п»ї どうする「北朝鮮との外交」「転機」迎えた拉致問題 『山田厚史の地球は丸くない』第260回 | ニュース屋台村

どうする「北朝鮮との外交」
「転機」迎えた拉致問題
『山田厚史の地球は丸くない』第260回

4月 05日 2024年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

日本政府は、北朝鮮と密かに接触し「日朝首脳会談」を模索しているらしい。その兆候は北朝鮮側から発信された。

今年元日に起きた能登半島地震に、金正恩朝鮮労働党総書記が、被害を見舞う電報を岸田文雄首相に送った、と北朝鮮メディアが報じた。「被災地の人々が一日も早く立ち直り、安定した生活を取り戻せるよう祈ります」と深い同情と哀悼の意を表明したという(1月5日付)。

林芳正官房長官は1月6日の記者会見で「感謝の意を表したい」と述べながらも返信については、明言しなかった。

悪口雑言を得意とする北朝鮮が、丁重なお見舞いを寄せるなど、きっと何かがある、と多くの人は感じただろう。

◆日米首脳会談を前に北の揺さぶり

次に登場したのは「首領様の妹」金与正朝鮮労働党副部長。北のナンバー2である彼女は2月15日、「拉致(らち)を障害にしないなら岸田首相の平壌訪問もありうる」との談話を発表。林長官は「留意する」と反応し、水面下で首脳会談のお膳(ぜん)立てが始まっていることをうかがわせた。

岸田首相は3月4日、拉致被害者の家族会と支援団体の「救う会」メンバーと首相官邸で面会。「トップ同士の関係を構築することが重要だ」と述べ、早期の日朝首脳会談実現に意欲を示した。

それが一転、「破談」をうかがわせたのが3月25日の金与正氏の談話だ。日本側が北京の日本大使館など通じて接触してきた経緯を明らかにし、「拉致問題は解決済み」という従来の主張を繰り返し、「重要なのは日本の政治決断だ」と迫った。林長官が「拉致問題は解決したという主張は全く受け入れられない」と反論すると、与正氏は「日本のいかなる接触も交渉も無視し、拒否する」と交渉中止を匂わせた。

舞台裏で何が起きているのか。

北朝鮮の動きは4月10日に米ワシントンで予定される日米首脳会談を意識しているのだろう。岸田首相は訪米してバイデン大統領と会う。米日韓が北に対し結束して当たることは議題に上がるだろう。金正恩政権は、先回りして揺さぶりをかけた、と日本外務省は見ている。

岸田政権にとって拉致問題は放置できない課題だ。拉致された人の一部が帰国してから20余年、こう着状態が続いたままで、被害者家族も高齢になった。「対話と圧力」で臨んだ安倍元首相も、圧力はかけても対話の窓口を開けないままだった。支持率低下に悩む岸田政権にとって日朝首脳会談にこぎ着けることは政権の浮揚の足がかりになる。

ところが、日本の懸案である拉致問題は、日米韓の外交枠組みには「足かせ」になっている。核保有国を目指しつつ、ミサイル実験を繰り返す北朝鮮は、北東アジアの安全保障で無視できない存在になっている。大陸間弾道弾型で米国に届くミサイルが開発され、米国も無視できなくなっている。韓国では尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が誕生し、北と対決姿勢が強まっている。米韓は北への圧力で歩調を合わせており、日本が「融和策」を取ることを牽制(けんせい)している。

◆確度高い?めぐみさん「死亡説」

日本は、米国に「拉致問題」を説明し、北との接触を容認してもらう、という外交を続けてきた。安倍・トランプの時代から、米国は「日本の拉致問題解決を支援する」といった表現でこの問題を容認してきた。

その代償は、決して安いものではなかった。

安倍政権は、米国から兵器を爆買いし、岸田政権は防衛費を倍増することでバイデン大統領の歓心を得た。今回も日米同盟の強化を謳(うた)い、自衛隊が事実上米軍の指揮下に編入される「戦略共同」が確認される見通しだ。

アメリカへの追従を約束し、対北朝鮮外交の「自由」を確保する。だが、その北朝鮮外交に展望がない、というどん詰まりに日本は陥っている。そこには大きなボタンの掛け違い、がある。

「拉致被害者を取り戻す」。日本では、極めて当たり前の政策になっているが、この目標が残念ながら日朝関係を膠着(こうちゃく)させた。「解決済み」という北の言い分を超えることができないからだ。

拉致被害者の救出は、日本にとって悲願ともいえるが、救出しなければならない被害者がいまどうなっているのか、その情報が日本にはない、というのが現状だ。帰国した元被害者から情報を得てはいるが、あれから20年余、情報の遮断(しゃだん)が続いている。

「全員を取り戻す」と岸田政権は言うが、全員が生きているかはわからない。

私がかつて北京で接触した北朝鮮の「要人」は、「横田めぐみさんは、すでに亡くなった。ほかにも死亡した人はたくさんいる。帰国を望んでいない人もいる」と語った。

その言葉が真実かどうかわからない。だが、めぐみさんについては、確度の高い「死亡説」が関係者の間で共有されている、と取材で感じた。真相は推し量るしかないが、帰国者の証言や横田夫妻と孫のキム・ヘギョンちゃんが2014年3月にモンゴルの首都ウランバートルで会った際の状況などから、「死亡説」に納得する関係者は少なくない。

「希望的観測」に依拠した外交に展望なし

だが、ジャーナリストの田原総一朗氏が2009年5月、テレビで「外務省も生きていないことはわかっている」と発言したことに、中曽根弘文外相(当時)が「全くの誤りで、大変に遺憾だ」と批判し、裁判沙汰(ざた)に発展して田原氏は敗訴した。

田原氏も拉致被害者の家族連絡会の抗議を受け、「具体的な情報源を示すことなく発言したことは深く反省している」と発言を取り消した。

外務省は「北朝鮮側から納得のできる説明がない以上、拉致被害者はすべて生存しているという前提で交渉している」としている。つまり、北朝鮮が死亡の証拠を示さない限り「生きている」と判断する、というのが現状だ。

北の「要人」は、「説明しても日本が取り合わないから、話は進まない」と言う。

日本の政権にとって「拉致被害者の救出」とは「横田めぐみさんを取り戻す」と同義語になっているかのようだ。この「見果てぬ夢」を目標にする限り、日朝交渉は進まないだろう。

安倍政権当時は、それでもよかった。「拉致問題の解決を」「被害者の救出を」と政治スローガンを叫べば、一定の支持を得ることができた。しかし、政権の晩年になり、「いっこうに進まない拉致問題」への不満は被害者家族からも上がるようになった。

「対話と圧力」は、北朝鮮への経済制裁という圧力ばかりが増し、情報を手繰り寄せる交流は途絶えた。政府は密かに特使を派遣して接触を試みるが、日常的な接点がほとんどないため、外交が機能しない。首脳会談を成功させるには各段階の信頼関係が欠かせないが日朝間の外交基盤が崩れてしまった。

私がロンドンに勤務していた1990年当時、英国の情報機関MI5は日本の公安調査庁と定期協議を行っていた。日本が持っている「北朝鮮情報」に英国は関心を寄せていた。

当時、日本は北朝鮮の在日組織である朝鮮総連が機能し、定期船の「万景峰号」の往来で、人やビジネスで太いパイプの情報が行き来していた。

度重なる経済制裁で交流が断たれ、拉致被害者の消息は途絶えてしまった。横田めぐみさんを「生きて帰す」ことを掲げることは、政治的なプロパガンダになっても、交渉を難しくするばかりだろう。

「希望的観測」に依拠した外交に展望はない。ボタンの掛け違いは、最初に戻るしかない。

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