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時価総額上位10社から見る産業の変遷と日本の凋落
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第167回

4月 24日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

Ⅰ はじめに

海外から見た日本ならびに日本の産業の凋落(ちょうらく)についてはこれまで、この「ニュース屋台村」で頻繁に取り上げてきた。この1年ほどようやく日本のメディアなどでもこうした論調の記事が見られるようなってきた。今回は、過去30年間の世界時価総額上位10社の変遷を見ることにしたい。下表を見ると、過去30年強にわたり繁栄・興隆した企業や業種が大きく変化したことがわかる。1989年は邦銀が世界時価総額上位10社の半分を占めていた。一方、2019年になると、上位10社中7社をIT企業が占める。どのようにして世界の主要産業は移り変わっていったのであろうか。

表1 世界時価総額上位10社

出典:ブルームバーグおよびフィナンシャルタイムズを元に著者作成

Ⅱ 1980年代以前

1989年の時価総額上位10社のうち、7社は日本の企業である。うち5社を銀行が占めている。

表2 日本企業の概要

出典:著者作成

(1) 日本の経済成長

日本は高度経済成長期より第2次産業を中心に成長を続け、1960年代後半には西ドイツを抜き、国内総生産(GDP)世界2位になった。1989年当時の日本はGDP世界2位の経済大国であり、世界のGDPの15%を占めていた。20世紀後半の日本は第2次産業の割合が高く、1970年時点でGDPの約81%、1989年時点でも約66%を第2次産業が占めていた。

図1  GDP推移

出典:世界銀行

(2) 1980年代の邦銀の貸出姿勢

1980年代になると、企業は内部蓄積が増えたのに対し、相対的に設備資金が減少。資金不足額が縮小してきた。1980年代後半より日本はバブル経済へ突入。銀行は積極的に貸出を増大。都市銀行の中小企業向けの貸出貸出比率は1980年の約47%から1989年には約70%に増加した。また、全国の銀行の業種別貸出残高構成割合のうち、不動産関連3種合計(建設業、不動産業、金融・保険業)の割合が1980年の16.7%から1989年には33.0%に増加した。

表3 主要企業(製造業)の資金需要状況

出典:新保芳栄(2016)「バブル期における銀行行動の特徴とその背景」

表4 バブル期における銀行貸出の変化

出典:新保芳栄(2016)「バブル期における銀行行動の特徴とその背景」および

内閣府経済社会総合研究所資料を元に著者作成

(3) バブル崩壊と邦銀の凋落

1991年にバブルが崩壊。積極的に融資を進めていた銀行は多額の不良債権を抱え、1990年代後半から2000年代前半にかけて多くの都市銀行が公的資金の注入を受けた。各行は存続のために規模拡大を図り、銀行業界の再編が進む。1989年時点で13行あった都市銀行は2020年1月現在、3メガバンクはじめ計4行の都市銀行に集約されている。

表5 都市銀行再編の推移

出典:著者作成

表6 都市銀行に過去注入された公的資金

出典:国会国立図書館 大森健吾(2017年)「金融機関への公的資金注入をめぐる議論」を元に著者作成

Ⅲ 1990年代

1999年の時価総額上位10社には、パソコンや携帯電話に関する機器の製造を行う会社と情報通信業が多く存在する。時価総額で上位に位置する企業は、パソコンや情報通信の各分野で当時トップのシェアを有していた企業が多い。

情報通信技術の進展に伴い、Cisco Systemsはじめルーター、サーバーなどの通信機器の製造事業者や、Intelなどの通信・情報端末のコアとなる部品の製造業者が成長した。また、携帯電話の普及に伴い、Nokiaなど欧米の携帯電話端末事業者がシェアを大きく獲得した。

表7 パソコン・携帯電話・情報通信分野の企業の概要(1999年時点)

出典:著者作成

(1) パソコン・携帯電話の普及と情報通信業の発展

1990年代にはパソコンと携帯電話の普及が進んだ。当時世界で先行して普及していたアメリカと日本では1980年代末のパソコンの世帯普及率は約10%前後。2000年には約50%にまで増加。一方携帯電話は1990年の普及率は約1%であったが、2000年には40%から 50%程度まで普及が進んだ。

表8  パソコン世帯普及率(アメリカ・日本)

出典:著者作成

図2 携帯電話普及率(アメリカ・日本)

出典:国際電気通信連合

情報通信技術の進歩を受けて、1990年代後半よりアメリカではITバブルが到来する。NASDAQ総合指数は当時の過去最高値を記録し、Microsoftは当時のアメリカ上場企業の時価総額の最高記録を更新した(約6,200億ドル)。Microsoftはパソコンメーカー各社に対して、同社の基本ソフト(Windowsシリーズ)を予め搭載して販売するパソコン、ワープロにかかるライセンス料金を軽減する措置をとり、シェアを拡大した。そして1995年に発売されたWindows95が爆発的にヒット。1990年代後半の基本ソフトシェアで90%超を占めた。インターネットブラウザで他社に後れを取っていた同社であったが、自社製WebブラウザInternet Explorerを無償で提供。後発ながらシェアを奪取し、2000年にはシェアをほぼ独占した。

(2) ITバブル崩壊

しかし、2001年にアメリカが政策金利を引き下げたことにより、アメリカの景気が後退。ITバブルが崩壊する。Lucent Technologiesは受注が減少により業績悪化。光伝送ネットワーク事業を2001年に古河電工に売却。同社も2006年にはフランスの情報通信機器メーカーAlcatelと統合した。携帯電話メーカーのNokiaは2000年以降普及したスマートフォンへの対応に苦戦。2014年、同社は携帯電話事業をMicrosoftに売却した。Microsoft自身も1999年に株価最高値をつけた後、ITバブル崩壊とともにピークの約3分の1まで下落。1999年の株価を更新するのは17年後の2016年となる。Cisco SystemsとIntelは依然ルーターとプロセッサー分野でシェア1位を堅持しているものの、1999年に最高値をつけた株価を超えるには至っていない。

Ⅳ 2000年代

2009年の時価総額上位10社には、資源・エネルギー企業が4社、銀行が3行が含まれている。1990年代までと異なり、多くの国の企業が混在している。国別ではアメリカ企業4社に次いで中国企業が3社。他にもブラジルやオーストラリアの資源・エネルギー企業も、1社ずつ10位以内に位置している。

表9 資源・エネルギー企業及び銀行の概要

出典:著者作成

(1) 中国の台頭と資源・エネルギー需要の増加

2000年代に入り中国の経済成長が本格化。1992年の南巡講話(1992年1~2月に鄧小平が中国南部の諸都市をめぐって開いた講話)を境に市場経済路線を推し進め、中国の対内投資額は10年後の2002年には約5倍の530億米ドル、2009年には約9倍の950億米ドルにまで増加した。外資を呼び込むことで世界の工場として輸出額を大きく伸ばし、2000年代には平均年10%以上の経済成長を続け、2010年には日本を抜きGDP世界2位になった。2009年の時価総額上位10社中2社は中国の大手銀行、1社は中国最大の石油企業である。

図3 GDP推移                図4 実質GDP成長率推移

出典:世界銀行               出典:世界銀行

2000年代は中国を筆頭に新興国の成長が加速した。当時急速な成長が期待できる新興国といわれたBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の実質GDP成長率は平均約6.5%で推移した。

世界経済の伸びとともにエネルギー需要が増加し、2009年時点の原油価格は2000年と比べて約2倍に上昇した。原油同様に鉄鉱石の価格も上昇。2009年時点の鉄鉱石価格は2000年と比べて約9倍に上昇した。時価評価額7位のBHP Billitonは鉄鉱石の産出量は世界3位。そのほか、銀は世界1位、銅は世界3位のシェアを有している。

図5 原油価格推移                         図6 鉄鉱石価格推移

出典:BP社                                                                  出典:国際通貨基金

(2) 産油国石油会社の台頭

2000年代になると、産油国の国営企業が石油開発を積極的に行い始め、欧米の大手石油企業を超える規模へと成長した。1960年代までは「セブンシスターズ」と呼ばれた欧米大手石油会社が世界の石油市場を独占的に支配していた。しかし、1970年代に産油国によるエネルギー産業の国有化や石油輸出国機構(OPEC)による原油価格コントロールの影響を受け、セブンシスターズは衰退。業界の再編が進んだ。時価評価額で2位に位置するExxon Mobilは1999年にExxonとMobilが合併して出来た企業であり、2009年時点で欧米系石油会社で最大の規模を誇っていた。

図7 欧米大手石油会社(セブンシスターズ)再編の推移

出典:みずほ総合研究所

一方、2000年代に台頭してきた産油国の国営会社は「新セブンシスターズ」と呼ばれている。全7社のうち、2社は半国営であり、そのうち1社は時価総額9位のブラジル最大の石油会社Petrobrasである。同社が2006年時点で保有する原油ガス埋蔵量150億バレルのうち約90%をブラジル国内に有していた。

また、中国最大の国営石油企業である中国石油天然気集団公司(CNPC)は1999年に再構築され、分割・民営化されたPetro Chinaの株式の90%弱を保有することになる。Petro Chinaこそ、まさに2009年時価総額1位にある石油企業である。同社事業の中核を担う大慶油田(黒竜江省)を中心に原油の生産を行うほか、新疆ウイグル自治区や四川省で油田、天然ガスの探査・開発を実施。また、グループ全体で石油精製、流通、石油化学製品の製造販売を手がけている。

表10 産油国主要国営会社(新セブンシスターズ)概要

出典:みずほ総合研究所

(3) アメリカのシェールオイル増産と原油価格の下落

2000年代初頭に、水の圧力で岩盤に亀裂を入れる「高圧破砕」と呼ぶ採掘技術が確立され、2010年ごろからアメリカで石油の一種であるシェールオイルの生産が増えた。特に2012年から2015年にかけては、毎年100万バレル/日前後生産量を増加した。2015年、アメリカはシェールオイル増産により国内に増産で積み上がった在庫を解消するため、1975年以来40年ぶりに原油輸出を解禁した。

シェールオイル生産量の増加に対して、OPEC産油国は市場シェア確保を重視して増産で対抗。世界は供給過剰による原油安の状態に陥ったが、2016年11月から12月にかけてOPEC産油国および非OPEC産油国が協調減産に合意し、価格重視の戦略に転換した。しかしながら近年は世界の景気減速による石油需要見通しの伸び悩みから、2019年時点で原油価格は約55ドル/バレルで推移している。

図8 原油価格推移(2010年以降)     図9 シェールオイル生産量(アメリカ)

出典:BP社                  出典:米エネルギー省エネルギー情報局

Ⅴ 2010年代

2019年の時価総額上位10社のうち、7社はGAFA (Google, Apple, Facebook, Amazon.com) 、 BAT (Baidu, Alibaba, Tencent) と呼ばれる企業を中心とした米中のIT企業である。

表11 IT企業の概要

出典:著者作成

GAFAは2018年時点でFacebookを除き各社1,000億米ドル以上の売り上げにまで成長している。BAT企業のうちAlibabaとTencentの売上高はFacebookと同程度の約500億米ドルにのぼる。

図10  GAFA/BAT売上推移

出典:各社アニュアルレポート元に著者作成

Apple社を除き各社の売り上げの半分以上が、自社が提供する検索・SNSサイトから得る広告収入や電子商取引によるもの。各社とも、インターネット・SNSの普及の進展を背景に業績を拡大することに成功しているといえる。例えば、2019年現在、代表的なSNSであるFacebookのユーザー数は世界で約24億人、中国のTencentが運営するWeChatのユーザー数は約12億人にものぼる。

図11  GAFA・BAT 売上構成(2018年)

出典:各社アニュアルレポート元に著者作成

(1) スマートフォンの普及

2000年以降、集積回路など部品の小型化・高機能化により、携帯電話端末は通話機能だけでなく、カメラ、電子決済、音楽再生など、様々な機能を搭載するようになっていく。また、移動通信システムでは2006年に第3.5世代移動通信システムが開始。従来は1枚のDVDをダウンロードするのに27時間から30時間掛かっていたものが、第3.5世代では45分から1時間程度と速度が向上したことで、画像を含むホームページや動画の閲覧が円滑に行うことができるようになり、携帯電話でのインターネット利用シーンはより多様化した。

こうした携帯電話の高機能化と移動通信の大容量化を受けて、2007年にAppleよりiPhoneが発売される。スマートフォンという新しいジャンルを確立した。2006年の携帯電話の部品数が平均541.8個だったのに対して、2008年に発売されたiPhone 3Gの部品数は953個にも増えていた。

図12 移動通信システムの進化

出典:電気新聞

スマートフォン市場の拡大を背景に、ユーザー向けに様々なサービスや機能を提供するGoogleやAmazon.comなどのプラットフォーム事業者の影響力が増大した。スマートフォン上で提供するアプリケーションを開発する多様な協力企業を集めるために、それを束ねるプラットフォーム事業者はより魅力的なプラットフォームを構築する。これにより、プラットフォーム事業者にとってはユーザー数の増大につながり、かつアプリケーション開発企業にとっては収益の配分が増大するという好循環なモデルが生まれ、同事業者の事業拡大につながった。

図13 携帯電話市場におけるスマートフォンのシェア(アメリカ)

出典:Comscore社

(2) IT企業のビジネスモデルの変化

1999年に時価総額上位10社の多くを占めたパソコンや携帯電話、情報通信技術関連の企業と大きく異なる点が、各企業の事業内容である。1999年はパソコンや携帯電話本体および関連部品の製造や、ソフトウェアの作成、情報通信インフラの提供が主な事業内容であった。一方。2019年の時価総額上位に位置するIT企業は上述の通り、インターネット空間上で提供するサービスが収益の源泉である。

例えば2019年の時価総額で1位のMicrosoftは、1999年に時価総額世界1位になった頃とは収益構造が異なる。1999年の売上高は197億米ドル。売上構成はWindows の販売が43.1%、パソコンに同社製品をプレインストールした相手先ブランド供給業者からのライセンス料が53.0%を占めていた。一方、2019年の売り上げは1258億米ドル。売上構成は企業向けクラウドシステムサービスが32.7%、クラウドサーバー31.0%、既存事業であるWindowsの販売およびライセンス料が36.3%であった。20年の間にソフトェウェアの販売・ライセンス料中心の企業からクラウドサービス中心の企業に変化した。

図14 Microsoftの売上構成対比(1999年・2019年)

出典:Microsoftアニュアルレポートを元に著者作成

Ⅵ 最後に

①1989年、GDP世界2位の経済規模であった日本はバブル経済絶頂期にあった。都市銀行は中小企業に対して不動産関連融資を積極的に実行した。当時の時価総額上位10社のうち、7社は日本の企業であり、うち5社を銀行が占めていた。

②1990年代には従来の電話回線に加えて光伝送ネットワークやルーターといった情報通信技術が進歩。アメリカや日本を筆頭にパソコンや携帯電話が普及し始めた。アメリカで発生したITバブルの影響も相まって、1999年の時価総額上位10社には情報通信インフラの提供やパソコン・携帯電話の本体及び関連部品の製造を行う事業者が多く存在した。

③2000年代には中国をはじめ新興国諸国の経済成長が本格化。経済成長に伴うエネルギー需要の増加を受けて、資源・エネルギー価格は上昇した。国営・半国営の産油国エネルギー企業が欧米石油会社に台頭した。2009年の時価総額上位10社のうち、4社は資源・石油会社が占めていた­。

④2010年代に入るとスマートフォンが急速に普及。インターネットの利用拡大・SNSの普及を後押しした。2019年の時価総額上位10社では、GoogleやAmazon.comなど、ユーザー向けに様々なサービスや機能をインターネット上で提供するIT企業が7社存在している。

⑤日本企業は1990年代までは時価総額上位に数社存在していたが、2019年現在、上位10社には1社も存在していない。残念ながら日本は、IT分野で世界に伍する企業を輩出することができなかった。日本ならびに日本産業が世界の産業の変遷に対応できなかった証左である。

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