増え続ける日本政府の借金!誰がこれを払うのか?
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第207回

12月 03日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私たちは日ごろ生活を送る中で「他人からお金を借りること」がある。生活資金を親から借りたり、住宅取得資金を銀行から借りたりする。しかしこうした「借りたお金は返さなければいけない」ことは誰でも知っている。人として生きていく上での当たり前の規則である。ところがこうした常識が「国の借金」となると全く当てはまらなくなる。日本国民は「国の借金はいずれ雲散霧消してしまうものだ」と信じているようである。さもなければ「多額の借金があるという事実から目を背けている」だけなのかもしれない。しかし国の借金といえども、いずれ誰かが借金の返済を迫られるのである。

矢野康治(こうじ)財務事務次官が月刊「文芸春秋」11月号に、「このままでは国家財政は破綻する」という記事を寄稿した。衆議院選挙前の10月19日にこの記事が公表されると、マスコミの間では一時、蜂の巣をつついたような騒ぎとなり「国家財政の健全化」議論に一石を投じた。今回の衆議院選挙ではコロナ禍の中とはいえ、与野党ともに財政資金の大判振る舞いを公約としていたからである。中には「国家公務員が公の場で自分の考えを述べるのがけしからん」といった国家主義的発言をした政治家まで現れた。

だが衆議院選挙が終わると、矢野事務次官のせっかくの提言も人々の話題から消えようとしている。のど元過ぎればなんとやらである。矢野次官の論文を取り上げた「文芸春秋」がわずかに、12月号で「『矢野論文』大論争!」と題して続報を掲載した。アベノミクスの理論的支柱となった浜田宏一イェール大学名誉教授など3人が寄稿して矢野論文の是非を議論している。

しかし私にはどうにも、矢野次官も浜田氏も正鵠(せいこく)を射る議論をしていないような気がするのである。それは「国家財政の破綻の可能性」の議論だけに逃げているからである。その裏側にある「不都合な真実」を私たちは忘れてはいけない。

今回もデータを使って科学的にこうしたことを検証していきたい。なお、矢野次官が文芸春秋で指摘したデータと一部数値が違うものがあるが、これは使用しているデータの基準日が違うからであると推測される(矢野論文ではデータの基準日が明示されていない)。

  1. 膨張し続ける日本政府の借金総額

※出所:財務省「財政に関する資料」数値は一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金を合算)ベース

※財務省ホームページ 国債等関係諸資料より

表1に示した通り、日本の国内総生産(GDP)に占める債務比率は国際的に突出して高く、GDPの約2.4倍の借金を抱えている。日本の債務額は年々増しており、新型コロナウイルス禍による財政出動により、多額の赤字国債を発行した結果、2020年時点の政府借金総額は既に1200兆円(表2参照)を超えている。2021年度末には政府借金総額は1400兆円を超過する見込みであり、これを日本の人口1億2500万人で割ると、1人当たり1120万円にもなるのである

2.過去30年にわたる財政赤字拡大の歴史

※財務省ホームページ:令和2年度補正予算(第3号)より筆者作成

日本は従来、歳出額が歳入(税収)額を上回る深刻な財政赤字に悩まされている。新型コロナウイルスが世界的に蔓延(まんえん)した2020年度の収支(図2参照)を見ると、コロナ対策費として多額の予算を積み上げし、約121兆円の赤字を計上している。

※財務省主計局「我が国の財政事情」、財務省ホームページ「令和2年度補正予算」より筆者作成

※財務省主計局「我が国の財政事情」、財務省ホームページ「令和2年度補正予算」より筆者作成

日本政府は図2で示した通り、過去30年にわたり多額の赤字を計上してきた(図2、表3参照)。国家財政は1990年までは比較的健全に運営されてきたが、90年に制定された公共投資基本計画、94年の新公共投資基本計画により、多額の建設国債を発行してバブル崩壊以降の建設業界を支援。さらに97年の労働生産人口のピークアウトに伴う国民総生産(GNP)の停滞局面を迎えると、積極的に赤字国債を発行してバラマキを開始した。これにより日本の国家財政の赤字は拡大の一途をたどったのである。「2011年以降一般会計の財政赤字は縮小に向かった」と日本政府は喧伝(けんでん)しているが、依然として毎年40兆円近くの赤字を計上。これが累積されて国の借金は増え続けているのである。

※財務省主計局「我が国の財政事情」、財務省ホームページ「令和2年度補正予算」より筆者作成

※財務省主計局「我が国の財政事情」、財務省ホームページ「令和2年度補正予算」より筆者作成

図3は一般会計の財政収支を収入と支出に切り分けしたものである。当たり前のことであるが、財政赤字を生み出す要因は歳出額が税収額を上回ることにより生じる(図3、表4参照)。本来アジア通貨危機やリーマン・ショックなどの有事の際に歳出額は一時的に増加しても、その後は以前の状態に戻すのが健全な姿である。ところが、日本の国家財政ではいかなる状況でも歳出額は着実に増加しているのである。これでは政治家、官僚たちが野放図に国家のお金を使いまくっているといっても過言ではない。これに対して歳入額、つまり税収入が大きく不足している。特に、リーマン・ショックなどの金融危機や、新型コロナウイルスなどのパンデミック(世界的大流行)が発生した場合は税収が大きく減少傾向であるのに対し、歳出額は増加するため、財政収支のバランスが大きく崩れてしまっている。

3.歳出額の内訳を見てみると……?

2020年の歳出額の内訳については上述の図1に示した通りだが、2018年と比較すると、費目別に大きく増加していることがわかる。

2020年はコロナ対策費がその他に紛れ込んでいるため細目が不明ながら、依然として社会保障費が最も支出額が多い。その額は18年対比で11兆円も増加している。さらに公共事業費や文教科学費用もそれぞれ55%、88%と大幅に増加しているのである。これらの支出増についてはどのような議論がなされてきたのだろうか? 単に私が知らないだけかもしれない。しかし多くの国民に知らされていたとも思えない。コロナ禍の中で公共事業費や文教科学費が大幅に増額されたことを「火事場泥棒」のように感じるのは私だけであろうか?

 ※資料:財務省「我が国の財政事情」、「社会保障関係予算のポイント」               「日医総研リサーチエッセイNo.100」より筆者作成 

次に単一項目としては最も支出の多い社会保障関係費の内訳をみてみたい。図4の通り、1980年から社会保障関係費は年々増加しており、内訳を見ると、年金給付費の割合が最も大きいことが分かった(表5参照)。年金給付費の増加が社会保障関係費の増加につながり、政府の借金総額も今後、同様に増加していくことが考えられる。

4.「矢野・浜田論争」の盲点

せっかくなので、ここで矢野次官と浜田氏の主張を検証してみたい。文芸春秋11月号での矢野次官の経済面での主張は以下の通りである。

①日本の財政赤字(一般政府債務残高/GDP)は過去最悪かつ先進国の中でも最悪

②このまま放漫財政を続ければ国家財政はいずれ破綻する。先進国の中で財政規律基準がないのは日本だけであり、緊急財政支出にあたって財源議論をしないのも日本だけ

③コロナ禍の中で給付金を支給しても消費や投資に向かわないのは昨年実証済み。現在必要とされる施策は積極的な財政支出ではなくコロナ対策などの地道な施策

これに対して、浜田氏の反論は以下の通りとなる。

①日本は海外資産などを持っており、実質的な財政赤字は先進国最悪とは言えない

②世界的には異端の経済学ではあるが、彼の信じる現代貨幣理論(MMT)によれば、自国での通貨発行が可能な国では国家財政の破綻は起こらない。日本ではGDP比1000%まで債務残高を増加させても財政は破綻しない(20年ではこの比率は238%)。ただし海外債務とインフレリスクは十分管理されなければ危険

③コロナ禍の現在は有事の時であり「国民福祉」を第一に考えるべき

以上が、「矢野・浜田論争」の要点である。しかし私の目から見ると、この論争は臥龍点睛(がりゅうてんせい)に欠ける極めて残念な議論である。そもそも矢野次官が財務省としての立場で「債務過多になっている現在の国家財政の危機」についてのみを問題提起した。それに対して浜田氏は観念論としての反駁(はんばく)を試みている。しかし私たちが本来議論しなくてはいけないことは「現在の膨大な債務残高を作り出してきた過去30年の財政政策とそれを支援した金融政策の有効性」についてである。さらにいえば「この膨大な国家債務を誰がこれから払うのか」ということである。これを擬人化していえば「住宅ローンで多額の借金をしている人が、これ以上銀行から金を借りられるか?」といった内容を、矢野・浜田の両氏は議論しているのである。本当に重要なのは「借金した金がちゃんとした目的で使われたのか?」また「その借金はどのように返すのか?」という議論なのである。

こうした視点を踏まえて、「矢野・浜田論争」を再度検証してみたい。まず①でなされている財政赤字の規模議論であるが「それが先進国で最悪か?それほどでもないか?」などという議論に大きな意味があるとは思えない。それよりも「過去30年の財政支出が、日本国家の資産としてどのくらい残っているか?」ということに目を向けるべきである。私は本稿第175回「コロナ禍で目前に迫る日本の財政崩壊」(2020年8月21日付)で、18年度における日本国家の実態バランスを明らかにしようと試みた。18年度の日本政府の借金総額は1094兆円であった。一方、貸借対照表の債務超過額は583兆円に上る。なんと日本政府の借金の半分近くはすでに使われてしまっており、資産として残っていないのである。ここでは実態バランスの議論は棚上げするが、名目上でも日本政府の借金の半分は、資産からの返却原資のない借金である。

次に順序が逆になるが、③の議論を取り上げたい。「財政支出は有事の際に潤沢(じゅんたく)になされるべき」という議論である。日本ではケインズ経済学が金科玉条のごとくもてはやされているが、世界の経済学者の間では財政政策や金融政策が経済活性化に与える影響の有効性については依然として確定された見解があるわけではない。もちろん財政政策には分配効果や税制効果などが働くが、ケインズ学派が主張する乗数効果は確証が得られていない。しかし今回は、そのことを議論するつもりはない。それよりも問題なのは、図3「一般会計税収と一般会計歳出額」で示した通り、過去30年にわたり歳出額は一貫して増加し続けていることである。「財政支出は有事の際は潤沢になされるべき」という言葉は耳になじみが良い言葉であるが、日本の財政支出の歴史は有事であろうがなかろうが、支出しまくっているのである。さらに言えば、日本の国民はこれだけの財政支出を許容しながら毎年貧しくなり、いまや「購買力平価ベースの1人当たりのGDP」は世界33位まで低落してしまった。こうした状況を考えても「本当に日本の財政は正しく使われていたのか?」ということに強い疑念を持ってしまう。こうした事態を避けるため先進国では財務借入上限の制限があるが、日本は98年にこれを実質的に撤廃してしまった。

最後に②の「日本国家の財政破綻はあるのか、ないのか?」ということである。MMTの可否についてここで議論する余裕はないが、私は「海外借入依存とインフレの要因により日本の国家財政が破綻する可能性がある」と危惧(きぐ)している。これは浜田氏が反論の中でも逆説的に述べているものである。まず日本の海外借入の依存状況である。下図は日本経済の部門別に資産負債状況を表したものである。これを見てわかる通り。日本は海外資産が超過状態にあり、海外借入に大きく依存する必要のない構図となっている。日本政府の借り入れも個人資産と企業資産で賄えているので、海外からの資金引き上げで国家が破綻する危険性は現状ではほとんどない。

しかし。インフレの危険性についてはこの限りではない。本稿第36回「アベノミクスが日本を壊す」(14年12月26日付)で危惧した通り、日本の金融緩和施策は恒常的円安を創出し、日本は貧しい国となってしまった。世界的なコロナ禍からの経済回復とCO2削減問題への対処から資源や食料品などあらゆるものの価格が上昇してきている。さらに円安により日本国内での価格上昇可能性は高まっている。世界の国からの日本への信頼感を失われたとき、円安・インフレによる財政破綻の可能性が出てくる。こうした状況が目の前に迫っているかもしれないのである。

5.国家の借金は誰が払うのか?

私たち個人が過大な借金をして支払い不能になったとき、これらの借金はどのように弁済されるのだろうか?「返済条件を緩和して何とか本人が借金を払い続ける」「返済をあきらめて夜逃げする」「住宅などの担保を処分して弁済に充てる」――こうした事態が起こるのである。

それでは国家が膨大な借金で行き詰まったとき、どのような事態が起こるのであろうか? 個人で起こることとほとんど類似したことが起こる。これを個人に起こることと対比して述べると、「今後、消費税や相続税などでいっそう厳しく課税される」「予定されていた年金や社会保険がほとんど払われなくなる」「ハイパーインフレが起こり、個人や企業が持っている資産と国の借金が棒引きされる」ということである。これらの中で「消費税の引き上げ」や「相続税の課税強化」はすでに始まっている。消費税についてはほかの先進国に比べてまだかなり低い水準にあるが、相続税の水準は先進国で最も高いところに来ている。年金や社会保険制度も、今後維持できるのかは分からないところに来ている。現に有識者と呼ばれる人たちは公然と「ベーシックインカム制度の導入と年金・生活保護制度の撤廃」を口にし始めている。暗に「国民の生活水準を引き下げる」ことを目的としているものである。さらに世界的なインフレの進行の中で円安によって日本は資源や食料品の買い負けが続いており、「ハイパーインフレ」の可能性さえ否定できないところに来ている。そうなれば銀行預金は封鎖され、国民の財産は実質没収される。

国の借金はいずれ国民が払うものなのである。こうした事実に目を背け、多くの政治家・官僚・知識人・マスコミはこぞって国家による財政支援ばかりを求めている。本稿の前回第206回「日本の衰退30年-その間に中国は何をしてきたのか?」(11月29日付)で分析してきたように、中国は徹底した成長戦略の施策を打ってきた。それは「規制の緩和」「教育の充実」「新技術の取得・開発」「インフラ充実に伴う購買力創造」などである。財政支出のバラマキは結果として「現在の日本の衰退」を生んでいる。そして日本国民は、この借金の弁済を迫られるところに来ているのである。国民は「国家の借金はいずれ自分たちで払う」という当たり前の事実に気づき、財政支出の意義を真剣に考えなくてはいけない。次回は、日本政府の「年金支払いの持続可能性」について検討したい。

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