引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、みんなの大学校学長、博士(新聞学)。文部科学省障害者生涯学習推進アドバイザー、一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆「水とともに生きる」
共生社会の実現に向けて社会教育を目的とした公共施設を誰もが不自由なく使える場所にする取り組みはまだまだ不十分なのが現状だ。その不十分さを認識し、具体的な行動を促進するのを目的に先日、「インクルーシブ&ダイバーシティな場づくりを考える 民間指定管理者による公共文化施設のサービスからの学び」というシンポジウムを開催した。
みんなの大学校と共同研究するサントリーパブリシティサービス株式会社(SPS)の青木正樹さんを講師に、全国で公共施設を指定管理するSPSの蓄積された知見から学ぼうとの趣旨。特に民間企業では来年度から合理的配慮が義務化されることで、具体的な対応が求められているのも開催の背景にある。
SPSからの話が、飲料メーカーのサントリーの企業理念と紐(ひも)づけられ、キャッチフレーズである「水ととも生きる」に込められた思いが、インクルーシブな社会づくりにつながることも示された。やはり動きには思索の深い哲学が必要である。
◆環境によって変化する
登壇した青木さんは現在、全国の8か所で指定管理文化施設の事業企画統括として年間約350公演の企画制作に携わる。企画内容のみならず、どんな人にとっても利用しやすい公共施設の運営も業務範囲である。冒頭で強調したのはサントリーの企業理念である「人と自然と響きあう」であり、そのメッセージとして示されている「水と生きる」だった。
この「水と生きる」のは三つのパートで構成され、それは「水とともに生きる―自然との共生」「社会にとっての水となる―社会との共生」「水のように自在に力強く―社員とともに」という。
環境によって形状を変化させる水のように、柔軟に対応するのもサントリーのサービスの底辺にあるとのこと。さらに福祉とのつながりでは、創業者の鳥井信治郎が大正時代に大阪の愛隣地区で生活困窮者向け無料診療所「今宮診療院」を開設したところから始まるとの話を紹介した。
◆「看守り」という姿勢
青木さんによると、文化ホールや美術館など、障がいのある人が訪れる際、最近になっての大きな変化は、障がいのある人に「何かをする」のではなく、「してほしいことをする」ようになったという。
これまでは否応なしに介助するものだと思っていたが、現在はまず「何をしてほしいですか」との声かけから始まるとのこと。聴覚障がい者でも視覚障がい者でもひとりでその場を感じ、楽しみたい人もいる。だから、SPSではいつでも対応できるように「看守(みまも)り」という表現を使い、その人を優しく見ることに徹するのだという。
例えば、日本で当時のまま残る最古の美術館である、京都市京セラ美術館では、完全なバリアブルな施設でいたるところに段差があり、急で厳かな階段が障がい当事者の前に立ちはだかる。そのため、「ハードの障壁はソフトで補うため」もあり、車いすユーザーが入場した際にはスタッフ全員に車いすユーザーの入場がインカムで伝えられ、行く先々で対応できるよう準備するための情報を共有する。
活発な動きと看守る姿勢のバランスは今後、この行動を継続することで確実な知見となっていくだろう。
◆福祉のはじまりの場所で
神奈川県大和市の大和市文化創造拠点シリウスではバリアフリーコンサート「みんなの音楽会」を定期で開催。ここでは聴覚障がいの人向けに言葉を伝える手話通訳、演技を伴い伝える手話通訳、字幕の掲示、さらに聴覚障がいの各種の特性に対応するため骨伝導などのヘッドホンを5種類用意した。それは「同じ場所・同じ時間・楽しみを共有」するための行動という。
山梨県立美術館では特別支援学校向けにオンラインを使ったアートに関するワークショップを開催。美術館を身近なものとして感じてもらう取り組みである。大阪府枚方市の枚方市総合文化芸術センターではバイオリニストの五嶋みどりさんによる「ミュージック・シェアリング・フェスティバル」を開催。特別支援学校の生徒らが練習を積み重ね、ステージに上がる体験を提供する。
各地の取り組みに学ぶ点は多い。日本の福祉の始まりとされる聖徳太子が作った四天王寺近くの悲田院とサントリーの福祉のはじまりが近所であることも必然にも思えてきた。今後も誰もが学びや芸術・文化を共有できる活動を進化させていきたい。
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