п»ї AI技術は、AI技術者に任せておくには重要すぎる 『みんなで機械学習』第38回 | ニュース屋台村

AI技術は、AI技術者に任せておくには重要すぎる
『みんなで機械学習』第38回

5月 07日 2024年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

o株式会社ふぇの代表取締役。独自に考案した機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を模索している。元ファイザージャパン・臨床開発部門バイオメトリクス部長、Pfizer Global R&D, Clinical Technologies, Director。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

◆制作ノート

英国の経済学者エルンスト・シューマッハー(1911~1977年)の「スモール イズ ビューティフル」における中間技術の提案を、「みんなで機械学習」として実現するため、「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」という拙稿を連載している。前回は、AI(人工知能)を中心にして、4隅を固有名詞でピン止めする、ビジネス表現の8画面周辺モデルについて考えてみた。食文化の機械学習という話題から、食と農業におけるAIの役割、そして「みんなで機械学習する」DIYから、シューマッハーの食と農業の中間技術へと、出発点に戻ってきた。「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」は途中の画像以降なので、制作ノートに相当する前半部分は、飛ばし読みしてください。逆に言うと、制作ノートは形式にこだわっていないので、まとまりがないけれども読みやすいかもしれません。

「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」のゴールは、結論を論理的に構築することではなく、生活のライフサイクルにおいて、データの世界との共存・共生・共進化に希望を実感することにある。近代的なモノの価値に従属する経済から、コト(サービスなど)の意味を重要視する経済への移行を時代背景として、近未来のデータサイエンス テクノロジー アンド アート(データの世界)が、人類の文明論的な変革をもたらす夢物語を、少なくともディストピアとはしない、複数の探索路を切り開こうとしている。物語のゴールにおいては、意味が認知される以前の「データ」そのものが、みんなの機械学習によって、「言語」とは別の、文明の道具になるだろう。

◆食と農業の中間技術

産業革命以降の食糧は、大規模な機械化農業と、機械化された食品加工業によって、都市の生活者に、カロリーという意味での食糧を、過剰なまでに供給してきた。富裕層は、世界のグルメ(美食)を楽しむようになった。グローバル化した食糧供給網によって、皮肉なことに、伝統的な食糧サイクルが破壊され、政治が生み出す飢餓が地球上に蔓延(まんえん)している。産業革命以降の近代文明にとって、農業は古い産業と見なされ、情報産業や医薬品産業などの先端的な産業によって、資本主義社会の繁栄が演出されてきた。しかし、近代文明の負のスパイラルは、地球環境に不可逆的な影響を与えて、経済格差が社会を不安定化し、人びとは予測困難な未来を生きざるをえなくなっている。エルンスト・シューマッハー(1911~1977年)は『宴のあとの経済学』(ちくま学芸文庫、2011年、日本初出版はダイヤモンド社、1980年)を遺(のこ)して他界した。『宴のあとの経済学』から40年が経過して、AIの時代になったけれども、近代文明の行き詰まりを乗り越える、新しい文明は見えてこない。

経済学としては、6年以上前の記事(※参考1)になるけれども、『貧乏人の経済学―もういちど貧困問題を根っこから考える』(アビジット・V・バナジー,‎ エステル・デュフロ、みすず書房、2012年)から引用して、ランダム化対照試行による統計的意思決定を紹介したことがある。著者たちは、シューマッハーやガンジーの思想に精通しているけれども、実証的な研究を得意としているため、社会思想を直接実践することには懐疑的だ。同著者の近刊、『絶望を希望に変える経済学』(日本経済新聞出版、2020年)の結語、「経済学は、経済学者に任せておくには重要すぎる」に全く同感で、「AI技術は、AI技術者に任せておくには重要すぎる」が、本稿の出発点だ。本シリーズ「みんなで機械学習」は、マクロ経済学というよりも、中小企業経営論の色彩が濃いけれども、シューマッハーの遺志に導かれて、AI食文化におけるAI農業論へと、時代を超えて、原点回帰している。筆者のデータ論は、バナジーとデュフロに近いことは確実で、中小企業経営に予測志向で実証的な方法を提供しようとしている。しかし同時に、問題解決を経済政策に限定するのではなく、経営の実践によって、シューマッハーやガンジーの思想を身体化して、新しい文明を目指すという、未来への冒険も試みている。思想を身体化するということは、思想を実践する場所を見いだすことにほかならない。本稿の文脈では、AI農業に相当する。

◆食の文明論

AI食文化を考える前に、筆者なりに、食の文明論をスケッチしておきたい。先史時代のことは、限られた物的な証拠から想像するしかない。狩猟採取時代のうち、狩猟を中心とする大陸型の文明と、採取を中心とする島国型の文明において、狩猟は弱肉強食による「食」を重視したのに対して、貝や木の実などの採取は、里海や里山の「環境管理」を重視していたと想像される。狩猟の武器が発達し、穀物栽培の農具が発明されて、大陸でも水が豊かな河川流域で農耕文明が生まれたのだろう。農耕の発明以降は、弱肉強「食」の大陸型の文明が優勢になり、言語で語られる歴史の時代となった。すなわち、農業による食糧の供給は、採取文明における「環境管理」の役割を衰退させ、林業では追いつかない地球環境の破壊へと至っている。しかし、現代の食文化は、科学的な意味で「健康的」とはいいがたい。AI食文化は、個体差を考慮した、個の健康状態を予測する栄養学となるはずで、「食」よりも「健康」を優先して、体内外の「環境」の役割を再評価する。健康における外部「環境」は、生活の場所を意味していて、個体差の最重要な要因でもある。

AI食文化では、健康であるために食事をする。健康であるために、食事を制限することもありうる。年齢や性別、個人の健康状態に応じて、食事の目的は異なるし、栄養学的に最適な食事を毎日繰り返すのは、健康な状態とはいいがたい。すなわち、個の健康状態を予測しながら、健康リスクを回避して、食事を楽しむのがAI食文化であり、そのような食文化を経済的に支援する地域のサービス産業がAI農業だろう。AI農業は、農業と食品流通業、食品加工業、食品販売業、栄養管理サービス、健康管理サービスを、特定の地域において最適化するインテリジェントな近未来産業となる。現在の行政サービスもAI農業の構成要素となり、市場の競争と最適化によって、技術革新が推進される。例えば、気象予測技術の展開として、降雨制御のような環境管理技術も、地球経済規模で競争力のある、近未来のAI農業の視野に入ってくるだろう。

◆個人主義と社会主義

個体差について考えていると、個の栄養学のように、個人の多様性を認めて個人を大切にすることが当然のように思われる。しかし、資本主義経済の社会体制は個人主義の延長で、自分自身は大切にするけれども、必ずしも他者や社会も含めた最適化を志向していない。共産主義経済や福祉社会主義経済が社会主義だとすると、個体差を機械学習するAI経済は、個人主義なのだろうか、社会主義なのだろうか。おそらく、共産主義や福祉社会主義は、個人が主役の社会主義で、場合によっては、独裁者個人の社会主義となる。AIを個人と認めるのか、社会の仲間とするのかは、難しい問題だけれども、自然に個体差がある集団が、AIを道具として社会を構成するということはありうるだろう。筆者は、生物としての人類は、社会性が欠落している、その欠損(けっそん)を個人の表現でカバーしていると考えている。したがって、直接的な社会主義は、ありえない夢物語(または全体主義の悪夢)となる。近未来への現実的なシナリオとしては、資本主義社会からの冒険的延長として(試行錯誤であって革命ではないという意味)、個人の表現で社会を構成する、社会志向の表現主義が、個体差を機械学習するAI技術によって社会実装される(経済制度として機能する)シナリオを模索している。個体差を機械学習するAI技術は、社会実験の試行錯誤を、シミュレーションによって加速するはずなので、考えているよりも、スムーズに近未来への冒険が可能になるだろう。「AI技術は、AI技術者に任せておくには重要すぎる」。

◆微積分学の基本公式

関数の微分と積分は、逆演算のようになっている公式を記憶しているだろうか。一変数の関数であれば、比較的容易に実感できる。しかし、3変数以上の多変量関数の場合は、かなり想像力が必要だ。まずは、多様体上で関数を定義して、多様体の境界が幾何学的な意味での微分に相当すること、関数の微分と積分を微分形式として一般化すると、微積分学の基本公式が得られる。物理学や工学で汎用(はんよう)されるベクトル解析の数学的な基礎になるのだけれども、筆者は、この公式をおぼろげにイメージできるようになるのに、大学で学習してから3年以上かかった。そして、この公式の「ありがたみ」を実感したのは40年後のことだ。

微分は接線としてイメージしやすいので、関数の最小値(または最大値)を求めるためによく使われる(ニュートン法)。しかし、3変数以上になって、関数の形が複雑になると、最小値なのか局所的な極小値なのか、容易には判断できなくなる(計算が不安定で、再現性がない)。積分の場合は、そもそも計算が難しくてイメージしにくいのだけれども、モンテカルロ法で確率分布を使った積分計算であれば、計算量が多くても単純で、コンピューターは得意としている。実際に、10変数を超える複雑な関数であっても、モンテカルロ法であれば、最小値をそれなりに推定するのだからびっくりする。最近の機械学習やAI技術は、数学的には積分がほぼ全てで、微分は図形のエッジ(境界)を抽出するときなど、特殊な目的でしか利用されない。数万変数の計算などを行っているので、そもそも人間にはイメージできなくて当然だけれども、微積分学の基本公式は無限次元まで使える。モンテカルロ法の乱数が、大量に必要になり、通常のコンピューターの疑似乱数では性能が追いつかなくなると、量子コンピューターが発明されたので、微積分学の基本公式は22世紀になっても、「ありがたい」道具であり続けるだろう。

コンピューターの世界は、すっかり積分が中心になったのに、人びとのイメージは、ニュートン以来の微分が中心だ。地域で最も安い商品など、経営でも微分的な局所の論理(最適解)がよく使われる。微分の場合、接線の角度が無限大になる特異点において、計算不能になる。無限回微分可能な三角関数などの、ごく少数の美しい関数以外は、複雑な特異点があるため、複素数を使って関数を一般化して、なんとか数学的に取り扱えるようにしてきたけれども、逆に、数学者以外には理解不能になってしまった。

物理学における積分的な発想は、熱力学が典型的な例で、環境中の系(システム)の内部エネルギーと、系の境界からの熱の出入りを議論する。熱エネルギーが行う仕事を物理法則として記述できて、蒸気機関による産業革命を推進してきた。熱力学が導いた自由エネルギーの概念は、化学産業や情報理論でも活躍している。自由エネルギーは、政治や経済ではイメージしにくいけれども、人びとが連帯して、統計的な性質を示す場合は、領域を限定した積分的な発想が有力になる。「みんなで機械学習」でも、組織の内外(境界)における、独立した人びとの統計的評価によって、組織の個体差を機械学習する可能性を議論してきた。特異点と力の論理による微分的発想から、境界内外の統計的性質を網羅的に調べる積分的な発想へと、人びとのイメージを豊かにすることで、行き詰まった合理的な近代文明を乗り越えて、予測志向の経営と予測不可能なリスクのバランスをデジタルスピードで学習し続ける、データが主役の(人間中心主義ではない)近未来を切り開いてゆきたい。

中平卓馬の写真 「火―氾濫」 東京国立美術館2024年展覧会カタログp412

『スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル』

1   はじめに; 千個の難題と、千×千×千×千(ビリオン)個の可能性

1.1 個体差すなわち個体内変動と個体間変動が交絡した状態

1.2 組織の集合知は機械学習できるのか

1.3      私たちは機械から学習できるのか

2   データにとっての技術と自然

2.1 アートからテクノロジーヘ

2.2 テクノロジーからサイエンス アンド テクノロジーへ

2.3 データサイエンス テクノロジー アンド アート

2.4 データサイクル

2.5 データベクトル

2.6 局所かつ周辺のベクトル場としてのデータとシミュレーション

3  機械学習の学習

3.1 解析用データベース

3.2 先回りした機械学習

3.3 職業からの自由と社会

3.4 認知機能の機械学習とデジタルセラピューティクス(DTx)

3.5 学習は境界領域の積分的探索-ニッチ&エッジの学習理論

3.6 機械学習との学習

4  機械学習との共存・共生・共進化-まばらでゆらぐ多様性

4.1 生活と経済の不確実性

4.2 生活と経済に関連する技術は、何を表現しているのか

4.3 スモール データ アプローチ-個体差のまばらでゆらぐ多様性

4.4 まばらでゆらぐ多様性の過去・現在・未来

4.5 生活の不確実性を予測する

4.6 弱い最適化脆弱性/反脆弱性からのスタート

4.7 ひとつのビッグ予測、たくさんのスモール適応

5  自発的な小組織(seif-motivated small organizations)

5.1 社会、地域、家族 vs. 国家、企業

5.2 組織は組織でできている組織サイクル

5.3 機械学習する組織

5.4 CAPDサイクル

5.5 ビジネス表現の個体差(AI中心8画面周辺モデル)(前稿)

5.6 組織の周辺積分的思考(本稿)

組織の個体差を考える場合、組織の内外を区別するために、組織の周辺を明確にする必要がある。国家のような強力な組織であっても、必ずしもその周辺(国境)が明確に定義されていない場合がある。文化や歴史と矛盾がないように国境を定義することは困難なので、特定の時点における国境線の事実を確定しようとするけれども、軍事力以外の方法では、成功事例がなさそうだ。一方で、中小企業の場合の境界は、金銭の流出入により、税金の根拠となる事実として、税務署によって確定される。税金の計算は、とてもよく考えられた社会制度だけれども、それでも税金の抜け穴もある。税理士が決算資料などのデータから税金を算定して、経営の内部がブラックボックスであっても、反社会的であったり、脱税行為が行われていない限り、税務署は経営の内容には関与しない。もちろん、税務署は強力な税務調査の権限を持っているので、事件性が疑われる場合は、現場でデータを精査する。近代合理主義は、自然現象を微分方程式で記述できる、微分方程式の解を計算できるという成功体験から始まっている。しかし、合理的に計算できる場合は稀(まれ)であることも経験的に明らかとなり、AIの時代では、コンピューターが確率積分を計算する成功例が増加している。積分的思考は合理的とは限らないので、直感的にイメージしにくいけれども、税務署のように、組織の境界線を明確にして、網羅的に税金を加算する思考法だと考えればイメージしやすいだろうか。

ニュートン力学に代表される微分的思考は、局所的な法則性が、宇宙のどこでも成立することを前提としている。アインシュタインの相対性理論は、宇宙空間が曲がっている場合も含めて、ニュートン力学を一般化しているので、局所的な相互作用を、因果関係として合理的に解釈する古典力学だ。しかし、宇宙を記述する一般相対性理論では、ブラックホールのような特異点が出現するので、必ずしも、宇宙空間全体が微分可能というわけではない。量子力学の世界になると、エネルギーが離散化されるため、特殊な状況以外は微分可能ではなくなる。しかも、ベルの不等式によって実験的に実証されたように、通常の意味での時間と空間の因果関係(原因と結果の関係)すら、確率的にしか解釈できなくなってしまう。そのような、わけのわからない世界像であっても、ファインマン(米国の物理学者、1918~1988年)が示したように、経路積分の素描によって、さまざまな物理量が計算可能になる。機械学習やAIの計算においても、超多変量の関数の最適化において、確率積分(モンテカルロ法)が活躍している。コンピューターによる計算では、積分計算の相性が良いので、合理的な解釈(古典論理という意味)が困難な場合であっても、確率的に解釈できれば、論理よりも計算を優先する時代となった。

機械学習やAI技術は、広義の予測技術であって、必ずしも論理的な推論を行っているわけではない。知識ベースと推論エンジンの組み合わせによる、前世代のAIでは、知識ベースを作るコストが膨大であったため、すぐに行き詰まった。現在のAIは、膨大なデータと、機械学習エンジンの組み合わせとなり、理論はよくわからないけれども、正確に予測できる場合が多いことで、人びとをびっくりさせている。将棋や囲碁などのゲームでは、プロですらAIに勝てなくなったので、びっくりしているというよりは、AIを師匠のように信頼しているというほうが近いかもしれない。自動車の自動運転技術では、一般道路における交通事故がゼロにはならないので、信頼できるレベルとは言えないだろう。飛行機の自動運転技術のほうが先行していて、飛行中にパイロットが休息をとることができるようになったけれども、これから10年や20年では、離着陸時にパイロットが不要になるとは思えない。政治や経済においても、データが多量にあれば、AIによる予測制御が可能になるはずだけれども、シミュレーションによる試行錯誤が多少便利になる程度で、相変わらず、データは「ことば」の補助的役割に過ぎない。個体差の機械学習(フェノラーニング®)においては、組織の周辺における積分的思考、すなわち組織活動の表現に注目するので、「ことば」は表現の方法に過ぎなくなる。図式的な理解としては、表現者は周辺の内側、鑑賞者は周辺の外側で、作品をつなぐと周辺となる。

周辺上のデータを網羅的に調査するのは、税務調査のイメージだ。特許調査の場合は、特定の技術に関連する特許を網羅的に調査するために、まずはパテントマップで特許分類と特許出願の経時変化の全体像をイメージできるように(可視化)して、複数のクリティカルな特許(仮想的な技術競争)の詳細を読み込むことになる。健康データの場合は、網羅的であることの意味を問うことから始まる。病気のデータの場合は、病理学の分類体系や、放射線科の画像診断など、網羅的な診断体系がある。健康データでは、病気ではないけれども病気になるリスクが高い状態や、病気であっても、長期間の回復過程にある場合など、病気との関係が深い場合では、健康データの個体差が問題となる。成長過程にあって、身体状態の変化が大きい場合においても、個体差は重要だ。より一般的に、栄養状態と食生活の関係は、地域差や経済格差などが問題となる。健康データにおける個体差が、何を表現しているのか、例えば、性別や年齢などの生理的な状態であれば、性別や年齢を十分な精度で推定できる健康データが、網羅的データとなる。地域差や経済格差を推定しうる健康データはどのようなものなのか、運動量や睡眠データ、血液中微量ミネラル成分など、網羅的な健康データを取得するために、相応の工夫が必要だろう。それらの健康データを、微分的な記録ではなく、積分的な評価、すなわち集団内での相対的な位置づけを行うことが重要なポイントだ。個体差の機械学習(フェノラーニング®)では、表現変数の予測(推定)精度を評価しながら、部分集団を動的に構成する。一般的に、個体差の属性は数百、数千の変数になるかもしれないけれども、表現変数は3~5個程度の少数だろうと、合理的な根拠もなく、計算上の都合で仮定している。言語表現された文章の個体差(意味)が、例えば、「場所の身体性」を表現していると仮定すれば、数十個の表現変数で十分なはずで、数万個の変数ベクトルを使う大規模言語モデル(LLM)の内部構造を、機械学習する可能性が見えてくる。

積分的思考は膨大なデータと計算を必要とするので、人間の合理的な理解を超えてしまう可能性が大きい。筆者は偶然の結果のほうが、意図または原因が隠された結果よりも信頼できると考えている。好奇心とは、自分が好きな場所で、偶然にまかせて学習することだとも考えている。論理よりも確率を重要視するので、積分的思考との相性はよい。微分的思考の近代合理主義は、政治や経済においては、人間中心となる。AI倫理を含めて、産業界では人間中心のAIが指向されて、AIと人間型ロボットのイメージが重なる。しかし、AIの頭脳に相当する機械学習は、大規模で特殊なスーパーコンピューターで実行されている。AIにとって自然なのは、データ中心の積分的思考であるため、人間が無用にならないためには、人間は社会の周辺で冒険する(批判的な表現を行う)。例えば、近未来のAI農業では、ロボットが農作業するイメージを乗り越えて、もっと根本的な農業環境整備として、水環境の予測制御が、地域のインフラ工事のレベルで実現されることを期待したい。AI農業の重要な課題としてのAI治水が、地球規模での砂漠化を防止できるのであれば、AI農業が文明論的な技術革新となるといっても過言ではないはずだ。東京スカイツリーは高さ634mで、1kmを超える超高層タワーも計画されている。(※参考:https://tokyo-calendar.jp/article/6824?page=4 )。気象観測と、人工降雨の技術を組み合わせた超高層タワーを、ロボットが組み立てたり管理したりすることは可能だろうし、地域の通信インフラと水道インフラの管理もAI農業タワーに集中すれば、AIマザーツリー(※参考:マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険 | スザンヌ・シマード, 三木 直子 |本 | 通販 | Amazon )となる。人工知能は、植物の知性からも、たくさん機械学習する必要がありそうだ。

◆次回以降の予定

5.7 データサービス商品を創出する知的自由エネルギー産業(AI農業を中心として)

6  おわりに;生活と社会のビューティフル ランダム パターンズ

(中里斉 モナド; Hitoshi Nakazato, Monado)

6.1 ほとんど色即是空・空即是色な世界

6.2 観測できないブラックホールは実在する?

6.3 データ化する私(datanize me)

6.4 延長されたフェノラーニング®

作家は2度死ぬ、作品は死なない

(※参考1)

『住まいのデータを回す』第8回「経済学のダイバーシティは回るのか」(2017年12月4日付)

https://www.newsyataimura.com/yamaguchi-114/#more-7055

『みんなで機械学習』は中小企業のビジネスに役立つデータ解析を、みんなと学習します。技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を実装する試みを開始しました(yukiharu.yamaguchi$$$phenolearning.com)。

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