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やさしく理解する世界の水資源問題と日本への影響
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第203回

10月 08日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

はじめに

「人間は水と空気がなければ生きていけない動物だ」と言われる。一方で私たち日本人は「水と空気はただ(無料)だ」と思っている。しかし世界に目を転じると、水が入手できずに生命の危険に瀕している人たちが何億人と存在しているのである。前回第202回のニュース屋台村「正しく理解しよう!CO2問題と日本の立ち位置」(2021年9月24日付)で世界における地球温暖化問題の対応について取り上げたが、水資源問題も世界的には極めて関心の高い課題である。世界的に水資源の枯渇が危惧(きぐ)される中で、日本は果たして無傷でいられるのであろうか? 今回はデータを活用した科学的分析を試みることにより、水資源問題の現状と今後の課題を考えてみたい。

1.地球全体の水資源は十分あるものの地域格差が存在する

水資源にかかる量の問題は、人類が生活するうえで必要となる水資源が地球上に十分にあるのか、質の問題は、水資源が汚染されておらずストレスなく利用できるか、というものである。これらの観点から国・地域による比較や時系列による推移を分析することで、水資源問題の現状を明らかにする。

なお、このレポートでは複数の単位を使用しているが、それぞれの関係は「1㎥=1,000ℓ=1,000,000㎤(=約1トン)」、「1㎦=1,000,000,000㎥」となる。

(1)地球上の再生可能な水資源は人類が使用する量の10倍以上ある 地球上には膨大な量の水があるが、96%以上が海水である。また、淡水の大部分が地下水や氷河などであり、人類が利用しやすい淡水の割合は0.01%といわれている。

【図表1-①】地球上に存在する水の量(1,000㎦)

(出所)国土交通省水資源部『日本の水資源の現況』より筆者作成

※国連『AQUASTAT database』に掲載されている各国最新の計数を使用した。以下同様。

このうち再生可能なフローである水資源量(降水量から蒸発散量を控除して算出される潜在的に継続利用できる水の量)は河川などの地表水や地下水として2017年(※)で54,730㎦といわれており、人類の年間使用量約4,009㎦と比べて10倍以上ある。

(2)地域格差は大きくアジア・アフリカで水資源が不足している

①1人当たりの水資源量・水使用量は地域によって大きな差がある

1人当たりの水資源量から水需給に関する逼迫(ひっぱく)度合いを測る指標として、「水ストレス」がある。水ストレスでは、農業、工業などに要する水資源量は年間1人当たり1,700㎥とされ、それを下回る場合は「水ストレス下にある」状態を表すとされている。2017年の水資源量は世界平均で7,249㎥(=7,249,000ℓ)となっており、基準を上回っている。一方で、1人当たり水資源量は地域格差が大きく、特に水資源が不足している北アフリカでは水ストレスの基準値の3分の1以下しかない。

図表1-②】地域別1人当たり水資源量

(出所)国連『AQUASTAT database』などにより筆者作成

また、足元の1人当たりの年間水使用量は、2017年の世界平均で531㎥(=531,000ℓ。1日当たり1,454ℓ)となっている。最も少ないアフリカ(188㎥)と北米(975㎥)では5倍以上の差がある。

【図表1-③】地域別1人当たり使用量

(出所)国連『AQUASTAT database』などにより筆者作成

②農業用水が水使用量の7割超を占める

世界全体の使用目的は農業用水71.7%、工業用水16.5%、生活用水11.8%と、農業用水の比重が高く、特にアジアおよびアフリカで農業用水の割合が高い。

【図表1-④】地域別・分野別使用量構成比

(出所)国連『AQUASTAT database』より筆者作成

③アジア・アフリカでは水資源にアクセスできない人口が多い

基本的な飲み水(待ち時間を含めて自宅から往復30分以内にある安全な飲み水)にアクセスできない人口は2020年で7億7100万人(世界人口の約10%)おり、そのうちサハラ以南のアフリカが半数を占める。また、基本的な衛生施設(他の世帯と共有していない、衛生的に設計されたトイレなど)にアクセスできない人口は2020年で16億9100万人(同約22%)おり、そのうちサハラ以南のアフリカとインドを中心とした中央・南アジアが4分の3を占める。

【図表1-⑤】水資源にアクセスできない人口(百万人)

(出所)UNICEF『Water, sanitation & hygiene data』より筆者作成

水資源問題は、1人当たり水資源量の地域格差が大きく、特にアジア・アフリカで深刻である。また、水使用目的は農業用水が7割(水資源が不足する地域では8割程度)を占めることから、水資源問題がある場合、同時に食糧問題を抱えることを意味する。

2.水資源が不足する地域での人口増加により水資源問題が深刻化する

前章では、地域格差が水資源における問題であり、食糧問題と関係が深いことを確認した。本章では、地域格差が今後どのように推移するのか需要面から検討する。

(1)人口の増加と生活水準の向上により水使用量が増加している

世界の水使用量を見ると、人口増加に伴って農業・工業・生活用水それぞれで増加している。また、生活水準の上昇によって1人当たりの水使用量が増加することが、地球全体の水使用量の増加要因となっている。

【図表2-①】世界の水使用量と人口推移

(出所)『SHI and UNESCO(1999)』

(2)水資源が不足するアジア・アフリカで一層の需要増加が見込まれる

①アジア・アフリカで人口が増加し、世界全体で中間所得層が増加する

世界全体の人口が増加を見込むなか、水資源が不足するアジア・アフリカで大幅な人口増加が見込まれる。所得別に見ると、中間所得層が増加することで食生活における質の向上が見込まれる。

【図表2-②】地域別人口予測、所得別人口予測

(出所)国連『World Population Prospects』より筆者作成

②1人当たり水資源量はヨーロッパを除く世界全体で減少する

2050年の1人当たり水資源量は、2000年比で3分の2程度の4,556㎥まで減少する見込みである。地域別に見ると、アフリカ(1,796㎥)やアジア(2,302㎥)では水ストレス(1,700㎥)に近い水準まで低下する見込みである(※)。

【図表2-③】1人当たり水資源量の推計(㎥)

(出所)国連『The United Nations World Water Development Report 2014』

※2014年時点の予測であり、【図表1―②】の計数と一致しない。

3.地下水活用や海水淡水化など水資源の開発が進むものの高コストが課題となる

人口増加などにより水資源の需要拡大が見込まれるなか、それに対応できる供給体制を整えることができるのか、新しい技術動向を含めて確認する。

①地下水のさらなる活用が見込まれるが、長期的な利用には懸念がある

増加する需要を満たすため河川や湖などの地表水に加えて、後述するように最も安価である地下水の活用も進んでいる。地下水資源量は、アメリカを含む上位5か国で約4割を占めており、世界全体で地下水を水源とする割合は2割以上となっている。

【図表3-①】国別地下水資源量、地下水依存度

(出所)国連『AQUASTAT database』より筆者作成

地下水は、水が循環するなかで雨水などが地下に浸透し蓄積されたものであり、蓄積には数百年から数千年を要するといわれている。そのため、蓄積を上回る地下水の利用は、石油と同様に枯渇する可能性があり、地下水の長期的な利用には懸念がある。また、地下水のくみ上げにより水位が低下することで、くみ上げに必要となる電力消費が増加するため、地下水の継続利用にはコスト面に加えて環境面でも課題がある。

②インフラ整備は供給を底上げするがコスト負担が大きい

発展途上国では上下水道の普及が遅れており、多くの水資源が漏水(生産水量から販売水量を差し引いたもの)により無駄になっている。具体的にはマニラ62%、デリー53%など漏水が多い地域ではインフラ整備による供給底上げ余地はある。

【図表3-②】都市別無収水量率

(出所)アジア開発銀行『Water in Asia Cities, Utilities’ Performance and Civil

Society Views』

一方で、無収水量率が低い日本では、インフラ整備に大きな初期投資と維持管理費用が発生している。具体的には、2007年から2016年の10年間の平均値で水道関連投資額が毎年約1.7兆円発生している。将来的にも毎年約1.9兆円の更新費がかかると推計されており、同様の投資を世界各国で負担することは困難だと考えられる。

【図表3-③】水道部門投資実績額の推移

(出所)厚生労働省『水道の現状について』

③技術革新により水資源の開発が進んでいるがコスト優位性は低い

地下水の活用や漏水の削減以外に水資源を確保する方法として、海水淡水化などの技術の実用化が進められている。

【図表3-④】淡水化手法の概要

(出所)沖大幹『水危機ほんとうの話』、ピーター・ディアマンディス『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』

ただし、これらの新技術が普及するには、既存水資源に対してコスト面での優位性が必要になる。しかしながら、新技術による造水コストは高価であり、引き続き既存の水資源の利用が中心になると考えられる。

【図表3-⑤】造水コストの比較

(出所)沖大幹『水危機ほんとうの話』、KTH Royal Institute of Technology『Evaluating the benefit-cost ratio of groundwater abstraction for additional irrigation water on global scale』より筆者作成

4.世界で水資源問題が深刻化するなか日本は相応の水資源を確保できる可能性が高い

水資源が不足する地域で需要増加が見込まれるなか、供給面の懸念から世界で水資源問題が深刻化することを見てきた。本章では、これらの状況を踏まえて水資源問題が日本にどのような影響を及ぼすか検討する。

(1)気候変動の影響は比較的小さく日本は相応の水資源を確保できる見通し

①日本の1人当たり降水量・水資源量は少ないが、人口減少により改善を見込む

日本は温暖なアジア・モンスーン地帯に位置し、1人当たり年降水総量は世界平均(18,928㎥)の3分の1程度(4,945㎥)、水資源量は世界平均(7,249㎥)の2分の1以下(3,373㎥)であるが、水ストレス(1,700㎥)の倍近くはある。さらに、将来的には人口減少により、国全体の水資源量が一定と仮定した場合、1人当たり水資源量は4割程度(1,499㎥)の増加が見込まれる。

【図表4-①】日本と世界の水資源の状況

(出所)国土交通省水資源部作成資料(左) 国立社会保障・人口問題研究所『将来推計人口』より筆者作成(右)

②気候変動により水資源格差は拡大するが日本への影響は比較的少ない

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によると、降水量の地域格差は広がる見込みである。しかしながら日本では、降水量の変動幅が大きくなり短時間強雨が増えるものの、降水量の大幅な増減は見込まれていない。

【図表4-②】将来の降水の予測

(出所)環境省『IPCC第5次評価報告書の概要』

(2)日本の水資源が外国資本に収奪される可能性は小さい

日本では、民法第 207 条「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」を根拠として土地を取得した場合、地下水を自由にくみ上げる権利も取得できることから、外国資本による土地の購入を懸念する意見もある。しかしながら、水資源は質量当たりの価格が非常に低いという特徴があり、山梨県から中国・上海に輸送した場合には1㎥当たり5千円以上の輸送コストがかかると推計される。海水淡水化による造水コストが1㎥当たり110円程度であることを考慮すると、外国資本による収奪の懸念が現実となる可能性は低い。

(出所)中部運輸局『距離制運賃表』、World Freight Rates『Freight Calculator』より筆者作成

5.日本では輸入に依存している食糧確保への対応が求められる

前章では日本において水資源問題が直接大きな懸念となる可能性は低いことを見てきた。最後に世界の水資源問題が日本に影響する分野として食糧問題を取り上げる。

(1)食糧輸入国である日本は実質的に水資源を輸入している

①日本の食糧自給率は低く、多くの食糧を輸入に依存している

水使用量の7割超を農業用途が占めることから、水資源問題は食糧問題と一体で考える必要がある。日本は多くの食糧を輸入に依存しており、2018年の食糧自給率(カロリーベース)は37%と世界の主要国と比べても低い。世界では人口増加および生活水準向上により多くの食糧が必要になることから、食糧を輸入に依存するリスクが高まると考えられる。

【図表5-①】各国の食糧自給率

(出所)農林水産省ホームページ

②食糧輸入を通じて水資源を実質的に輸入している

海外から輸入される食糧の生産には多くの水資源が使用されている。日本が輸入している肉類や穀物などの主要9品目の仮想投入水量は627億㎥と推計され、日本の農業用水の年使用量である537億㎥を上回る量を実質的に輸入で賄っている。特に、肉類を国内で生産した場合201億㎥を要すると推計され、輸入に依存する食糧のなかでも特に肉類の水使用量が多い。

【図表5-②】仮想投入水量(輸入品を国内生産した場合の水使用量の推計)

(出所)沖大幹『水危機ほんとうの話』より筆者作成

なお、トウモロコシなども仮想投入水量は多いものの、生産物1㎏当たりの水使用量を見ると、牛肉が15,415ℓに対してトウモロコシは1,222ℓと10倍以上の差がある。水資源問題の深刻化を通じて、生産に多くの水を使用する肉類の希少性が高まり、輸入に影響が及ぶと考えられる。

【図表5-③】ウォーターフットプリント(生産物1㎏当たりの水使用量の推計)

(出所)『Water footprint Network』より筆者作成

(2)食糧自給率の向上と他国との関係強化を通じた中長期的な食糧確保が求められる

世界では水使用の中心である食糧の需要拡大が見込まれるなか、多くを輸入に依存する日本では食糧確保が困難になると考えられる。そのため、自国における食糧自給率の向上と併せて、他国との関係強化を通じた中長期的な視点での食糧確保が必要になる。

①自国の食糧自給率の向上において水資源がボトルネックになる可能性は低い

食糧自給率の向上は、改めて言及するまでもなく日本の重要な課題である。『食料・農業・農村基本計画』では、2018年の「カロリーベース37%、生産額ベース66%」を2030年に「カロリーベース45%、生産額ベース75%」とする目標が掲げられており、水資源の希少性が高まるなか食糧自給率の重要性は高まると考えられる。

ここで日本では食糧自給率の向上に必要となる水資源が足りているかを確認する。農業用水の年使用量が食糧自給率に比例すると仮定した場合、日本の食糧自給率を45%に引き上げると、約636億㎥が必要となると推計される。他の用途を含めた水使用量は914億㎥となるが、上述のとおり日本は相応の水資源を確保できる見込みであるため、食糧自給率の向上において水資源がボトルネックになる可能性は低い。なお、食糧自給率を100%に引き上げたと仮定した場合でも、農業用水は約1,413億㎥、他の用途を含めた水使用量は約1,691億㎥となり、日本の水資源量4,300億㎥で賄える水準に収まっている。

【図表5-④】食糧自給率と水資源量

(出所)国連『World Water Development Report』より筆者作成

②世界では水資源を巡る紛争が増加する可能性が高まる

世界には複数の国にわたって流れる国際河川が多く存在し、河川の上流と下流で利害の対立が起きている。アジア主要河川の水源が中国領チベット自治区のチベット高原や隣接するヒマラヤ山脈にあることから、アジアの水源が中国に集中していると言える。中国の1人当たり水資源は約2,000㎥と水ストレス(1,700㎥)に近く、国際河川の上流に複数のダムを建設するなど下流に影響を及ぼしており、今後、以下の10か国を中心に利用を巡る紛争の可能性は高まると考えられる。

【図表5-⑤】アジアの主要河川と水源

(出所)World Bank『World Development Report』などにより筆者作成

③中国とアジア諸国の水資源問題解決を通じた中長期的な食糧確保が求められる

これらの状況に対して日本政府は、ODA(政府開発援助)を通じて国際協力活動を行っている。日本は「安全な水と衛生」分野で2014年から2018年合計で59億3300万ドル(国別1位)を援助しており、地域別ではアジアが7割程度を占めている。

一方で、このうち上述したアジアで紛争の可能性が高まる10か国に対する「安全な水と衛生」分野の援助実績は、2019年合計で4億6600万ドルとなっており、10か国に対するODA全体に占める同分野の割合は2016年以降減少している。

【図表5-⑥】10か国向けODAに占める安全な水と衛生分野の割合、国別実績

(出所)OECD『DAC・CRSオンラインデータベース』より筆者作成

日本においては、アメリカなど農業大国との関係維持・強化に加えて、地理的に関係が深く、かつ中国との紛争の可能性が高まる国に対する水資源分野の支援をいっそう充実させることが重要である。具体的には、東南アジアおよび南アジアを中心とした下流域国に対するインフラ整備や節水技術の導入を通じた水資源問題の解決にODAを優先的に配分することが、中長期的に日本の水資源および食糧確保につながり、国益に資すると考えられる。

まとめ

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