п»ї コロナ禍後の日本の観光施策はどうあるべきか 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第178回 | ニュース屋台村

コロナ禍後の日本の観光施策はどうあるべきか
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第178回

10月 02日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

世界各国で新型コロナウイルスの影響を最も受けた産業は「観光業」と考えても間違いないだろう。9月14日付のタイの英字紙バンコクポストによると、タイホテル協会は、新型コロナの流行によってタイ国内のホテルの半数が依然として休業中で、100万人の従業員が解雇されていることを明らかにしている。タイは2019年実績で約3900万人の外国人観光客を受け入れていたが、今年3月以降、新型コロナの感染拡大を防ぐため外国人の入国禁止措置をとっており、観光業界のダメージは大きい。

日本も同様に、19年には2800万人強の外国人観光客が訪れた。この観光客が消えて日本の観光業が青息吐息の状態であることは、海外にいる私でも容易に想像がつく。そんな中で約1兆3500億円もの巨額の国民の税金を使って始まった「Go To トラベル」キャンペーン。コロナ感染の第2波のピークに開始されたタイミングの悪さに加え、「東京除外」によって9月までは盛り上がりに欠けたキャンペーンになっているようである。

そもそも内閣官房内に設置された感染症の専門家で作る「新型コロナウイルス感染症対策分科会」は7月末時点では「Go To トラベル」キャンペーンの先送りを提言していたようである。しかし日本政府は経済再建を旗印に、7月22日から「Go To トラベル」キャンペーンを強行。同様に同分科会の提言を無視する形で10月からは東京も「Go To トラベル」キャンペーンに含めた。日本の雑誌やインターネット情報によれば、「Go To トラベル」キャンペーン強行の背後には、全国旅行業協会の会長を務める二階俊博自民党幹事長と、国土交通省(旧建設省)出身の和泉洋人内閣総理大臣補佐官を重用する菅義偉総理大臣のラインがあるという。

1兆3500億円の14%に当たる1895億円が、二階幹事長が会長を務める全国旅行業協会やJTBなどの旅行会社がコンソーシアムを組む「ツーリズム産業共同提案体」に支払われる。このほか、給付金の支払い方法なども旅行会社に有利になるなど疑念が持たれているようだが、タイに住む私には真偽のほどはわからない。しかし、新型コロナ対策分科会が実質的に反対していた「Go To トラベル」キャンペーンを、政府が強行することが私には理解できない。「国民が新型コロナで死亡しても構わない」と公言しているようなものである。国民を犠牲にしてまで日本政府が守ろうとしているものは何なのだろうか? 新型コロナ後の新常態(ニューノーマル)を考えると、現在の日本政府の施策は的外れのように私には思える。

◆相手を知るマーケティングを追求する

これまで数回にわたってこのニュース屋台村に観光関連の記事を掲載してきたが、私はここ数年、日本の観光振興のお手伝いをさせていただいてきた。日本全国で20回にのぼる観光セミナーを開催し、タイ人訪日客が喜ぶ観光プランの作成などをしてきた。まず、その内容について総括しなくてはならない。従来、私が訴えてきたタイ人向け観光施策は以下のとおりである。

(1)日本の各観光地はタイ人が好きな「買い物」「食事」「観光地」の3点セットを準備しなくてはならない⇒タイ人の嗜好(しこう)を無視し、すでにあるものをそのまま売ろうとする観光地が大半である。

(2)タイ人は日本が大好きで、訪問5回以上のリピート客が多い。またタイ人の日本観光の滞在日数は平均7泊8日である。こうしたタイ人観光客を取り込むためには、隣接した観光地が提携して囲い込みを行う必要がある⇒隣接した地方自治体のいがみ合いが多く外国人観光客の囲い込みができていない。

(3)タイ人向け広告はSNSが最も有効である。友人間のSNSのやり取りが日本人以上に頻繁で、タイ人は友人からの情報を最も信用する。このため地方自治体が費用の一部を援助する「テストツアー」の導入や、移動のバス内での試供品提供などによってタイ人にSNSにアップロードしてもらう工夫を凝らす⇒新型コロナの感染拡大前までは相変わらず地方自治体職員によるタイ出張や日本のマスコミ向けの宣伝が多かった。

こうした提言について、私は具体的なデータを基に説明してきた。私が特に強調したのは、タイ人向けの3点セットである。私がこの3点セットの重要性をお話しすると、地方自治体の方の多くは「私どもには観光地として良い温泉が、お土産物としてはおいしいあんこ菓子、そして飲み物としては名産の日本酒があります」と言われる。私は従来、これらを「ダメ出し3点セット」 と呼んでいた。

「人前で裸にならないタイ人に温泉に入ってもらうことができるのか?」「仏教の五つの大罪に飲酒が入っている中で、一般のタイ人に日本酒が広く受け入れられるのか?」「ふだんの食事の中に頻繁に使われる〈甘くない小豆〉に慣れ親しんだタイ人に、〈甘い小豆〉の菓子が受け入れられるのか?」――。私はこうした日本人とは異なるタイ人の生活習慣について説明し、「相手を知るマーケティング」の重要性を訴えてきた。誤解を恐れずに言うと、現在のタイ人はこうしたものを受け入れるように変化してきている。タイ人の生活習慣や嗜好も5年前とは様変わりになっている。ことほどさように、常に新しい情報を追いかける、感度の高いマーケティング能力が日本の観光業に求められているのである。

◆観光業に求められる「選択と集中」

それでは、近年の日本の観光の実態はどのようになっていたのであろうか? 残念ながら、私はこの点ではデータを持ちあわせていない。しかしこの5年にわたって、観光セミナー開催や地方自治体訪問などを通じて日本各地を歩き、観光事業関係の方々から直接お話を伺ってきた。そうした生の情報を基にお話をしたい。結論的に言うと、日本の観光の現状は以下に集約される。

(1)日本は1998年以降、過去20年にわたり経済成長してこなかったため、豊かさで世界各国に追いつかれ相対的に貧しい国になった(1人当たりのGDP〈国内総生産〉は世界で25位から30位に)。このため近隣の中国、韓国、香港の人たちが割安な日本を訪れ、日本観光を満喫している(訪日する全観光客のうちアジア人の比率は約85%)。

(2)アジアの国・地域の富裕層は一流ホテルや高級旅館に連泊し、ミシュランガイドに紹介されている東京・銀座や京都の一流料亭やすし屋に行く。こうした富裕層の旅行客は日本経済への貢献度も高い。

(3)一方で、大半の中国人、韓国人の観光客は日本にあまり金を落とさない観光方法を取っている。中国や韓国のツアー会社が手配した自国のLCC(格安航空会社)の航空機で日本に移動し、日本国内の中国人や韓国人が経営するバス会社、もしくは白タクシーを利用する。近年では観光地の格安旅館や民泊施設も外国人が所有しており、この点でも日本人の売り上げには役立たない。わずかに、B級グルメの飲食店とドラッグストアが恩恵を受けている程度である。

これらが、私が見てきた日本の観光業の実態である。こんな観光客をいくら増やしても日本の経済には大きな貢献はない。日本政府は「観光立国」を叫んでいるが、単に観光客数を増やしても旅館業や飲食業の雇用維持には有益かもしれないが、収益のかなりの部分は中国や韓国に吸い取られている可能性が高い。

こうした状況の中で、新型コロナウイルスが流行していった。今回の新型コロナ禍によって何が変わるのだろうか? まず覚悟しなくてはいけないのは、感染拡大の長期化である。先日、ネット記事をフォローしているマスコミ関係の方に伺ったところ、新型コロナ感染の終息時期について「各国政府関係者は2021年、一般医療関係者は2022年、感染症専門家の方たちは2023年」というのが平均的な予想だという。タイはコロナ禍をほぼ完全に制圧。日本も新規感染者の急拡大はとりあえず収まっている。 しかし世界に目を向ければ、依然として1日当たりの感染者数は増加している。こんな中で、外国人旅行者を野放図に入国させることは当面できない。基礎体力のない観光関連の事業者は、業務の継続がおぼつかなくなる。厳しい言い方にはなるが、新型コロナの感染拡大以前の段階で利益が上げられていなかった事業者は、早めに撤退した方が傷が浅くて済む。

次に、新型コロナ禍によって世界各国で進行している貧富の差の拡大に注目すべきである。「ニュース屋台村」の9月18日付の拙稿「タイに見るコロナ禍後の新常態」では、最近のタイの変化について述べた。タイでも見られたように、配当や地代などで安定的な収入のある金持ちはよりいっそう金持ちになり、高級宝飾品 の購入などに走っている。一方で、サービス産業従事者や建設作業員などは職を失ってきている。貧富の差の拡大とともに中間層の没落・社会の分断化が進めば、資金的な余裕があるアジアの人々の 観光を目的とした訪日が減少する可能性が高い。

特に今回の新型コロナ禍で、LCCは業務の再編や廃止を迫られている。今後は大量の格安航空券が市場に出回らなくなるかもしれない。もともとこうした格安航空券を利用するような層の観光客は、今まで見てきたように、日本の経済に多くの貢献をしてきたとは思えない。これからは外国人観光客の数を追い求めるのではなく、質の高いお客をターゲットにしていくことが重要である。コロナ禍が収束後も、世界で進行する貧富の差の拡大によって訪日観光客数の減少が見込まれる。この点からも、業績の芳しくない観光関連の事業者は早めの撤退を検討した方がよいだろう。

三つ目の提言として、「この淘汰(とうた)を生き抜く」と覚悟した企業は、アジアの富裕層をターゲットとした価格戦略と商品戦略を取るべきである。デフレに慣れた日本人は「安くしなければ客は来ない」と思い込んでいる節もあるが、世界の富裕層は金額に関係なく良いモノには惜しみなく金を使う。

すでに社会的な地位を極めた人にとって、より重要なことは「金を貯める」ことではなく「至福の経験をする」ことのようである。この人たちは、ものの価値をよくわかっている。価格を品質に即して高く設定するとともに、真に良い商品やサービスの提供が必要となる。

私は従来、「買い物」「食事」「観光地」をタイ人の嗜好に合わせる形で設定することを提言してきた。これは一般の観光客向けの施策である。これからのターゲットはこうした層ではない。すでに何度も日本に来て、本当に日本の良いものを探している人たちをターゲットにするのである。日本の伝統工芸をより高め真に質の良い物を作り続けるとともに、これらの価値を上手に宣伝していく必要がある。また日本人は、世界でトップクラスの味覚を持っている。こうした日本人の味覚と日本独自の食材を生かした最高の料理を提供する。さらに日本の美しい自然や伝統ある街並みにぜいたくなサービスを提供する宿泊施設を建設。日本にしかないもの、日本でしかできないことを見つけ、それを徹底して磨き続けることによって、海外の富裕層を引きつけることができるのである。

四つ目の提言は、日本の観光資源の輸出である。これまで指摘してきたように、日本を訪問する観光客は今後、富裕層をターゲットとすべきである。しかしこうした富裕層以外にも、日本が根っから好きだったり、日本に関心を持っていたりする外国人旅行者に対しては、日本の観光地をインターネットやバーチャルリアリティーを通じて宣伝していく。さらに、それらの観光地の食品や特産品の取り込みを図るべきである。

こうした日本の特産品販売については、海外で通用するインターネットによる通信販売のプラットフォームを作成すべきである。また日本食については、腕のいい料理人を養成し、世界各国に展開する。内向きといわれる日本人は、海外に出ても日本人相手の商売に走りがちだが、今や日本食は世界に認知されたブランドである。前回の「ニュース屋台村」でも書いたとおり、タイではコロナ禍の中で日本人相手の日本料理店の多くは壊滅状態にある。一方で、タイ人相手のお店は善戦している。人はみな、日常と異なる経験をすることに幸福を感じる。日本食料理人の免許制度や格付け制度も日本のブランド力を高める上では検討すべき課題である。

◆海外旅行に出かける豊かさを取り戻せ

最後に、私の観光に対する基本的な考え方を述べたい。観光業はそもそも、日本が世界の中で相対的に貧しくなったがゆえに成立した産業である。日本政府は声高らかに「観光立国」などと叫んでいるが、日本が貧しくなったことを宣言しているようなものである。

本来的には外国人が日本に来るのではなく、日本人が海外に出て行く形が望ましい。今こそ日本そのものが豊かになる施策を考え、実行に移していく時期である。今回のコロナ禍によって、残念ながら事業から撤退せざるを得ない観光関連の企業がある。そうした業務に従事し、苦しい思いをしている人たちがいる。こうした人たちが新たな事業を興す形で日本の再生し、引いては日本人が海外旅行に出かける豊かさを取り戻すべきである。日本人の知力と総力を結集する時に来ている。

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