п»ї 日韓、日米 この落差はなんだ ごう慢と卑屈の日本外交 『山田厚史の地球は丸くない』第146回 | ニュース屋台村

日韓、日米 この落差はなんだ ごう慢と卑屈の日本外交
『山田厚史の地球は丸くない』第146回

8月 28日 2019年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「日本では作物の害虫被害に悩まされており、民間に追加購入の需要があるだろう」

日米首脳会談を終えて25日、記者会見した安倍首相はアメリカに余剰トウモロコシの輸入を約束した理由をこう語った。

「中国が約束を守らないせいでトウモロコシが余っている、それを日本が全部買ってくれることになった」。トランプ大統領は安倍首相の貢献を強調した。

菅官房長官は定例会見で「ガの幼虫がトウモロコシを食い荒らす被害が全国的に拡大し、供給が不足する可能性がある」と首相の言い分を補強する。農林水産省によると、ツマジロクサヨトウというガの幼虫による被害が九州を中心に11県で確認された。害虫による食害は農業につきもので、問題は「どれほど深刻か」だが、同省植物防疫課は「通常の営農活動に影響は出ていない」という。つまり影響は軽微。

◆「売り込む人」「買わされる人」の関係不変

買い取るトウモロコシは275万トン。米国からの輸入量の3カ月分というが、国産トウモロコシの生産は450万トンしかない。国内生産の60%を超える余剰トウモロコシを日本は抱え込む。「食害対策」というには無理があるのではないか。

過剰な在庫が発生することは避けられない。政府は保管料など流通経緯に補助金を付け安値の飼料用として商社などに押し込むのだろう。バイオ燃料や第三国への再輸出になる、ともいわれる。トランプが仕掛けた対中制裁の報復に苦しむ農業団体などの尻ぬぐいに日本の税金が使われる。これは「思いやり予算」である。

日米関係やトランプ・安倍関係を維持するための費用だといったほうが分かりやい。

買い取りにどれほどの税金が投入されるか政府は明らかにしていない。トン当たり1万円かけたとしても275億円だ。イージス・アショア2基で6000億円。兵器爆買いに比べれば「端数」のような税金投入である。

「シンゾウはアメリカの兵器をたくさん買ってくれることになった」。一昨年来、首脳会談のたびにトランプは上機嫌で語る。日本政府の発表には「兵器購入」は触れられておらず、トランプ発言について聞くと「何も決まっていません」と答える。

決まってはいないが、要望を聞いた、ということだろう。その後の動きはトランプの言う通りで、昨年12月決まった中期防衛力整備計画には、1機116億円のステルス戦闘機F35Aが27機、249億円のKC46A空中給油機を4機、262億円の早期警戒E2Dは9機、173億円の無人偵察機グローバルホーク1機がリストアップされた。この値段も仮置きで、アメリカの言い値でどんどん高くなる、というのがいつものことだ。

今回の首脳会談は兵器がトウモロコシになっただけ。「売り込む人」「買わされる人」の関係は変わっていない。

◆哀しい従属的な関係

今回の通商協議で米国は農産物関税の引き下げを強く求めた。日本は「TPP水準を上回る合意はない」としてTPP(環太平洋経済連携協定)交渉の範囲内に関税引き下げを収めた。政府は「大成功」と自画自賛するが、日本が求めていた自動車関税の引き下げは実現しなかった。会見で聞かれたトランプ大統領は「なんでそんなこと(自動車関税引き下げ)を私がしなければいけないのか」と問題にさえしなかった。

日米TPP交渉は、米国は農産物、日本は自動車の関税引き下げを求め、互いに譲り合って決着した。今回は、米国の要求だけが実現し、更に「トウモロコシ275万トン」が上乗せされた。

交渉の敗北を認めず「農産物を既定路線に沿って譲ったことで自動車への追加関税を免れた」という理屈付けで政府は「交渉はうまくいった」とメディアを誘導する。

トランプ大統領は「TPP交渉は前政権がやったことでオレは知らない」という態度。日本の首相なら「日米政府が話し合って合意したことだ。尊重してほしい」くらいの主張を転換できなかったのか。

自動車関税は相手にされず、農産物で譲り余剰物資の買い入れのオマケまで付けた。「結果」の問題ではない。「対等な交渉」ができていない従属的な関係が哀しい。

「米軍駐留経費をもっと負担しろ」「自動車の貿易赤字は米国の安全保障にかかわるから追加関税を検討する」など、米国の身勝手な要求に正面から反論できず、ひたすら頭を下げて「言うことを聞くからお願いします」と懇願するような交渉姿勢が問題なのだ

◆互いの経済を痛め合う消耗戦

卑屈にも見える対米外交と対照的なのが日韓関係である。

韓国の李洛淵(イナギョン)首相は26日、「日本による(対韓輸出規制など)不当な措置が元に戻ればわが政府もGSOMIA(ジーソミア=軍事情報包括保護協定)を再検討することが望ましい」と述べた。お互い「やり過ぎ」とされる報復措置を引っ込めることで加熱した対立を抑え、拳を降ろそうという提案である。

ところが世耕弘成経済産業相は「全く次元の異なる問題だ」と一蹴した。韓国を通関手続きの「優遇国」から外したのは、「貿易を適切に管理するための措置」であり防衛当局間の軍事情報を交換するGSOMIAとは次元が違うのだと。通商と安全保障を一緒くたにするな、ということだが、徴用工への補償問題で日本が貿易管理を厳しくしたように、外交は次元の違う課題を持ち出して攻め合うことがしばしばある。

日韓の政治対立はビジネスや観光にまで影響が出ており、お互いの経済を痛め合う消耗戦の様相を濃くしている。

紛糾の根源をたどれば「歴史認識」に行き着く。韓国の側には、日本は過去の植民地支配をきちんと反省していないのでは、という疑念が残っている。日本は1965年の日韓基本条約で、韓国は日本に対する財産及び請求権についての外交的保護権を放棄した。だが韓国政府は日本から得た有償無償5億円を産業振興に使い、戦時中にひどい扱いを受けた徴用工などへの補償はなされず、戦争被害者の請求権は火種として残った。それは韓国の国内問題だ、というのが日本の言い分だ。

だが日本でも「個人の請求権は残っている」という解釈はある。1991年8月、外務省の柳井俊二条約局長が参議院予算委員会で、「いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることができないという意味だ」と答弁。政府間の問題ではないが、個人の請求権は韓国の国内問題、という解釈を示した。これを機に韓国に出ている日本企業への訴訟が相次ぐようになった。その結果、韓国の最高裁が元徴用工の訴えを認めた。裁判所が新日鉄住金の在韓資産を処分したことで外交問題に発展した。

◆韓国に拳を降ろせない日本

発端は徴用工問題だが、今度は日本政府が韓国側の貿易管理が信用できない、と半導体製造に不可欠なフッ化水素系素材の輸出規制に踏み切り、新たな火種がバラまかれ、「貿易に絡めた制裁合戦」へと突入する。報復措置として韓国は日本と軍事情報を交換するGSOMIAの打ち切りを宣告。歴史認識から始まった感情的な摩擦が北東アジアの安全保障を巻き込む事態となった。

李首相の発言は、北朝鮮や中国を睨(にら)む米軍の戦略配置ともからむGSOMIAまで巻き込むことを避けるため、日本にも自制を求めたものだが、世耕経産相の発言が示すように日本は拳を降ろせない。

世耕経産相だけではない。河野太郎外相も、駐日韓国大使を呼びつけ、「無礼である」と芝居がかった韓国批判をテレビカメラの前で演じた。韓国に対する居丈高な政治家が目立つ。外交摩擦にタネは両国にあるのにメディアも含め「韓国叩き」がはびこる現状は異常ではないか。

韓国では文在寅(ムンジェイン)大統領側近のスキャンダルが噴出し、政権の屋台骨が揺らいでいる。ワイドショーなどは面白がって取り上げているが、「だから韓国はダメだよね」で片付く問題ではない。

なぜ日韓はもめているのか。その根幹にはなにがあるのか。互いの制裁措置で失うものはなにか。事態を収めるにはどんな視点が必要なのか。

「近くて遠い国」とされていた韓国と日本は、いつの間にか切っても切れない関係になっている。日本が圧倒的優位に立っていた経済関係も変わっている。韓国の人々の日本を見る眼も変わってきた。変化する現実から目を背けているのは、韓国を見下してきた日本側ではないのか。

トランプの登場で日米関係がはっきり見えるようになった。文在寅大統領の韓国も刺激的である。日韓の軋轢(あつれき)は、現実を改めて見つめる好機になるかもしれない。

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