п»ї 岸田文雄は首相失格時代が政治家を選ぶ『山田厚史の地球は丸くない』第254回 | ニュース屋台村

岸田文雄は首相失格
時代が政治家を選ぶ
『山田厚史の地球は丸くない』第254回

1月 12日 2024年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

元日は能登で震災が起こり、翌2日、羽田空港で旅客機と輸送機が衝突し炎上。ただならぬ時代を予感させる新年の始まり。政界では、松も明けぬうちに国会議員が裏金作りで逮捕された。

地球は地殻変動が活動期に入ったらしい。日本の政治も長期政権が自己崩壊を始めた。どうやら、明日は昨日の延長線上に描けない。時代が求める政治家の資質も変わってきた。

◆空想の世界ではない別次元の事態

気象庁のデータを見ると「大きな地震」は毎年のように起きている。2000年10月鳥取県西部(マグニチュード7•3)、03年9月十勝沖(M7)、04年10月新潟中越沖(M6•8)、07年3月能登半島(M 6•9)、7月新潟中越沖(M6•8)、08年6月岩手宮城内陸(M7•2)、11年3月東日本大震災(M9)、12年12月三陸沖(M7•3)、13年10月福島沖(M7・1)、15年7月小笠原諸島西方沖(M8•1)、16年4月熊本(M7•3)、16年11月福島沖(M7•4)、18年6月北海道胆振東部(M6•8)、21年2月 福島県沖(M7•3)、22年3月 福島沖(M7・4)、24年1月能登半島。

地震は起こると「想定外の事態」となるが、こうして見ると「今年もどこかで起こる」と考えたほうがいいのではないか。

社会的な破壊力は、起きた場所によって決まる。火山の噴火も同様だ。近年起きた噴火は、以下の通り。

1986年伊豆大島、1990年雲仙岳、2000年3月有珠山、6月三宅島、2004年十勝岳、11年霧島山新燃岳、2014年草津白根山、2014年御嶽山、2015年口永良部島。九州では桜島や阿蘇山がしばしば噴火している。首都近辺では箱根で小規模な噴火が起き、富士大噴火の予兆ではないか、と心配する人もいる。

富士山は大きな噴火を何度も繰り返して今の姿になった。1707年、宝永地震の49日後に始まった宝永大噴火は、江戸市中まで大量の火山灰を降下させた。川崎で5センチほど積もったとの記録があり、いまこれだけの火山灰が降ったら交通や通信は壊滅的打撃を受け、首都機能麻痺(まひ)の恐れがある。

心配してもキリがない、と思われる人がほとんどだろうが、富士大噴火や南海トラフ地震は、いつか起きる。その時、明治維新や敗戦に匹敵する大混乱が起き、政治も経済も別次元に突入するだろう。そんな事態が空想の世界でなく、見えてきたような気がする。

◆天変地異に対応できない政治の乱れ

昔から「世が乱れると天変地異が起こる」と言われ、天の采配で権力の交代が起こる、とされてきた。天災は驕(おごる)権力者に対し、天が与える懲罰という考えだ。見方を変えれば、世が乱れている(政治が機能していない)と天災に的確な対応ができず、時の権力は力を失う、ということかもしれない。

能登半島地震への岸田政権の対応は「天変地異に対応できない政治の乱れ」が露呈したといえよう。

元日に震災が起きたのに記者会見で国民の前に現れたのは4日。その日の夜にはBSフジテレビに生出演し、政治評論家の田崎史郎氏らと秋の総裁選に向けた政局談義である。呑気(のんき)なものである。被災地では崩壊した家屋に押し潰された人が救済を待っているというのに。道路が寸断され、孤立した集落の被害状況さえ把握できない。生死を分ける被災後72時間を過ぎても到着さえできない地域があちこちあり、一刻も早く救援を、という現地からの声は首相の耳に入らなかったのか。事の重大性への認識や人命への配慮が決定的に欠けていたため、初動が遅れた。後手後手の対応で、救えたはずの命さえ救えなかった。

象徴的な動きは自衛隊出動の遅れだ。東京新聞(1月6日付)によると

「防衛省は地震発生翌日の2日、陸海空自衛隊の指揮系統を一元化した統合任務部隊を1万人規模で編成した。ただ実際に現地で活動するのは2日の段階で約1000人、3日は約2000人、5日も約5000人にとどまっている。発災から5日目で約2万4000人が活動していた熊本地震と比べて規模が小さく見える」。5日経って熊本地震の5分の1は少なすぎる。

防衛日報デジタルによると「東日本大震災では、発生当日に約8400人の自衛隊員が派遣され、2日後の13日には5万人超、1週間後の18日には10万人超の隊員が派遣された」という。

2日の段階で能登半島の道路は土砂で埋まり、陸路の救済は困難と判断された。救援は海と空からしかない、という判断だった。

孤立した集落への救援物資の投下や、重傷者の輸送はヘリコプターに頼るしかない。ヘリを一番たくさん持っているのは自衛隊である。中でも陸上自衛隊第一空挺団は落下傘降下やヘリからロープ1本で地上に降り立つことができる精強部隊だ。ホームページにこうある。

「陸上自衛隊の中でも超精鋭の集団『第一空挺団』。 航空機からパラシュートで降下し、任務を行う、日本唯一の落下傘部隊です。 活躍の舞台は、車両が到達できない場所での救助活動など。 東日本大震災や台風などの自然災害においても、難しい救助活動にあたっています」

活動の舞台は車両が到達できない場所。まさにこの部隊が速やかに投入されたと思った。ところが、第一空挺団には「出動命令」は出されなかった。精強部隊は何をしていたのか。7日に行われる「訓練事始め」の準備に忙しかったのである。訓練事始めは「消防の出初め式」みたいなもので、見物人を集めて日頃の訓練の成果を披露する新年恒例の行事である。自衛隊の広報活動として重要な任務で、今年は米軍や英国軍など同志国の部隊も参加して「離島の奪還」を想定した訓練を披露した。つまり「災害出動」より「恒例行事」を優先したのだ。

◆決断できなかった首相

1年前から綿密に準備をしてきた晴れの舞台を成功裡(り)に催したい。米英豪の部隊に参加していただいている。一緒に離島奪還の訓練をすることは中国への威嚇(いかく)になる。準備万端整っている、中止するわけにはいかない――。現場にはそんな事情があったのだろう。

だが、訓練出初め式と被災地救援とどちらが大事か。今しなければならないのはどちらか。極めて初歩的な判断を防衛省は誤った。防衛省の責任ではない。自衛隊の最高統括者は首相だ。

方向が決まると突き進むのが「軍人」。その行動が市民社会のルールと合致しているか判断するのが政治家だ。「文民統制」はそのためにある。「被災地に行ってくれ。出初め式は後にしよう」と言えば、それで決まりだった。この程度の決断ができなかった岸田文雄は首相失格である。

木原稔防衛相が第一空挺団に被災地支援を命じたのは9日である。この間に孤立集落で何人が犠牲になったのか。やっと「車両の到達できない場所での救援活動」が始まる。

◆危機に力を発揮する人材不在

危機に立つと人の地金が現れる。臆病な人は、目を瞑(つむ)り、耳を塞(ふさ)いでしまう。忙しいと、大事なことは後回しにして、目先のことに没頭する。一種の逃避だ。

岸田さんに頭の中は、自民党の裏金問題だろう。捜査の行方が気になる。党としてどう対応すればいいのか。政治刷新本部は、誰に任すか。

寒さと不安の中で救出を待つ現地の人々への思いはどれほどあるのだろうか。支持率が下がっている今こそ、自分を捨てて被災者に寄り添う姿勢を思い切り見せることが大事ではないだろうか。仮に周りが振り付けても、首相に本気がなければ、臭い芝居に終わるだけだろう。

誰とでも仲良しで、当たり障りのないボンボンのような政治家に首相が務まる時代ではない。自民党はサル山のボス猿選びで首相が決まる「平時の政党」だった。予定調和の時代はそれでよかった。明日は、昨日の続きではなく、「想定外」が日常的に起こる乱世が始まった。時代が政治リーダーを選ぶ。危機に力を発揮する人材はどこにいるのか。

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