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石川県の地方創生について
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第144回

5月 24日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部では、日本とタイを結ぶ新たな産業の振興や育成を目指して五つの部会を設けている。それぞれの部会とも業種は異なりながらも、定期的に専門家の方たちに集まっていただき、その目的である産業育成に寄与する提言を行ってきている。今回は石川県に焦点を絞り、「産学連携部会」で議論してきた内容を具体化したプランをご紹介したい。

1.石川県の概要について

石川県は全国の大都市に比して小規模ながらも、金沢市を中心に北陸地方の中核としての役割を担っている県である。県内総生産(2014年内閣府県民経済生産)、人口(2016年総務省統計局人口推計)、土地面積(2017年国土交通省国土地理院全国都道府県市区町村別面積)、事業所数(2016年経済産業省経済センサス)、従業者数(2016年経済産業省経済センサス)などの主要な項目で全国に占める割合はいずれも0.9%~1.1%程度であり、日本の1%を構成する県であると言える。

①石川県の産業の特徴
2016年経済センサスによると、石川県における製造業の付加価値構成比は26%、従業者構成比は21%で、全国と比較しても製造業の構成比が大きいことがわかる。製造業の発展が石川県の地方創生の重要なポイントになると言える。

②石川県の製造業の歴史的背景
石川県の製造業は、銅山採掘の過程で発展した産業(建設機械を中心とした生産用機械器具製造業)といった地理的な特性を背景に根付いたものや、加賀藩前田家の文化振興施策により発展した伝統文化や伝統工芸品を背景にもつ産業などがあり、独自の発展を遂げてきた産業が根付いている。近年では電子デバイス・電子部品関連の企業が石川県に進出してきている。

③石川県の主要な課題
石川県も全国的な傾向と同様に少子高齢化や人口減少により生産年齢人口の減少が見込まれており、産業の発展・高度化により、生産性向上を図ることがとりわけ製造業においては喫緊の課題とされている。

出所: 「日本の地域別将来推計人口(平成30年推計)」

2.石川県における強み

①特徴ある企業が集積
製造業の歴史的背景で少し触れたが、石川県には多種多様な背景をもつ産業が集積している。2014年の経済産業省「グローバルニッチトップ企業100選」によると、石川県の企業が6社選定されており、東京、大阪、愛知の3大都市圏に続いて全国第4位となっている。また、経済産業省が指定する伝統工芸品指定品目数においても、10品目が指定されており、全国で6位となっている。特徴がある企業が集積していることが石川県の強みであると言える。

出所:2014年経済産業省グローバルニッチトップ企業100選

出所:2018年経済産業省伝統工芸指定品目
②大学の集積率が全国第2位
石川県は人口10万人当たりの大学・短大数が京都府に次いで全国2位となっている。代表する大学として国立大学である金沢大学や工業分野に特化した金沢工業大学、また全国に数少ない国立の大学院大学である北陸先端科学技術大学院大学が挙げられる。

出所:各大学HPより作成
④  優秀な生徒が育っている
石川県は毎年実施されている小中学生向けの全国学力テストにおいて、例年全国トップクラスの成績を残しており、全国に比べて優秀な生徒が育っていると言える。


出所:文部科学省全国学力・学習調査

3.石川県の弱み

① 企業の人手不足が全国に比して深刻
有効求人倍率が過去30年超にわたって全国平均を上回っており、近年では、2倍近くの水準にまで上昇するなど、石川県内の企業は人手不足が深刻な課題となっている。


出所:厚生労働省、石川労働局一般職業紹介状況
②人材の県外流出
大学進学時の県外進学率が6割、大学卒業生の6割が県外に就職しており、優秀な生徒を育む環境は整っているものの、県内大学の魅力が県外大学に比べて低いためか県外への流出が恒常的に続いている。

出所:石川県平成27年いしかわ創生人口ビジョン

4.産学連携を通じた石川県の地方創生

石川県の産業の中心は製造業であり、製造業の発展こそが石川県の地方創生に大きく寄与する。強みである特徴ある産業を伸ばしつつ、弱みである人口流出を防ぐ手段の一つとして、産学連携を推進することを提言したい。石川県には大学が多くあり、産学連携を推進する環境は整っているいえることから、期待される効果は大きいと考える。
産学連携を通じた石川県の地方創生の方向性を①製造業の発展、②大学のグローバル化による魅力向上の二つに分けて考察したい。
①製造業の発展について
製造業は技術力を高めていくことが重要な要素の一つであり、技術の高度化が産業の発展に寄与する。産学連携により、大学の技術シーズを活用することで、技術の高度化、新たな技術の獲得につながり産業の発展に寄与できる。
(1)コーディネーターの役割
産学連携を推進するには大学・企業間の調整役を担うコーディネーターの役割が重要である。


コーディネーターの必須条件として①人的ネットワークを保有していること②民間企業であること――が挙げられる。人的ネットワークについては企業・大学との交流、マッチング機会を提供する点で重要である。民間企業であることについては、行政機関では公平性を保つ必要性があり、特定の企業や大学に集中できない点でコーディネーターとして適さないと考えられるからである。
以上により、条件を満たすのは地方銀行のみである。しかし、地方銀行は企業・大学の専門用語を理解できないのが現状である。よって、企業のOB(研究職)の再雇用・中途採用や大学教授を顧問として招聘(しょうへい)した専門部署の設立によってコーディネーターとしての機能を担うことを提言したい。
(2)資金確保
産学連携の推進において課題となるのが、研究開発費の資金確保である。
ⅰ.資金の出し手、資金集め方・集め先について

上記の分析により、投資先、投資対象が見つけられないために、企業や個人投資家は現預金を保有していると考察する。この滞留した資金を取り込むことが、資金確保に向けた近道であると考える。
ⅱ.日本と米国のVC(ベンチャーキャピタル)の違いについて

出所:VEC2016年度速報

出所:経済産業省、平成28年度産業経済委託事業
米国のVCは投資金額や投資件数が多いだけでなく、研究の初期段階から積極的に投資を行っていることが読み取れる。また、エンジェル投資家の存在が研究初期からの投資を後押ししている。要因として、米国では社会貢献、地域貢献のための投資を積極的に行い、損失を許容する文化が根付いていることが考えられる。
対して日本のVCは投資リターンを重視するため、事業の見極めに時間を要し、投資時期が遅い。事業に対して早期に見極める目利き力について課題があると言える。
これらの課題を解決するために、地方銀行が自身の顧客情報を活用して、優良企業や個人投資家に投資・寄付の働きかけを行うことを提案したい。社会や地元地域に貢献するという潜在ニーズを喚起できれば、滞留している現預金を投資資金・寄付金として活用することができる。また、信託業務を通じた投資・寄付の呼びかけも可能ではないか。産学連携部署が事業に関する説明をVCや企業に行うことで、VCの事業に対する理解も早まり、投資段階を早める効果や企業の投資ニーズを喚起できる。
②大学のグローバル化による魅力向上について
今後、企業の関心はグローバル化に向かい、同時に学生もグローバル化に対する関心が高まる。グローバル大学に向けた取り組み強化は大学の魅力・価値を向上させ、学生を県内大学に進学させることが可能となる。加えて、大学の価値を高めることは企業資金獲得や人材の獲得に直結する。
(1)世界の大学の取組み

上位に入る大学は、大学の教授などが自ら研究開発費獲得に向け、企業への営業活動を積極的に行っている。この営業活動により得た資金は優秀な人材の確保に使われる。大学の価値向上をさせ、よりいっそうの資金確保、人材確保につながる好循環を作り出していると言える。
また、海外人材の獲得にも積極的で優秀な外国教員や留学生を呼び込み、大学自体がグローバルな環境となっている。これらの大学は外国教員や留学生割合は総じて日本の大学より高い。
シンガポール国立大学では、米国や中国などの海外のスタートアップ企業にインターンする機会を提供している。世界各地の企業や投資家とのネットワークを保有していることで実現している。
(2)スタンフォード大学との比較

出所:2018年スタンフォード大学決算報告、2013年財務省国立大学収入構造
米国の大学は企業からの研究開発費や寄付金による割合が高い。企業や大学OBなどの個人から資金を得る仕組みを構築していることが読み取れる。支出面では人件費の割合が高く、人材の確保に多く投資していると言える。
日本の大学は企業からの研究費開発費や寄付金の割合が低い。企業や個人からの資金確保において出遅れていると言える。
(3)日本の大学の取り組み

出所:日本経済新聞社企業人事担当者から見た大学イメージランキング
金沢工業大学や長岡技術科学大学は、企業との結びつきが強い教員が勤務していることで、独自のネットワークを活用し、地元企業へのインターンシップや学生の就職支援を行うことにより、就職に強い大学としての価値向上を図っている。金沢工業大学においては、海外インターンシップを実施し、海外人材の育成も携わっている。これらを実現できる要因としては、大学内に企業のニーズ把握や調整を行える人材がいることにあると考えられる。
(4)大学の営業活動の環境整備
地方銀行が顧客ネットワークを活用し、大学の営業活動を支援することで大学は企業との接点を持つことができる。特に海外拠点をもつ県内企業への営業活動を強化することで、海外インターンシップの実施といった海外人材の育成と県内就職を同時に行える取り組みができる。
地方銀行には、企業・大学側双方のニーズ把握や調整を行うために大学に行員を出向させ、企業からの資金獲得に向けた営業活動を行うことを提言したい。海外拠点のある企業にとっては海外人材の獲得といったメリットを得られることから、関心をもつ企業も多いものと思われる。

5. 結論

石川県の産業の中心は製造業であり、製造業の発展が石川県の地方創生に寄与する。同時に人口流出などの課題を解決する手段として産学連携を推進することが考えられる。産学連携を推進するために下記の3点を提言する。
①地方銀行が企業のOB(研究職)の再雇用・中途採用や大学教授を顧問として招聘した専門部署の設立によって、コーディネーターの役割を担う
②地方銀行が顧客情報を活用して、優良企業や個人投資家の投資・寄付ニーズを喚起し、資金確保につなげる
③地方銀行員が大学に出向し、企業・大学間の調整を行い、資金確保に向けた営業活動を行う
地方銀行が産学連携を主導的に推進することで、石川県の地方創生に寄与することを期待したい。

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