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危うし日本の自動車産業-中国に頼るトヨタのEV
『山田厚史の地球は丸くない』第224回

10月 28日 2022年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

トヨタ自動車は、中国市場に投入する電気自動車(EV)を中国の新興メーカー、比亜迪股份(BYD)と共同生産すると発表した。「トヨタともあろうメーカーが、なぜ中国企業の手を借りるのか」と思った人は少なくないだろう。テレビCMで16車種のEVをずらりと並べ、豊田章男社長が豊富なラインアップを誇ってみせるトヨタが、あろうことか、中国メーカーとなぜ「共同開発」しなければならないのか――。

こうした感覚は、どうやら今や時代遅れになったようだ。コロナ感染で日本人が海外へ出る機会を失ったこの2年間、世界の自動車事情は激変した。いずれ訪れるだろうが「ずっと先の話」と考えていた「自動車のEV化」が、目前の課題となって迫ってきた。

◆「太平の眠りを覚ます黒船」

クルマのEV化は、地球温暖化対策の文脈で語られ、欧州や米カリフォルニア州などの環境規制が話題になっているが、EV化の最先端は今や、中国である。

世界の自動車市場を俯瞰(ふかん)すると、最大の市場は中国で、2021年は2627万台が売れた。2位の米国の1508万台に大差をつけている。目立つのがEVの伸び。昨年は2•6倍に膨らみ、2022年は1-7月の販売実績は319万台(2•2倍)、年間で600万台を超えることが確実視されている。

日本の自動車販売台数はトラックから軽自動車まで合わせて444万台(2021年)である。これをはるかに上回る市場規模を中国はEVで達成している。

EVメーカーの主力は中国企業。2021年は1位が上汽通用五菱汽車(前年比約2.6倍、42万3171台)、2位に米国のテスラ(約2.3倍、32万2020台)が食い込み、3位が今回トヨタが組んだBYD(約2.9倍、29万6663台)、4位が長城汽車(約2.5倍、13万3510台)、5位が広汽アイオン(93.8%増、12万2681台)となっている。

市場は大激戦で、今年1-7月はBYDがトップに躍り出た。輸出にも力が入っており、2021年は31万台のEVが海外に出荷された。

日本にいると「EVの激流」はほとんど意識されない。そんな中でBYDは来年1月から日本でEVの3車種を販売する。「太平の眠りを覚ます黒船」ではないか。すでにBYDの日本法人は、無料乗車体験の募集を始めた。

「中国の電気自動車なんて大丈夫?」という向きもあろうが、天下の形勢は「自動車は日本車が一番」という時代はすでに終わっている。

エンジンが動力だった時代、日本の職人的技術が「高温・高圧・高回転」が求められる内燃機関を支えてきたが、モーターで走るEVになると、こうしたアナログな技術は要らなくなり、部品の数も劇的に少なくなる。

◆トヨタは中国で売るクルマがない

世界の潮流がEVになる中で、トヨタは取り残された。エンジンとモーターを併用するハイブリッド車では定評があったが、エンジンなしのEVになると競争の土俵にも上がれないのが現実だ。その象徴が6月に起きたリコールトラブルだった。

トヨタは5月に初の量産型EV「bZ4X」を発売したものの1か月も経たないうちにトラブルが見つかり、一般の顧客への納車が始まる前に生産・受注を停止した。3か月かかって原因がわかり、10月6日に生産が再開された。業界では「トヨタは大丈夫なのか」と危ぶむ声が聞かれる。

元通産・経産官僚の古賀茂明氏は「販売をサブスク(サブスクリプション=定額課金制度)にしていることに自信のなさがうかがわれる」と指摘する。トヨタはbZ4Xの販売を全車サブスクにしており、リコール再開後、この料金を大幅に下げた。初回の頭金にあたる申込金を77万円から38万5000円へと下げ、月額料金を1100円安くした。予約済みの顧客にも新料金を適用する。

初めてのEVが安売りという珍事。日産が先行しているEVや、1月から販売が始まるBYDの新車に比べて競争力に不安があることの表れ、と見られている。

日本でBYDはほとんど無名のメーカーで、ブランドイメージではトヨタと「月とスッポン」の差がある。ところが、EVの世界ではBYDが先行しているのが現状だ。

BYDは1995年、広東省深圳(シンセン)で創業した電気メーカーで、リチウムイオン電池の開発で頭角を現し、自動車生産に乗り出した。2008年に世界で最初のプラグインハイブリッドの量産車を売り出し、得意の電池技術を生かして中国でトップクラスのEVメーカーに躍進した。今年1-9月で117万台のNEV(新エネ車・EVとハイブリッドの合計)を売り、世界屈指のEVメーカーになっている。

実績を携えて日本市場に上陸した。消費者がどう判断するかはこれからだが、トヨタが中国市場で共同生産のパートナーに選んだことは、その実力を評価した証しでもある。

トヨタは、中国でハイブリッド車は販売しているがEV車はゼロである。売れるクルマがないから。中国には日本の自動車市場をはるかに上回るEV市場があるというのに、世界最大の自動車グループであるトヨタの売るクルマがない、ということは驚きでもある。

◆「自動車一本足」危うい日本の優位性

開発の遅れをばん回しようと日本で売り出した第一号車bZ4Xがつまずいた。激戦の中国市場に打って出るなら実績のあるメーカーと組むしかない、という経営判断があったのだろう。

トヨタは世界最大の自動車メーカー、開発力だって強いに決まっている、という日本で共有されている認識は、EV化という産業の潮流の中で「過去の栄光」でしかない。

日本の産業界は、家電製品で同じことを経験した。その前は時計産業だった。細密加工が必要な歯車やゼンマイを組み込んだ技術で日本の時計は世界の頂上を極めたが、水晶振動子の登場で精巧な技術は必要なくなり、時計産業は国際的地位を失った。メカからエレキへという産業の変化が、業界地図を塗り替えた。

クルマで起きているイノベーションは、時計産業とそっくりだ。エンジン技術で強かったことが、時代の変化への適応を妨げた。内燃機関では日本にかなわないと見たライバルは、地球温暖化という大きな構図の中に自動車を組み込んだ。既存の技術でかなわなければ「ルールの変更」で逆転劇を仕掛ける、という戦略である。

機械技術の優位性で産業の裾野と雇用を維持してきた自動車産業は、石油から再生可能エネルギーへという産業革命への対応が遅れた。

トヨタは機械技術を生かせる水素を有望エネルギーとして見据えたが、世界の主流はEVへと向かい、その流れは決定的のようだ。

今や「自動車一本足」といわれる日本の優位性が危うくなっている。トヨタのリコール、中国製EVの日本上陸、トヨタがBYDの技術に頼る共同生産。2022年に立て続けに起きた出来事は、時代の転換期を映し出している。

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