п»ї 「水産物禁輸」は何の報復か?外交を失った国の悲劇 『山田厚史の地球は丸くない』第245回 | ニュース屋台村

「水産物禁輸」は何の報復か?
外交を失った国の悲劇
『山田厚史の地球は丸くない』第245回

9月 01日 2023年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

原発事故から12年余、廃墟となった東京電力福島第一原子力発電所から「核汚染処理水」放出が8月24日始まった。「海を日本の下水道にするな」と警告していた中国は、態度を硬化させ「水産物の全面禁輸」に踏み切った。

野村哲郎農水大臣は「想定外の事態」と驚きを隠さず、自民党からは「WTO(世界貿易機関)に提訴すべきだ」との声も上がっている。その一方で、中国から抗議と怒りの電話が日本各地に殺到、「迷惑電話」が話題となった。メディアは「嫌がらせ」と報じ、岸田首相は「遺憾なことと言わざるをえない」と抗議。処理水放出は、是非論を超え、日中関係をますます険悪させ、反中感情を刺激している。

◆日本の独善が生んだ中国の「想定外の報復」

「水産物の輸入が制限されることは予想されたが、まさか全面禁輸とは」

中国がこれほど強い報復をするとは思わなかった、というのが政府の受け止め方だ。「国際原子力機関(IAEA)が健康を害するレベルではない、と言っている。それを大騒ぎして禁輸にするのは遺憾」というのが日本の立場だ。「科学的に安全」と言っているのに、耳を貸さない中国政府は「科学的でない」という。

メディアでも「処理水が無害であることを国民に伝えず、ことさら不安を煽(あお)るのは問題だ」「失業が増加している中国は不満の捌(は)け口を日本に向けたいのだろう」などと解説されている。

朝日新聞(8月30日付)の「朝日川柳」に「あの国のおかげで反対言いにくく」という川柳が載った。

中国は7月下旬、日本政府に20項目の質問リストを提出し、海洋放出より周辺諸国への影響が少ない方法として「蒸発させて大気中に放出する」ことなどを提示した。中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官も「海に放出する案を強行するのをやめ、他の選択肢を議論し、責任ある方法で処理するべきである」と記者会見で述べた。

「大気放出」は日本政府も検討し、海洋放出と並んで合理的手段とされた経緯がある。大気放出は「コストがかかる」として退けられていた。中国が申し出た時点で「質問リスト」に取り合っていれば、今のような事態は避けられたのではないか。

漁協の反対など国内対応に手いっぱいで「国際的な配慮」は鈍かった。「中国に話しても無駄」「我々は科学的だ」と独善で突っ走ったことが「想定外の報復」を生んでしまったのだろう。
◆日本にとって中国は「敵国」なのか

ところで「水産物の全面禁輸」は、処理水放出への報復なのだろうか。形としてはその通りだが、この問題は「奥が深い」ように思う。

処理水放出には、韓国の国民も反対していた。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は受け入れた。いま日本とことを荒立てることは得策ではない、と判断したからだろう。仮に中国と日本の外交関係がもう少しうまくいっていたなら、「全面禁輸」はあり得なかったと思う。怒りに満ちた「強硬な報復措置」は、今の日中関係を物語っている。

安倍政権の末期、日中は関係修復が模索され、習近平主席の訪日が政治日程に上がっていた。対中強硬派である安倍晋三ですら、党内の反発を抑え「中国との話し合い」を目指した。コロナ感染の拡大で往来が途絶え、習近平来日は先送りされ、今や話題にも上らない。

米中対立が先鋭化したからだ。「台湾への武力侵攻が6年以内にある」と米国は言い出し、日本は最前線に押し出された。

降って湧いたように防衛力の増強が打ち出され、敵基地攻撃能力が正当化された。日本は米国に代わって中国を標的にするミサイル網の整備に乗り出した。「日米同盟を基軸とした抑止力の強化」ではあるが、中国から見れば「ノドにナイフ」のような威嚇(いかく)である。

さらに「半導体製造装置の対中輸出規制」へと進む。半導体装置は日本にとって数少ない先端産業で、中国は大事な市場だ。それでも米国の要請に従った。

「日本の半導体もかつて米国によって大打撃を受けた。同じことをいま中国がやられている。なぜ従うのか」と中国は翻意を求めたが、聞く耳はなかった。

そして、麻生太郎元首相が台湾で「戦う覚悟」を表明。戦う相手とは中国だ、と言っているに等しい。これほどの「嫌がらせ」はない。

中国から見れば、「不愉快」なことを日本は意識的にやっている。日中関係をこれほどこじらせたのは日本ではないか。

米国は中国を「最大の競争相手」と位置付けている。「敵国」と見なし、頭を押さえにかかっている、と言っていいだろう。

日本にとって中国は「敵国」なのか。最大の貿易相手国であり、最大の市場、日本の繁栄に欠くことができない隣国である。政治体制は違っても、お互い「敵」になっていいことは何もない。外交・安全保障のキモは「敵を増やさない」ことだ。

米国には米国なりの判断があるだろう。日本と中国が険悪化することは「都合のいい」ことかもしれない。このままでは「新しい戦後」がますます現実味を帯びてくる。(文中敬称略)

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