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FDAがAI画像診断システムを承認、遺伝子検査もAIにしたら
『データを耕す』第2回

2月 10日 2017年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

在野のデータサイエンティスト。元ファイザーグローバルR&Dシニアディレクター。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。職業としては認知されていない40年前から、データサイエンスに従事する。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。

FDA(米国食品医薬品局)が最新のAI(人工知能)技術を活用した「ディープラーニング」(深層学習=2012年に登場したコンピュータの「計算方法」の一つ)を利用した心臓病の画像診断システムを承認した(※注1)。格安遺伝子診断(99ドル)の米遺伝子検査ベンチャー「23アンド・ミー」(本社カリフォルニア州、グーグル創業者セルゲイ・ブリン氏の妻のアン・ウォジュシッキ氏が共同創業者)では販売停止としたFDA決定と好対照だ。遺伝子診断では、大量のSNP(Single Nucleotide Polymorphism=一塩基多型)と様々な疾病の臨床診断との相関が利用される。相関の医学的な意味はよくわからない。AIが良くて統計がダメなのではない。問題はおそらく(1)利用者が医師と消費者の違い(2)臨床データの帰属と品質の問題――と思われる。

臨床データは「患者自身のもの」であることは自明だろう。臨床データを利用することに同意するインフォームド・コンセントの内容が問題となる。遺伝子診断の場合、遺伝子情報の取り扱いに注目されすぎて、臨床データの確認がおろそかになる場合が多い。画像診断は信頼性が高く、特に心臓疾患やガンでは確定診断と考えられる。審査当局の立場からは、遺伝子診断で糖尿病や認知症のリスクを評価するのとエビデンス(科学的根拠)のレベルが異なると判断された。そもそも、予防医療的な意味で「リスク」を評価することにFDAは慣れていない。医療における最終的な責任は医師にあるという古典的な価値観に安住している。いつの時代でも、病気の最終的なリスクと責任は患者自身がとるしかない。医療はその経済的な代償を求めているに過ぎない。高額医療がAIで多少経済的になったとしても、患者の日常生活が忘れ去られる。FDAの判断基準では、日常生活のQOL(Quality of Life=生活の質)という考えはあっても、「リスク」は不明確だ。

医薬品の審査にとって「リスク・アンド・ベネフィット」は最終的な判断基準であるにもかかわらず、「リスク」とは単に医薬品の副作用のこととしか理解していない。未治療で病気が悪化するリスクや、そもそも臨床診断が間違っているリスクを評価していないのだ。当然、患者は全てのリスクを引き受けることになり、医師は自分たちが引き起こすリスクにふたをする。私が製薬企業で現役のデータサイエンティストであったころ(10年前の話)、原子力潜水艦の従軍医師の提案で「リスクテクノロジー」という、リスク評価の方法論開発に関与したことがある。新奇な概念による方法論開発の専門家、英国の有名大学哲学科の先生方に委託研究して、論文にまとめた。FDAとPMDA(独立行政法人・医薬品医療機器総合機構)の審査官は真摯(しんし)に対応してくださったが、医薬品規制の根本的かつ実務的な問題で、学問的な論文として発表されることはなかった。リスク評価の失敗例として、原子力開発と医薬品開発の事例を研究していたのに……。「リスクテクノロジー」の結論は簡単だ。専門家の技術的な説得ではなく、住民や患者とのコンセンサスを形成する「技術」の重要性が指摘されていた。あきらめる必要はない。哲学的な課題にとって10年は短すぎるというだけの話だ。

AI技術は確かに進歩しているけれども、ヒトがかかえる問題そのものは大きく変わっていない。「データを耕す」には10万円ほどのパソコンと「データ」があれば十分だ。お金のデータは儲かる、しかし医療データは帰属が不明瞭で取り扱いにくく、儲からない。こういう分野こそAIにタダ働きしてもらいたいものだ。「チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ」(The Chan Zuckerberg Initiative=CZI)が実際に実現しつつある(※注2)。CZI はFacebookの創業者マーク・ザッカーバーグ氏と妻のプリシラ・チャン氏が設立した財団で、向こう10年間で30億ドルを医療研究に投じ、今世紀中に全ての病気の治療を可能にすることを目標にしている。CZIが支援するAIベンチャー企業は、論文になった医療データをAIで解析して無料公開しようとしている。何十年か後には論文になる前のデータをAIが解析するようになるだろう。画像診断データに始まり、遺伝子データまで。
※関連記事のURLは以下の通り
(注1)
http://www.forbes.com/sites/bernardmarr/2017/01/20/first-fda-approval-for-clinical-cloud-based-deep-learning-in-healthcare/2/#4514f7831563
(注2)
http://money.cnn.com/2017/01/23/technology/chan-zuckerberg-meta-acquisition-ai-health/

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