п»ї 令和の石油ショック「化石」の逆襲『山田厚史の地球は丸くない』第201回 | ニュース屋台村

令和の石油ショック「化石」の逆襲
『山田厚史の地球は丸くない』第201回

11月 26日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

石油の時代はもう終わる。そんな「エネルギー革命」に逆らうかのように原油価格が上昇している。ガソリンが上がるだけではない。燃料費の高騰は物流費や生産コストを押し上げる。アメリカでは消費者物価指数(CPI、季節調整済み)が10月、前年同月比6.2%増に跳ね上がり、31年ぶりの上げ幅となった。デフレの暗雲が漂っていた世界は、にわかにインフレへと目を向けるようになった。

原油・資源・食糧などの価格高騰を「一時的な現象」と見るエコノミストは少なくなかった。新型コロナの蔓延(まんえん)で世界経済は1年余も落ち込み、需要不足から様々な分野で生産が停滞、供給は絞られていた。ところが、感染が一服し、アメリカを先頭に需要が回復。経済が軌道に乗ると今度は、供給が追いつかない状況が生まれた。企業は素材・原料の確保に走り、春先からモノ不足が顕在化した。

◆異例の政治アクション

コロナ禍の直撃で、原油価格は2020年、前年比35%も値下がりし、1バレル=40ドル(ブレント)近辺まで下落。石油輸出国機構(OPEC)加盟・非加盟の産油国で構成する「OPECプラス」は、昨年5月から減産に入った。供給を絞って価格を引き上げる作戦は成功し、景気回復は油価の上昇に弾みを付けた

世界的なカネ余りで行き場のない資金が原油市場に流れ込む。直近では1バレル=80ドル台まで上昇。ガソリンばかりか重油・灯油・天然ガス・プロパン・化学品の原料であるナフサやアスファルトなどにも波及した。1年で2倍になる急騰高騰は、1970年代に2度起きた石油ショックを思わせる値動きである。

「一時的な混乱」と見ていた米政府も前年同月比6.2%増のCPI上昇にショックを受けた。見過ごすわけにいかない。クルマ社会アメリカはガソリン価格に敏感だ。支持率低下を心配するバイデン大統領は「備蓄原油の放出」へと舵を切り、数か月かけて国家石油備蓄計5000万バレルを売り出すと宣言した。日本・英国にも呼びかけ、中国やインドも巻き込み、主要消費国が協調して国際石油市場に介入する異例の政治アクションとなった。

原油は、思惑絡みの資金が交錯することで値が決まる相場商品の一つで、人為的な介入で望ましい値を決めるのは難しい。バイデン大統領が放出を宣言した11月24日、ニューヨーク原油市場の原油価格は逆に跳ね上がった。備蓄原油は量が限られ、一部を放出しても需給へのインパクトは小さい。そもそも持続的に市場に介入するのは無理、と投機筋は読んだのだろう。

 原油は市場で値上がりすると、休止中の井戸や採算の悪い油田が動き出すというのがこれまでのパターンだった。「枯渇する」と言われながら生産が増え続けてきたのは、逼迫(ひっぱく)すると新たな供給が生まれる仕組みが石油産業にはあった。

分かりやすい例が、近年盛んになったシェールオイル(ガス)だ。岩盤に染み込んでいる油分を圧力や熱で回収するものだが生産コストが高く、環境負荷もあって企業化はためらわれていた。しかし、安価に掘る技術がアメリカで開発され、2000年代初頭の原油高騰で開発に弾みが付いた。

ところが、コロナ禍による需要収縮で大手が倒産、生産を休止する施設が多発した。その後、原油価格が持ち直しても生産再開の動きは鈍い。一度閉ざした施設を動かすには資金と人手がかかる。さらに、問題は将来的な見通しだ。石油の需要がこのまま続くのなら資金を投じて生産を再開する選択もあるが、地球温暖化にブレーキを掛けようとCO2削減に各国が取り組んでいる時、今の原油価格が安定して続くことは見通せない。企業は二の足を踏んでいる。

◆米中対立も影響

同じことが中国の石炭にも言える。原油が高騰すれば、安い石炭の出番、というのがこれまの動きだったが、英グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組条約第26回締約国会議 (COP26)でも「石炭火力の削減」が申し合わされた。

中国政府は環境への配慮から地方政府に「炭田の閉鎖」を指示していた。石炭火力にブレーキが掛かり、各地で電気不足から停電が頻発した。中国のような巨大な統治機構は、中央が方針を打ち出してから現場が動くまで時間がかかる。慌てて逆に舵を切っても修正に時間がかかる。中央は長期的展望から「石炭削減」の方針を出しており、地方は柔軟に対処することは難しい。現場に石炭はあっても、人々のエネルギー事情は簡単に解決しない。

物流も同じだ。荷動きが減ってリストラされた運転手は他の仕事についている。英国など欧州でガソリンを運ぶ車両のドライバーが足らず、スタンドに届けられないことが問題になっている。「ガソリンの時代は終わった」という気分が欧州に濃く、やっと新しい職場で仕事を見つけた労働者は、今さらガソリン輸送に復職することをためらう。

世界の覇権を巡る米中対立も影響している。「経済安保」という警戒感が国境を高くし、「サプライチェーンの見直し」が自由な交易を阻害する。

石油にとどまらない値上がりの背景には、潤沢な資金を供給する世界的な金融緩和がある。各国の中央銀行はゼロ金利でも足らず、銀行に無理やり資金注入する金融の量的緩和を進めてきた。行き場のないカネが利ざやを求めて投機に流れ込んでいる。

◆化石燃料最後のあがき

今回は、「原油一本高」ではなく、食糧や半導体など値上がりの裾野が広いことが特徴だ。時代の潮流となった自動車の電化(EV化)を含むエネルギー革命が進行中で、化石燃料には未来はない。米中対立から「経済安保」が叫ばれ、調達網の再編が急がれている。コロナ感染による需給の大混乱とヒトの移動制限。こうした大変動がデフレからインフレ、というマクロ経済の激変を促す。

 これまでと違って、原油が高値を付けたから、といって供給が増える構造にない。産油国は「減産を段階的に縮小する」と言いながら、増産には後ろ向きだ。石油が健在のうちに稼げるだけ稼ごうということだ。市場には「1バレル=100ドルが再来」という見方さえある。

「2050年カーボンニュートラル」は、脱化石燃料=再生可能エネルギーの時代が来る、ということである。時代を先取りするヒトの意識が、現状の需給に鈍感になった。

「石油は捨てるほどある」という油断が、昭和で起きた石油ショックに似た混乱を招いた。「令和の石油ショック」は、やがてエネルギーの表舞台から去る化石燃料の最後のあがきでもある。

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