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記号の場所
『WHAT^』第26回、@^2

12月 03日 2019年 文化

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社エルデータサイエンス代表取締役。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

前回(『WHAT^』第25回)は☑の話だった。第19回は@^の第1回だった。今回は (@^を記号化してみた)の第2回のつもりだ。デジタル化された記号は文字とは異なり、1000倍に拡大したり、1000回コピーすることが容易にできる。文字をデジタル化された記号に変換することは容易だけれども、その逆は長文のプログラムとなる。人びとは知らないうちにデジタル化された世界で生きている。しかしデジタル化された世界の時間分解能や空間分解能は、人間の感覚をはるかに越えてしまった。1人の人間が究極まで考えることは不可能、というよりも意味がない。数億人に数人しか∃(存在量化:~が存在する)技術を理解できない世界で、知りえないぐらい多数の(∞ではない記号が必要)デジタル化技術に浸りきって生きている。

西田幾太郎の「場所の論理」をデジタル化した世界から再訪してみると、とても失礼な話だけれども、場所も論理も、アナログな言語でしか理解されていないことは明らかだ。西田の時代では(17世紀のライプニッツは例外として)、デジタル化した場所や論理がありうることを想像すらしていなかったのだろう。デジタル化した論理はコンピュータープログラムとしてイメージできる。デジタル化した場所は、全地球測位システム(GPS)だけではなく、遺伝子にもぐりこんだウイルスも含めてイメージしたい。デジタル化した記号にとっての場所は、「コード」として表現される。デジタル化した記号は、コードを移動しながら生きているというイメージだ。

☑は再帰的なコードの物語だった。再帰的なプログラムの挙動は、論理的には理解しがたい。ウイルスの生活環を再帰的なコードと考えることはできるけれども、人びとの生活環を再帰的なコードと考えると、宗教的な曼陀羅(まんだら)の世界になってしまう。デジタル化した生活にとっての場所は、どのようなコードで表現されているのだろうか。身体が経験しうる場所移動の単純な組み合わせだけではなく、遺伝子にもぐりこむウイルスのような、再帰的なコードが含まれているように思われる。

WHAT^(ホワット・ハットと読んでください)は、何か気になることを、気の向くままに、イメージと文章にしてみます。@^(アット・ハットと読んでください)は、人工知能(AI)とウイルスとの共存・共生・共進化を目指して、「場所の記憶」という問いを探ります。

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