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日本の衰退30年-その間に中国は何をしてきたのか?
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第206回

11月 19日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

日本は名目GDP(国内総生産)では依然として世界第3位の経済大国であるが、過去30年その総額はほとんど伸びなかった。その結果、日本の1人当たりの購買力平価GDPは世界193か国中33位で、韓国の後塵(こうじん)を拝することになってしてしまった。一方、中国は過去30年にわたり急速に経済発展を遂げており、2010年には日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった。2020年の中国と米国の名目GDPの差は約6兆ドルまで縮まっており、2028年にも中国が米国を抜くとも言われている。

しかし、日本のマスメディアの記事を見ていると、中国の大手不動産会社である中国恒大集団の支払い不履行問題や、世界的なエネルギー危機から「中国経済の破綻(はたん)」を予想する論調が目につく。私たち日本人は本当に中国の実像を理解しているのであろうか? 私の知る中国人の支配者階級の人たちは、必死になって日本を研究し日本を追い越していった。京セラの創始者である稲盛和夫氏の主宰する経営学の勉強会「盛和塾」が、日本よりも中国で人気を博したことからもこのことはわかるであろう。いまや中国の名目GDPは日本の3倍である。今こそ私たち日本人は冷静に中国を分析し、必要なものは中国から学ばなければいけない時に来ている。今回は、中国の過去30年の発展の要因をデータから読み取っていきたい。

第1章 中国の経済発展の概要(1990年~2019年)

中国の名目GDPは1990年以降成長を続けている。1990年には約3900億ドルであった名目GDPは、2019年には約14兆3400億ドルとなり、約36倍に成長している。一方で日本は円建てでは約1.2倍、米ドル建てでは約1.6倍にとどまり、ほとんど成長していない。

図1. 名目GDPの比較(中国・米国・日本・インド・ロシア)

出典:国連の資料から

 中国の実質GDP増加率の推移をみると、いくつかの転換点があることが分かる。その出来事が中国の経済に影響を及ぼしている。第2章以降では中国が1990年以降これまで経済発展を遂げた要因について分析していく。

図2. 中国の実質GDP成長率の推移

出典:国連の資料を元に筆者作成

第2章 市場経済の導入による経済の自由化

①南巡講話(1992~97年)

1992年1月から2月にかけて、当時の中国の最高指導者である鄧小平が湖北省、広東省、上海市を1か月かけて視察し、各地で経済の自由化と外資の積極利用を呼びかけた。これを受け、中国では市場経済が導入された。国家の計画に基づいて運営される計画経済から、市場を通じて取引が自由に行われる市場経済への移行が始まった。その結果、多くの外資企業が中国に進出してきた。海外から中国への対内直接投資額の前年比増加率が1992年は152%、1993年は150%と大きく伸びた。

特に香港の製造業が安価で豊富な労働力を求めて中国本土の深圳(シンセン)へ進出してきた。1997年における中国向け対内直接投資額のうち46%が香港からとなっている。1994年に人民元のレートが引き下げられ人民元安になったこともあり、香港企業による加工貿易が盛んになり、香港を通じた加工貿易の輸出額は1990年から1997年の間に約3.56倍となった。その結果、中国の総輸出に占める加工貿易の割合も引き上がった。

表1.中国向け対内直接投資額

出典: UNCTADの資料を元に筆者作成

表2.香港と深圳の製造業賃金格差(年収ベース)

出典:香港特別行政区政府、深圳統計年鑑より筆者作成

表3.中国の総輸出額に占める加工貿易比率

出典:中国海関総署、CEIC Databaseより筆者作成

表4.香港から中国へ輸入され加工後に香港から再輸出された金額

出典:中国統計年鑑より筆者作成

図3. 中国向け国別対内直接投資額の割合(1997年)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

表5. 人民元対米ドル(年間の平均レート)

出典:IMFの資料を元に筆者作成

②WTOへの加盟(2000~08年)

2000年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟したことで以下の規制緩和が実施された。

・関税率が引き下げられ通関時のコストが縮小した

・貿易権制度が廃止され、今まで国有企業と外資企業のみ貿易が許されていたが、民営企業と個人に開放された

・輸入数量規制の撤廃により製品輸入量の制限がなくなった

・外資企業の規制が緩和され一部制限を除いて国内企業と同一の扱いとなった

規制が緩和されて2000年から金融危機の影響を受ける前の2008年まで中国の輸出は増加していった。

表6.輸出額前年比増加率

出典: UNCTADの資料を元に筆者作成

第3章 生産年齢人口増加と工業の発展

①生産年齢人口の増加と工業分野への労働力投入(2000~07年)

2000年から2007年にかけて中国の生産年齢人口割合は1%を超えて増加している。それに伴い工業分野の企業の就業人口も増加した。生産年齢人口の増加が経済発展に必要な労働力の投入という側面から寄与している。

図4.工業分野の就業人口増加率(左軸)と生産年齢人口増加率(右軸)

出典:世銀、中国統計年鑑より筆者作成

表7.第2次産業就業人口

出典:中国統計年鑑より筆者作成

表8.生産年齢人口増加率

出典:世銀の資料を元に筆者作成

②工業の民営化による経済の効率化(2000~16年)

図5は工業分野の国有企業と民営企業の売上高とROA(総資産利益率)を比較したものである。青い棒グラフは国有企業の売上高、灰色の棒グラフは民営企業の売上高を示している。2000年以降、民営企業の売上高は増加しており、2009年には国有企業の売上高を超えている。上の折れ線グラフは民営企業のROA、下の折れ線グラフは国有企業のROAを示しており、民営企業の方が国有企業より総資産利益率が高いことが分かる。中国は民営企業に資産を効率的に利用させることで経済を成長させた。国有企業も採算が悪い企業を整理することで総資産利益率が上がった。

図5.工業分野の国有企業と民営企業の売上高(左軸)とROA(中国統計年鑑の総資産額と利益額から計算)(右軸)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

③労働力投入からロボット導入への転換(2014年~)

工業分野の就業人口は2015年を境に減少に転じている。労働者の減少を補うためにロボットの導入がなされており、2014年以降に製造業労働者1万人当たりのロボット台数が増加している。

図6.工業分野の就業人口(左軸)と製造業労働者1万人当たりのロボット台数(右軸)

出典:IFR、中国統計年鑑より筆者作成

第4章 都市環境の整備と都市人口の増加

①政府のインフラ投資

実質GDPの構成割合をみると、中国は総資本形成の割合が多いことが分かる。企業の設備投資やインフラ投資や不動産投資が実質GDP成長率に影響を及ぼす割合が多いことが分かる。

図7. 実質GDPの構成割合(1990年から2019年の平均値)

                   出典:国連の資料を元に筆者作成

中国の公的固定資本形成の対名目GDP割合は4~6%の水準で推移しており、インフラ投資が経済発展に一定の影響を及ぼしている。

図8.公的資本形成(左軸)と名目GDPに占める公的資本形成の割合(右軸)

出典:OECD、国連の資料を元に筆者作成

②都市開発による不動産投資の増加(1991~2000年)

 総資本形成増加率と不動産投資増加率を比較すると不動産投資増加率の方が高い水準にあるため、不動産投資が総資本形成の増加をけん引していることが分かる。

図9.総資本形成増加率と不動産投資増加率

出典:国連、中国統計年鑑より筆者作成

 1991~2000年間の不動産投資増加率(年率)は平均で42%と高い水準になっている。同時期に行政区分上の都市数が479から659に増加しているため、都市開発のために積極的な不動産投資が行われたと考えられる。日本の2011~2019年間の不動産投資増加率(年率)は平均でマイナス13%であることを考慮すると、中国は依然として不動産投資が多いと言える。

表9.不動産投資増加率(年率)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

表10.行政区分上の都市数

出典:中国統計年鑑

③都市の環境整備(2000年~)

2000年から2005年の間に上水普及率が63.9%から91.1%に急速に上昇しており、ほぼすべての家庭に水道が引かれている。舗装道路は2000年には16万kmであったが2019年には45.9万kmまで伸長しており、自動車やオートバイでの移動可能範囲が広がっている。  ガスは2005年以降に普及速度が上がっており、人口集中する都市が増加したためLPガスからの切り替えが図られたと考えられる。排水管距離は2005年から伸びが大きくなっており、水洗トイレの普及とともに伸長されたと考えられる。都市でのインフラが整うことで生活水準も向上している。

図10.都市のインフラ整備状況

出典:中国統計年鑑より筆者作成

④都市人口の増加(2000年~)

2000年以降都市人口は増加し農村人口は減少しており、農村人口が都市に流入している。2011年には都市人口が農村人口を超えており、人口が都市に集中しているといえる。

表11.都市人口と農村人口(単位:万人)

出典:中国統計年鑑

第5章 所得の増加と生活の変化

①都市と農村の所得と消費支出の増加

都市での1人当たり可処分所得は農村より増加が早いため、都市と農村の生活水準の向上の時期にも差がある。都市での1人当たり民間消費支出においても農村と比較して増加が早く、差が拡大している。中国では都市が消費の中心地となっていると言える。

表12.都市と農村の1人当たり可処分所得(単位:元)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

表13. 都市と農村の1人当たり民間消費支出(単位:元)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

②都市と農村の支出項目の推移

都市と農村の消費支出項目の割合は所得の増加とともに変化している。都市と農村ともに生活に必ず必要な飲食料と衣服などは1990年から1995年の間に増加率が高くなっている。所得の増加とともに交通・通信にかける費用の増加率は大きくなっており、特に2000年から2005年に伸びている。都市では教育・娯楽への支出が増加しているが、農村ではあまり伸びていない。農村は娯楽にお金を使うほど経済的余裕がないと考えられる。

表14.都市居住者1人当たりの消費支出(単位:元)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

表15.農村居住者1人当たりの消費支出(単位:元)

出典:中国統計年鑑より筆者作成

③都市と農村の耐久消費財普及率の推移

都市での耐久消費財の普及は所得の増加が速いため、新しい製品が早く普及する。特にエアコンの普及には顕著に表れており、2000年には30.76%であったが2010年には112.07%に達している。2010年以降は自動車と電動自転車が普及してきており、都市での主な移動手段が自転車やオートバイからシフトしていることが読み取れる。

農村での耐久消費財の普及は所得の増加が緩やかであるため、ゆっくりと普及する傾向がある。特に冷蔵庫と洗濯機は1990年から徐々に普及が始まり、普及まで約30年がかかっている。農村では長距離を移動することが多いと予想されるため、都市よりも電動自転車の普及率が高い。しかし、所得水準がまだ低いため自動車の普及率は都市よりも低い。

洗濯機や冷蔵庫は都市では2010年に普及しているが、農村では2019年に普及している。都市と農村の生活は約10年の差があると言える。

表16. 都市の100世帯当たり耐久消費財普及率

出典:中国統計年鑑より筆者作成

表17.農村の100世帯当たり耐久消費財普及率

出典:中国統計年鑑より筆者作成

第6章 米国への留学生と新しい産業の創出

①第2次産業から第3次産業への転換(2012年~)

 2012年に第3次産業GDPが第2次産業GDPを追い抜いており、産業の転換が発生している。

図11.第2次産業GDPと第3次産業GDP

出典:中国統計年鑑

②第3次産業の構成割合の変化(2010年~)

第3次産業の主要な業種(小売・卸売業、運送・倉庫・郵便業、ホテル・飲食業、金融業、不動産業)の構成割合は減少傾向にあり、IT・情報サービス業などが含まれるその他業種が伸びている。今までになかった新しいサービスが事業化し拡大していることが予想される。

表18.第3次産業GDP構成割合

出典:中国統計年鑑、NSFより筆者作成

③米国への留学生と新サービスの事業化(2008年~)

2009年以降は中国から大学生と大学院生の米国への留学が増加している。留学生の帰国の時期とVC(ベンチャーキャピタル)累計投資額が増加の時期に相関関係があり、米国から帰国した留学生が新しいサービスを創造している可能性がある。2008年には「千人計画」が発表されており海外の優秀な人材の招致が図られている。「千人計画」とは科学研究・技術革新・起業家精神における国際的な専門家を中国国内に招致するために策定された計画である。中国の優秀な学生は海外で高度研究に取り組むことが多く、留学後も海外に残っていた。この状況を打開するために中国国内の研究機関に勤務する高度人材に対して好待遇を提示し、外国人を含む国際的な専門家の中国国内への招致を図った。

図12.米国大学・大学院生の数(左軸)とVC累計投資額(右軸)

出典:中国統計年鑑、NSFより筆者作成

④モバイル端末を利用した新しいサービス(2011年~)

2011年以降モバイルインターネットユーザー数が急速に増加している。2011年には3億5558万人であったが、2018年8億1698万人と約2.3倍となった。モバイル端末が普及することで容易にEC(電子商取引)サイトにアクセスすることが可能となり市場が拡大している。モバイル端末を利用した新しい事業への転換が図られている。

図13.モバイルインターネットユーザー数(左軸)とEC(B2C)市場規模(右軸)

出典: CNNIC、E-COMMERCE IN CHINAより筆者作成

第7章 まとめ

中国は過去30年にわたり、以下に述べる数多くの施策を的確に打つことにより経済規模を飛躍的に伸長させてきた。

市場主義経済への転換 中国では1992年の南巡講話以降に、国家の計画に基づいて運営される計画経済から市場を通じて取引が自由に行われる市場経済への移行が始まった。その過程で外資企業への規制が緩和されて香港の製造業を中心とした外資企業が流入した。外資企業が安価な労働力を活用することで加工貿易が盛んになり輸出が増加していった。

民営企業の飛躍的成長と新たな技術の活用 2000年のWTO加盟以降、工業分野の民営企業が成長した。2000年から2007年にかけて中国の生産年齢人口は1%を超えて増加しており、それに伴い工業分野の民営企業の就業人口が増加した。豊富な労働力が投入されたため、2000年以降工業分野の民営企業の売上高は増加し、2009年に国有企業を超えている。中国はROAの高い民営企業を活性化し、競争原理を働かせることで工業を発展させた。近年、生産年齢人口が減少し工業分野の就業人口が減少しているが、ロボットの導入などにより工業分野の成長を維持している。

積極的なインフラ投資 都市環境が整備され都市人口が増加した。都市の生活や産業の基礎となる設備を整えるためインフラ投資が行われた。都市環境が整備されると農村から人口が流入し、都市人口は2000年から2019年の間に約3億人増加しており都市に人口が集中している。

消費・購買能力の向上 都市では農村と比較して1人当たりの可処分所得が多いため消費支出も多い。都市と農村では所得の増加速度が異なっているため支出傾向や耐久消費材の普及にも差がある。都市では農村と比較して娯楽や教育費への支出割合が多くなっている。耐久消費材の普及についても、農村は都市から10年ほど遅れたが現在は相応のレベルまで普及している。

教育への積極的投資と産業構造の変換 2012年に第3次産業GDPが第2次産業GDPを超えており、産業の転換が起きている。2009年以降は中国から大学生と大学院生の米国への留学が増加している。留学生の帰国時期とVC累計投資額増加の時期に相関関係があるため、米国から帰国した留学生が新しいサービスを創造し、第3次産業GDPが成長している可能性がある。また、海外から優秀な研究者を集める人材招致プロジェクト「千人計画」により、外国人を含む国際的な専門家の中国国内への招致を図っている。

しかしながら、中国は過去30年にわたり経済成長を実現させてきたエンジンのいくつかは現在機能しなくなってきている。

(1)2016年以降、生産年齢人口が減少しており少子高齢化が進行している

(2)恒大集団の事例にみるように不動産開発に過剰感が出ており、これ以上インフラ主導型の経済成長は見込めなくなっている

(3)規制緩和により中国経済は発展を遂げてきたが、中国政府は近年大企業を中心として規制強化を図っている

(4)米中間の緊張の高まりにより米国からの新技術の移転が難しくなっている

中国政府もこうした事態を理解して「一帯一路政策」を標題とした積極的な外交政策の展開と軍事・宇宙技術の独自開発などに邁進(まいしん)している。今後、中国の打ち出す施策については注意深く見ていく必要がある。

一方、現在の日本は残念ながら「経済の規制緩和」「製造業の最新設備投資」「先端教育水準」「IT産業などへの産業構造の転換」など多くの点で中国に後れを取ってしまっている。私たちはこうした事実を謙虚に受け止め、懸命に構造改革を図っていく時期に来ている。

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