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正しく理解しよう!CO2問題の現状と日本の立ち位置
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第202回

9月 24日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

1.はじめに

 2021年8月、気候変動に関する政府間パネルの第6次評価報告書(第1作業部会)が公表された。同報告書は、地球温暖化による気候の広範囲かつ急速な変化は、これまで何世紀もの間前例のなかったものであると警告し、世間で大きな注目を集めている。世界はすでに二酸化炭素(CO2)削減へ向けた取り組みを加速させているが、日本は他国に大きく出遅れてしまっている。今回はCO2問題を基本から説明するとともに、世界の取り組みを紹介することにより日本の立ち位置を考えてみたい。

2.二酸化炭素と地球温暖化の現状

 (1)CO2と地球温暖化 

世界のCO2の排出量の増加と気温の上昇がみられる【図1】。この100年間で世界の気温は0.72℃上昇し、日本も100年間で1.26℃上昇した。

(2)CO2と地球温暖化の因果関係についての議論

①CO2と地球温暖化に関する議論の経緯

CO2と地球温暖化に関する研究は100年以上前から行われている【表1】。1985年のフィラハ会議で科学者から警告が発せられ、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立された。従来から様々な懐疑論も主張されてきたが、事実誤認や科学的な説明がなされていないとの説もあり、現在はIPCCの評価報告書をはじめとする「地球温暖化の原因はCO2中心とした温暖効果ガスである」という見解に集約されている。

【従来主張された懐疑論の例】

・そもそも地球温暖化は起きていない

・地球温暖化は太陽活動が原因である(黒点説)

・温暖な時期にあるだけで、今後地球は氷河期に突入する(サイクル説)

・ヒートアイランド現象が温暖化の傾向を誇張している

・水蒸気が最も強力な温暖効果ガスである

・地球が温暖化した結果、海から二酸化炭素が排出されたのであって、二酸化炭素が温暖化を引き起こしているわけではない

②IPCCの地球温暖化に関する見解

 これまでに6回にわたり公表された評価報告書では、人間の活動に伴う温暖効果ガスの排出によって地球温暖化が進行しているとの見解が示されてきた。回を重ねるごとに精度を高め、第6次評価報告書で「人間の影響が大気、海洋及び陸地を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と断定した【表2】。

③人間の活動(CO2排出)を考慮しないと気温上昇の理由を説明できない IPCCではCO2と地球温暖化の関係性について、スーパーコンピューターを用いて計算された気候シミュレーションによって検証されている。【図2】の通り、20世紀半ばまではシミュレーション通りの気温推移であり、気候変動は太陽や火山など自然現象で説明できる。しかし、それ以降は人間による活動(温室効果ガスの排出)の影響を考慮しないとシミュレーションと実際の気温推移が合致しないことから、CO2排出が地球温暖化の原因であるという結論に至っている。

3.CO2に関する各国の状況

(1)CO2排出量が多い国

二酸化炭素排出量が多い国の上位10か国は先進国が占めており、それぞれ「電気・熱生産」、「輸送」、「工業」からの排出が多いことが【図3】から分かる。いずれの国も「電気・熱生産」からのCO2排出が最も多く、「世界の工場」たる中国と近年工業の育成を図るインドは「工業」からの排出が次に多い。その他の国は輸送からの排出が2番目に多い状況である。

(2)CO2削減のターゲット 

世界全体のセクター別CO2排出源について、【図4】から「発電・熱生産」と「輸送」、「工業」で総排出量の8割以上を占めていることが分かる。排出量が最も多いのが「電気・熱生産」、次いで「輸送」である。(1)で確認した通り、排出が多い上位10か国では中国・インドを除いて「電気・熱生産」と「輸送」が1位と2位を占める。本稿では「電気・熱生産」と「輸送」に着目したい。

4.発電・熱生産により排出されるCO2                                                                  

(1)化石燃料による発電から脱却すべき

化石燃料による発電は再生可能エネルギーによる発電に比べてCO2の排出量が多いことが【図5】から分かる。特に石炭による火力発電からの排出量は最も多い。発電部門から排出量を削減するには、まず化石燃料による発電から再生可能エネルギーによる発電に転換することが重要であろう。

(2)日本は電源を再生可能エネルギーに転換する必要がある

国によって電源構成に大きな違いがあることが【図6】から分かる。日本は石炭と天然ガスによる発電がメインであり、化石燃料による発電が約7割を占める。日本は電源を再生可能エネルギーに転換する必要がある。なお、石炭の生産量の世界1位と2位である中国とインドでは石炭火力発電が多くの割合を占める。非化石燃料による発電を牽引しているのはヨーロッパである。日本の非化石燃料による発電割合が29.7%であるのに対して、ドイツ53.6%、フランス91%(69.9%を原子力発電が占める)と大きな差がある。

(3)世界では再生可能エネルギーを用いた発電量は急速に増加

近年、世界の太陽光発電と風力発電の発電量が急激に増加しており、再生可能エネルギーによる発電の中心的割合を担っていることが【図7】から分かる。

(4)再エネの発電量が増加したしたことで発電コストも低下した

  世界の再生可能エネルギー、特に太陽光発電と風力発電による発電コストがこの10年間で大きく低下した【表3】。洋上風力発電を除き、世界では再生可能エネルギーによる発電コストが石炭発電による発電コストよりも安くなっている。

(5)発電コストの高さが障害となり、日本は再生可能エネルギーへの転換が進まない

【図8】から、日本の発電コストについて以下の特徴が読み取れる。

・日本で最も発電コストの安い原子力発電ですら他国の多くの発電方法より高コストである

・特に再生可能エネルギーによる発電コストは他国と大きな乖離(かいり)がある

・日本の電源の7割を占める石炭発電と天然ガス発電の発電コストについて、石炭発電は石炭の産出地である中国・インドよりも高く、天然ガスも「シェール革命」により天然ガス調達価格が低下したアメリカよりも高い

・中国・インド・アメリカに比べて日本は太陽光発電の大規模発電所用地の確保が難しく、規模の経済が働かないことで発電コストが高い

・各国とも洋上風力発電が最も高い傾向にあるが、日本は突出している

(6)日本の発電コストが高い原因

①電力の自由化の遅れ、発送電分離の在り方の違い

・日本、EU(欧州連合)、アメリカは電力の発電と小売供給の分野で自由化したが、【表4】の通り日本の小売供給の完全自由化は他国よりも出遅れたため、コストの削減効果がまだ表れていない。

・日本の発送電分離は送配電部門を子会社化したり、持ち株会社の傘下に置いたりすることが認められる(法的分離)。EUの「所有権分離」またはアメリカの「機能分離」に比べると、その独立性は低い状態にある。

②太陽光発電の用地確保に向けた規制緩和が必要

日本は他国に比べてハード費用と設置費が高いことが【図9】から分かる。この原因として、日本は急峻な山地や所有者不明土地(国土全体の約1割を占める)が多く、1件当たりのプロジェクトが小さくなりスケールメリットが働きにくいことが考えられる。また、日本では日本製のハードが使用されることが多いのに対して、世界では安価な中国製が高いシェア占めることがハード費用の差として現れている。

③日本の風力発電はハード自体が高く、設置も高コスト

日本の風力発電設備の設置コストはアメリカの洋上・浮体を除き、他国より高いことが分かる【図10】。その理由として、風力発電の市場形成が進まなかった日本には現状風車メーカーが存在せず、ハードの価格競争が起きなかったことが考えられる。また設備が日本の自然災害に対応した仕様であること、山奥深くに建設されるため設備を運搬するための道路建設費用なども必要になることでその他費用が高額になることも考えられる。

5.運輸により排出される二酸化炭素排出 

(1)自動車からのCO2排出を削減しなければならない                                                               

運輸部門から排出される温暖効果ガスの内訳をみると、旅客・貨物を合わせた自動車からの排出が7割以上を占める【図11】。運輸部門からの二酸化炭素排出量を削減するには、自動車からの排出量を削減することが重要であろう。

(2)日本ではEVへの移行は進んでいない

自動車からのCO2 排出量を削減する方法として、化石燃料を動力とするエンジン駆動車から電気自動車(EV)への移行が考えられる。【図12】から世界のEVの台数は中国、EU、アメリカを中心に増加していることが分かる。しかし、日本のEVの台数は増えておらずEVへの移行は進んでいない。

(3)EV自体の航続距離は伸びている

EVへの移行が進まない理由として航続距離に対する不安が考えられる。EV自体の航続距離は【図13】の通り、技術の進歩によって着実に改善している。

(4)日本ではEV充電施設の設置が進んでいない

EVの航続距離の短さを補うのが充電設備であるが、着実に充電設備の数を増やす海外に対して日本は2017年ごろから増えていない【図14】。日本でEVへの移行を進めるには充電設備を増設し、消費者がEVを購入しやすくする環境を作ることが重要であろう。

6.CO2削減に向けた取り組み  

(1)CO2削減へ向けた国際競争はすでに始まっている

多くの先進国で2050年までに脱炭素社会を実現させる野心的な計画を掲げている【表5】。しかし、ヨーロッパは化石燃料による火力発電の廃止時期の明言など、日本よりも一歩踏み込んだ方針を表明している。

(2)世界各国はCO2削減を最重要課題の一つとして捉えている

各国とも排出削減目標を達成すべく、以下の政策を発表しており、CO2問題を最重要課題の一つとして位置付けている。IPCC第6次評価報告書を受けて、この流れは今後更に加速する可能性が高い。

【EU】

〇欧州グリーンディール

・2050年までに、温暖効果ガスの実質排出ゼロ

・エネルギー部門の脱炭素化

・建物を改修しエネルギー料金・使用料の削減を促進

・産業のイノベーションを促進、グリーン経済で世界のリーダーとなる

〇欧州気候法

2030年までに温室効果ガスを55%以上削減(1990年比)、2050年温室効果ガス実質排出ゼロの達成を法制化。

〇Fit for 55

・乗用車からの排出を2021年比で2030年までに55%削減し、2035年には100%削減する(2035年以降は全ての新車がゼロエミッション車となり、ハイブリッド車を含めて内燃機関搭載車の生産を実質禁止)

【中国】

〇国連総会でのビデオ演説

・2030年前にCO2排出をピークアウト

・2060年までに脱炭素

〇国連気候サミットでのビデオ演説

・GDPあたりCO2排出量を2005年比65%以上削減

・非化石エネルギーが1次エネ消費に占める割合を25%に

・2005年より森林蓄積量を60億平米増やす

・風力発電・太陽発電の発電容量を12億以上に増強

【アメリカ】

〇バイデン大統領の気候変動対策

・2050年までに脱炭素

・2035年までに電力部門からのCO2排出量ゼロ

・全米50万か所にEVの充電設備を設置

・EV購入の為の税控除制度導入

・連邦及び地域政府による排出ガスゼロの車両の調達

・蓄電技術、排出量削減技術、水素技術、原子力技術のイノベーション促進

【日本】

〇2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略

・再エネによる発電を最大限導入

・洋上風力・蓄電池産業を成長分野に設定

・水素発電、火力発電及びCO2回収技術を選択肢として最大限追求し、技術確立・適地開発、コストを削減する

・原子力発電は可能な限り依存度は低減しつつ、引き続き最大限活用

(3)CO2排出量に関する考え方の変化

世界では二酸化炭素排出量を製品ライフサイクル全体で評価する、ライフサイクルアセスメントという考え方が浸透しつつある【図15】。EUや中国ではこの考え方に基づいた規制の検討が進んでおり、本規制が導入されれば、電力を化石燃料に頼る日本企業は海外に比べて不利な立場となりかねない。

(3)企業は国に先んじてCO2排出量削減に取り組んでいる

 企業はCO2削減へ向けて独自に目標を設定し、行動を始めている。CO2削減を求める世界的企業の方針が国際取引上のルールとなれば、再生可能エネルギーによる電力の調達が難しい日本での生産が出来なくなる可能性がある。日本企業も、決定までに時間のかかる国の政策に先んじて脱炭素化を図り、国に対して働きかけを行うことが必要であろう。

【アップル(アメリカ)】

・事業全体・製品ライフサイクルのすべてを通じて、2030年までに気候への影響をネットゼロにする

・アップルの製品ライフサイクルにおいて、「製造時」に多くの二酸化炭素が排出されているため、同社製品の生産を担うサプライヤーにも今後は再生可能エネルギーを活用した製造への移行を求める

この要請に対応できない企業はアップルと取引出来ない、または再生製可能エネルギーを用意できない場所では生産を行えなくなる恐れがある。

【IKEA(オランダ)】

・温室効果ガスの排出量より、削減する量を多くすることの実現を目指す

・中期目標として2030年までにバリューチェーン全体の温暖効果ガス排出量を半減させる

・IKEAの主な排出源は「原材料」であるため、2021年5月から英国で使用済み家具の買い取りと販売を本格的に開始。家具メーカーが中古品を販売すると新品販売が減少する恐れがあるが、この方が新品販売よりも温暖効果ガスの排出量は少ないとみられ、排出削減への効果が期待される

【DHL(ドイツ)】

・2050年までに物流に伴う二酸化炭素排出量をゼロにする目標を設定し、70億ユーロを投資する

・「航空機による物流」は同社の最大の温室効果ガスの排出源であるため、2030年までにバイオ燃料を使用する

・所有する建物について、2030年までにグリーン電力の使用割合を世界で90%以上に拡大する

・宅配配送者について、2030年までに宅配配送車のうち60%の電化し、下請け業者にも排出量削減を働きかける

【イオン(日本)】

・遅くとも2050年までに事業に使用する電力をすべて再エネにする

・中期目標として、2030年までに国内の再エネの導入率を50%に引き上げる

・CO2排出量の約9割が「店舗などで使用される電力由来」であるため、2025年までにイオンモール全店舗、イオンタウン全店舗、総合スーパーのイオンリテール全店舗で使用する電力をすべて再エネに切り替える

・PPA制度を活用し、太陽光発電により発電された電力を買い取る

※PPA制度:PPA事業者が店舗に太陽光パネルを設置・管理し、電力需要者が買い取る仕組み。需要者は初期投資や管理コストをかけずに再生可能エネルギーによる電力を入手できる

7.まとめ       

①世界のCO2の排出量の増加と気温の上昇がみられ、100年間で世界の気温は0.72℃上昇した。CO2温暖化の関係は従来から懐疑論も展開されたが、現在はIPCCの評価報告書をはじめ、地球温暖化はCO2など温暖効果ガスが原因であるという見解に世界は集約されている。

②CO2の排出源の多くは「電気・熱生産」「輸送」「工業」からの排出であり、排出が多い上位10か国でも同様の傾向が見られる。よって、これらの部門からのCO2排出量削減が重要である。

③世界の主要国ではすでに太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの発電コストが低下し、石炭や石油などの石化発電のコストより安くなっている。一方、日本では相変わらず石化発電のコストが再生可能エネルギーより安いが、主要国の再生可能エネルギーのコストには勝てなくなっている。温暖化対策の高まりから日本はCO2排出量の少ない再生可能エネルギーへ転換を余儀されるであろうが、製造業を中心とした日本の競争力はいよいよ後退していく可能性が高い。

④日本は電力自由化が他国よりも遅れかつ不十分であったため、まだコスト削減効果が表れていない。電力自由化の土台となる発送電分離の方法に関して、日本の「法的分離」はEUの「所有権分離」またはアメリカの「機能分離」よりも独立性が低い。このため既存電力会社の勢力が温存され、新規企業の参入が限定的でコスト削減に至っていない。

⑤中国・EU・アメリカを中心にEVの台数が増加しているが、日本では頭打ちとなっている。日本以外の自動車メーカーではすでにEVへの転換が積極的に進められている。また中国・EU・アメリカでは受電設備の設置が着実に進めているのに対して、日本では2017年ごろからほぼ進んでいないことが原因と考えられる。

⑥世界の国々はCO2削減を最重要課題の一つとして捉え、野心的な排出削減目標を設定し、CO2排出削減へ向けた国際競争を始めている。IPCC第6次評価報告書の公表を受けて、その流れは加速する可能性が高い。

⑦世界的企業やEU、中国などがライフサイクルアセスメントに基づいたルールを導入すれば、電力を化石燃料に頼る日本企業は世界の大手企業から取引を切られる可能性が高い。日本国内の高い電力調達コストと化石燃料発電に依存する環境が変わらなければ、日本の製造業は海外へ出ていかざるを得なくなり、産業の空洞化がいっそう進む可能性がある。

⑧国が政策決定を行うまでには時間がかかりすぎるため、世界の企業は国に先んじて独自の目標を設定し、PPA制度などを活用することで脱炭素化を図っている。日本企業もこうした姿勢が必要となってきている。

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