п»ї 思い出トランプ『国際派会計士の独り言』第40回 | ニュース屋台村

思い出トランプ
『国際派会計士の独り言』第40回

2月 01日 2021年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

photoオーストラリアおよびアジアで大手国際会計事務所の日系サービス統括や、中国ファームで経営執行役などを含めて30年近く幹部を務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士、「みんなの大学校」教員、外国人向け日本語教師。

自宅近くの本屋さんで面白いタイトルに目がいって何の気無しに買った文庫本は、直木賞作家で脚本家でもあった向田邦子さんの『思い出トランプ』でした。最近まで米国大統領だったトランプ氏とは全く関係ない短編小説集で、向田さんは1980年にこの短編集で直木賞を受賞しました。ただし、残念なことに、翌年に海外取材旅行中に客死するという悲劇的な結末で当時、多くの人々に衝撃を与えました。

『思い出トランプ』には、市井の人々それぞれが日常生活や家族の交流の中で見せる感情の揺れや怨念などが軽妙なタッチで描かれている短編小説がいくつも入っています。思い出トランプという題名は、トランプのカードの13という数字にこだわり、13の短編をシャッフルして並べ替えたことによるとのことです。向田さんはまた、脚本家やエッセイストとしても大成功され、昭和のテレビで一世を風靡(ふうび)した「時間ですよ」、平均視聴率31%を記録した「寺内貫太郎一家」、ドラマとして評価の高かった「阿修羅のごとく」など数々のヒット作を生み出し、エッセイでは昔気質の父と子の絆を描いた『父の詫び状』などが残されています。

時を同じくして、今年1月半ば、東京・青山で向田邦子没後40年の特別展覧会「今、風が吹いている」が開催されました。展覧会と共に企画されたさまざまな公演はコロナ禍を考えて特別配信のみになったようですが、筆者は時間の調整がつかず残念ながら見に行くことはできなかったですが、向田さんの根強い人気と作品に対する高い評価をうかがうことができます。

向田さんが亡くなったのは、台湾での取材旅行中の飛行機事故によるものです。台湾は1987年までの国民党政権下での戒厳令下にあって、事故当時もそのまっただ中でしたが、飛行機事故で亡くなった110人の鎮魂慰霊碑が事故現場近くにあるようで、向田さんの名前も刻まれているとのことです。

台湾の戒厳令は蒋経国総統当時の1987年に撤廃されていますが、台湾では、米国に移った台湾人などの民主化運動を受けた米国政府や世界的に知名度の高かった李登輝氏(1988年から2000年まで総統)などによって、それ以降も民主化が強力に推進されました。台湾は「麗しの島(Formosa)―ポルトガル統治時代のポルトガル語から由来」とも呼ばれています。向田さんもきっと戒厳令下にもかかわらず、この美しい地と親日的で優しい人情に触れて取材を続けていたのではないかと思います。

◆バイデン新政権下での新たな米台関係

米国ではバイデン新大統領の政権がスタートしましたが、その就任式に台湾政府の台北駐米経済文化代表処(駐米代表部に相当)の蕭美琴代表が、1979年の米台国交断絶後初めて出席し、政治的に台湾を認めていない中国政府を大きく刺激しました。バイデン政権の台湾に対するスタンスが垣間見えるような気がします。

台湾の蔡英文総統はまた、コロナ対策に当たらせるためオードリー・タン氏をIT担当大臣に起用して先進的な対策を講じ、コロナを素早く抑え込んでいます。現地メディアなどによれば、台湾内ではほぼコロナ前の普通の生活に戻っていて、世界から羨望(せんぼう)の目で見られています。筆者は以前勤めていた会計事務所で台湾の人たちと一緒に仕事をする中で、台湾人の中にはタン氏のようにバイリンガルを超えて、場合によってはマルチリンガルで多様性のある優秀な人材がたくさんいて、頼もしく感じたことを昨日のように思い出します。

一方、IT業界に目を向けてみると現在、自動車やスマートフォンの生産などで世界的な半導体不足が指摘されていますが、米インテル、韓国サムスンと並んで世界的シェアの上位にある台湾積体電路製造(TSMC)に関連各社が追加生産を要請したと伝えられるなど、台湾企業の存在感がさらに高まっています。

中国との距離感など地政学的に難しさはありますが、日系企業は台湾の戦略的な重要性を再度見直し、その事業戦略に落とし込むことも一案だと思います。

世界はコロナ禍で大きく傷んでいます。また、それだけでなく、脱炭素化や格差問題など大きな課題をいくつも抱えています。

米トランプ前政権は基本的にアメリカ・ファースト(米国第一主義)に代表されるように、国際協調をほぼ否定して自国にとっての損得で政策決定してきました。トランプ氏は脱炭素化や格差問題などの課題についてもアメリカにとって益がないと思えば、その対応は否定または先送りという形にしていました。脱炭素化への対応については、根拠がないとしていたトランプ前政権に対して、バイデン新政権はオバマ政権下で国務長官を務めたケリー氏を起用し、就任初日にパリ協定に復帰することを大統領令で決めるなど、政策転換を素早く打ち出しています。

「思い出トランプ」という語呂合わせではないですが、トランプ前政権の脱炭素化や格差問題への対応を過去のものとして、バイデン氏率いるアメリカが台湾を含めた強い国際協調の中で、主導権を取りながらこれらの課題に積極的に立ち向かってほしいと切に願っています。

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