п»ї 出口が見えない米トランプ政権の追加関税戦略 『国際派会計士の独り言』第37回 | ニュース屋台村

出口が見えない米トランプ政権の追加関税戦略
『国際派会計士の独り言』第37回

7月 18日 2019年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

photoオーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席が6月29日、大阪で開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の会場で会談し、世界の大きな懸念となっている米中貿易紛争はとりあえず二国間でこれからも協議を継続するという形で実質、問題の先送りとなりました。首脳会談の結果、トランプ政権がこの首脳会談以降に導入するとしていた、約3千億ドルに及ぶ中国からの輸入品のほぼ全てについて25%の関税を課す対中追加関税の第4弾は当面は導入しないことになりました。みずほ総合研究所は、この第4弾の追加関税が導入されると、世界経済の下押し要因として0.7%ポイント、米国は9.8%ポイント、中国は1.9%ポイントのGDP(国内総生産)下げの影響が出ると予測していました。「一時休戦」とも言えますが、とりあえずは世界経済にとっては良い結果だったと思います。

今回は、世界中でこれほど問題となっているにもかかわらず、自らを「Tariff Man(関税男)」と呼び、「関税を輸出国である中国に払わせる」としたトランプ大統領の発言を含めて、知っているようで案外知らない米国の関税について考察を加えてみます。

「通商法301条」の適用

関税は、一般的には輸入する物品に対する税金ですが、その国の政府は主に①歳入不足を是正するための税収確保の目的とともに、②国内産業の保護・育成も重要な目的――と言えます。例えば、トランプ政権は当初、中国に対する巨額の貿易不均衡を問題視したことで、この是正を求めるために通常の関税以外に追加関税を検討しました。

ただし実際にはこれ以外に、中国の技術移転及び知的財産権保護に対する対応やIT関連の産業政策などが不公正であり、米国が不利益を被っているとして、その是正を中国政府に求めるという主目的で「通商法301条」を適用しました。通商法301条は外国による不公正な貿易慣行に対し、大統領の判断で一方的に関税の引き上げや輸入制限などの制裁措置がとれるもので、日米経済摩擦が激しかった1980年代以降に頻繁に使われました(厳密には1989年~90年の2年間は「スーパー301条」と呼ばれる、強硬な報復措置を認めた時限立法が適用されました。スーパー301条はその後、クリントン政権下で2度復活し、2001年に失効しています)。しかし制裁に踏み切れば世界貿易機関(WTO)協定違反になる可能性があり、95年のWTO発足以降はほとんど使われていませんでした。

この条項に基づき、米通商代表部(USTR)は中国からの輸入品に関する追加的な関税対象の3種類の商品リストならびに現時点で導入が猶予されている以下の四つのリストを挙げています。

リスト1:2018年7月6日より設定された340億ドル相当の輸入に関する25%の追加関税(818品目)。主な産品:産業機械などの資本財や中間財

リスト2:2018年8月23日より設定された160億ドル相当の輸入に関する25%の追加関税(279品目)。主な産品:同上

リスト3:2018年9月24日より設定された2千億ドル相当の輸入に関する10%の追加関税(5745品目)。主な産品:家具、家電など(リスト3については2019年1月1日から同追加関税率を25%に引き上げると発表したが、2018年12月の米中首脳会談を受けて引き上げを猶予。しかし中国の報復措置を受けて、19年5月10日より引き上げ)

リスト4:2019年6月の米中首脳会談の結果を受けて、関税率25%で総額3千億ドルに及ぶ追加関税はとりあえず導入を見送り(3805品目)。主な産品は、スマホ、衣料、靴など

追加関税に期限はあるのか?

この追加関税については、期限の適用は特になく、USTRからも期限に関する発表はないとのことです。

では、香港などを経由した迂回輸出で、中国企業は米国の追加関税を逃れられるでしょうか。

原産地(一般には物品の「国籍」)については、米通商法304条に規定されていて、「物品の製造、生産または生成を行った国(地域)」と定義しています。原産地(国・地域)の表示がよく目にする、例えば日本製ならば「Made in Japan」です。

もし中国との一国二制度が適用されている香港、またはマカオが原産地と見なされた場合には、両地域からの輸入に関しては301条による課税はされません。しかし、香港からの輸出でも原産地が中国と見なされた場合は、中国からの輸出として追加関税が課されます。

関税は誰の責任で支払われるか?

トランプ大統領は、追加関税については中国やメキシコなど輸出国(輸出者)から支払わせると主張していましたが、実際には米国の登録輸入者の責任で税関・国境警備局(CBP)に支払われるものです。

仮にこの追加関税の対応として、中国からの輸出者が例えば25%追加関税相当額を値引きした価格で取引することは一般的には考えられません。

また、通商法301条に基づき輸入者の支払った追加関税相当額を中国の輸出者が払い戻すことは禁止はされていないようですが、現実的には難しいと思われます。

したがって、輸入者の負担で支払われ一般的には仕入原価の一部となり最終的には米国の一般消費者や企業などがコストアップとして負担することとになります。

米靴業界の懸念

米国へ入る中国製品などは平均して6%程度の関税(消費財については2%程度)が課されていますが、靴製品に対しては平均で約11%の税率が適用されているといわれます。

全米靴流通販売業協会(FDRA)は今年5月20日付のトランプ大統領あての公開書簡で、「靴業界は既に毎年およそ30億ドルの関税を支払っており、これ以上関税が引き上げられることになれば、その影響は主に労働階級の個人や世帯を直撃することになる」と主張しています(前述の通り、第4弾の追加関税はとりあえず見送られました)。

スニーカーなど商品の多くを中国から輸入する米国の靴業界は、トランプ政権の対中制裁としての追加関税に関連して、消費者が被りそうな金額的影響をスニーカー、ブーツ、子供靴についてニュースレターでまとめているので、以下に紹介します(わかりやすくするために筆者が若干の修正を加えています)。

追加関税導入前の状況

スニーカー ブーツ 子供靴
陸揚げコスト $14.60 $16.18 $4.25
追加関税前の関税率 14.10% 37.50% 9.52%
関税金額 $2.06 $6.07 $0.40
最終輸入コスト $16.66 $22.25 $4.65
一般的小売マークアップ率 3倍 3倍 3倍
最終小売価格 $49.98 $66.75 $13.95

25%の追加関税導入後の影響

スニーカー ブーツ 子供靴
陸揚げコスト $14.60 $16.18 $4.25
追加関税前の関税率 14.10% 37.50% 9.52%
関税金額 $2.06 $6.07 $0.40
追加関税率 25% 25% 25%
追加関税プラス従来の関税 $5.71 $10.11 $1.46
最終輸入コスト $20.31 $26.29 $5.71
一般的小売マークアップ率 3倍 3倍 3倍
最終小売価格 $60.93 $78.87 $17.13

(FDRAは便宜上、小売マークアップの中で倉庫代、マーケティングコスト、流通コスト、労務費、小売マージンなどが含まれるとしています)

現段階では、追加関税は見送られているため影響は出ていませんが、追加関税が導入されれば、追加関税を上乗せした最終輸入コストを仕入れ原価として推計マークアップ率300%を乗せた小売価格は、スニーカーで価格は約22%増加、ブーツで約18%増加、子供靴で約23%の増加となり、消費者は新たに大きな負担を強いられることになります。

米国による追加関税の脅威の矛先

米国による通商・関税摩擦は中国を相手にしたものだけでなく、さまざまな形でいくつかの国でも起こっています。

米国のような先進国が発展途上国の産品に対して低関税または無関税で輸入を認める特恵関税対象国であるインドやトルコは、一般特恵関税制度が適用され、優遇措置を受けていました。しかし、トランプ政権はトルコについては2019年5月17日付で、インドについては同6月5日付で、一般特恵関税制度の対象からそれぞれ除外しました。これを受けて、インドは米国から輸入されるリンゴ、アーモンド、豆類や一部の化学製品に対して追加関税を導入するなど報復の応酬が続いています。

さらにトランプ政権は、航空機産業に対するEU(欧州連合)の補助金が不当だと主張し、EUからのワインや農産物、航空部品などについて報復関税を課すことを検討していると報じられるなど、関税を一つの脅威としてEUにも圧力を加えているようです。

米国の関税に関わるさまざまな政策は、いわゆる「米国第一主義」の産物といえます。ただし、これが最終的に米国民にとって、さらには世界経済にとってより良いものかどうかの判断は、今後の展開次第だと思われます。

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