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10年ぶりのインドネシア、少しだけわかったこと
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第238回

3月 31日 2023年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

インドネシア・ジャカルタを3月13日から3泊4日の日程で訪問した。バンコック銀行(以下、バン銀)は2020年12月にインドネシア第7位の中堅銀行であるペルマタ銀行を買収したが、今回はバン銀のチャシリ頭取の指示で「インドネシアの日系企業向け銀行業務の可能性についての調査」を目的に出張した。インドネシアについてほとんど何も知らない私がどこまで切り込めるかわからない。滞在中、在インドネシア日本大使館、ジェトロ(日本貿易振興機構)ジャカルタ事務所、トヨタや三菱商事などの取引先、りそな銀行などの提携銀行の方たちを含めて15社ほどを実質2日半の間に訪問した。ご対応いただいた訪問先の方たちには本当に感謝している。この場を借りてお礼を申し上げたい。

◆近代化で消えゆくアジア独特のにおい

ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港に13日午後に降り立った。新型コロナウイルスの影響でビザやインドネシア国内での健康追跡アプリの取得が義務付けられている。しかし、ビザの取得に若干手数がかかったものの、すべてオンラインによる手続きが可能なので空港内で手間取ることはなかった。同国ではGOJEK(ゴジェック)などIT関連のスタートアップ企業が数多く勃興(ぼっこう)しているが、入国手続きなどにもIT先進国の雰囲気が感じ取れた。私が到着した空港の国際便施設は2016年に新設されたターミナル3で、近代的な造り。タイのスワナプーム空港にも似ている。10年前にジャカルタを訪問した時の空港はもっと古く、バンコクから到着した際もアジア独特のにおいを感じたものである。近代化の進展によってこれらのにおいが消えていくのも寂しい気がする。

ペルマタ銀行が用意してくれた車に乗り込んで早速ホテルに向かった。相変わらず渋滞はあったが、日中のため思ったより早くホテルに着いた。オートバイはタイよりも多かったが、渋滞の状況などはタイとあまり変わらず違和感はない。空港からホテルまでの景色はタイよりも緑が多く感じられ落ち着いている。気温はタイより若干低く、暮らしやすそうである。

ホテルの隣に6階建てのショッピングセンターが併設されており、お客様との夕食まで少し時間があったので散策してみた。欧州の有名ブランドやユニクロなど居並ぶ店はタイのショッピングセンターと変わらない。1階に現代自動車のショールームがあり、地下1階には観国料理の専門店が並ぶ韓国のテーマパークがある。インドネシアにおける韓国の存在感はタイのそれよりも大きそうである。翌日以降、お客様を訪問するため多くの会社やレストランに行ったが、ホテルや有名なオフィスビルにはショッピングセンターが併設されているケースが多く、その数にびっくりした。インドネシア人の購買力がそれだけ増したということであろう。

◆鉱山資源と世界4位の人口を背景に急成長

ここで、インドネシアの概略について少し説明したい。インドネシアは1万3466の島からなる赤道直下の島国で、国土は日本の約5倍の広さがある。ちなみに日本は6852の島を有する。人口は2億7千万人で、日本の2倍強。名目GDP(国内総生産)は日本の約4分の1で、1人当たりのGDPは約9分の1になる。第2次世界大戦前までオランダの植民地だったが、太平洋戦争で日本の大東亜共栄圏に組み込まれた。大戦が終わるとすぐにスカルノ大統領を中心として独立を宣言、最終的に4年にわたるオランダとの独立戦争を経て、1949年に正式に独立を勝ち取った。

余談だが、2017年に私がオランダを旅行した際、現地に住む日本人から「多くのオランダ人は日本人を嫌っている」と聞いてびっくりしたことがある。日本人にとってオランダは「江戸時代の鎖国下で唯一取引をした友好国」という認識であろう。しかしオランダ人は「インドネシアにおいて日本とオランダが衝突した不幸な歴史」を忘れていないようなのである。

さて、インドネシアで日系企業はどのような活動をしているのであろうか? インドネシアとタイを比較しながら紹介しよう。まず進出日系企業数だが、在タイ日系企業数が5900社であるのに対し、在インドネシア日系企業数は2000社で、実質的には1600社程度だといわれている。これはタイの27%である。また21年10月時点での在留邦人数はタイの8万3000人に対し、インドネシアは1万7000人で、タイの20%程度となっている。日系企業の集積度ではタイとインドネシアには大きな開きがある。

同国のジョコ大統領は、政権第2期目になって大きく「国内産業優先策」に舵(かじ)を切った。例えば、外国企業が同国に投資する際の最低資本金は、21年3月にそれまでの25億ルピアから100億ルピア(約9000万円)に大きく引き上げた。これはタイの最低資本金200万バーツ(約780万円)と比較しても10倍以上の開きがあり、日本の中小企業にとってはインドネシアの参入障壁は高い。また、外国資本が1%でも入っている企業は「大企業」と見なされ、累進課税額は最高の22%の法人税が課せられる。国内産業優先策は進出済みの企業にも適用され、例えばユニクロはインドネシア国内繊維業者から商品の調達を求められているようである。

国別投資を見ると、タイは常に日本からの投資がトップであるのに対し、日本のインドネシア向け投資はシンガポール、中国、香港に次いで4位となっている。さらにその投資内容を見ると、電力開発プロジェクトや不動産開発プロジェクトなどが中心のようである。現にジャカルタ市内では鹿島建設など日本主導の不動産開発プロジェクトが進んでいた。

インドネシア経済は2000年から2020年までの20年間に8倍に拡大したが、製造業の割合はこの間22%から19%へと低下。石炭、ニッケルなどの豊富な鉱山資源と、世界第4位(約2億7000万人)の人口に支えられた購買力を背景に、海外からの資本を募ろうとしている。資源を持たないタイが外資誘致策を積極的に推進し、日本を中心とした外資主導で製造業を育成したのとは真逆の動きに見える。在タイ、在インドネシアのそれぞれの日系企業では、進出の理由や目的に少し違いが感じられた。

◆EV生産で中国、韓国に後れ取る日本

インドネシアとタイの比較でもう1点気になることがある。東南アジアの自動車生産国の覇権をどちらが取るか、ということである。22年通年の自動車販売台数はタイの85万台に対し、インドネシアは104万台。一方、生産台数はタイが188万台で、インドネシアは147万台と逆転する。タイが1トンピックアップトラックと呼ばれる商用車の輸出拠点になっているに対し、インドネシアはボックスカーの生産拠点になっており、両国とも日系自動車メーカーにとって重要な生産拠点になっている。

ところがここにきて、電気自動車(EV)がこの構図を壊しかねない撹乱(かくらん)要因になっている。EVの最重要部品であるバッテリーを作るうえで必須な鉱物にニッケルがある。この最大の生産国がインドネシアである。世界の生産の実に4割を支える。

同国政府はこのニッケルを武器にEV生産を自国に誘致しようとしている。21年にはニッケルの輸出を禁止。世界最大のバッテリーメーカーである中国のCATL社がこれに呼応して24年にインドネシアで自動車用バッテリーの生産を開始した。また韓国のLGもインドネシア政府とバッテリー生産に向けた覚書を締結した。こうした中国や韓国の動きに対して、日系自動車メーカーからの対抗策が見えてこない。インドネシア政府内には中国と韓国のそれぞれの国の代理人と呼ばれる大臣がいるようである。残念ながら今回の出張では、EVをめぐるインドネシアの動きについて具体的な情報は何も集められなかった。

◆次期大統領選、行方は混とん

インドネシアの政治状況についても少し触れたい。繰り返しになるが、私はインドネシアの政治についてもほとんど何も知らない。今回のジャカルタ訪問の際に関係者の方々から、次期大統領選挙などについて教えていただいた。

現職のジョコ大統領が2期10年の任期満了を来年2月に控え、新たなリーダー選びの真っ最中である。大統領が所属する「闘争民主党」議員で中部ジャワ州知事のガンジャル・プラノウォ氏、前ジャカルタ州知事でジョコ氏の政策を強烈に批判している無所属のアニス・バスウェダン氏、「グリンドラ党」党首で現職の国防相のプラボウォ・スピアント氏の3人の争いだと目されている。同国の政党は歴史的にスカルノ大統領、スハルト大統領の時代を経て、民主派政党とイスラム政党が団結と分裂を繰り返し現在、九つの主要政党が乱立している。

一方、大統領選挙に立候補するには、国会で20%以上の議席を有する各政党の支持を得なければならず、これを単独で満たしている政党は闘争民主党(22%)だけである。しかし同党には実質的なオーナーであるメガワティ・スカルノ元大統領がおり、彼女は実の娘であるプアン・マハラニ国会議長を首相候補として推している。このためガンジャル氏が闘争民主党の大統領候補にすんなりと収まらない可能性もゼロではない。

アニス氏は政党に属していないため、大統領候補の推薦人集めに苦労しているとされる。アニス氏自身は元々中庸な性格な人であったようだが、前回のジャカルタ知事選に際して、華僑の対立候補にイスラム勢力を動員してネガティブキャンペーンを張った。このためアニス氏の現在の支持基盤はイスラム右派となっている。アニス氏はイスラム右派の支持基盤を裏切らないためにも強烈なジョコ大統領批判をしている。一方、ジョコ氏にしてみると、アニス氏が大統領に就任すると、自分自身が汚職罪などで訴追されかねない。このため、アニス氏に立候補させないように切り崩しを図っているとみられる。

アニス氏が同じイスラム勢力であるプラボウォ氏と組む可能性もないわけではない。インドネシアは大統領制で、国会議員選挙とは関係ないところで大統領が決まる。また、少数乱立の政党の中で政治家の都合だけで大統領候補が決められかねない。インドネシアの政治を理解するのも一筋縄ではいかないようである。

10年ぶり、しかも実質的にわずか2日半のジャカルタ滞在でインドネシアの状況を理解しようなどと思うのは、あまりにも虫のいい話である。それでも、現地で訪れて肌で感じたことも多くある。お会いした方々はみな真摯(しんし)に対応してくだり、貴重な話をうかがうことができた。そして何より私自身、実際に現地に行ったおかげで、インドネシアに興味が湧いてきた。その意味で、とても価値のあるインドネシア出張だった。

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