п»ї カジノは再び東京へ『山田厚史の地球は丸くない』第193回 | ニュース屋台村

カジノは再び東京へ
『山田厚史の地球は丸くない』第193回

8月 06日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

横浜市長選挙が「菅政権の命運を賭けた選挙」になってきた。同時に、最大の焦点だった「カジノ誘致」が急速にしぼんでしまった。「カジノは東京に行くのでは」。そんな声が自民党関係者から漏れる。いったい何が起きているのか。

◆カジノ捨て、勝ちを取る

横浜市長選は8月22日に投開票される。現在8人が立候補を表明し、街頭に立つなど事実上の選挙戦が始まっている。今回の異変は、市長の座を握ってきた自民党が分裂選挙となったことだ。現職の林文子市長(75)が「カジノ推進」を掲げて出馬する意向だが、地元出身の小此木八郎前衆議院議員(56)が「カジノ棚上げ」を公言し、国家公安委員長を辞職して立候補した。

「推進」では市長選に勝てない、と見ての判断である。横浜の自民党は市議のほとんどがカジノを担いで活動してきただけに、「棚上げ」に同調できないという声は強く、調整がつかないまま「自主投票」となった。

菅義偉首相の金城湯池とされる横浜市の市長選の混乱は、政権にとってボディーブローとなった。菅には「カジノ推進」で地元をまとめられないのか、という不信が広がった。

米ラスベガスに本拠を置く国際カジノ資本の働きかけで、「処女地ニッポン」を外資に開放することが、安倍前政権の「成長戦略」に盛り込まれたのは2013年。刑法で禁止されている賭博をカジノに限って「合法化」する法改正の指揮を執ったのが当時、官房長官だった菅である。

まず全国の三つの自治体に許可を与え、ホテル・会議場・娯楽施設など集めたIR(統合型リゾート)の中心にカジノを置く。国際カジノ資本が描いた絵図面を法案化したのも、菅のイニシアチブだった。候補地として有力視される三つの自治体は、大阪、和歌山、そして横浜。菅は横浜で「影の市長」とも言われてきた。カジノは官房長官が仕切る「菅案件」だった。おひざ元の横浜港の山下ふ頭にカジノを誘致し、外国から客を呼び込もうという構想である。

土建関係や開発業者は計画に群がったが、市民は冷ややかだった。港の見える丘公園から山下ふ頭にかけては、横浜の顔でもある。そこに賭博場を造るのか、と反対の声が上がる。林市長は前回2017年の市長選では、「カジノについては白紙」と態度を保留した。ところが再選されると、一気に「カジノ導入」へと舵を切り、市民の怒りを買った。2020年には市民グループによる「林市長リコール」や「カジノ誘致の賛否を問う住民投票」を求める署名活動などの反対運動が盛り上がった。

◆危機感 外資に港湾利権が

カジノ誘致推進派に決定的だったのが、藤木幸夫・横浜港ハーバーリゾート協会会長の「反対」だった。ふ頭の荷揚げ業者から身を起こし、「ハマのドン」と呼ばれる港湾の実力者。政治を家業とする小此木一族などとも親交は深く、保守政界の後ろ盾とされた人物である。「よそ者が横浜港を勝手にするのは許せない」と立ち上がったのだ。

藤木は、小此木八郎の父で通産相や建設相などを歴任した故・彦三郎の盟友で、彦三郎の秘書だった菅を若いころからかわいがっていた。カジノ資本はトランプ米大統領(当時)を使って日本市場を狙っている、として「安倍はトランプの腰巾着、その安倍の腰巾着が」と菅を批判した。自分が仕切ってきた山下ふ頭を外資に奪われることへの怒りをバネに、「オレの目の黒いうちは横浜に手を出させない」と反カジノの旗を振っている。

小此木が菅内閣の閣僚を辞して市長選に出た背後には藤木の存在がある。

「小此木家と藤木家は深いつながりがある」と八郎は言う。菅が父・彦三郎の秘書になったのは八郎が小学生のころ。菅は小此木家に住み込みで働いていた女性(現在の真理子夫人)と結婚するなど、菅夫婦は家族同然だった。菅が市議から国政に出たのは小此木家の支援があったからで、八郎を国家公安委員長として入閣させたのは、菅なりの「恩返し」とも読める。

その八郎が、藤木の側について「カジノ棚上げ」へと態度を変えたことは、菅にとってショックだっただろう。だが、横浜の政治状況を考えれば、小此木の決断は合理的である。

カジノ推進を掲げて4選を目指す林は75歳、前回選挙での「カジノ隠し」が市民の反発を招き、人気はない。カジノ反対で野党が一本化すれば敗色濃厚だ。

小此木はカジノにこだわらず、藤木に代表されるカジノに否定的な保守票を狙い、立候補した。自民党の分裂選挙である。

そこで、菅が動いた。小此木応援を打ち出したのである。カジノを成長戦略とする首相が、カジノ棚上げの候補を応援する。政策に柔軟な自民党だからできる豹変(ひょうへん)である。

菅は「地元のカジノ」を捨てて、おひざ元の横浜市長を死守する構えだ。市長選で敗れれば、総選挙は菅で戦えない、というムードが一気に加速する。

野党は立憲民主党が元横浜市立大学教授の山中竹春(48)を担ぎ出し、共産党も支援を表明。こうなると「カジノ推進」で立つ現職の林が微妙な立場になる。菅を後ろ盾にしてこれまでやってきただけに、「御用済み」となり、脱落する可能性もある。

◆「小池さんがもってゆく」

小此木は言う。「藤木さんも菅さんも私を応援してくれると期待しています。私はカジノそのものに反対ではない。横浜ではやらない、ということです。東京の小池さんがもってゆくかもしれませんね」。

どうやら、菅周辺で「カジノは東京で」という絵が描かれているようだ。

カジノは横浜ではできないが、東京なら。そんな工作が裏で急展開しているのではないか。

国際カジノ資本にとって一番困るのは「確たる見通しが立たないこと」。実施主体となる自治体の姿勢が定まらないことは大きなリスクである。保守のど真ん中に反対がある横浜は危ない。そこで乗り換えたのだろう。

東京の小池百合子都知事は、都知事選ではカジノは「検討中」として賛否は明らかにしていない。だが、国会議員の時は、超党派でつくる「国際観光産業振興議員連盟」(IR議連)の有力メンバーだった。

日本でカジノ導入の口火を切ったのは、石原慎太郎が都知事だった当時のこと。1999年の「お台場カジノ構想」が始まりだった。湾岸開発の一環として都の港湾局が推進した。次の猪瀬直樹都知事が構想を受け継いだが、次の舛添要一都知事は「石原・猪瀬路線」に決別、カジノは立ち消えになった。その後、カジノは都の手を離れ、自民党などの議連が2016年にIR推進法を国会で通し、政府の事業となった。これを受けて小池都知事が検討を開始。横浜の脱落で、カジノは再び東京に戻る気配だ。

かつてはフジテレビ、鹿島建設、三井不動産、笹川財団などが企業連合で検討していたが、今回は横浜を狙っていた外資と日本企業の連合体が、名乗りを上げる可能性がある。

政府の予定では、立地を希望する自治体は来年4月ごろまでに計画を提出する段取りになっている。現在、大阪府がMGMリゾーツ・インターナショナル(米国)とオリックスの連合体で、和歌山県はクレアベストグループ(カナダ)を業者として応募する見通しだ。

東京五輪の費用がかさみ、大会組織委員会の赤字をかぶる東京が、今度はカジノにすがるのか。国際オリンピック委員会(IOC)の次は、国際カジノ資本。また、うまい汁を吸われることになるかもしれない。(文中敬称略)

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