限定正社員がグループで仕事をする――という要因が大きいと考えられる。

日本の雇用システムは、成長分野への労働移動に関しても会社都合で自由に行えるので、かつては日本の強みといわれていた。その雇用システムが変化に適応できなくなったのは、東西冷戦の終了を契機としたプロダクトイノベーションの時代が到来したからだと考えられる。プロダクトイノベーションによる非連続的な技術の出現で、外部市場からの人材調達が自由にできない社内の人事制度、流動性が少ない労働市場などが制約要因となった。

日本は、リスキリングにおいても同様に、雇用システムに起因する問題を抱えている。また、雇用システムの影響による従業員の意識の問題が指摘されている。

  • 課題1:雇用システムに起因する問題

「人」基準の評価・給与制度であるため、スキルを把握する、標準化する、あるいはジョブの必要スキルの明示という思想そのものがない(必要がない)のである。スキルを客観的に把握していない組織の中で、リスキリングを効果的に行うのは困難が伴う。

したがって、課題解決のためには従来の仕組みを修正するしかない。すなわち――従業員のスキルを見える化する/企業が各ジョブに求めるスキルを明示する/キャリア自律を促し、定期人事異動をなくし、ポスティング制度によって人事運営を行う/定期的な上司との人事面談による学びの方向性の擦り合わせを行う――である。

これらは前稿でジョブ型の特徴として挙げたものであり、リスキリングのためには人事システムの改革が必要だということがわかる。

  • 課題2:雇用システムの影響による従業員の意識の問題

もう一つの課題は、従業員の意識である。新聞や雑誌で指摘されることの多い日本のリスキリングの課題としての「学ばない日本人」の問題と言い換えても良い。

本書では、「世界デジタル競争力ランキング(*注4)」における人材の知識レベルで日本は47位(2021年)で「完全にデジタル後進国」であること、PwCの「デジタル環境変化に関する意識調査(*注5)」では、日本の従業員は「デジタル化に不安を感じ、スキルに自信がなく、他人事という意識」であることを指摘する。その上で、「学ばない」のが日本人の特性ではなく、環境が影響した結果だとする。すなわち、「学ぶ目的、ゴールを持ちづらい職場環境にある」「学んだ結果、良いことがある経験をしていない」からだというのである。

これを雇用システムと結びつけて説明すると――日本ではキャリアは基本的には会社任せである。無限定を受容することで長期雇用を保障されているので、そもそもスキルを自律的に高めるというモチベーションに乏しいのが普通だ。会社命令で新しい部署に行けばO J Tで頑張るが、現在の仕事に直接関係のないスキルを学ぶインセンティブが働かない――ということになる。

リスキリングを効果的に行うために、従業員に染みついた意識を変えるというのが、ジョブ型導入に期待される効果の一つだと言えるだろう。

◆ジョブ型の新しい展開:スキル把握の進化/人的資本経営

  • 技術革新によるスキル把握の進化

本書を読んで興味深かったのは、ジョブとスキルの関係性がテクノロジーの発達によって進化しているということである。

デジタルテクノロジーの発達によって「HRテック」サービスと呼ばれるビジネスが米国で生まれ、日本にもその手法が導入されているという。HRテックとは「Human Resources(人事)」の課題(人事管理、採用など)をテクノロジーを活用して解決するビジネスのことを指している。例えばA I(人工知能)に現在のジョブの詳細、職歴を入力し、質問に答えていくと自分が持っているスキルが出てくる仕組みだ。ジョブの要素を分解していくと、個別のスキルにたどり着くということである。一般的な仕事でもスキルは複数必要なので、さまざまなスキルの集合体がジョブであるとも言える。

IT人材の採用の場合、スキルの特定は特に重要であるが、このサービスを使って採用時にA Iを利用したスキルテストをすることで、応募者のスキル把握が確度の高いものになるという。ジョブ型社会では、ジョブを特定し必要スキルを明示して採用を行い、学歴(学位)や職歴(経験)で判断することが一般的である。しかしさらに進化して最近はA Iでスキルを詳細に把握した採用(これを「スキル採用」と呼んでいる)が増えているというのである。

また、「隣接スキル」を認識することが大切だという。隣接スキルとは自分のスキルのうち、いくつかは別のジョブにおいても必要であるということである。これもHRテックのシステムを使えば、簡単に分類が可能だという。企業が従業員の保有スキルだけでなく、そのスキルの類似性を把握できれば、リスキリングの方向性をより示しやすくなるとしている。

  • 人的資本経営

最近、「人的資本経営」という言葉をよく目にするようになった。人的資本とは社員が持つ能力やスキルを資本として捉えるという考え方である。資本なので投資をするとリターンを生むと考える。この考え方に立つと、リスキリングにかかる費用は、コストではなく投資になる。

しかし、人的資本は無形資産なので、それをどう可視化するかが課題とされる。そのためISO(国際標準化機構)はすでに国際標準策定に取り組んでいる(*注6)。議論を主導する欧米諸国は全てジョブ型雇用の国である。人的資本の可視化は世界共通の課題であるが、日本型雇用の特性から可視化のハードルはより高いものと考えられる。そしてそれが世界標準に反映されない可能性があるのである。今後は、世界標準に合わせるために、日本の大企業のジョブ型雇用導入への流れが強まるかもしれない。

人的資本経営という考え方は投資家目線で出てきたものだ。機関投資家が企業を分析するときに、参考になるからだ。たとえば、企業がビジネスモデルの転換を含んだ経営戦略を策定するとしよう。企業は経営戦略を実現する人材戦略が必要だ。そのため、新しい事業モデルに必要なジョブと要員数を決定する。そして現在の人員数や保有スキルとのギャップを埋めるため、新規採用、配置転換、リスキリングを組み合わせて人材戦略を作る。機関投資家はこうした経営戦略と人材戦略の整合性、妥当性を分析して企業の成長性を見極めるのである。

ただ、この発想はジョブ型雇用から生まれるものだ。日本のメンバーシップ型では、ジョブを基準とした人材の把握は困難である。そこで員数合わせをして、「優秀なゼネラリストを投入するのでなんとかなる」という根拠のない楽観論に逃げているという印象がある。しかしデジタル時代の経営戦略では、そうした今までのような「(員数合わせで)なんとかなる」は通用しないだろう。日本の大企業のジョブ型導入の背景にはそうした問題意識があるのではないかと考える。

◆まとめ

  • リスキリングとジョブ型雇用導入は一体で行うべきである

リスキリングはデジタル人材の育成が目的である。そして日本の大企業がジョブ型雇用を導入するのは、デジタル人材育成に適した環境――人材の流動化と働き方改革などリベラルな労働環境――を作るためである。リスキリングとジョブ型雇用導入は一体で行わざるを得ないのである。

なぜデジタル人材を必要とするのか。それは、技術革新によって時代の大変化の中にあるという現状認識による。ドイツでは「Industry 4.0」、日本では「Society 5.0」という来るべき時代の構想を示して、それに沿った産業政策を進めている。両国の予測はデジタル社会の到来という点において一致している。

ビジネスの視点から言うと、情報を効率的に集める→集めた情報(ビッグデータ)を分析する→シミュレーションを行う→製造プロセスの生産性を高める、あるいは付加価値の高い製品の開発を実現するビジネスモデルの構築を目指している。それを実現するデジタルテクノロジーの代表的なものは、IoT(モノのインターネット)、A I、クラウドコンピューティング、データ分析、V R(仮想現実)、情報セキュリティーなどであり、それらを広い意味で業務の中で活用できるスキルの習得がリスキリングの目的である。

リスキリングの前提として、現在のスキルの「見える化」とスキルの「標準化」は不可欠である。企業は新しいジョブのスキルを明示して、現在のスキルとの差分をリスキリングで学ばせるのである。したがって、スキルが何か「理解していない」、あるいは「ない」人がリスキリングを行うのは困難である。こうした理由で、技術革新による産業構造の変化に危機感を募らせている企業がジョブ型雇用を導入しているのだと考える。

  • 残る課題:経営層の改革

前稿でジョブ型導入企業の今後の課題として挙げたのは、運用面で試行錯誤を繰り返すだろうということだ。リスキリングについても同様の指摘ができるだろう。日本経済新聞は日本企業の雇用改革を継続的に報道しているが、最近の記事(*注7)が伝えるのは、「ポストの社内公募で会社側のニーズと応募者のスキルにギャップがあり、応募が半分だった例もある」、リスキリングは「働き手のキャリア自律が低いと学習効果が上がらず、学びの動機づけに腐心している」などである。試行錯誤はさらに続くと思われる。

もう一つ忘れてはならない課題は、経営層の改革である。ジョブ型では経営層は専門性を求められ業績主義で厳しく評価される。経営スキルを持ったプロの経営者が必要だということだ。特に現在のような変革期にあっては、デジタルテクノロジーを活用した大胆な業務改革をグローバル視点で行ったり、成長分野への事業転換を行ったりする必要がある。厳しい判断を下した経験があるプロの経営者のスキルが求められるのである。

では、日本にプロの経営者はどれくらいいるのだろうか。久保克行早稲田大学教授は、東証一部上場企業で経営者スキル(=過去に資本関係のない企業で経営の経験がある)を保有する割合を算出している(*注8)。対象は約1900社で社長・最高経営責任者(C E O)の肩書を持つ経営者に関して8年分のデータを分析している。結果を見て驚いたが、2021年は対象1996社のうちプロ経営者は5社(0.3%)にすぎない。久保教授は「日本では狭い意味での経営のプロによって経営される企業は全くといっていいほど存在しない」としている。

この結果に「驚いた」と書いたが、日本のメンバーシップ型企業で長年働いた経験からすると、組織内では内部昇格が「当たり前」だという感覚が普通だ。企業というコミュニティーに最も貢献し内部事情に詳しい人が社長になることで、組織の結束が維持されているので、外部から来た人間では「収まりがつかない」ということになる。

しかし、ジョブ型になると経営者もスキルを求められる。前稿で、「生え抜きが役員や社長になる時代は終わった。他の会社でプロの経営者としてキャリアを積み上げた人が役員や社長になるのがジョブ型社会の姿」だという日立の人事担当者の言葉にジョブ型の本質が凝縮されていると書いた。ジョブ型導入は経営層の改革のためにこそ行うべきなのである。

  • おわりに

『「リベラル能力主義」を考える』と題して8回に分けて書いてきた。最初の2回は、米国のリベラル能力主義を批判的に考察した。経済を市場と個人に還元して考える経済理論とリベラルな能力主義の結合が、「豊かであるが貧しい」格差社会を生み出したと考えた。

しかし、日本の社会は米国とは異なる。後半の6回は、その理由を考えて雇用システムに原因を求めた。戦後日本のメンバーシップ型雇用は長期雇用を保障することで雇用の安定に寄与し、それは社会を安定させた。しかし東西冷戦終結以降のグローバル化、デジタル化、リベラル化の世界的潮流に対して日本の雇用システムが適応障害を起こしているという認識が共有されるようになった。その解決策としてジョブ型雇用を導入する大企業が増えている。ジョブ型とリスキリングによって課題を克服しようとしているのである。

雇用システムを改革して経済に活力を取り戻し、同時に働き方改革でリベラルな労働環境の実現を目指そうとする方向性は正しいと考える。ただし、米国に見られるようにジョブ型社会は負の側面を持つことを忘れてはならない。格差を生みやすいのだ。それを緩和するためには、「市場」万能ではなく、「社会」との共存を重視した企業経営が大切だ。そうした理念は、正規・非正規の格差是正のための「同一労働同一賃金」とも親和性が高いと思われる。

企業の「社会性」に期待するのは、日本企業には伝統的に社会性を意識した理念(今では「パーパス」だろうか)を有しているところが多いからだ。現代のビジネス用語で言い換えれば、株主だけでなく従業員や取引先などのステークホルダー(利害関係者)全員への貢献を目指す長期的な企業経営ということになるだろう。これはSDGs(持続可能な開発目標)にも通じると思う。ただ横文字のキャッチフレーズは一時のパフォーマンスに終わることが多い。企業の原点に立ち返って雇用改革に取り組むところから、日本の再生は始まると信じている。

<参考書籍>

『自分のスキルをアップデートし続ける――リスキリング』(後藤宗明著、日本能率協会マネジメントセンター、2022年10月初版)

*注1:N H Kスペシャル「“中流危機”を越えて」2回シリーズの第2回「賃金アップの処方箋」(2022年9月25日放送)。出席は諸富徹(京都大学教授)他

(*注2)経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会」の資料「デジタル人材に関する論点」(2021年2月26日)

(*注3)経済産業省「第1回デジタルスキル標準検討会」資料「新たなデジタルスキル標準の検討について」(2021年12月23日)

(*注4)I M D(スイスのビジネススクール)「世界デジタル競争力ランキング」(2021年度)

(*注5)Pw C(会計事務所系のコンサルティング会社)「デジタル環境変化に対する意識調査」(2021年実施)

(*注6)松岡佐知(N R Iチーフコンサルタント)「人的資本報告が日本企業の人材マネジメントに与える影響―「ジョブ型人事制度」のゆくえ」(N R I知的資産創造、2022年4月号)

(*注7)日本経済新聞2023年1月5日付朝刊「ジョブ型、試行錯誤 三菱ケミ、ポスト公募半分/K D D I、学び直しの動機づけ腐心」

(*注8)日本経済新聞「経済教室」に掲載された久保田克行早稲田大学教授の「企業トップのスキルを問う――「経営者の市場」を確立せよ」(2023年1月13日付朝刊)

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