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抜本的な産業育成の必要性―埼玉県の地方創生
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第94回

5月 19日 2017年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

東京の北部に位置する埼玉県は従来、勝ち組の県であった。東京に隣接しているが故に東京のベッドタウンとして発展するとともに、大都市圏への食料供給基地となった。また交通の要所としてのメリットを生かし企業誘致を積極的に進め、この点でも大きな成果があった。ところが日本全体が本格的な人口減少の時代を迎え、埼玉県としても従来の「勝利の方程式」が通用しなくなってきている。今回は、こんな埼玉県の地方創生を考えたい。

1.埼玉県の強み

〇全国でも有数の工業県

埼玉県は貿易港や臨海工業地帯が無いが、製造品等出荷額12兆3908億円と全国7位の出荷額を誇る。埼玉県の事業所数は1万1614事業所、従業者数は37万5994人といずれも全国4位であり、全国有数の工業県(内陸県出荷額は1位)だ(引用:工業統計調査〈平成26年〉)。

埼玉県は1960年以降、工業団地開発が行われ、自動車関連や電気機器産業を中心に発展、現在大小合わせ76の工業団地(造成中も含む)がある。製造品等出荷額は川越市(化学)、狭山市(輸送)、熊谷市(化学)、深谷市(電子)、さいたま市(化学)が上位を占める。その他、川口市の鋳物産業、秩父市のセメント産業が有名である。

①主要項目全国順位

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①主要項目業種別シェア                             ③ 製造品出荷額構成比(平成26年)

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▼上位3業種の特徴は下記の通り。

輸送用機器

輸送用機器は出荷額構成比が最も高く、本田技研工業(株)がある狭山市を中心に産業が集積している。Tier1以下下請企業が多く、埼玉県の工業の中心を担ってきた。製造拠点の海外シフトが進み出荷額が大きく減少、回復基調にあるが以前の水準まで回復していない。

食料品

立地面の優位性や中食産業の急成長に後押しされ、全国平均を上回る出荷額割合を誇る。調理パン、弁当・おにぎりの出荷額が全国1位。今後高齢化社会への突入や人口の都心回帰の進展により成長が見込まれる。

化学

川越市、熊谷市、さいたま市を中心に出荷額が多く、特に医薬製剤の製造割合が大きい(医薬品の出荷額は全国1位)。今後高齢化社会進展による医薬品の消費の増加により、成長が見込まれる。
・「チャンスメーカー埼玉戦略」による企業誘致
平成17年から埼玉県は「チャンスメーカー埼玉戦略」を展開、企業誘致を実施している。平成17年1月から平成28年3月までの総企業誘致数は851件と一定の成果を挙げている。

〇総人口が全国7位

県内総人口(平成27年国勢調査)726万人(全国第5位)は香港の人口に匹敵する。埼玉県はベッドタウンとして高度経済成長期以降人口が急激に増加したことから生産年齢人口比率(全国3位)、老年人口比率(全国43位)と全国でも有数の「若い」県である。
昭和35年から平成27年の増加率比較は下記の通り。
【人口増加率(昭和35年~平成27年)】

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人口増加は自然増減のマイナスを社会増減のプラスで補っている状態。昼夜人口比率が全国47位と全国ワースト。

○県内を放射線状に縦断する交通網

埼玉県内には主要高速道路の関越道、東北道、圏央道、東京外環道が首都圏及び東日本を結ぶ要衝としての役割を果たしている。特に圏央道は平成27年に県内全線開通し、利便性が格段に向上した。今後、境古河ICからつくば中央IC間も開通する予定であり、東名道、中央道、関越道、東北道、常磐道、東関東道が一本で結ばれるため、交通の要衝としてますます重要性が増していく。

2.埼玉県の弱み

〇急速な人口減少と高齢化社会への突入

埼玉県は東京のベッドタウンとして発展を遂げてきた。ベッドタウンとしての役割を果たしているのは県南部であり、住民税納付状況も約7割以上が県南部に集中、数字上でも顕著に表れている。

埼玉県は今後全国平均比約2倍のスピードで人口が減少していく見込みであり、急速に高齢化が進んでいく。東京都は、流入人口は全国1位であるが、流出人口は全国4位、実数ベースも埼玉県の約半分と東京一極集中の流れが顕著になりつつある。

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○人口の都心回帰(都心→副都心→郊外→都心)

高度経済成長期以降、郊外に家を求めた世代のジュニア世代が都心のマンションを購入することが容易となったため東京へと移り住んでおり、埼玉県の特定の市町村を除き、人口減少が進んでいる。東京への通勤圏内とされていた30~50キロ圏内の所沢市、狭山市など過去にベッドタウンとして発展してきた市町村でさえ減少が始まっている。
東京から30キロ圏である県南部地域は現段階では優位性を有しているが、今後人口は減少するため、都心に住むことが容易となり若者世代を中心に更に都心回帰は加速する。
現在の埼玉県は東京と比べて特筆すべきものがなく、近い将来人口減少局面に接するため人口を流出させないための取り組みが必要である。

○生産拠点の海外シフト

製造業を中心に国内需要の減少分を補うべく、海外戦略を強化、製造業の生産拠点の海外シフトが進んでいる。特にリーマン・ショックのよる為替変動が業績に大きな影響を与えたため、為替リスクの影響を最小限に抑えるべく、加速的に海外シフトを推し進めてきた。進出ペースは落ち着いてきたが、現在でも製造業を中心に海外進出ニーズがある。

公益財団法人 埼玉りそな産業経済振興財団による企業アンケートの結果は下記の通り(対象企業986社、回答企業264社、回答率26.8%)。

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3.埼玉県における地方創生

埼玉県は東京のベッドタウンとして飛躍的に発展を遂げてきた。今後は人口減少、高齢化社会の進展により人口の都心回帰が進んでいく。地方化の波にのみ込まれないようにするため、新規雇用や生産、消費を産み出す取り組みが必要である。そこで埼玉県の強みの一つである工業を切り口に、今後取組むべき施策を2点考えてみた。

〇産学官連携による先端産業の創出

埼玉県は先端産業特区(国家戦略特区)に指定されており、早稲田リサーチパークは代表的な拠点の一つである。2014年に本庄早稲田オープンイノベーションネットワークを発足、4部会を立ち上げて研究開発に取り組んでいる。現在七つの推進プロジェクトがあるが、その中から先端産業の一つである超小型電気自動車の活用に着目する。

同ネットワークの活動報告によると、本件は具体的な研究開発を行うまでに至っておらず、継続的に研究開発を行う体制が構築されていない、ネットワーク参画企業が増加しないことが主要因であると考える。

上記課題を解決するために、以下2点が有効であると考える。

1.研究開発拠点の充実

継続的な研究開発を行うために、拠点の充実が必要である。ネットワークメンバーは多くの早稲田大学教授が関与しているが、大学院は環境系の学部がメインであり工学系の研究開発が十分に行える体制ではない。そこで他大学との連携した研究開発体制の構築を行ってはどうか。埼玉県は立地的にも他県の大学とも連携しやすい。他大学の得意分野を活用した研究開発体制構築により継続的に高度な研究開発が行えるのではないか。

2. 企業からの資金援助による研究開発の実施

多くの中小企業が研究開発を行う場合、補助金で研究開発を賄うケースが多い。より成果にこだわった研究開発を行うためにネットワーク企業を増やし、参画企業が資金を捻出(ねんしゅつ)し研究開発を行うことが重要であると考える。研究開発の成果が上がれば、このリサーチパークの注目度は向上する。良い研究成果は多くの企業を引き付け、企業が増えるほど資金が集まり高度な研究開発がしやすくなるのではないだろうか。

〇県内大学と連携した即戦力人材の育成

少子高齢化が進んでおり、年々学生の確保が年々厳しくなっている。大学が学生を集めるためには、いかに大学の価値を高めるかが重要であり、就職後早期に戦力化できる人材の育成に注力してはどうだろうか。埼玉県内に本部を置く代表的な工業大学は、埼玉工業大学(深谷市)、日本工業大学(宮代町)があり、両大学に着目する。

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両大学とも群馬県、栃木県から学生を多く受け入れている。地元企業から即戦力と評価される学生を輩出できるプログラムを構築することが重要であり、そのために以下2点が有効であると考える。

1.インターンシップ先の拡充

埼玉県は流出人口が多い上に、昼夜人口比率も全国ワーストである。各企業は人材不足にも頭を悩ませており、インターンシップによる学生の受入ニーズは強い(H-ONE、F-TECHにヒアリング)。インターンシップを導入することで、企業側は人材の早期確保、学生側は就職後のミスマッチをあらかじめ排除でき、就職後の定着率の向上にもつながる。また地場企業へのインターンシップを行うことは学生側も地元企業を知る良い機会であり、地場企業への就職率がアップすることで地域経済の活性化にもつながるのではないか。

2.留学制度の質の向上

日本の企業が進出している国の大学と提携を行い、成績優秀者を派遣する。短期留学では知識を習得する期間として不十分であることから、1年半程度の期間を設定し、語学・文化・商習慣を学習する。加えて留学先の日系企業へのインターンシップを導入し、学生の理解度を深める。同様に国内大学でも海外留学生の日本企業へのインターンシップを導入する。現地を理解している学生は就職活動においても有利に働き、就職活動に有利な学生を輩出することが出来れば全国から優秀な学生が集まり、大学の価値も向上するだろう。

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埼玉県の一部地域では既に地方化が始まっており、これからの日本はいっそう東京への一極集中が進んでいく。地方化を避けるためには人や企業を誘致するための仕組づくりが必要であり、そのためには埼玉県の強みの一つである工業を活用することが重要である。埼玉県の工業は輸送機器分野を中心に発展し、技術力を有する多くの中小企業がある。将来の生産年齢人口は減少していくなか、地場の工業大学による地元からのものづくり人材の供給が将来の埼玉県を支えていくと考える。産学連携に取り組み、人、技術力の両面を強化することで工業県としてのステータス向上が図れるのではないだろうか。

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