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本当は東京圏集中をより鮮明にした「人口移動報告」~近隣県への人口の流れはパート、アルバイト不況の反映?
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第52回

2月 07日 2022年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

o オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

1月末、2021年中の人口移動報告が公表された。「東京離れ コロナ加速」(日本経済新聞)、「東京23区、初の転出超過 14年以降」(朝日新聞)など、各紙こぞって、人口移動の基本的な流れに変化があったかのような見出しを掲げた。

しかし、景気停滞期に東京圏への流入超が縮小するのは、いつものことだ。むしろコロナショックほどの大規模な停滞にもかかわらず、大幅な人口流入超が続いたことの方が驚きである。

人が居住地を変えるのは、経済的理由が圧倒的だ。人口の流出入は、大都市圏の労働需給でほぼ決まる。「人口移動報告」は、経済状況に照らした検証が大切である。

 ◆東京圏集中が一段と鮮明に

  忘れ去られつつあるが、政府は地方創生(2014年に第二次安倍内閣によって取り決められた地方活性化の政策)開始の当初、「東京圏への人口流入超を20年までにゼロにする」を基本目標の一つに掲げていた。しかし、達成に向かうどころか、むしろ目標から遠ざかった。 

そこで2020年度からの第2期では、人知れずこの目標を取り下げた。基本目標の撤回である以上、政策も根本から見直すのが自然だが、実際には大きな手を加えられることなく、政策は続けられている。

参考1は、東京圏への人口流入超の推移だ。各紙が伝えたように、東京都の流入超幅は昨年大きく縮小した。しかし、東京圏4都県でみれば、8.0万人の流入超と、地方創生が開始される直前の13年(9.7万人)とあまり変わらない。

本来縮小するはずの景気停滞期にこれほどの流入超を記録したのは、東京圏集中の流れが基本的に変わっていないことの証しである。今後景気が回復すれば、流入超幅は再び拡大に向かうだろう。

(参考1)東京圏と地方40道府県の人口流出入超の推移

(注1)日本人移動者(注2)地方圏40道府県は、東京圏4都県、大阪府、愛知県、福岡県を除く道府県(出典)総務省「住民基本台帳 人口移動報告」を基に筆者作成

しばしばテレワークの浸透が、東京圏への人口の流れを逆転させるといった主張がみられるが、誤解である。テレワークは、大都市の近隣県に有利に働くが、遠く離れた地方圏には不利に働く。

  地方に住むメリットとしてこれまで強調されてきたのは、通勤の苦痛から逃れられることだった。しかし、テレワークのおかげで、毎日通勤する必要がなくなった。近隣県から都心に通う会社員にとっては、遠く離れた地域に移住するインセンティブが低下した。

◆好調だった大都市近隣県

この間、東京都の人口流入超は大きく縮小した。その受け皿となったのは、神奈川、埼玉、千葉県の3県だった。3県の流入超幅は、前回リーマン・ショック時に比べても劇的に拡大した(参考2参照)。

北関東3県(茨木、栃木、群馬)や、山梨、長野県、東海3県(静岡、岐阜、三重)も、リーマン・ショック時に比べ流出超幅を顕著に縮小させた。なかには、21年中、流入超に転じた県もあった(茨城、山梨)。都心からの人口を広域経済圏で受け止めたかたちである。

(参考2)リーマン・ショック時とコロナショック時の人口流出入超の比較

(注1)日本人移動者(注2)地方圏40道府県は、東京圏4都県、大阪府、愛知県、福岡県を除く道府県(出典)総務省「住民基本台帳 人口移動報告」を基に筆者作成

◆テレワーク移住で選ばれる先は?
では、大都市近隣県への人口移動は何が理由だったか。

しばしば取り上げられてきたのは、テレワーク移住である。自宅からテレワークで勤務できるようになったおかげで、より自然の多い地域に引っ越すというものである。そうした例があるのは、事実だ。

ただし、テレワークが普及しても、仕事のすべてをテレワークで済ませる企業は少ない。月に何回かの出勤は必要だ。そのことを念頭におけば、移住先には近隣県が選ばれやすい。遠く離れた地方圏が選ばれにくいのは、取引先や顧客との関係から、テレワーク100%までにはなりにくいからだ。

◆近隣県に人口が流れた本当の理由

もっとも、テレワーク移住が近隣県の人口流入超の主因とは考えにくい。テレワーク移住には国が支援金を用意しているが、予算が枯渇したという話は聞かない。そこまでの大規模な移住は起きていないということだろう。 

人口移動の分析は、やはり経済状況に照らして考えるのが適当だ。今回のコロナショックで最も大きな打撃を受けたのは、パート、アルバイトの人々だった。

典型は学生である。多くの学生がアルバイト先を失った。一方で、授業はオンラインに移行した。費用のかかる都心での一人暮らしをやめ、実家での生活を選択した学生が多数いたのではないか。とくに親元が近隣県である場合は必要な時に通学できるので、そうした選択をとりやすい。

このほか、パート、アルバイトで生計を立てていた若者は多い。こうした若者が都心で職を見つけにくくなり、親元に戻ったり、都心に出るのを見合わせたりしている可能性がある。正規社員の中にも、テレワークの普及とともに、家賃の高い都心を離れ、実家に戻った人がいたことだろう。

主因は、こうした「実家への回帰」ではないか。テレワーク移住のエピソードは、自治体が収集しているので入手しやすいが、実家への回帰は実像をつかみにくい。新入生が入学後都心での一人暮らしを見合わせている場合、住まいはそれまでと変わらない。「東京都の流入超」のデータには影響をもたらすが、エピソードとしては目立たない。

この見方が正しければ、社会的には深刻な問題をはらむ。欧米では、高校を卒業すれば親元を離れるのが普通だ。金銭的にも精神的にも「自立する」のが当然視されている。パート、アルバイト不況は、「自立」の機会を妨げかねない。

人口移動の理解には慎重な分析が必要だ。今回の「人口移動報告」は、ポジティブな側面以上に深刻な現状を伝えているようにみえる。

  地方創生の政策は、開始から7年が過ぎた。コロナショックにもかかわらず、東京圏への人口集中が続く現状は、地方に高付加価値の産業が生まれていないことの表れである。これまでのような地方創生を続けていて、よいものだろうか。

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