п»ї 「日銀は政府の子会社」言葉の軽い元首相 『山田厚史の地球は丸くない』第212回 | ニュース屋台村

「日銀は政府の子会社」言葉の軽い元首相
『山田厚史の地球は丸くない』第212回

5月 13日 2022年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

安倍晋三元首相の「放言」が止まらない。今度は「日銀は政府の子会社だ」と言い放った。政府は1000兆円を超える長期国債の重圧を抱える。大借金を増やしたのは他ならぬ安倍元首相だが、「満期が来たら借り換えても構わない。心配する必要はない」と他人事のような口ぶりだ。

安倍は2012年12月、首相に就任する前から「デフレは市場に出回る資金が足りないから起こる」という一部の学者の主張を鵜呑(うの)みにし、自民党総裁選で「インフレ期待を起こすことでデフレを退治する」と主張していた。銀行が保有する国債を日銀に買い取らせ、潤沢な資金を市場に供給すればデフレは解消すると言っていた。

白川方明(まさあき)総裁をはじめ当時の日銀は「国債買い取り」に慎重だった。お札を刷って政府の借金の穴埋めをするのは、日銀がしてはならないことの「一丁目一番地」である。

財務省も心配した。国債乱発に拍車がかかり、財政はますます節度を失うことが目に見えていた。

安倍は、日銀の総裁人事に手を付け、政治主導を鮮明にした。安倍の主張にシッポを振った元財務官僚・黒田東彦(はるひこ)を総裁に据える。黒田が打ち上げたのが「異次元の金融緩和」。国債を積極的に買い上げることで日銀が発行する通貨が銀行を通じて市場に流れ出る、と考えた。

黒田は「日銀マネーを2倍にして、2年で物価を2%上昇させる」と宣言した。ところが9年経っても成果は出ない。

異次元緩和が失敗したことは5年前からわかっていた。本来なら黒田は責任を取る立場だったが、辞めなかった。辞めれば安倍の責任が明らかになる。

◆歪められた金融政策の結果

日銀は10日ごとに資産状況を公開している。「営業毎旬報告」(毎旬)と呼ばれるもので、お札の発行額や国債保有額が時系列で示されている。

2020年9月まで続いた2回目の安倍政権で日銀はどんな仕事をしてたのか、この毎旬から読み取ることができる。

安倍政権発足直後(2012年12月31日)と安倍退陣直前(2020年9月10日)を比べてみよう。

目を引くのが「日銀の資産膨張」だ。政権発足時158兆円だった「資産」が退陣時は683兆円。なんと4・3倍に膨れ上がった。

日銀の主たる仕事は「信用創造」、すなわち市場におカネを供給することだ。安倍政権下で、日銀マネーは2倍どころか、4倍に膨張したのである。

資産の中味を見てみよう。113兆円だった国債が538兆円になっている。425兆円も増えた。せっせと国債を買い上げた結果、日銀には政府の発行する国債の6割以上がたまってしまった。

財政法の第5条は「日銀による国債引き受け」を禁止している。打出(うちで)の小槌(こづち)のように日銀がカネを生み出し財政に投入すれば、やがてインフレが起きる。国債発行で戦費を調達し、戦後ハイパーインフレで庶民の預金が紙くずになった手痛い教訓があったからだ。

だからお札を刷って財政の穴埋めをしてはいけないという規則ができたのに、黒田日銀は日銀マネーで国債を買う「事実上の国債引き受け」をやってのけた。

「市場を通じた買い上げであって、財政法が否定する直接引き受けには当たらない」と安倍も黒田も強弁するが、財政法を空洞化する手法であり、不健全極まりない。

もう一つ、急膨張した資産がある。株式だ。日経225などの銘柄を組み込んだ「株価指数連動型上場投資信託(ETF)」が発足時1・4兆円だったのが34兆円になった。株式市場を通じて市場に資金を供給した、というのが日銀の公式見解だが、実態は「日銀による株の買い支え」である。世界の主要国で、中央銀行が株式市場に介入して株を買い支えるのは日本くらいだ。

東証一部の時価総額は約660兆円、日銀はその5%超を保有する株式市場の「筆頭株主」となった。

安倍政権の下で日銀の金融政策は歪(ゆが)められ、禁じ手である国債引き受けや株価買い支えが常態化した。

◆行き場のないカネ「ブタ積み」

異次元緩和の副作用も無視できない。日銀のバランスシートを見ると、「負債」にも大きな変化が起きている。

当座預金が458兆円(458兆8216億9万8999円)に膨らんだ。銀行など金融機関が日銀を通じて資金のやり取り(決済)するための口座だ。庶民や企業が引き落としや振り込みの口座を銀行に設けているのと同様に、銀行は日銀に決済口座を開き、資金の融通をしている。おカネを貯める口座ではないので、通常は全金融機関で50兆円程度あれば十分とされている。2012年12月は47兆円だった。それが安倍政権の8年間で10倍に膨らんだ。

銀行が日銀口座にカネを眠らせている。銀行を通じて市場にカネを撒(ま)く異次元緩和は失敗だった。

銀行は資金を注入されても貸し先がなく、使い切れない。行き場のないカネが虚しく日銀の口座に増え続ける。当事者たちは「ブタ積み」と呼ぶ。ブタ積みは、現時点で「ほぼゼロ金利」、だが金利が上昇すれば、日銀は膨大な金利を払う羽目になる。金利上昇で作動する「時限爆弾」である。

◆日銀「自主性尊重」が欠かせないはずだが

日銀を考える時、もう一つ大事な原則がある。日銀の独立性だ。「日本銀行は、その業務及び財産の公共性にかんがみ、適正かつ効率的に業務を運営するよう努めなければならない。この法律の運用に当たっては、日本銀行の業務運営における自主性は、十分配慮されなければならない」と、日銀法第5条に書かれている。

「日銀は政府の子会社」と言って憚(はばか)らない安倍の頭には、日銀の独立性などないのだろう。日銀は民間企業だが株(出資証券)の55%は政府が握る。総裁人事も「両議院の同意を得て、内閣が任命する」(日銀法第23条)。政府に組み込まれた組織だ。

しかし、金融政策が時の権力によって恣意(しい)的に運用されると経済に悪影響が出る恐れがある。日銀は「自主性尊重」が欠かせない機関とされてきた。

「政府の子会社」と言い放った大分県での5月9日の安倍の発言はこうだ。

「日本人は真面目だから、経済対策を実施すると、たくさん借金しているが大丈夫かと心配する。政府の財政を家計にたとえる人がいるが、日銀とともにお金を発行できることが、政府と家計の大きな違いだ。家計でやったら偽札になってしまう。

1000兆円ある政府の借金は、半分は日銀が買っている。日銀は、政府の子会社だ。60年の(返済)満期が来たら、借り換えても構わない。何回だって借り換えていい。世界中の中央銀行と政府の関係はそうなっている。心配する必要はない」

発言の中にキーポイントが二つある。「政府は日銀とともにお金を発行できる」と「(国債の)満期が来たら、何回だって借り換えていい」という点だ。

政府には通貨発行権がある。だからといって好き放題に発行すれば通貨の値打ちは地に落ちるだろう。財政の不足分を国債で埋め、日銀に買い取らせて済むなら、税金などいらない。社会福祉も年金もお札を刷って払えばいい。そんなうまい話はないことをみんな知っている。

◆利上げを阻む深刻な財政事情

政府が発行する国債は1000兆円を超えた。安倍は「返済の必要はない」と考えているようで、「満期が来たら『借り換え』を繰り返せばいい」と言う。そんなことが可能なのは「ゼロ金利」の時だけだ。日本は超低金利が続いてきたので借金の利払い負担はとても軽く、重圧を意識せず国債を増やした。

だが、世界で金融の潮目は変わった。原油や食糧の高騰からインフレが鮮明になり、各国の中央銀行は金融緩和から引き締めへと転換している。

日本でも長期金利が上がり始めた。国債を借り換えすれば、市場金利を反映して借り換え債の金利はどんどん上がる。1%上がっただけでやがて財政は10兆円の利払い増となる。10兆円とは教育予算や防衛費の2倍の金額である。

安倍政権は低金利をいいことに国債を乱発し、財政を借金漬けにした。金利が反転上昇した今、その咎(とが)めを負う立場なのに、「借り換えればいい」と無責任なことを言う。状況を理解していないか、都合の悪いことは考えないというこの人の個性なのか。

安倍が任命した黒田総裁は「異次元の金融緩和」で結果を出せないまま2期10年を終えようとしている。潤沢な日銀マネーでインフレ期待を醸成し物価を上げる、という政策は空振りに終わり、中央銀行が国債や株を抱え込む先進国では類を見ない不健全は資産状況を招いてしまった。

「日本売り」の色濃い円安を食い止めるには利上げが必要だが、財政事情が利上げを阻む。日銀は政策金利を上げれば、財政だけでなく自身にも刃は向かう。

銀行のカネを預かる当座預金の金利も上がるからだ。1%上げれば4兆5000億円も利払いが増える。運用(ほぼゼロ位金利の長期国債)との逆ザヤが日銀の収益を食いつぶし、やがて債務超過に陥る恐れがぬぐえない。

債務超過でも日銀はつぶせない。政府の「公的資金」に頼ることになる。税金投入は中央銀行の破綻(はたん)を決定づけるだろう。

世界の潮流となった利上げ。日本にもやがて波及する。その時、不安のシナリオは現実味を帯びる。誰が、こんな構造を作り出したのか。安倍も黒田も胸に手を当てて考えるときだ。(文中敬称略)

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