п»ї ダーティー・カーボン・ニュートラル『山田厚史の地球は丸くない』第187回 | ニュース屋台村

ダーティー・カーボン・ニュートラル
『山田厚史の地球は丸くない』第187回

4月 30日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

老朽原発が再稼働される。あの事故から、私たちは、何を学んだのか。

福井県の杉本達治知事は4月28日、関西電力の高浜1号、2号、美浜3号の原発3基を再稼働することに同意した。いずれも運転開始から40年を経過している。「原則40年」とされてきた耐用年数を超える老朽原発が再稼働されるのは国内で初めてだ。原子力規制委員会はこれを受け入れるという。

◆「2050年実質ゼロ」は至難の業

耐用年数とは、これ以上使うと危ないよ、という安全の目安ではなかったか。国が決めたことを、国が踏みにじる。3・11東京電力福島第一原発事故から10年、溶け落ちた炉心の片付けさえまだできていないのに……。

なぜ、安全の基準を緩めたのか。経済産業省には、原発を動かしたい事情がある。一つは、これまでエネルギー政策の要(かなめ)に位置づけ、メーカーと一体で進めてきた産業政策へのこだわり。もう一つは、再生可能エネルギーだけでは脱炭素に必要な電源を確保できない、という将来への不安だ。

原子力をエネルギー政策にどう位置付けるかは、政府内部でも様々な意見があるが、産業界や政界には、核エネルギーを重視する原発推進派が少なくない。自民党の国会議員は4月12日、原発の新増設を推進する議員連盟(脱炭素社会実現と国力維持・向上のための最新型原子力リプレース推進議員連盟)を発足させた。

地球温暖化への危機感から脱炭素へのエネルギー転換は世界的な潮流になっている。欧州などの先進国では3•11福島第一原発事故の教訓から再生可能エネルギーが勢いを増しているが、日本では脱炭素を「原発復活」の好機ととらえる人たちが少なくない。

菅義偉首相は昨年10月、「2050年をめどに日本は温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」という、環境に配慮したエネルギー政策を打ち出した。温暖化の原因となっている二酸化炭素(CO2)などを排出する火力発電所やガソリンエンジンをほぼ全廃しなければ達成できない。微妙なところは「実質ゼロ」としている点だ。2050年でも温室効果ガスは残る、その分を「排出権取引」という温室効果ガスの削減分をやり取りする市場から買って埋め合わす、という含みがある。それでも、CO2やメタンがどんどん吐き出されている現状から見ると、30年後、世界で「カーボン・ニュートラル」と表現される「温室効果ガス実質ゼロ」を実現するのは至難の業(わざ)と見られている。

火力発電の比率が高く、温暖化への取り組みが明確でないとされてきた日本が菅政権になって大胆ともいえる目標を打ち出したのは、アメリカで大統領が代わったことだ。バイデン大統領は、パリ協定から離脱したトランプ前大統領の路線を180度転換し、地球環境問題や温暖化対策を前面に掲げた。

◆「2050年にこの世にはいない政治家」の発言

菅首相の「2050年実質ゼロ」は意欲的な試みではあるが、「口で言うだけ」で終わる心配がある。今やっていることと30年後の目標が、あまりにも乖離(かいり)しているからだ。その象徴が「電源構成」だ。どのようなものから電気がつくられているか示す数値である。日本では電力の2019年の実績で75•5%が火力、18・1%が再生可能エネルギー、原子力が6・2%だ。エネルギーの大半を石炭やLNG(液化天然ガス)・石油を燃やすことに頼ってきた日本が、どうやって「実質ゼロ」にするのか。道筋が示されないまま、唐突に目標だけが掲げられた。

政治家・菅義偉が環境やエネルギー問題に関心や信念を持っていたとは思えない。携帯電話の値下げなどチマチマした政策ばかりで、「大局観がない」といわれた菅首相が「2050年カーボン・ニュートラル」を宣言したのは、政治家としてのアクションだろう。

「2050年にこの世にはいない政治家はなんでも言える。問題は、誰が責任を持って遂行するかです」と、経産省OBは言う。首相が代わろうと、政権交代が起ころうと、長期目標がブレないよう、「2050年温室効果ガス・ゼロ」に向けた工程表をしっかり作ることが、今後の課題だという。

 当面の課題は、今年中に改訂版が策定される「2030年長期エネルギー需給見通し」だ。これまで政府は、2030年の電源構成を火力56%、再生可能エネ22−24%、原子力20−22%としている。これによって温室効果ガスを2013年度に比べて26%削減する。2019年で75%を占める火力を56%に下げることで温室効果ガスは減る、という段取りである。経産省にとって、ギリギリの現実策とされてきた。

 だが、この程度の削減では「2050年実質的ゼロ」は達成できない。政府は工程表の見直しが迫られている。4月22日にオンラインで開かれた気候変動サミットで、菅首相は「日本は2030年までに温室効果ガスを46%減らす」と言明した。2013年比で26%減だったのを、さらに「20%削減」を上乗せした。

 ということは、26%削減の土台だった2030年の電源構成を変えなければならない。今の火力56%でも困難視されているのに、と経産省は困惑している。

46%削減なら火力発電を半分以下にしなければならない。そこで勢いづいたのが「原発推進派」である。「脱炭素の電源を50%確保するには原発を動かすしかない」という主張だ。

◆原発の再稼働と新規建設の口実に

3・11福島第一原発事故をきっかけに、原発の安全基準が強化された。事故だけでなくテロの標的にもなる。テロ対策の備えも必要で、原発の建設・維持コストは膨らんだ。先進国では「原発は採算に合わない」と撤退が相次ぎ、風力や太陽光など再生可能エネルギーの普及が広がり、発電コストはどんどん安くなっている。地産地消のエネルギーが地域経済を支えるというグリーンエネルギー革命が始まった。

日本は電力会社と三菱・日立・東芝が組み、経産省が音頭を取り、族議員政治家が力を持つ、という「原子力ムラ」の構造が今も温存され、グリーンエネルギー革命には消極的だった。福島事故後、国内の原発は安全点検で多くが止まり、新規の建設は絶望視されていた。活路を求めたのが、海外の原発だった。それが裏目に出た。東芝は買収した米ウエスチングハウスで1兆円を超える損失を出し、三菱・日立も海外の原発事業で失敗した。

その一方で、風力・太陽光などの新電力に投資をしてこなかったため、技術も市場も欧州や中国のメーカーに後れを取った。

「カーボン・ニュートラル」は世界では「グリーン電力革命」と同義語で、環境と地域経済を結合させるポジティブはイメージで語られている。

日本では、原発の再稼働と新規建設の口実にされようとしている。

「太陽光や風力は、地域の景観や騒音など、迷惑施設になっている。日本では急激な発展は期待できない」という政治家は少なくない。2030年に脱炭素の電源が大半を占めるなら、原発は電源の20−30%必要だ、というのである。

3・11福島第一原発事故の前まで、日本では54基の原発が稼働していた。廃炉・休止が相次ぎ、再稼働が認められたのは7基。現在運転しているのは4基だけだ。その結果、電力の6%しか担っていない。残り全てが再稼働しても、火力の削減を埋めることはできない。日本の核技術を維持発展させるためにも新しい安全な原発の建設が必要だ、というのが自民党の原発推進議連の主張である。

◆世界の潮流と逆行する産業政策

福島第一原発では、溶け落ちた燃料棒の回収さえできていない。回収しても捨て場がない。各地の原発の現場には行き場のない使用済み燃料があふれかえっている。

再稼働を認めた福井県も、関電には「使用済み燃料を県内から運び出して」と訴えている。「中間貯蔵」と呼ばれる核ゴミの受け入れ先は決まっていない。政府は耐用年数を超えた原発1基につき最大25億円を支払う新たな交付金を作り、地元の合意を取り付けた。

安全性、避難計画、核のゴミの捨て場もないまま、世界の潮流と逆行する産業政策が続く日本。意欲的に見えた「温室効果ガス実質ゼロ」は「ダーティー・カーボン・ニュートラル」と言われだしている。

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