п»ї プラスチックを吐き出す竜 『国際派会計士の独り言』第41回 | ニュース屋台村

プラスチックを吐き出す竜
『国際派会計士の独り言』第41回

2月 24日 2021年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

photoオーストラリアおよびアジアで大手国際会計事務所の日系サービス統括や、中国ファームで経営執行役などを含め30年近く幹部を務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士、「みんなの大学校」教員、外国人向け日本語教師。

欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(EC)のベルギー・ブリュッセルの本部前に2018年11月、ドラゴン(竜)の像が設置されました。ドラゴンは西洋では一般的に悪魔の化身とされ、この現代版ドラゴンの口から勢いよく吐き出されているのは、業火(ごうか)ならぬプラスチックです。使い捨てプラスチック製品の使用禁止を呼び掛けるNGOの連合体のアピールの一環でした。

◆廃棄・削減は長期的課題

プラスチックは1900年代半ばに主に石油加工品として開発され、その腐食しにくいとか加工しやすいとか、電気を通さない絶縁性があるなどの利点とともに、低コストで大量生産が可能なことから、世界的に急速に普及してきました。たとえば、1967年の大ヒット映画「卒業」は名優ダスティン・ホフマンの出世作ですが、アメリカ東部の名門大学を卒業したばかりのホフマン演じる主人公ベンジャミンが故郷に戻り、将来がまだ見定まらない中、プールサイドでの卒業パーティーの席上で父親が主人公に向かって「将来性のあるプラスチック業界」の可能性について語っています。それほど、当時から魅力的で有望な新素材だったのでしょう。

その予見は当たって、2015年の世界の統計でみると、一般的に使われるプラスチックを中心に1950年から累積80億トン以上、年間でもおよそ3億8千万トンといわれる生産量があります。その用途もさまざまで、ペットボトルなどの包装や容器、衣料品、情報機器、住宅や医療品などほとんどあらゆる生活の中でプラスチックが使われています。

国連環境計画(UNEP)によれば、日本は1人当たり容器包装プラスチックの生産量で世界第2位という、あまり誇れない現実があります。今回のコロナ禍では巣ごもり生活する人が増え、食事などのテークアウトでの包装容器、オンラインでのネットショッピングには不可欠な梱包(こんぽう)材など、プラスチックのニーズはさらに高くなっています。

このように現代社会の中では、プラスチックの環境面など負の部分を問題視しながらも、我々はプラスチックの利便性などの利点から膨大な量のプラスチックを使用し続けています。その削減努力として、レジ袋の有料化やプラスチックストローの使用削減など、プラスチック使用の減少(リデュース)、そしてプラスチックやその代替品の再利用となるリユース、廃棄ゴミなどのリサイクルのためのルール遵守(じゅんしゅ)など、生活者レベルでのいくつかの削減努力は日本でも行われています。

世界でのプラスチック使用の多くは使い捨てという状況であり、リサイクルされたプラスチックは10%弱とまだまだ少ないといえます。日本はプラスチック廃棄物の80%がリサイクルされているとのことで、世界の中で「リサイクル先進国」として位置付けられていると思っていましたが、実際にはそのうちの半分以上は二酸化炭素などの環境負荷が否めない熱焼却処理されているという二律背反的矛盾もあるようです(『海洋プラスチック-永遠のごみの行方』〈保坂直紀、KADOKAWA、2020年〉によれば、この熱焼却処理は世界標準ではリサイクルと認められず、「熱回収」として別建てでカウントされるそうです)。

産業界や政府などでも、このプラスチック廃棄を長期的課題の一つとして捉え、環境省ではリデュースやリユース促進、バイオプラスチックなどの開発など様々な努力はされているようですが、消費レベルでの廃棄プラスチックを含めて劇的に削減するような手立てもいまのところはなさそうです。石油を主原料とするプラスチックですので、脱炭素の世界的な方向性から削減するのは重要な課題ですが、利便性やコストを考えればプラスチックに代わる素材はすぐには開発できないのではと思われます。

◆EUの取り組み

こうした膨大なプラスチック廃棄物の削減努力について、EUで最近、大きな変化となりうる制度が導入されました。

まず、2020年3月にブリュッセルで発足した官民イニシアティブ「欧州プラスチック協定」があります。80以上の民間団体と欧州地域の政府機関が連携し、欧州の共通課題と認めているプラスチック廃棄・有害廃棄物の削減などを目的として、健全な循環経済を目指すとしています。この協定では、使い捨てプラスチック包装や商品をリサイクル可能なものに代えるとか、バージン(新品)プラスチックの仕様を20%下げるなど挑戦的な四つの達成目標を掲げています。

アジア太平洋地域では昨年、インドを除く15カ国が地域包括経済連携協定(RCEP)を締結しています。廃棄プラスチック量が圧倒的に多いとされるアジア諸国で、欧州のような官民協調での地域イニシアティブができないのか、脱炭素などの温暖化対策とともにプラスチック廃棄問題についても、可及的速やかな対策が望まれます。

次に、EUでは今年1月から、リサイクルに回らないプラスチックについて域内共通で、1キロあたり0.80ユーロ(1月末レートで約102円)の税金を課すことになりました。この税金は、英語では「Tax」ではなく、より特定目的のために課される税金という位置付けで「Levy」という言葉を使っています。この税金は、EUの総額7500億ユーロ(約77兆円)の「コロナ禍経済再生パッケージ」の一部として発表されています。ただ、各国の課税方法など詳細はまだ決まっていないようです。また、産業界や消費者の反発も考えて、態度を決めかねている国もあるようです。このような税金は、たとえ一義的には生産者に課されていても最終的に消費者に転嫁されていくと思います。ただ、プラスチック税は「ニュース屋台村」拙稿第30回で説明した「悪行税(Sin Tax)」的性格もあり、消費者の理解は得やすいのではないかと考えます。

どういう形の税金にしろ、プラスチック廃棄物はこれからもどんどん生産・利用され増えていくものであり、それを抑制する効果が期待されるこうした税金は、他地域でも検討に値すると思います。

◆静かにはびこっていく不安

前述の映画「卒業」の衝撃的なラストシーンで流れる歌は、米国の当時の超人気フォーク・デュオ、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」。透明感のある素晴らしい歌唱力で歌い上げています。歌詞の中に「静寂はがんのようにはびこっていく(You do not know. Silence like a cancer grows)」というくだりがありますが、プラスチックも静かにさらに社会の中ではびこっていく不安を感じているのは、私だけでしょうか。

※『国際派会計士の独り言』過去の関連記事は以下の通り

第30回「悪行税」の功罪を考える (2018年9月11日)

「悪行税」の功罪を考える 『国際派会計士の独り言』第30回

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