п»ї 東京・杉並区長選で岸本聡子はなぜ勝てた?-与党圧勝の参院選と自治体選挙の違いは 『山田厚史の地球は丸くない』第216回 | ニュース屋台村

東京・杉並区長選で岸本聡子はなぜ勝てた?-与党圧勝の参院選と自治体選挙の違いは
『山田厚史の地球は丸くない』第216回

7月 08日 2022年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

7月10日投開票の参院選を前に、報道各社による世論調査の結果が相次いで発表された。新聞の見出しは「自公 改選過半数の勢い維持 立憲、改選議席割る可能性」(朝日新聞)、「与党改選過半数の勢い 立民 伸び悩み」(読売新聞)、「自公 改選過半数の勢い 立民伸び悩み」(日本経済新聞)。

どの新聞も「政権与党の圧勝」を予想する。投票日はこれからだというのに、「大勢は判明した」と言わんばかり。そんな「選挙結果」が伝えられた。

「リベラル勢力」は退潮傾向で、野党第一党の立憲民主党は議席を減らすという。一方、自民・公明・維新・国民民主など「改憲勢力」は憲法改正を発議できる3分2の議席を獲得しそう、との見通しで、既に3分2を確保している衆議院と併せ、選挙が終われば、国会は憲法改正を発議できる。改憲勢力の大勝で、参院選後の政局は、戦争放棄をうたった憲法9条の改正が焦点として浮上する、と予想される。

◆市民が担ぎ出した女性候補

ウクライナ戦争という世界の常識を覆す騒動が起こり、アジアでは中国が力をつけ、「米中覇権争い」が現実味を帯びている。台湾海峡で衝突が起これば、日本は巻き込まれるという不安が与党の追い風になっている。

「ロシアは許せない」「中国も北朝鮮も怖い」「韓国は信用できない」など近隣諸国への嫌悪や反感を刺激する政府与党の巧みな誘導もあるが、「戦争放棄」「専守防衛」「平和外交」など戦後日本の大原則が、時の勢いに押され、もろく崩れていくのを心配する人は少なくない。

そうした中で「新しい動き」として注目されているのが、東京都杉並区の区長選挙だ。東京23区の西端にある人口58万人の小さな自治体で起きた区長の交代だが、市民が担ぎ出した女性候補が、3期務めた現職を初挑戦で破った。全国的に見れば珍しいことではないが、選挙運動の仕方が「政治と有権者の関係」を考える貴重な実例として注目されている。

◇杉並区長選(6月20日開票)

岸本聡子  7万6743票

田中良   7万6556.724票

田中裕太郎 1万9487.275票

岸本聡子さん(47)は無所属、立民、共産、れいわ、社民が推薦。4選を目指した無所属現職の田中良氏(61)ら2人を破り、初当選した。投票率は37.52%だが前回(32.02%)を5・5%上回った。

◆「政党より市民が主役」

岸本さんは、ベルギー在住、国際NGOのシンクタンクに勤務する研究者。日本でも『水道民営化で水はどうなるのか』(岩波ブックレット)など、水道民営化に警鐘を鳴らす著書を多数出している。出馬が決まったのは4月。その時は「ダブルスコアで負けるのでは」という敗北覚悟の挑戦だったという。

現職の田中良氏は2010年の初当選は民主党から、その後、区議会多数を占める自民・公明に乗り換えた。区の職員組合も支持に回り。連合が応援した。自公・組合が相乗りで3期12年という盤石な政権基盤だったが、独断専行が問題視されていた。

岸本さんの勝因はさまざまあるが、①長期政権化した田中区長の不評②自民党の内部分裂③さまざまな市民運動の結束④女性が中心となった選挙運動⑤市民目線の候補者――などが挙げられる。

運動の特徴は、「政党より市民が主役」だった。岸本さんが候補者に決まったのは4月だが、選挙母体となった「杉並区長選を考える会」ができたのは1月。候補者がまだ決まらないのに半年後を見据え、市民団体が動き出した。

西荻窪の道路拡張計画に反対する商店街や、児童館の削減再編を阻止したい母親の会など、区長選を他人事と思えない人たちが集まり、候補者探しを始めた。「出たい人より出したい人を」である。こうした区民が、昨年の衆院選・東京8区で自民党の石原伸晃氏を落選させ、吉田はるみ氏(立憲)を当選させた。

運動の中心は女性。候補者だけでなく選対本部長も選挙事務局長も女性。ポスター貼りやビラ配りなども誰かが上から指示するのではなく、ネットを使って呼びかけると、「私がやりまーす」と集まってくる自発的な女性たちが活動の中心だった。

「一人街宣」という活動は、駅の近くで岸本さんのポスターを掲げて、ただ立つだけ。炎天下で大変だが、女性が代わる代わる立ち、音楽を流したり、道行く人と話し込んだりして、それぞれの形で呼びかけをした。

参加した人からは「やさしい熱狂 楽しい選挙 やかましくないムーブメント」と総括するメッセージが寄せられた。

区政を自分の暮らしの延長線の上に置いて、自分が求める政策を自分なりの表現で働きかける。政治を人任せにしない、「自分ごと」として行動し、意見を発する。こうした自然体の運動に、NGOに長く関わってきた岸本さんがうまくハマったということではないだろうか。

男社会は、とかく上下関係を軸に仕事が動く。政党も男社会型の仕組みだ。女性は上昇志向が希薄で「平べったい関係」の中で、補い合う。

街頭演説でも、候補者や応援の弁士が順番にしゃべるのではなく、普通の区民が、めいめい自分の思いを言葉にすれる。岸本さんも聴衆と一緒に最前列にしゃがんで拍手する。そんな力みのない運動だった。

◆「優しい熱狂・楽しい選挙」

「野党共闘が勝利した杉並区長選」ともいわれるが、実態は「区民が勝利した選挙」だった。もちろん政党も頑張った。候補者が決まってから岸本選対本部は立憲、共産、社民、れいわなど7党に支援要請し、政党もフル回転で応援し、その結果、168票差という接戦を制した。原動力は、政党の動きを待たず、自ら一歩を踏みだした市民運動にある。

国家の財政・外交方針・安全保障のあり方、などが争点となる国政選挙と地域の懸案が課題となる自治体選挙は異なるが、「自治体は民主主義の学校」ともいわれる。

暮らしとつながる地域に課題で合意形成する訓練は、政治を考える第一歩だろう。

政治不信が渦巻く中で、「優しい熱狂・楽しい選挙」は、私たちが政治に関わるひとつのモデルを提供したように思う。

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