п»ї 日本(ジパング)見聞録 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第219回 | ニュース屋台村

日本(ジパング)見聞録
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第219回

6月 03日 2022年 経済

LINEで送る
Pocket

小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住24年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

イタリア・ベネチアの商人であったマルコ・ポーロ(1254-1324)がアジア事情を記した『東方見聞録』。この『東方見聞録』によれば、「黄金の国ジパング」は中国の東の海上1500マイルに浮かぶ島国で、莫大(ばくだい)な富を生み出す。その国の宮殿や民家は黄金で造られ、国中に財宝にあふれている。また、人々は仏教を信じ、礼儀正しく穏やかである。日本のことがこう書かれているようである。この『東方見聞録』に刺激されて、ヨーロッパの多くの冒険家がアジアを目指すことになり、世界は「大航海時代」を迎える。さて今回、私は2年ぶりにタイから「黄金の国ジパング」に一時帰国した。「黄金の国ジパング」はこの2年間のコロナ禍の影響を受けてどのように変貌(へんぼう)したのであろうか?

◆フードデリバリー事情の日タイ比較

2年ぶりに戻ってきた日本の第一印象は、『東方見聞録』に描かれた通りの「豊かで清潔な美しい国」であった。2年間にわたるコロナ禍の中でも街の様子はほとんど変わらない。一部の飲食店などが新たな店に取って代わったりしていたが、私の住む住宅街の店はほとんど昔のまま。街にはゴミもほとんど見られず、きれいに清掃されている。タイのように道がデコボコではない。繁華街にはおしゃれな店が並び、最新のファッションに身を包んだ若者が歩く。オフィス街に行けば、地下に通ずる道に無料のエスカレーターが設置され便利に移動できる。トイレはオフィスビルやコンビニに設置され、これも無料で使える。東京の交通網は縦横無尽に巡らされ、公共交通機関でどこへでも行ける。街中の自動車の運転もマナーがきちんと守られ、人々の意識の高さがうかがわれる。これだけインフラが整備された国は世界中どこにもない。本当に豊かな国である。

それにしても、繁華街には人が多い。しゃれたレストランは昼、夜とも満席である。値段が高めのイタリアンレストランや和食料理店では高齢の夫婦、女性仲間、ママ友の昼食会などが目立つ。中央線沿線の駅ビルなどでも予約をしなければ平日でも30分待ちはザラのようである。こうした光景はまん延防止等重点措置が緩和された3月以降、顕著になったと聞いている。たまたま私が一時帰国してからこのようになったのかもしれないが、コロナ禍前の2年前よりも繁華街のにぎやかさが増していることにとても違和感があった。デパートもしかりである。コロナ禍によってデパート業界には逆風が吹いていると聞いていた。

確かにアパレルは業績が悪化したことから、デパート内でも日本のアパレル会社の売り場面積が縮小していた。しかし、食品売り場などに行くと、人でごった返している。マスクをしているとはいえ、有名店のお菓子などを求めて、まるでイモ洗い状態で人が並んでいる。コロナ禍などどこ吹く風の様相である。日本は新型コロナウイルスを完全に克服したのであろうか? また、コロナウイルスによって被害はほとんど受けなかったのであろうか?

日本に一時帰国して1か月ほどたったころから、私は何となく違和感を持ち始めていた。その違和感は、料理のデリバリーサービスに対してである。私はタイから帰国後2週間は自主隔離を決め込み、自宅に閉じこもった。そのため頻繁に「出前館」や「ウーバーイーツ」などのサービスを利用した。ところが、こうしたデリバリーサービスに登録されている飲食店は、マクドナルドや吉野家などのチェーン店が大半である。

タイはコロナ禍の中で飲食店への規制が厳しく、店舗の閉鎖期間が長かった。しかし店舗が閉鎖されていてもデリバリーは許されていたため、飲食店の多くが営業形態を変更してデリバリー業務に注力した。これはミシュラン表彰店でも例外ではなかった。インターネットアプリの「フードパンダ」などを利用する有名店もあったが、自前の従業員を配達員に転換して営業を継続した飲食店も多くあった。そのため私たちは自宅にいながらレストランと同じおいしい料理が食べられるのである。

ところが、日本ではどこも同じような味の食事しかデリバリーされない。そうこうしているうちに、タクシー会社と提携した食事の宅配サービスのアプリを発見した。ここには日本の有名店が掲載されている。外出もできないので試しに一度注文してみた。ところが、都心から私の住む郊外にデリバリーしてもらうと、配送料だけで1万円近くかかる。タクシーを使うのでそのくらいの値段になるのかもしれないが、料理代と配送料が同じぐらい取られたため、二度と注文するのをやめてしまった。

フードデリバリーにはさらに後日談がある。自主隔離期間中にうどんが食べたくなり、「うどん弁当」を注文した。代金が740円で配送代が310円だった。その時はタイの日本食の値段と比較して特に違和感はなかった。ところが、自主隔離期間を過ぎたある日、私は同じ店で持ち帰りとして「うどん弁当」を注文したところ、なんと390円だったのである。インターネットデリバリーの商品価格が店舗価格と異なっているとは思っていなかったので、びっくりしてしまった。

タイでは配送料を取られることはあっても、店舗とデリバリーで商品価格が異なっていることはない。インターネットデリバリーの運営会社が飲食店に仲介料を請求しても、飲食店が自分の儲けから支払うのである。ところが、日本の飲食店にはデリバリー料を負担する余裕がなくなっているようである。日本は過去30年にわたってデフレが進行してきた。飲食店の料理も多くの店で価格引き下げに追い込まれている。最近になってようやくマスコミでも取り上げられてきているが、マクドナルドのビッグマックやcoco壱のカレーなど日本のほうがタイよりも安く食べられる。日本は明らかに「安い国」になってしまった。繰り返しになるが、日本の飲食店はデリバリー費用を自分の儲けから負担できなくなっている。このため、個人経営の飲食店は簡単にデリバリーアプリには出店しないのであろう。

◆手厚い補助金に守られている日本の飲食店

さらに、日本の個人経営の飲食店がこのフードデリバリーに参加しない理由を探っていくと、政府の手厚い補助金政策に行きつく。コロナ禍に伴うまん延防止等重点措置の下では、中小の飲食店が酒類の提供時間や営業時間短縮をすると、1日当たり2万5千円から10万円の補助金がもらえる。バンコクで日本のテレビを見ていると、「飲食店の経営は厳しく、補助金を十分に給付せよ」といった論調ばかりが目立った。バンコクの飲食店が次々につぶれていく様子を見ていた私は、日本のテレビニュースにあまり違和感はなかった。ところが日本に帰ってきてみると、日本の飲食店の多くはつぶれていなかった。私の行きつけの店も頑張って開いている。飲食店がバタバタとつぶれていくバンコクとは天と地の差である。

さらに、顧客や提携銀行の訪問をしていくうちに、全く違った景色が見えてきた。コロナ禍による補助金政策やゼロ金利融資によって中小企業や飲食店にはお金がふんだんに眠っているようである。「コロナで店が休業できたのでゴルフ三昧(ざんまい)ができた」「長期の休業となったので今まで行けなかった地方旅行ができた」「この地区の商店街では金回りのいい商店が増え、半分以上の店が車を買い替えた」などといった話を聞くのである。

こうした事例がどのくらいあるのかわからない。しかし、かなりの人からこうした話を聞くにつけ、私は釈然としない気持ちになった。「火のない所に煙は立たぬ」と言うが、こうした事例は実際に起こっていることなのであろう。さもなければバンコクのように、多くの日本の飲食店は廃業に追い込まれていたことであろう。さらに、こうした商店や飲食店と取引している銀行の人たちからも、同様のことを聞く。なんとコロナ禍の中でも、日本の銀行の不良債権積立額は減少している。多くの商店や飲食店の業績がコロナ禍の中でもがよくなっているからである。これは、コロナ禍に伴う補助金と特別融資の効果に違いない。

◆補助金は国の借金、国民にツケ回し

私は「コロナ禍で業績が苦しい飲食店に補助金を出す」政策そのものに反対しているわけではない。私がなじみにしていた飲食店のなかでも、繁華街にある懐石料理やすしなどの高級和食店などは苦戦を強いられている。会社の接待需要や観光客の利用が雲散霧消してしまったのである。もともと高額な食事を提供しているため補助金では売り上げをカバーできない。ほかにも、コロナ禍の中で業態変更が相次いだ焼き肉店やハンバーガーショップなども過当競争となり苦戦しているという記事を読んだ。飲食店の業績はまだら模様なのである。

ただ、日本政府はコロナの期間に補助金など多額の支出をしたことは間違いない。今回、コロナ禍に伴って支払われた補助金の原資は誰が負担するのかをみんなで再考する必要がある。補助金は一時的には赤字国債などの国家の借金で賄われる。しかし最終的には、国民が税金で負担するか、もしくはハイパーインフレで国民が財産を失う可能性が高い(2021年12月3日付拙稿第207回「増え続ける日本政府の借金!誰がこれを払うのか」ご参照)。

今回、私は2年ぶりに日本に一時帰国して「豊かで清潔な美しい国」である日本を再発見した。コロナ禍であっても日本はあまり変化せずに生き延びたようである。これは日本の豊かさがなせるものなのかもしれない。一方で、国民があまり認識しない中で日本政府の借金は200兆円以上積み上っている。どこかでツケを払うことになるのではないだろうか。私の杞憂(きゆう)に終わればよいのだが……。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第207回「増え続ける日本政府の借金! 誰がこれを払うのか」(2021年12月3日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-77/#more-12625

コメント

コメントを残す