п»ї 英国資本・IG証券の身勝手 損した取引を無かったことに 「貯蓄から投資へ」投資家保護はどうなった? 『山田厚史の地球は丸くない』第232回 | ニュース屋台村

英国資本・IG証券の身勝手
損した取引を無かったことに
「貯蓄から投資へ」投資家保護はどうなった?
『山田厚史の地球は丸くない』第232回

2月 24日 2023年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「資産倍増」を謳(うた)う岸田首相が打ち出した成長戦略の一つが「貯蓄から投資へ」。ほぼゼロ金利の預金より、株・債券など「リスク商品」への投資を政権が奨励するようになった。だが、高利回りを狙うこの世界は、あちこちに落とし穴がある。今回取り上げるのは、世界最大手の差金決済取引業者・IGグループの日本法人で起きた事件。政府の「投資家保護」をあざ笑うような「外資のやりたい放題」が戦争で乱高下する商品相場で起きた。

◆時間を巻き戻し、「消された取引」

ウクライナの緊張が高まった昨年1月、都内に住むHさんはニッケル相場に目をつけた。ロシアはニッケルの主産国、戦争になれば輸出は細り値上がりする――。そんな時、俳優の斎藤工(たくみ)が登場するIG証券のテレビCMが目に入った。株式・金・商品から複雑な金融商品まで豊富な品揃え、少額で大きな利益を得られるCFD(差金決済取引)は魅力的に映った。親会社のIGホールディングスはCFDで世界最大手、ロンドン証券取引所に上場している立派な企業だ。Hさんはオンライン取引の口座を開設し、ニッケルCFDを買い始めた。

ロシアが侵攻した昨年2月24日、ニッケル価格は急騰、その後も最高値を更新し続けた。3月8日、保有していた買いポジションを全て売却。「決済完了」の連絡をIG証券から受けたHさんは直ちに出金処理を依頼した。億単位の儲けが確定した、はずだった。

ところが9日夕、信じられないことが起きた。IG証券からのメールに「振り込み手続きはキャンセルされました」とあった。理由を尋ねると「ロンドン時間3月8日に行われたニッケルの取引は全て取り消しになった」。この日、ロンドン商品取引所(LME)が取引を停止したので、連動して日本での取引も「取り消しにした」という回答だった。

取引履歴を調べた。8日の「売り」はちゃんと記録されている。だが、同時に同額の「買い」が書き込まれていた。そんな注文は出していない。IG証券が無断で行ったものだった。価格はこの後、急落。売ればHさんは大損することになる。

◆「約款にある」 あとはノーコメント

IG証券に取材すると、一連の事実を認めた上で「注文の取り消しは取引約款に沿って行われた。法的に問題はない」(佐川浩・取締役経営管理部長)という。

「約款のどこに、顧客に無断で取り消しできると書かれているのか」と問うと、「ノーコメント」。細かな字で書かれた膨大な約款を読むと、22条に「不可抗力があった場合、自由裁量で、契約の全部または一部を中止または変更できる」という趣旨の文章があった。戦争、相場の乱高下、LMEの取引中止などあったことが確かだが、「それが不可抗力といえるのか、その根拠は?」と問いただしたが、一切答えはなかった。

Hさんは弁護士を立てて昨年9月「行政権限発動の申し出」を鈴木俊一金融担当相と西村康稔経済産業相に提出した。監督官庁が法令に従い、IG証券をしっかり指導することを求めたのだが、半年近くたった今も返事はない。

役所に取材すると、金融庁は「ニッケルの取引は経産省の担当だ」。経産省は「個別の事案について、申し上げられません」。

相手が英国の大手業者であることで慎重になっているのか、何を聞いても「個別案件には回答できない」。投資家保護はどうなっているのだろう。

IG証券は英国に本社があるIGホールディングス(IGH)の孫会社で、議決権の100%をIGHが持つ。年次報告書(2022年5月)によると、IGHは世界に16拠点あり、売り上げは9億7300万ポンド(約1574億円) 。世界的な金融緩和で膨らんだ投機資金を吸収し業務を広げ、CFDで世界最大手とされる。日本での売り上げは9850万ポンド(約159億円)、世界全体約1割を稼ぐ大事な市場になっている。ところが、日本法人であるIG証券の営業利益は41億円しかない。日本は顧客からカネをかき集める市場で、利益の大半は英国に吸い上げられる「収奪構造」が透けて見える。

◆広がるマネーゲーム 業者は胴元

IGグループが手がける「CFD」にトラブルの種があるように思う。CFDとは、株や債券など現物を売買するのではなく、値動きから生じる損益を投資対象にする金融商品だ。株・債券から株価指数・金・原油・穀物やその派生商品(デリバティブ)まで、あらゆる相場商品が取引の対象になる。

業者は売り値と買い値を客に提示する。客は業者の口座に証拠金と呼ばれる一定の金額を払い込む。この額の数倍から数十倍の売買(レバレッジ取引という)ができるので、少額でも大きな取引ができるのが魅力とされる。

ニッケルの場合、2021年12月時点ではトン当たり2万ドル程度だった。それが翌年3月8日、5万5000ドルを付けた。2.75倍。レバレッジを掛けて10倍取引にしたら27.5倍だ。1000万円の投資が2億7500万円になり、2億6500万円の儲けになる。

そんな投資が千円単位でできるので、マネーゲーム感覚で始める若者も少なくない。勝った時は大儲けだが、負けると損害は大きい。あっという間に証拠金がすっ飛ぶ。いわばギャンブルである。

株や債券は取引所で売りと買いが交差し、業者は仲介するだけだが、CFDは業者が売り値・買い値を示し、自らの責任で売買に応じる。CFD業者はギャンブルの「胴元」に似た役回りだ。

提示する価格は、取引所価格の上下に「スプレッド」と呼ばれる少額を乗せる。売り値(業者の)は相場より少し高く、買い値は安い。スプレッドが業者の利益となるが、客が大勝ちすると業者に損がでる。カジノと同じで均(なら)してみれば胴元が儲かる仕組みだが、相場が荒れ、Hさんのように安く買って高値で売り抜ける人が出ると、業者は打撃を受ける。株取引なら高値で売った人の裏に高値で買った人がいるが、CFDは取引所を通さないから「高値つかみ」のリスクは業者が負う。

事件となったニッケルCFDも取引所を通さない。LMEの価格を参考にするのはIG証券の内部事情で、顧客とは関係ない。

業者が提示した価格で決まった取引を、翌日になって業者が一方的に取り消すことが許されるなら、投資家は安心して投資ができないだろう。

◆外資に弱腰 ナメられる日本

「貯蓄から投資へ」を掲げるなら、安心して投資できるインフラが欠かせない。日本で証券投資が伸びない最大の原因は、証券会社に信用がないからだ。大企業には損失補填(ほてん)までしてサービスしながら、個人投資家を食い物にしてきた営業姿勢が問題にされてきた。岸田首相はロンドンの金融街・シティで「資産倍増政策」をぶち上げ、「日本市場の魅力」を強調した。

忘れてはいないか。日本でバブルが破裂した後、外国からやってきた「ハゲタカ」や「ハイエナ」と呼ばれるファンドが日本の資産は食い荒らしたことを。無防備な市場開放や性急な自由化が悲劇を生んだ。行政は業界にばかり目を向け、弱い立場の個人投資家や消費者の保護を考えなかった。

金融技術が高度化し複雑化するなかで、CFDのようなリスク商品がゲーム感覚で広がっている。IG証券が若手の人気俳優をイメージキャラに起用したのは若いカモを狙っているからだろう。

英国の証券会社が時間を巻き戻すように、不都合な取引を「無かったこと」にする。こんなことが許されるとしたら、日本はまた「外資に緩(ゆる)い市場」と見られることだろう。

金融庁と経産省が「投資家保護」にどんな姿勢をみせるか、見ものである。

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