п»ї PCR検査数が増えないホントの理由―新型コロナウイルス禍 『山田厚史の地球は丸くない』第162回 | ニュース屋台村

PCR検査数が増えないホントの理由―新型コロナウイルス禍
『山田厚史の地球は丸くない』第162回

5月 08日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、安倍晋三首相が「1日2万件実施できる体制にする」と国民に約束しながら、感染の有無を調べるPCR検査の検査数はその半分にも満たない。「政府には、検査を増やす力がないのか。それとも、そもそもやる気がないのか」という質問が、首相会見で記者から発せられたほどだ。首相も政府の専門家会議・副座長の尾身茂・地域医療機能推進機構理事長も「言い訳」に終始するが、答えは簡単だ。方針を転換すると、「困る人」がたくさんいるということである。

◆「市中感染」広げた「隠れ陽性」

人口10万人あたりのPCR検査数は、米ニューヨークは4484人、ドイツは3043人だが、日本は187人(5月4日の専門家会議の発表資料)にとどまっている。ニューヨークの24分の1、ドイツの16分の1である。

極端に少ない日本の検査数について「感染実態が分からず、現場が危険にさらされている」と医療関係者から声が上がっていた。感染の自覚がない陽性患者が病院を訪れ、ウイルスを拡散する。入院患者や職員が感染して集団感染が起こり、病院の機能が麻痺(まひ)する。そんな例があちこちで起きた。

多くの人たちは新型コロナウイルスへの感染が心配でも、保健所は検査してくれない。「38度以上の高熱が4日間」という厳しい条件があり、問い合わせても門前払いされる。

体調不良のまま自宅で死亡し、あとで陽性と分かった人。路上で倒れ、死んで発見され、陽性が分かった人。そんなケースが多発して社会問題になった。

感染防止の司令塔であるはずの専門家会議の判断に誤りがあった。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班の重鎮である押谷仁(おしたに・ひとし)東北大学大学院教授は、次のように述べていた。

「このウイルスでは、80%の人は誰にも感染させていません。つまりすべての感染者を見つけなければいけない、というわけではない。クラスターさえ見つければ、ある程度制御ができる。むしろすべての人がPCR検査を受けることになると、医療機関に多くの人が殺到して、そこで感染が広がってしまうという懸念があって、PCR検査を抑えていることが日本が踏みとどまっている大きな理由というふうに考えられます」(3月22日NHKスペシャル「専門家に聞く〝新型コロナウイルス〟との闘い方と対策」)

「クラスター」と呼ばれる感染集団を見つけ、潰(つぶ)していけば、新型コロナウイルスは退治できる。検査して陽性患者がたくさん見つかると、医療現場がパンクする。だから「検査は抑える」というのが、政府の作戦だった。

ところが、重篤化しない80%の感染者は「誰にも感染させない」ではなかった。無症状や軽症の「隠れ陽性」がウイルスをまき散らし、「市中感染」を広げてしまった。

世界保健機関(WHO)による「感染実態の把握を! 検査・検査・検査」という警告を無視して、事態を軽く見ていた日本政府の姿勢が問題を大きくしたことは今や否定できない。

◆御用学者と政治家のもたれ合いの果てに

政府や専門家会議が「80%は誰にも感染させない」と判断していたとしたら「重大な誤り」と言うしかない。3月半ばには、無症状や軽症者がウイスルをまき散らすことは国際的に指摘されていた。

政府や東京都は3月24日に東京五輪の延期を決めるまで、感染の過小評価が続いていた。

「厚労省―保健所」という行政システムで情報・データを抱え込み、都合よく差配しようとした御用学者と、東京五輪の手前、感染を小さく見せたかった政治家がもたれ合った、とも言われる。

東京五輪が1年延期され、緊急事態宣言が出されてもPCR検査の数は増えなかった。「保健所が手いっぱい。機器が不足している。検査に必要な人材が足らない」(尾身茂専門会議副座長)などと言い訳が繰り返されているが、検査体制を根本からテコ入れする「やる気」は今になっても見えない。初期対応にしくじった厚労省や専門家会議に任せているため、「失敗の自己修正」が効かない。

1カ月余りを空費し、感染実態が分からないまま、新たな課題と直面した。

「経済活動をいつまで凍結させるのか」

「何を基準に緊急事態を解除するのか」

中国は武漢の閉鎖を解除、韓国も規制をほぼ撤廃し、日常を取り戻しつつある。欧州では規制を緩める国が増え、アメリカも「解除」を模索している。経済活動を徐々に再開しないと、人々の暮らしが破壊される。日本でも不安は広がっている。

安倍首相は5月4日、「緊急事態宣言を5月31日まで延長する」と表明した。感染者の伸びは鈍化したが、期待するほど減っていないので「外出を抑え、接触を減らすことがまだ必要」という判断である。

東京では新たな院内感染が見つかるなど事態は深刻だが、「感染者ゼロ」の岩手県など地方の実情は様々だ。人々の生活や生業をいつまでも圧迫し続けることはできない。

「5月31日を待たず解除することも検討している」と首相は言う。しかし、解除には目安となる「データ」が欠かせない。諸外国に比べ、感染実態を物語るPCR検査数が不足していることが決定的な足かせとなっている。

専門家は「検査数の拡大は今からでもできる」と言う。政府がその気になれば、民間の研究機関や大学を総動員し、保健所とは別の検査体制を作ることは可能と言う。「検査を抑える」という政策の転換を表明し、体制一新を図れば検査を増やすことは今からでもできる。

そうならないのはなぜか。

「失敗を認めることは避けたい、という当事者の責任逃れもあるが、彼らにとって都合が悪いのは、検査を増やすと感染者の数が増えてしまう。規制を解除する根拠が失われることを恐れている」

医療関係者はそう指摘する。

◆「怪しい数字」「実態隠し」放置されたまま

「わが国のこれまでの取り組みは、国民の皆さまに多大なるご協力をいただき、間違いなく成果を挙げております」

5月4日の記者会見で安倍首相は「成果」を強調した。根拠にしたのが、新規感染者数の鈍化である。4月半ばをピークに減少に転じた。緊急事態宣言で接触が減った効果が出ている、と言いたいようだ。

しかし、発表された数字は、PCR検査によって陽性が確認された数でしかない。検査数が少なければ「新規感染者」の数は減る。政府が「全体を反映した数字とは言えない」とただし書きをつける「怪しい数字」でもある。

首相が「2万件体制」を表明して1カ月余りになるが、検査数は多い時でも8千件台で、1万件を超えた日はなかった。感染の実態を把握するには最低でも2万件が必要で、「できることなら国民全員の検査」とさえ言われている。だが、実行すれば感染者の数は桁違いに跳ね上がる。

政府は「自粛」を訴えてきた。接触を減らせば感染は落ち着く、国民の我慢に、失政の尻を回したが、人々の忍耐には限度がある。時間稼ぎの間に政策の立て直しが必要だったが、怠っていた。

日本が「実態隠し」をしている間に、世界は「封鎖解除」に向けて動き出した。追いつくには、遅ればせながら「実態調査」が必要だが、着手すれば感染者数が跳ね上がり、規制解除の根拠を失うというジレンマを抱え込んだ。

とりわけ深刻なのは東京だ。

市中感染がまん延している。検査を抑えたことで「隠れ陽性」が動き回り、あちこちで感染集団が生まれている。

自粛で都心も人の姿が消えたが、解除された街に人が出れば、再び感染は広がる。

「都市封鎖をせず、部分的に経済活動を再開するには、感染実態をデータ化し、地域ごとに細かく汚染濃度を測り、危ないところに集中的に医療人材を投入する。比較的軽度な地域から活動再開を認めていく『精密医療』という手法をとるしかありません」

東京大学先端科学技術研究センターがん・代謝プロジェクトリーダーの児島龍彦氏は言う。精密医療の前提となるのが「膨大な検査」だ。おびただしい個人データを集め、匿名化し、位置情報で行動を追う。感染者の密度が高い地域が分かり、近づかないようにする。

運用を誤ると、個人情報が筒抜けになる。人権と生活・命。どちらも重大な価値だ。どちらを取るか、ではなくどちらも尊重するシステムをどう構築するか。人々は問われることになる。

システムの管理は、信頼できるリーダーに委ねるしかない。今の政府や専門家委員会がその任にたえうるだろうか。検査を絞り、データを都合よく使った「咎(とが)め」がいま吹き出している。

政治や行政を「他人事」にしていた国民に、新型コロナウイルスは、そろそろ目を覚ませ、と警告しているのかもしれない。

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