п»ї リー・キット再訪 『WHAT^』第29回、@^3 | ニュース屋台村

リー・キット再訪
『WHAT^』第29回、@^3

1月 15日 2020年 文化

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社エルデータサイエンス代表取締役。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

クッションに”it really doesn’t matter”と記された作品

『WHAT^』第12回は、「中国系の作家リー・キット(※参考1)の美意識は積分形式だと思う」から始めた。「場所の記憶」という@^のテーマでも、リー・キットを再訪してみたい。香港出身の作家として、2015年(※参考2)に表現していた不安・孤独・呼吸は、2020年ではどのような表現となるのだろうか。香港のデモと、米軍によるイラン司令官の殺害は、どちらも暴力が際立っているけれども、明らかに暴力の質が異なっている。米国の民主主義は、人びとの不安・孤独・呼吸を感じ取る感受性が欠落している。ニュートン力学以来の、微分形式の政治力学だ。美意識は、時代の文脈の中で、先鋭的な政治意識にもなりうる。香港という「場所の記憶」が香港のデモを支えているのだろう。少なくとも、圧倒的で一方的な暴力的解決は香港にふさわしくないし、香港のデモが、新たに香港の「場所の記憶」として上書きされている。香港の民主化運動は、積分形式の政治意識における特異点として、世界の人びとに記憶される。

香りで過去を思い出す「プルースト効果」(マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』に由来)は、嗅覚(きゅうかく)による「場所の記憶」だ。脳内の場所細胞を発見したオキーフ博士とモーザー博士夫妻の研究(2014年のノーベル生理学・医学賞)にも関係しているかもしれない。場所細胞が発見されたネズミは、ヒトの先祖と7500万年ほど前までは同じ系統だった。タンパク質を発現する遺伝子としては、85%程度の類似性があるという。ヒトの遺伝子で、現在は使われていない大量の嗅覚に関する遺伝子が、ヒトゲノムに含まれている。人工知能(AI)技術は視覚のモデルで実用化したけれども、嗅覚が「場所の記憶」の原風景であるとすると、認知症の原因や治療に、嗅覚が関係するかもしれない。

リー・キットの作品は、視覚がその他の感覚を呼び覚ますように仕組まれている。聴覚や触覚はすぐに気づくけれども、香港の政治運動から、嗅覚や味覚についても再考してみた。人びとの呼吸と気配も、リー・キット作品の社会性を構成している。AIが積分形式の知能と社会性を獲得するとしたら、嗅覚や味覚が重要な応用課題において、人感センサーのデータを活用すること、「場所の記憶」のコードを解読することが出発点となるかもしれない。

(参考1) リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」2018年、原美術館https://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/243/

(参考2)Lee Kit「The Voice Behind Me」2015年、資生堂ギャラリー

WHAT^(ホワット・ハットと読んでください)は、何か気になることを、気の向くままに、イメージと文章にしてみます。@^(アット・ハットと読んでください)は、人工知能(AI)とウイルスとの共存・共生・共進化を目指して、「場所の記憶」という問いを探ります。

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