水素エネルギーの世界動向と日本の戦略(上)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第287回

3月 14日 2025年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

夏は灼(しゃく)熱の地獄と豪雨、冬はドカ雪に見舞われ、すっかり気候の変わってしまった日本。脱炭素による気候変動への対応が急務だと考え始めている人も増えてきた気がする。一方で、米国のトランプ大統領の登場で、脱炭素の動きもどうなるか予測不能である。しかしこのまま何もしなければ人類の生きる場所は無くなってしまうかもしれない。

脱炭素化を推進する上で一つの大きな手掛かりは水素にあるかもしれない――こう言われて既に30年以上の時が経つ。夢のエネルギー源である水素の活用にはどのような壁があるのだろうか? 今回はバンコック銀行日系企業部の藤本理生(りき)さんが書いたレポートを2回に分けて紹介する。土地が狭く資源に恵まれない日本にとって「水素エネルギー」は大逆転を生む起死回生の資源になるかもしれない。このレポートが新たな展開が生まれるヒントになれば幸いである。

1 水素の必要性

-1 水素とは

1 水素の基本データ

(出典)水素に関する書籍より筆者作成

水素(H2)は無色・無臭・無毒の気体で、融点(-259℃)、沸点(-253℃)はヘリウムに次いで低く、密度は気体・液体・固体のいずれにおいても、全物質の中で最小(最も軽い)である。可燃性であるが、他の可燃性ガスとは異なり、炎は無色透明。燃焼すれば酸素と結びついて水になるクリーンな気体である。

2 水素が注目される理由

1)長期大量貯蔵・長距離輸送が可能

風力や太陽光などの再生可能エネルギーは、エネルギーの生成過程でCO2を排出しないクリーンなエネルギーであるが、発電量にムラがある。また、電気のままでは大規模で長期的な貯蔵が難しいが、水素にエネルギーを変換することで長期の貯蔵、長距離の輸送が可能となる。

2)多様な資源に含まれ豊富にある

化石燃料の大量消費による資源の急速な減少が深刻な問題となっているが、一方で水素は宇宙で最も多く存在する元素であり、様々な資源から水素をつくることができ、枯渇(こかつ)の心配がない。

3)様々な利用方法

大規模な火力発電所、家庭や産業用途向けの発電、自動車などの輸送機器の動力、工場での熱供給など様々な場面でエネルギーとして利用することができる。

3 世界の水素生産量・消費量

1 主要国の年間水素生産・消費量

(出典)水素に関する各種ウェブサイトを元に筆者作成

現在の主な水素の需要割合は、石油等の精製が45%、アンモニアや他各種化学物質生成のための原材料が35%、鉄鋼産業での熱源利用が15%を占め、半導体製造時の利用やロケット燃料などのその他産業での利用は5%程度にとどまる。

副次生産物として生じた水素の利用や化石燃料改質での水素製造が98%と大半を占めており、製造時に発生したCO2の対策がされていないのが現状である。

2022年時点での世界全体の水素利用は約9400万トンである。産業規模が大きいアメリカや中国、産油国である中東が生産、消費量ともに大部分を占める。また、水素は肥料生成などにも用いられるため、インドや中国、アメリカのような農業大国での水素生産・消費量を押し上げる要因となっている。

-4 今後の需要動向

2 利用先別の世界水素需要予想

※NZE(2050年ネットゼロ達成)のシナリオを元に算出

(出典)IEA『Energy Technology Perspectives 2020』を基に筆者作成

図2はIEA(国際エネルギー機関)の発表している水素需要予測である。IEAは、欧米を中心に約30カ国が加盟するエネルギー機関であり、エネルギー安全保障の確保のほか、中長期のエネルギー需給見通しの予測やエネルギー技術・開発の促進も担う。

この需要予測は、パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準に抑え、さらに1.5℃に抑える努力をする」という目標シナリオに基づき算出されている。水素市場の成長は、自然エネルギー発電コストの低下、二酸化炭素排出量削減への世界的なシフトなど、いくつかの要因に後押しされ足元で拡大傾向にある。

現状の石油精製や産業利用の他、発電や運輸、合成燃料製造などの様々な分野で需要が伸びるとしており、2019年の約7100万トンから2050年には約2億9000万トンになり、2050年以降も水素需要は増加し続けると見込んでいる。

2 水素の製造方法

化石燃料由来は、前述のように製造過程でCO2が発生することや、副生水素は副産物として生産されるため、水素発生量に限度がある。以上の理由により、発生したCO2を処理する方法(CCS、CCUS)や、CO2を排出しない水電解やバイオマス由来水素が推進されている。

-1 水素の作り方

3 水素の製造方法一覧

(出典)岩谷産業株式会社ウェブサイトを元に筆者作成

2 製造方法別の製造コスト、生産主要国比較

※参考価格:液化天然ガス  0.6~1.0ドル/㎏

出典)IEA『Global Hydrogen Review 2021』他各種ウェブサイトを元に筆者作成

①副生水素は、多様な工業プロセスから副産物として生産されるため、コストは低く、工業国が生産主要国である。あくまで副産物であり、水素発生量に限度がある

②化石燃料由来の水素は、石炭や石油、天然ガスの産出国が生産主要国であり、コストも低いもののCO2が発生する

③バイオマス由来水素については、原材料に植物や家畜糞尿(ふんにょう)などが利用されるため、農林畜産の盛んな国が含まれている。バイオマスの収集やガス化などの過程が必要であり、コストが高くなりやすい

④再エネ電力や高価な貴金属を触媒として利用する水電解水素は、他の製造方法と比較し高コストである。新技術開発が活発に行われており、産業の発展している先進国が生産主要国である

⑤液化天然ガスの発電コストと水素の発電コストを比較すると、水素製造コストが2ドル/kg前後の場合、天然ガス発電と同程度のコストとなる。またガソリン価格では、トヨタの水素自動車「MIRAI」、ガソリン価格160円/Lの場合、水素供給コストが6ドル/kg程度であれば、ガソリンと同程度のコストとなる。水素利用普及のためには、水素製造コスト2ドル/kg以下、水素供給のコストは6ドル以下へコスト削減とともに、発電効率や燃費効率等の向上が必要である。

2 水の電気分解

太陽光や風力などの再生可能エネルギーを利用して水の電気分解で製造する方法であり、CO2を排出しないため、もっともクリーンな水素製造方法とされているが、大規模な装置や再エネ電力を利用するため、他の製造方法と比較し製造コストが高い点が課題である。

4 水の電解装置

出典)EnergyShift『水素も脱炭素も任せろ 東レの世界最高レベルのすごい膜』を元に筆者作成

①アルカリ水電解は、水を電気分解して水素と酸素を生成する製造方法である。水は電気を通しにくいため、水酸化ナトリウムのような電解質を含む水溶液が使用される。陽極側では、水酸化物イオン(OH-)が電子を失い、酸素と水が生成される(4OH-→O2+2H2O+4e-)。陰極側では、水分子が電子を受け取り、水素ガスと水酸化物イオンが生成される(2H2O+2e-→H2+2OH-)

②PEM型水電解では、水素イオンを通す高分子の半透膜を陽極と陰極で挟む。陽極側から水を投入すると、電気分解されて発生した水素イオンは半透膜を通って陰極に移動し、水素が発生し、酸素イオンは半透膜を通れないため陽極側で酸素が発生する

③高温水蒸気電解(SOEC)は、水を600℃から900℃程度の高温水蒸気として電気分解し、水素と酸素を生成する方法である。水電解に必要な電気エネルギーの一部を熱エネルギーで補い、電力消費量を下げることを目的としている

3 電解槽別の特徴比較

(出典)水電解槽に関する各種ウェブサイトを元に筆者作成

アルカリ水電解は、その他の電解槽と比較すると、初期投資が比較的低く、大規模な水素生産に適している。PEM型は高効率・高出力であるものの、触媒に貴重な貴金属を使用するため高コストとなりやすい。SOEC型分解は、もっとも高効率でクリーンな水素生産を可能にする技術であるが、材料劣化や導入コスト等の課題も多く、実証化に向け現在積極的に研究が行われており、実用技術としてはアルカリ型とPEM型の2つである。

3 バイオマス由来水素

5 バイオマスのガス化・発酵フロー

(出典)水素に関する各種ウェブサイトを元に筆者作成

木質系バイオマスの熱分解ガス化や、下水汚泥や食品廃棄物から酵素や微生物の力を利用しバイオ燃料を生成し、生成したバイオ燃料(メタンガスなど)から水素を取り出す生成方法である。

有機物を空気の不足したところに放置すると微生物の作用によって分解が進行し、メタンと二酸化炭素を主成分とするガスが発生する。メタン発酵は酵素や微生物の作用による分解反応であるため、2週間から1か月程度の反応時間が必要となる。エネルギーとして利用するためには、製造効率が低いことが問題点であり、新しい技術や装置を導入しエネルギー効率を高めることが、普及に向けての課題である。また、原料となるバイオマスにより製造プロセスも異なるため、プロセスの効率化が必要である。

バイオ燃料から水素を取り出す方法は、主に化石燃料改質(図6)と同様に水蒸気改質が主に用いられているが、製造工程でCO2を排出するため、メタン(CH4)を水素(H2)と炭素(C)に直接分解する研究が行われている。

4 化石燃料改質

図6 化石燃料改質(メタン“CH4”の場合)

(出典)Stone Washer’s Journal『水素エネルギーに未来はあるか?(4)』を元に筆者作成

水蒸気改質反応と、水性ガスシフト反応から構成されている。水素を大量に安価に製造する方法であり、現在最も用いられている。化石燃料自体に炭素(C)が含まれているため、上記のように製造の過程で酸素(O2)と結合し、二酸化炭素(CO2)が発生するため、CCSやCCUSなどを使ったCO2の対策が必要となる。

5 副生水素

7 副生水素の発生(苛性ソーダ製造過程の場合)

(出典)環境省『苛性ソーダ由来の 未利用な高純度副生水素を活用した 地産地消・地域間連携モデルの構築』を元に筆者作成

副生水素は、多様な工業プロセスから副産物として生産される水素である。副生水素はあくまで副産物であり、主産物(石油、苛性ソーダなど)の生産量に比例して発生するため、副生水素だけでは水素の供給量が不安定になることがある。また、水素エネルギーとして利用する場合には、発生する水素純度の問題もあり、副生水素はそのままでは利用できないことが多く精製処理が必要である。

3 水素の貯蔵方法

水素は1気圧の下では気体であり体積密度が低い。つまり非常にかさばり、貯蔵や運搬に向かないため、地産地消ですぐ利用する場合以外は、一度、「水素キャリア」という別の状態や材料に変換することで貯蔵・運搬効率を高める必要がある。現在主に「圧縮水素」「液化水素」「水素化合物化」「水素吸蔵合金」の4種類が挙げられる。

①「圧縮水素」水素を加圧、圧縮することで体積を減らして運搬・貯蔵する方法である。用途に応じて、約200~700気圧という高圧で圧縮を行う

②「液化水素」水素を極低温(約-253℃)で液体状態に変換し運搬・貯蔵を行う方法である。液化状態では、気体状態と比べ約1/800の体積に圧縮が可能である

③「水素化合物化」水素をアンモニア(NH3)やメチルシクロヘキサン(MCH)などの水素化合物に変換し運搬・貯蔵を行う方法である

④「水素吸蔵合金」特定の金属に水素を吸蔵し、運搬・貯蔵を行う方法である。“水素と反応しやすい金属”と“水素と反応しにくい金属”を組み合わせた合金が用いられる

4 水素キャリア各種の比較

◎非常に優れている、〇優れている、△やや課題あり、×課題多い

(出典)水素に関する書籍より筆者作成

①圧縮水素が現在最も一般的で、陸上輸送や水素ステーションでの貯蔵の際に用いられている。加圧後にシリンダーに充填(じゅうてん)、それらを束ねてカードルとして運搬する。圧縮・貯蔵等の設備コスト、輸送コストなどを含め、現在日本では500~600円/㎏で販売されているが、ほとんどが工業的利用であり、エネルギー用途として今後期待される水素の価格の参考にはならない

②液化水素は気体の約800分の1の体積になるため、より多くの水素を運搬・貯蔵することが可能であるが、極低温(約-253℃)状態を維持する必要があるため、エネルギーコストが比較的高くなるため長期保存には向かない

③アンモニアやMCHなどの化合物は、水素よりも常温・常圧に近い状態で安定して運搬・貯蔵でき、特殊な設備が不要で扱いやすいメリットがある。液化アンモニアの体積当たりの水素密度は、液化水素やMCHと比べ高密度であり、既存の液体燃料輸送・貯蔵インフラを利用できるため、新たな投資が少ない。一方で、水素を化合物に変換する際には、触媒やエネルギーが必要であり、コストが高くなる場合がある。また、水素として利用する場合、水素を取り出すためのエネルギーが必要であり、エネルギーコストが高くなる

④水素吸蔵合金については、気体状態の水素を合金内に吸収することで、ガス状態と比較し体積を約1/1000に縮小できる。水素そのものの運搬効率は高いものの、合金そのものの重量がデメリットとして挙げられ、重量当たりの運搬効率は非常に低い。また合金の組み合わせにより、コストが高くなる傾向にあるため、実用化に向け上記の軽量化と低コスト化の研究が行われている(以下次回〈第288回=3月28日付〉に続く)

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