п»ї 本当に大丈夫?日本の少子化対策 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第188回 | ニュース屋台村

本当に大丈夫?日本の少子化対策
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第188回

2月 26日 2021年 経済

LINEで送る
Pocket

小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに「小澤塾」と名付けた6カ月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行して、日本人新入行員として分析力、企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。今回は、小澤塾を昨年卒業した佐久間絵里さんのレポートをご紹介したい(注=本文中の図表は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものを見ることができます)。

佐久間さんは日本の人口減少社会の問題をテーマとして取り上げた。折しも日本政府は今年2月2日の閣議で、世帯主年収が1200万円以上の高所得世帯への児童手当の支給を避止する「児童手当関連法改正案」を決定した。コロナ禍での財政ねん出が目的とは言え、日本の少子化対策が後退した印象は免れない。このレポートは日本の人口減少社会への多面的な分析となっているので、是非ご一読いただきたい。

はじめに

1950年25億人だった世界人口は2020年現在77億人となり、この70年間で約3倍に増加した。世界人口は増大を続けているものの、増加率には地域によって大きな差があり2040年までに予測される人口増加は主にアフリカ大陸の国、インド、アメリカ、南米で発生すると予測されている。その一方で2020年から2040年にかけ、先進国とアジアのいくつかの国では人口が減少すると予測されており、日本においても少子高齢化による人口減少は大きな懸念材料となっている。ここでは、人口減少社会の実像を正確に認識し今後のあり方を考察したい。

. 日本の人口減少

1 ) 推移と将来予測

図1を見ると、日本の人口は1950年当時より1.5倍に増加しているものの、2008年の約1億2809万人をピークに人口減少は始まっている。

国際連合の予測によると、2040年には現在の人口約1億2600万人の10.37%減の約1億1300万人になると予測されている。これからの20年間で日本から減る1300万人の人口は現在の東京の人口とほぼ同じである。

その他ヨーロッパ諸国においても日本より人口減少のスピードが速い国も見受けられるが、現在の人口を維持または現在より増加すると予測されている国も少なくない。特にスイスは10.3%、スウェーデンは9%、フランスにおいては3.5%の人口が増加すると予測されている。

2) 生産年齢人口の推移と将来予測

年齢構成にも大きな変化があり、図2のように15~64歳の生産年齢の人口は1995年の8726万人を境に減少を続けている。14歳以下人口も大幅に減少し、65歳人口が増加している。

 

図3によると20年後の生産年齢人口は約5.5%減少すると予測されている。

他国の生産年齢人口の割合と比較すると日本の減少傾向が特に顕著であることが分かる。生産年齢人口が減少し高齢化が進行すると、高齢者への社会保障支出の増加が財政を圧迫し増税される可能性が大きく、経済成長を低下させる要因となる。

2. 人口減少によって何が起きるのか

では、人口減少によって打撃を受けた社会と住民の生活は実際どのように変化していくのだろうか。ここでは2006年に約353億円の巨額赤字を抱えて財政破綻(はたん)を表明し、財政再建団体の指定を受けた北海道夕張市を例に挙げたい。夕張市は炭鉱業の発展により1960年に人口は11万6908人まで達したが、エネルギー革命により石油へのシフトが進行し1990年に全ての鉱山が閉山した。炭鉱に代わる基幹産業として観光業の基盤づくりを短期間で仕上げようと多額な投資を行った結果うまくいかず、債務の増大を招き、多額な赤字を抱えることとなった。

1) 夕張の人口推移

夕張は元々炭鉱の開発により山あいに開かれた都市で、平坦(たん)地が少なく大規模な農業には向かない地域であった。炭鉱業以外の産業基盤が乏しかったため、雇用の受け皿がなく働き手の若者が都市へ流出し、人口が激減した。図4にあるように人口の一番多かった1960年は11万6908人、全ての鉱山が閉鎖した1990年は人口2万969人、2018年は人口8211人と人口減少に歯止めがかかっていない。

財政破綻をした2006年から2018年までの夕張市の目的別歳出の推移は以下の通りである。


衛生費(医療、公衆衛生、精神衛生等や一般廃棄物の収集・処理など)は93.5%、土木費(公共施設の建設、維持管理に要する経費)は74.9%も減少している。これを、歳出額を1人当たりにしてみても衛生費は90.3%減少しており、実際に財政破綻前には171床の市立総合病院があったが現在は19床の診療所のみになっている。

人口が減少することによって住民の生活の質に大きく関わる社会サービスの削減や質の低下が起きている。

3. 人口増加のための対応策

1) 日本の合計特殊出生率

合計特殊出生率とは1人の女性が生涯に産むことが見込まれる子供の数を示す指標であり、15~49歳の年齢別出生率の合計を表している。図5より日本の合計特殊出生率は1995年以降1.5未満で低迷している。フランス、スイス、ドイツは2000年以降に回復を見せ現在は高所得国の平均を上回っており、日本の合計特殊出生率が特別低いことが分かる。

国は合計特殊出率を既婚・未婚を問わない国民の希望出生率である1.8まで引き上げることを目標と定め様々な政策を打ち出しており、大きな対策の一つが未婚化対策である。

図6からも分かる通り、日本においては婚外子比率が極端に低く、出産=結婚という考えが主流であり未婚化が改善されれば出生率も改善させる可能性が高い。

その他の先進国で婚外子比率が高い主な原因は夫婦の宗教・民族が違い法律婚の定義が異なることが多く、事実婚や税制上の結婚を取るカップルが多いからである。

日本において出生率を改善させるためには未婚率を改善することが必要不可欠である。

図7より、実際の婚姻件数の推移を見ても1972年より約42%減少し、2015年には63万5千組になっている。特に初婚件数の減少が著しく、この50年間でその数は97万9千組から46万4千組と半分以下となっており、未婚者が増加していることが分かる。

表2、2000年から2015年の年齢別にみた初婚件数の推移より29歳以下の初婚件数が極端に減少し、35歳以上の初婚件数が増加している。これより初婚件数の総数が25.2%減少しているだけでなく、晩婚化が進んでいることが分かる。25歳以下の初婚件数減少の要因の一つとしては、大学の就学率が全体で11.8%(男性47.5%→55.4%、女性31.5%→47.4%)上昇していることが影響していると考えられる。しかし、それだけでは大幅な初婚件数減少の理由としては不十分である。


図8の2000年から2018年の平均給与所得の推移より日本の給与所得は全体的に4.4%下がっており、20歳代の給与所得もほぼ横ばいとなっている。年次が5年上がることによる給与昇給も年間約30万円と決して多くない。所得が上がっていくだろうという希望が持てないことが未婚化を進めている可能性がある。

しかし、OECD(経済協力開発機構)の貧困層を定義する際に用いられる等価可処分所得 (世帯を構成する各個人の生活水準やその格差を測るために世帯単位で集計した可処分所得を世帯の人数の平方根で割ったもの) によると、下記のように1人暮らしにかかる生活コストを100万円とした場合、一緒に暮らす人数が多いほど1人当たりの生活コストは安くなる。2人以上で暮らすと1人暮らしよりも一人当たりの固定費や光熱費が安くなるためだ。

1人暮らしよりも2人暮らしの方が3割ほど生活コストは安くなるため、一概に経済的な不安が未婚化を進めると言えない。ただ、これは前提条件として未婚者が1人暮らしをしている場合であり、親と同居している場合は生活コストの安さに加えて家事などをする必要がないため、経済的な結婚のメリットは生かされない。親と同居している未婚者の推移は下記の通りで、総数自体は減少しているものの全体に占める割合は増加しており、45.8%の未婚者がいまだに親と同居している。

表3より、その他の先進国の若者の親との同居率には24歳以下と25歳以上に大きな差がある国が多く、大部分が学業を終え親元から自立している。しかし日本では学業を終えた後も親と同居している未婚者が多い。親と同居することで得られるメリットが未婚率を引き上げている可能性があるのではないだろうか。

2) 女性の就業率と出生率

すでに結婚した夫婦の持つ子供の数はどのようにしたら増えるだろうか。

図10より、それぞれの都道府県の合計特殊出生率と既婚者の女性の就業率の関係を見てみると、就業率が上がっていくにつれて、合計特殊出生率の高い県が多くなっており、働いている既婚女性が多い県ほど合計特殊出生率が多い傾向にあることが分かる。

社会的・家庭的に仕事と子育ての両立出来る環境が整備されれば、合計特殊出生率が上がる可能性が高いと言える。

3) 移民

人口増加対策のもう一つとして移民の受け入れが考えられる。

世界全体の移民数は年々増加しており、2019年は約2億5200万人と2010年より5100万人増加している。そのうち15~64歳の生産年齢人口は78.4%となり、労働市場に及ぼす影響は大きい。

図11、より先進国の移民の総人口に対する割合は年々増加しているが、日本ではわずかな上昇は見られるものの総人口の2%と低い割合で推移している。

図12より、移民の割合が大きいスイス、スウェーデン、ノルウェーの移民の出身エリアをみてみると、移民の大部分を同じヨーロッパ内より受け入れていることが分かる。

表4より、アジア諸国においても国により差は見受けられるも、同じアジア内への移民が多い。インドやインドネシア、マレーシアなどの同じアジア内で移動している移民の割合が大きい国において、条件が改善すれば日本へ流入する可能性が高いと思われる。

4. 他国の成功例

図13、図14より、合計特殊出生率が高い国は家族への社会保障支出GDP(国内総生産)比が高く、男女の就業率の差は小さい傾向があることが分かる。

 

また表5より、合計特殊出生率の高い国は、社会保険料負担の国民所得比と租税負担の国民所得比を足した国民負担率が高い傾向がある。

これにより、高い国民負担率により女性が働き続けられる環境が整えられており、合計特殊出生率が高いレベルで保たれていることが考えられる。

1) フランス 子供を持つことで得られる税のメリット

フランスは19世紀後半より死亡率が出生率を上回る状況が見られ、長期にわたり人口の停滞や減少に対する様々な少子化対策・家族政策を講じてきている。日本において児童手当制度が創設されたのは1971年だが、フランスの家族手当は1932年には既に公的制度として導入されており、少子化先進国といえる。

出生率を上げるための制度として1946年に導入された「N分N乗方式」を挙げたい。

これは家族を所得税の課税の単位として、家族の人数によって課税額が決まる仕組みだ。控除額を一切考慮しない場合N分N乗方式の計算方法は下記のようになる。家族係数で世帯所得を割った額(N分)に該当の所得税率を課し、さらに家族係数をかけて家族全体の税額を決める(N乗)方式で、子供の数が多いほど所得税の負担が軽くなるメリットがある。

他の先進国が子育て費用に関し、税額控除方式を採用し課税単位を個人としたのに対し、家族を課税単位とする方法を選んだという点が注目される。

2) スウェーデン 強い地方自治と見えやすい税制度

1970年代の早くから家族政策を導入し、妊娠から出産にかかる費用は全て無料、保育サービスの自己負担にも上限額が定められている。学費においても義務教育から大学まで無料であり、子供を持つことで発生する経済的負担は小さい。

それを支えるのは58.8%の高い国民負担率であるが、国民が重い税負担を受け入れられる仕組みとして、地方自治が強く税の負担と受益の公平さが見えやすいからだと考える。

表6を見ると、所得、収益からの税収の大部分が個人から地方自治体へと納められており、地方自治体の税収97.6%が個人所得税となっている。

また表7にあるように、地方自治体の主な給付方法は現物給付であり、使用用途が明確である。経済的な格差については国の所得再分配によって、その他は地方自治体の現物給付によって保障されている。住民は地方所得税がそのまま現物として見えるため、税の負担と受益の公平さを自覚しやすくなっている。

また、スウェーデンにおいて、地方議員の大部分が政治家とは別に会社員や看護師、大学教員、農家であったりするなど本業がある兼業議員であり、住民自らが議論を重ねて税率やサービスを決めている。国によって定められた規定はあるものの地方自治体による裁量が大きいため、地方所得税に29.19%~34.7%と差があったり、異なる社会サービスが提供されたりすることも多い。しかし、住民自身が議論を重ねることにより定められた税負担によって、子どもを持つことに積極的になれるような社会サービスが選択されている。このように強い地方自治と税の負担と受益の見えやすさが高負担高福祉を実現しており、高い合計特殊出生率を保っていると考えられる。

まとめ

日本の人口減少は他先進国と比較しても速いスピードで進んでおり、生産年齢人口の割合の減少も深刻である。生産年齢人口の減少は経済成長を低下させる要因となり、高齢者を対象とした社会保障支出の増加が財政を圧迫し、国民の税負担が重くなると予測される。

しかし、税負担が重くなるにもかかわらず人口減少によって国民の生活に大きく関わる健康、安全、教育分野への歳出が減少し、必要不可欠な社会サービスの削減や質の低下が起きる可能性がある。

人口増加のための対策として未婚率の改善、既婚女性の就業率の改善、移民の受け入れの3点が挙げられる。

1) 日本において未婚化が進めば、合計特殊出生率も低下する傾向がある。日本の未婚者は他国と比較して親と同居している割合が大幅に高く、親からの独立の遅れが経済的な結婚のメリットを小さくしている。未婚者が親から自立して生活することが未婚率の改善、強いては合計特殊出生率を改善する対策となり得る

2) 女性の就業率と合計特殊出生率には相関関係が見られ、仕事と子育てを両立が可能な環境の整備が合計特殊出生率を上げる可能性が高い

3) 日本の移民の総人口に対する割合は2%と他先進国と比べて極端に低い。移民の4%は生産年齢人口であり労働市場へのインパクトは大きい。その他の先進国では同じエリアにある国を出身とした移民の割合が大きく、移民受け入れの条件や環境が整えば日本においても同じアジアからの移民を受け入れられる可能性がある

合計特殊出生率の高い先進国の特徴として、国民負担率が高いこと、社会保障支出のGDP比が高いこと、男女の就業率の差が小さいことが挙げられ、日本においてもこうした施策を検討していく必要がある。

1) フランス 家族への手厚い社会保障に加え、子供を持つほうが所得税の負担が軽くなる税制度により高い合計特殊出生率を維持している

2) スウェーデン 税の負担と受益の公平さが見えやすく、国民の地方自治体への能動的な参加により子供を持つことに積極的になれるような社会サービスが選択されている

コメント

コメントを残す