п»ї 続・「クルマの電化」 遅れる日本 『山田厚史の地球は丸くない』第177回 | ニュース屋台村

続・「クルマの電化」 遅れる日本
『山田厚史の地球は丸くない』第177回

12月 04日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「中国 43万円EVの衝撃」という記事が、朝日新聞12月1日の朝刊1面に載った。「手軽な人民の足」「9月国内販売2万台 テスラ抜く」。中国で急速に自動車の電化(EVの普及)が進んでいることを伝えている。

前回第176回で、菅義偉首相が打ち上げた「2050年温室効果ガス実質ゼロ」に絡んで「『クルマの電化』 遅れる日本」を書いたが、ここに来て、日本がEV(電気自動車)への取り組みが遅れていることを指摘する報道が噴き出している。今日(12月4日)の朝日新聞には、「ガソリンだけで走る新車 2030年代半ばに販売停止」という見出しが躍っていた。

◆中国「宏光ミニ」、米「テスラ」抜く

EV化といっても、日本で電気自動車を見かけるのは稀(まれ)だ。乗っている人から「これは便利」という話もあまり聞かない。充電施設が少なく、ドライバーは電池切れを心配しながら運転しているのが現状だ。

エンジンに補助モーターをつけた「ハイブリッド車」が環境対策の主流になっている。ところが世界に目を向けると、景色は大きく変わる。象徴が「中国 43 万円EVの衝撃」という朝日の記事である。

記事になる前、取材した広州支局の奥寺淳記者とZOOMで会話した。中国の江西チワン族自治区に行ってきた、と言うので、「少数民族の取材?」と尋ねたら、「電気自動車の取材です。ベトナム国境に近い地域に、中国で一番売れているEVを造っている会社があるんです」。中国の田舎なら、粗末な車体に安物のモーターを付けたクルマだろう、と想像したが、「そういう思い込みはもう古い。日本の軽ワゴンみたいなクルマで、仕上がりも悪くなく、都市でも売れていますよ」。

「五菱」というメーカーが生産する「宏光ミニEV」というクルマで、日本の軽自動車のような仕上がりになっているという。
中国はいまや米国を追い抜き、世界最大の自動車市場。富裕層は米国のEV「テスラ」に乗るが、「宏光ミニ」は2台目需要をつかみ、9月の月間販売でテスラを抜いた。

◆国策として推進する中国、逆転狙う

中国政府は国策としてEVを推進している。北京など大都市部の大気汚染は深刻で、環境対策は待ったなしだ。都市部ではナンバープレートの数字を基に「本日は奇数のクルマだけ」などと乗り入れ規制を行っている。ガソリン車はナンバーを取得するには、例えば深圳では5万元(約75万円)の税金がかかる。庶民はプレート代がかからないEVになびく。

中国政府はEVを競わせることで、国産車の技術開発を促している。ガソリンエンジンで日本・欧州にかなわない中国は、自動車で起きているエネルギー転換で一気に逆転しようという意気込みだ。

日本車が世界を席巻したのは1970年代終わりから80年代にかけてだった。きっかけは、世界的な大気汚染だった。米国が打ち出した厳しい排ガス規制を最初に突破したのがホンダだった。

ホンダは戦後、自転車に補助エンジンをつけることで輪車メーカーとして頭角を現し、次に四輪に打って出た、今で言う「ベンチャー企業」だった。そんな新興メーカーが世界一厳しい環境規制を突破できたのは、エンジン開発力が優れていたからだ。二輪車はエンジンが勝負。ニューモデルのたびに新エンジンが開発される。物づくりは経験値がモノをいう。

ホンダに限らず、日本車メーカーはエンジン技術を磨いて世界を制覇した。部品や素材などの下請け・協力会社が性能を支えた。高温高圧に耐える精密加工の「すり合わせ技術」が日本の強みだった。EVになると、エンジンはいらない。精密加工や「すり合わせ」は必要でなく、部品数がはるかに少ないモーターが動力になる。

似たような変化が、かつてあった。時計である。スイスがナンバーワンだったが、日本が60年代にその地位と取って代わった。セイコー、シチズンが世界を制覇した頃、時計に動力革命が起きた。水晶振動子を使った「時計の電化」が、ゼンマイを動力にした機械式に取って代わった。時計に精密技術は必要なくなり、デザインの勝負になって欧州勢が復活した。

時計で起きたことが自動車で起こる。中国は2035年から、ガソリンだけで走るクルマの販売を禁止する。英国は2030年からガソリン車・ディーゼル車の新車販売を禁止する。ノルウェーは2025年から。米国ではカリフォルニア州が2035年から。

◆エンジン技術に固執し続ける日本メーカー

世界の潮流が、日本にいるとピンとこない。メーカーがEV化に正面から対応していないからだ。各社ともエンジン技術にこだわりがある。当面の販売を考えると、ユーザーが少ない電気自動車より高性能エンジンやハイブリッド技術に頼ってしまう。象徴は業界トップのトヨタ。「EVの開発はしている。いつでも対応できる」という姿勢で、市場で勝負に出ようとはしない。

モーターへの切り替えは、分厚い協力企業群のリストラに直結するからだ。自動車が電化されれば、地域経済や雇用に深刻な影響が生じる。業界の盟主として悩ましいことだが、乗用車のEV化は待ったなしだ。

菅政権が、本気で「脱炭素社会」を目指すなら、欧州、米国、中国のように「ガソリン車販売禁止」の目標年次を早急に打ち出すべきだろう。自動車の排ガス対策を抜きに「2050年カーボンニュートラル」はあり得ない。新聞によると、「2030年代」とある目標年は、まだ「調整」の段階らしい。菅政権とトヨタの決断が注目される。

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