п»ї 分裂の危機・連合から女性会長-労働運動はだれのもの?『山田厚史の地球は丸くない』第197回 | ニュース屋台村

分裂の危機・連合から女性会長-労働運動はだれのもの?
『山田厚史の地球は丸くない』第197回

10月 01日 2021年 経済

LINEで送る
Pocket

山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「労働運動のナショナルセンター日本労働組合連合会(連合)は、10月6日に開かれる大会で、3期6年務めた神津里季生会長の後任に、芳野友子副会長(55)を充てる方針を決めた。芳野氏は、ものづくり産業労組連合(JAM)が出身母体、選任されれば連合史上初の女性会長となる」

そんなニュースが9月28日、一斉に流れた。連合の神津会長は知られた顔だが、「芳野友子」という名を知っていた人は、ほとんどいなかったのではないか。

◆ボーイズクラブは大騒動

大企業労組を母体に、基幹産業が集まる産業別労組でのし上がり、政財界にパイプを持つ労働界のエリート、もちろん男性というのが連合会長のイメージだった。

芳野さんが所属するJAMは、かつて「ゼンキン連合」と呼ばれ、金属加工の町工場など中小企業の労組が参加している。組合員数37万人の全国組織だが、連合では傍流だった。

高校を卒業してミシンメーカーであるJUKIに就職。労働組合に入り立場の弱い女性の課題に取り組み、JAMAで初めて女性副会長になった。近年、女性を重視する連合の内部事情から2015年、連合副会長に選任された。

神津会長は絵に描いたようなエリートコースだ。東大教養学部から新日鉄に入り、組合専従になり新日鉄労組、鉄鋼労連、基幹産業労組の会長から連合トップに上り詰めた。

労働界の上層部は「裏道出世街道を歩む労働貴族」と揶揄(やゆ)され、時には不透明な権力構造が問題になった。

神津会長については、二代前の会長である高木剛氏(元ゼンセン同盟会長)と交わした「密約」が2017年夏、露見した。

連合会長の任期は2期4年が慣例とされてきた。ところが、「1期2年で逢見直人事務局長(元ゼンセン同盟会長)に禅譲する」という密約が雑誌に暴露されたのである。高木元会長は「連合の古だぬき」とも言われる実力者。神津氏にとって東大野球部の先輩であり、会長に推挙されたのも高木氏の引き立てがあったから、とされている。そんな個人的関係をテコに、神津氏は1期2年で交代、その後は子分である逢見に、という「禅譲」を約束させた、と読める密約だった。

神津会長は、筋書き通り「退任願い」を提出したが、「逢見会長」に批判的な勢力が一気に反発、禅譲路線は吹き飛んだ。逢見事務局長は外され、神津会長は留任。結果的に3期6年の長期政権になったが、この暗闘が今回の会長人事に影を落とした、とも見られている。

森喜朗会長(当時)の暴言で、東京五輪組織委や政界の体質が話題になった。権力を握る少数の男性が、人事や方針など大事なことを裏で決める。表の会議は形だけ、忖度(そんたく)した発言に終始する。こうした組織は「ボーイズクラブ」と呼ばれるが、連合はボーイズクラブの典型ではかなったか。

降って湧いたような女性会長の誕生でボーイズクラブは大騒動。中小労組の代表が全国組織のトップに立てば、男社会の権謀術数と無縁な運営が始まるかもしれない。そんな期待を寄せたくなる人事だ。

◆マウンティングと権謀術数

だが、実態はかなり複雑で陰湿、とても前向きとは言い難いようだ。なぜなら、この人事は「反神津」から始まった。

神津会長は、後任に相原康伸事務局長を指名する考えだった。ナンバー2である事務局長が会長になる「順送り人事」は連合の慣例だが、なんと相原氏の出身母体である自動車総連が難色を示した。

相原氏はトヨタ労組の出身、自動車総連の会長も経験している。スンナリ行くはずの人事が難航したのは、「立憲民主党」との関係が影を落としている。

神津・相原コンビは、政権交代を目指し、自民党に対抗する政治勢力として立憲民主党を応援してきた。表向きは「共産党との連立には反対」としながらも、選挙区での候補者調整や選挙協力は黙認してきた。小選挙区では候補者を一本化しなければ自民党候補にかなわない、という実態があるからだ。

だが、連合内部は「共産党嫌い」が根強く、共産党と一線を画す国民民主党を応援する組合が少なくない。相原事務局長の出身労組であるトヨタ労組は国民民主党を応援する。

連合は1989年、旧社会党を応援した総評と、旧民社党を支持する同盟が合体して生まれた。総評系には公務員などが組織する官公労と呼ばれる労組が、同盟系には労使協調の民間企業労組が多く、路線でそりが合わないことが少なくない。この反目が連合に持ち込まれた。典型が「原発」だ。電力会社の電力労連など経営と一体となった労組が強い発言力を持ち、連合は「再稼働容認」を崩せない。

政治的には立憲民主党と国民民主党を応援する、という方針だが、共産との共闘には「断固反対」だ。そのとばっちりが、候補者調整を黙認する神津・相原コンビの「立憲肩入れ」への反発だ。民間系の大労組は「神津・相原路線」をつぶしにかかり、政治的に立憲民主党を牽制(けんせい)する。

神津会長にとって、「相原会長」に反対する自動車総連の動きは誤算だった。連合内部には、ボーイズクラブにありがちな「マウンティング(オレのほうが強い、と誇示したがる行動)ではないか」との見方もある。

連合のトップ人事は、力の強い産業別組合の親分格の権謀術数で決まる、というのが実態だ。神津会長の母体である基幹労連は、鉄鋼、造船、建設、機械、航空・宇宙など文字通り基幹産業を網羅する産別組合だ。相原氏の自動車総連はトヨタ、日産、ホンダを始めとする自動車産業の労組。高木氏が君臨したゼンセン同盟は、流通などサービス産業。原発再稼働にこだわるのは電力総連だけでなく、日立、東芝、三菱など地域の雇用に影響力を持つ電機メーカーの労組だ。これらの大企業労組は、労使協調路線で経団連と裏表の関係にある。

◆修復不可能ともいえる分断状況

日本はバブルが崩壊した1990年代から、企業のリストラが進み、いまや雇用の40%は非正規社員。労働者の分断が進む中で、連合は「恵まれた大企業の正社員労組」と言われるようになった。労組は企業単位なので、幹部の意識は「企業の生き残り」に傾きがちで、産別労組も業界益の代弁者になりがちだ。連合は「労働者の立場に立っているのか」と言われて久しい。

正社員や経営に配慮する労働運動は支持を失い、組織率は低下するばかり。全従業員の占める労組委員の比率は17%に下がってしまった。

トヨタ労組など「勝ち組労組」からは、国民民主党を飛び越えて自民党支持でもいい、という声さえ上がっている。

「経営者は与党、労組は野党」という構造も崩れかけている。

経団連企業と呼ばれる大会社をバックにした民間労組と公務員リストラに危機を感じる官公労の路線対立。正規社員を重視する大労組と中小零細企業や非正規社員を応援する労組。修復不可能ともいえる分断状況が、連合内部に起きている。

10月の連合大会に向け、9月22日までに次期会長候補を選出する予定だったが、候補を出す立場の主要産別労組はそっぽを向いた。「候補者なし」は、あからさまな「神津批判」である。だれがやっても現状では組織はまとまらない、という後ろ向きな事情も働いた。

産別労組の代表で構成する役員推薦委員会(委員長・難波淳介運輸労連委員長)は9月28日、「窮余の一策」で、会長候補に芳野友子・JMM副会長、事務局長候補に清水秀行・日教組委員長を指名した。

「ボーイズクラブ」の蚊帳(かや)の外にいた芳野さんの指名は、晴天の霹靂(へきれき)。中小零細組合や女性への目配りは労働運動が一番力を入れなければならない課題だ。内部崩壊寸前で連合が労働運動の原点に立ち戻ったなら、再生の第一歩だろう。

◆「政権寄り」民間労組が「離反」も

問題は、芳野さんに力を集まるかである。大産別の実力者がどれだけ応援するか、邪魔をしないか、がこれからを決めるだろう。

危うい兆候が見えている。会長と二人三脚を組む事務局長に「反神津」の勢力は人を出さなかった。日教組は旧同盟系の大企業労組が最も肌の合わない組合である。「日教組出身の事務局長の言うことなど聞けない」という空気が広がりつつある、という。

 今回の人事は、連合分裂へと向かう節目になりかねない。

自動車総連や電力総連、電機労連など「政権寄り」とされる民間労組が、「協力より離反」へと動くかも知れない。そうなれば労働運動内部のゴタゴタではすまないだろう。

衰退化する日本で、労働者の権利、とりわけ弱い立場の人をどう守るか、公正な社会づくりと絡む問題である。

芳野会長はまだ決まったわけではない。会長候補には、全国コミュニティ・ユニオン連合会(全国ユニオン)の鈴木剛会長が立候補を検討している。全国ユニオンは、1人でも加盟できる労組として非正規従業員の組織化に力を入れてきた。労働界の女性リーダーの先駆けだった鴨桃代会長は2005年の会長選で、ゼンセン同盟の高木氏に挑戦し、107票を集め善戦した(高木氏は323票)。

 高木氏に象徴される連合の主流が後ろに引いた今回の会長人事だ。次の局面で何が起こるか。連合だけの問題でない。選挙を通じて公開の論議が起こることを歓迎したい。労働運動とは何か。政党との関係をどう考えるか。社会に開かれた連合を世に問うことを期待したい。

コメント

コメントを残す