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資本主義の現状:『新・日本の階級社会』を考える―(2)
『視点を磨き、視野を広げる』第28回

3月 04日 2019年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

ワーキングプア1千万人の衝撃

前回は、橋本健二の『新・日本の階級社会』を参考に、各種調査の結果から導き出される日本型「階級社会」と呼ぶべき現実を認識した。橋本は、同じ労働者階級でありながら正規社員と非正規社員の間には大きな格差(収入で2倍、貧困率で5倍の差)が生じていることに注目し、後者を「アンダークラス」と名付ける。ワーキングプアと言い換えてもいいだろう。1千万人近い労働者が、年収186万円で働き、貧困率は38.7%、男性の66%、女性の56%が未婚で、資産ゼロ世帯が31.5%あるという現実は衝撃的だ(*注1)。

橋本はアンダークラスの政治意識に目を向ける。そして「排外主義」「軍備増強」と「格差是正」に対する意識の関係に「ねじれ」が見られると指摘する。すなわち、調査結果全体をみると「排外主義」「軍備増強」と「所得再分配」支持は相反しているが、アンダークラスだけは正の相関を示しているのだ。この事実から「追い詰められたアンダークラスの内部にファシズムの基盤が芽生え始めているといっては言いすぎだろうか」と表現している。さすがに「ファシズム」という表現には飛躍があり、ここは欧州や米国で見られるような「排外的・攻撃的なポピュリズム」の脅威とすべきであろう。1千万人近いアンダークラスが存在し、格差是正の道が展望できない中、雇用が重なる可能性が高い外国人労働者拡大政策が導入されるのである。将来、欧州のように不満を抱えたアンダークラスが外国人労働者を標的と見なせば、ポピュリズムのターゲットとなる可能性が出てくるだろう。

こうした状況を考慮すれば、格差是正のために所得再分配政策を強化すべきであるという橋本の主張は説得力を持つ。そして橋本は、格差是正を目指してリベラルの結集を呼びかける。しかしその主張は、旧来の左か右かという二項対立的議論から出発しており、「右」は間違っていて「左」は正しいといった一面的な議論から抜け出せないままで終わっている。

本稿では、まず橋本の論理を整理する。次にそれを乗り越えるために、いわゆる戦後の「日本型経済システム」は一種の社会民主主義ではなかったかという仮説を立てる。そこに社会民主主義勢力結集の可能性を見いだしたいと考えるからである。そうすることで、現在の自民党が志向する新自由主義と、それに対抗する社会民主主義という対立軸構築の可能性が見えてくるのではないかというのが本稿の論点である。

橋本の論理とそれに対する反論

  • 階級史観による二項対立的解釈

橋本はまず、格差を巡る伝統的な左派と右派という前提を立てる。左派を「格差拡大の事実を認め、格差を縮小することが必要だと考え、同時に軍備の拡大に反対し、民族的な排外主義に反対する人々」と位置づける。一方、右派は「格差拡大の事実を素直には認めず、格差縮小のための政策に反対し、同時に軍備拡張を支持し、民族的な排外主義に寛容な人々」とする。

続いて次のような三段論法を用いる。すなわち、「排外主義」「軍備重視」を支持する人々は、格差拡大の事実を認めず所得再分配に反対する傾向が強い。そして自民党支持者は、他の政党支持者と比べ「排外主義」「軍備重視」の傾向が強い。したがって自民党は右派であり、「格差容認、軍備拡張支持、民族的排外主義」の政党であるというものだ。さらにここから「あたかも自民党支持者は排外主義と軍備重視に凝り固まったカルト集団であるようにも思えてくる。」という結論が導かれる。自民党支持者でなくても、このような決めつけは、あまりに極論と映るのではないだろうか。

  • 戦中・戦後の社会民主主義的潮流

既に『1940年体制』の稿(*注2)でみたように、高度成長を実現し戦後の平等社会を生みだす最大の要因となった日本型経済システム(終身雇用、年功序列など)は、戦時中の生産力増強を目的とした総力戦体制構築のための諸要素の上に成立した。その総力戦体制を政治面で担った大政翼賛会の中に、修正資本主義的立場から社会改革を目指す協同主義の流れがあった(*注3)。戦後それを継承した進歩党(後に民主党)は、「社会党の右、自由党の左」といわれるように、自由主義と社会主義の間で中道政党として重要な役割をはたす(*注4)。しかし、その後協同主義諸政党を取り込んだ日本民主党は、自由党とともに自由民主党を結党する(1955年の保守合同)。冷戦を背景にした右と左の対立構造の始まりであるが、右の自由党が中道の社会民主主義勢力を取り込んで多数派を形成し、一方の社会党は左傾化を強めた。その結果、自民党の40年に渡る長期政権が続くことになる。

こうした歴史を持つ自民党と、戦前の革新官僚的体質を継承する官僚機構が結びつくことによって、戦後の福祉国家建設が実現されたと考えている。こう解釈することによって、自民党の長期政権下で社会民主主義的な国民皆保険や皆年金、労働者を保護する終身雇用といった日本型システムが確立され定着した理由が理解できるのである。そして、新自由主義的政策へ傾斜する現在の自民党の中に残っている修正資本主義勢力と呼応することで、格差問題の解決へ向けての政治勢力結集の新たな選択肢形成が可能なのではないかと考えるのである。格差是正のためには、自民党(連立を組む公明党も含めて)への働きかけが重要だと思う。

  • 「リベラル」ではなく「社会民主主義」―橋本への反論

「55年体制」における政治意識は、「保守か革新か」という二者択一的設問で測られた。また、それは「右か左か」と同義語であるという認識が共有されていた。しかし、最近の総選挙時の世論調査(*注5)をみると、「右か左か」は対立軸とならないと考える人が多くなったという。同調査では、その原因を「55年体制」における保革対立が過去のものになったためだとして、保守・革新の質問を置き換えるなら左右よりは、「保守・リベラル」のほうが適切であるように思われるとしている。

この指摘は、二つのことを考えさせてくれる。一つは、社会主義体制の崩壊で、「右か左か」と同義語であった「保守か革新か」という対立構造の基底をなす資本主義か社会主義かという体制選択の問題自体が意味を失ったことだ。人々の政治意識はそうした現実を反映しているのである。にもかかわらず、日本の「革新」政党には社会主義の失敗の原因分析が十分に行われたという形跡が見られない。それゆえに、占領期に固定された冷戦構造意識を引きずったまま、安全保障と憲法の関係性の再構成を行わず、その結果国民の現実意識との乖離ができたのではないだろうか。

そしてもう一つは、この世論調査レポートで「保守とリベラル」への質問の置き換えを推奨しているが、それはむしろ弊害のほうが大きいのではと感じたことである。「保守とリベラル」という対立軸は米国の自由主義(リベラリズム)を根本原理とする社会で成立したものであり、「保守(自由主義)とリベラル(ニューディールリベラル)」と解釈されるべき「自由主義対自由主義」の対立の構図なのである。歴史的背景や社会構造が違う日本に、そのまま当てはめるのは誤解を生むと思われる。日本でリベラルという場合、「進歩的」という意味で使っているだけなのかもしれないが、定義を曖昧にしたままリベラルを名乗り、保守対リベラルの対立軸があるかのように演じてみても、内容が伴わなければ身のある議論は期待できないのではないだろうか。リベラルという言葉がもつ知的イメージを纏(まと)うことで見栄えを良くしようとするのではなく、社会民主主義だとはっきり定義して整合性のある基本政策の確立に全力をあげるべきではないだろうか。ここでいう社会民主主義とは、修正資本主義の立場をとり、議会制民主主義の中で福祉国家を志向し、応分の国民負担を求める思想である。福祉には負担が必要であり、それがわからないほど国民は愚かではないと信じてほしいと思う。西欧で培った社会民主主義の蓄積が日本にはないという指摘に対しては、次に説明するように、戦後日本が築きあげてきた社会こそ日本型の社会民主主義だといいたいのである。

日本型社会民主主義とは何か

  • 政治思想としての社会民主主義

近代の政治思想を代表するのは、自由主義、社会民主主義、社会主義である。自由主義は18世紀半ばに西欧に生まれ、近代化(産業化)を推進する政治思想となった。しかし産業化の進展によって資本主義の矛盾(格差拡大、貧困)が顕在化し、19世紀初めにはその是正を目指して社会民主主義思想が広まった。しかし19世紀半ばには社会民主主義の漸進的改革を批判して、急進的改革を主張する社会主義が生まれ大きな影響力をもつようになる。

自由主義(リベラリズム)は、法の支配、議会制民主主義、市場経済を原理とする。法のもとに議会制と市場経済が位置づけられる。これに対して社会主義の原理は、「行政による支配(議会より上位)」、「計画経済」である。この社会主義と自由主義の中間に位置するのが社会民主主義である。西欧における社会民主主義の歴史は古く、その後に生まれた社会主義思想の影響を強く受けつつも政治思想として生き残っていく。第1次世界大戦後に英国、フランス、ドイツで社会民主主義内閣が成立し(*注6)、第二次世界大戦後も各国で社会民主主義政党が政権を握って西欧型福祉国家を建設する。

  • 日本型社会民主主義

そうした歴史を持たない日本には社会民主主義の土壌がないという意見がある。しかし、戦後の日本が作り上げた社会は、平等志向の日本型社会民主主義体制と言えるのではないだろうか。国民皆保険、皆年金制度が確立・運営されているだけではなく、終身雇用、年功序列賃金などの日本型企業システムは、雇用を守り平等を優先するという意味で社会民主主義的である。また官僚が主導する金融機関の護送船団方式、競争抑制的な規制の数々、手厚い中小企業保護策、地方への公共事業投資による地域格差是正政策は、市場主義の暴力からの保護策であり、資本主義を修正しようとする思想である。このように日本では西欧とは異なる方法ではあったが、平等で豊かな社会を実現したのであり、日本型モデルとでも呼ぶべき社会民主主義的システムを作り上げていたのである。

こう解釈することによって、労働者階級が過半数を占めるにもかかわらず、自民党の長期政権が継続しえた(社会党が政権を取れなかった)理由が分かってくる。自民党と官僚と財界からなる「構造」が、経済的豊かさをもたらしただけではなく、労働者が望む福祉国家を建設したからである。これに対し「55年体制」の社会党は、社会主義を目指す左派と社会民主主義的改革志向の右派の対立が激しく、最後まで自民党との現実的な対立軸の構築ができなかった。むしろ「非武装中立政策」などの理想論に走り(*注7)、議会での内閣批判に存在意義を見いだす三分の一政党の地位に安住した。この結果、かつては片山内閣(1947年)、芦田内閣(1948年)と連続して連立政権を成立させた社会党は、「55年体制」において一度も政権を取ることなかった。ソ連の崩壊によって左派が力を失った1990年代になって、ようやく野党勢力の再編が動き出すのはそのためである。そして中道勢力を抱える与党自民党からの離脱者を巻き込んで、現在まで続く潮流となっている。

おわりに―希望の党を巡る騒動が意味するもの

  • 二つの寓意

希望の党を巡る一連の騒動を覚えておられるだろうか。2017年9月小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、民進党議員に合流を呼びかけた。その際にいわゆる「排除の論理」を押し付けたのが失敗で、支持を集められなかったとされる。この失敗は二つの寓意を含んでいる。

第一は、野党を分断する要因として、依然として憲法と日米安保の問題が大きな影響力をもつということに関してである。「55年体制」における自民党と社会党の対立軸は、「資本主義・改憲・安保」対「社会主義・護憲・反安保」であった(*注8)。その後の社会主義体制の崩壊という国際環境の大きな変化によって左右の対立軸が消えたのにもかかわらず、「護憲」だけがとり残されて争点となってしまっているようにみえる。本来は、安全保障の問題と関連付けて広く議論されるべきであるが、それがなされていない。こうした状況から脱するためには、まず平和憲法と日米安保の相互依存関係の認識が必要だ。次にそれを解きほぐしていこうというのであれば、戦後の日本を規定した「占領」の中立化が不可避だと考える(*注9)。しかし70年かけて固定化し複雑に絡み合った関係を一つ一つ腑(ふ)分けしていくには、同じくらいの時間が必要かもしれない。歴史に向き合っていくしか道はないのであり、学者・知識人が率先してそうした歴史化作業を長期的取り組みとして実践していってほしいと願っている(*注10)。一方、政治に関しては、短期的には日本の安全保障の枠組みに関して、現実的な選択肢は限られているという認識を共有するところから議論を出発してはどうだろうか。立憲民主党のホームページをみると、「日米同盟を軸」「憲法改正議論容認(安倍政権の改憲案には反対)」といった現実路線が並んでおり、共通の土台作りに向けての考え方の調整は可能なようにみえる。しかし現実は野党間の対立がむしろ激化しており、失望を禁じ得ない。民主党政権が数年前まで存在した意義を問い直し、政権交代を可能とする野党連合形成のための政策軸の構築にもっと力を注ぐべき時ではないだろうか。

第二は、自民党への働きかけの意味に関してである。小池都知事の失敗は、(時間がなかったにせよ)自民党に向けての働きかけが十分にできなかったことにあると思うからだ。自民党は、保守合同で修正資本主義勢力を取り込み、その後同じ(修正資本主義)志向をもつ官僚出身派閥の台頭(池田内閣以降の派閥政治)もあって、高度成長期は公共事業を中心とした「大きな政府」を志向した政党であった。その後1980年代に、中曽根内閣による行財政改革という新自由主義的政策への大転換があり、かつての保守本流は「抵抗勢力」として排除され、1990年代の政党再編では、自民党離党者が重要な役割を果たしてきた。現在の安倍政権の政策も新自由主義の延長上にあり、党内には(公明党も含めて)反発が潜在していると思われる。ここを巻き込んで、新自由主義の自民党と対峙しうる社会民主主義的政策を体系的にかかげる政党を結集する動きを作り出すチャンスではなかったかと考えるのである。

  • 日本型社会民主主義の経済政策

ただし、こうした試みにおいては注意すべき点がある。過去の日本型の社会民主主義は、官僚が主導する上からの制度設計的性格を持っていた。しかしそうした手法は非効率を生み、社会主義体制と同じ失敗に陥ってしまうことが懸念されるのである。そのため、「共有資本と社会的規制」(*注11)という考え方を入れて、自然や労働といった共有資本を守りながら(社会的規制)、効率性を維持するために市場機能を活用していくことが必要である。市場の効率性を絶対視する新自由主義に対抗するための社会民主主義の経済政策となるべきだと考えている。

  • 日本のポピュリズム

本稿の冒頭でアンダークラスの増加がポピュリズムの温床になるのではという懸念を示したが、現在の日本では欧米でみられるエリートや既成政党への根深い不信感は感じられないし、それを背景とした激しいデモも起きてはいない。しかし、政治家や知識人が大衆を代弁するという形で既成の権威を批判し、それに大衆が反応したとみるや、マスコミが取り上げて大きなブームに仕上げていく現象が、日本型ポピュリズムの特徴であり、リーダーは既成政党の中から出てくることが多いという指摘がある(*注12)。抵抗勢力という悪役を設定して新自由主義的な構造改革を推し進めた小泉純一郎元首相の劇場型政治がその典型だろう。欧米の「下からのポピュリズム」に対し、日本は「上からのポピュリズム」という形で現れてくるのかもしれない。

また、日本型の右派ポピュリズムについても念頭においておく必要があるだろう。戦後の日本において平等を求める論理的根拠はマルクス主義が担ってきたのに対し、戦前は「一君万民」思想(天皇のもとでのすべての国民の平等)が大きな影響力を持っていたという事実を忘れてはいけないということだ(*注13)。日本型ポピュリズムが、東アジア情勢の緊迫化を契機にナショナリズムと呼応したときには、そちらの方に引きずられていく可能性も否定できないだろう。ポピュリズムは、なかなか手ごわそうなテーマなので別の機会にもう少し考えてみたい

<参考図書>

『新・日本の階級社会』橋本健二著 講談社現代新書(2018年)

(*注1)ここでいうアンダークラスは就業者を対象としたものである。厚生労働省の「国民生活基礎調査」(平成28年度)によると全世帯(4995万世帯、平均世帯人員2.47人)を対象とした相対的貧困率(可処分所得の中央値の半分=貧困線122万円以下の比率)は15.7%であり、これをもとに算出した貧困層人口は約1900万人となる。なお、本書では2千万人としている。

(*注2)第23回及び第24回の野口悠紀雄『1940年体制―さらば戦時体制』を考える(前後編)

(*注3)協同主義:協同組合を中心にして、利潤追求の資本主義を否定する修正資本主義の思想。個人より協同体を重んじる協同体民主主義と労使一体化による日本経済の再建を唱えた。戦時中は、昭和研究会の三木清らによって全体主義を止揚する統制原理・指導者原理と位置づけられて近衛新体制運動に利用されたが、戦後も生き残って占領期には社会民主主義を掲げる協同主義諸政党が形成され、自由党の左、社会党の右に位置する中道政党として発展した。日本民党(橋本登美三郎)、日本協同党(船田中、赤城宗徳)、国民協同党(三木武夫)、協同民主党、日本進歩党(注4参照)などがある。なお( )内は後の自民党で大物議員として活動した政治家。(出所:「戦後日本の協同主義政党」竹中佳彦)

(*注4)中道政党と社会党の連立政権:協同主義派は、敗戦直後(1945年11月)には、綱領に貧富の格差是正、社会政策、労使連帯をかかげて日本進歩党を設立する。その後身の民主党は、1947年5月日本社会党、国民協同党と連立し初の社会党内閣である片山内閣を成立させた。また、1948年3月には同じ3党連立で芦田内閣(芦田は民主党総裁)が発足した。その後民主党は国民協同党と合体し国民民主党となる。この国民民主党が改進党となり、吉田茂の自由党から分派した鳩山一郎が合流して1954年日本民主党が結成される(出所:雨宮昭一『占領と改革』(岩波新書)より)

(*注5)第48回衆議院議員総選挙全国意識調査(平成30年7月公益財団法人明るい選挙推進協会)

(*注6)欧州の社会民主主義政党による政権:英国では労働党が1924年マクドナルド内閣を樹立した(自由党と連立)。フランスでは社会党が共産党、急進社会党と連立して1937年レオン・ブルムを首相とする人民戦線内閣が成立。ドイツでは、1919年のワイマール共和制において社会民主党が政権を担った。

(*注7)非武装中立政策:軍備を放棄して中立主義を取るべきだという考え方。日米安保と自衛隊は、憲法違反だとして廃止を主張する。したがって護憲との結びつきが強い。理想主義的であるが、現実の国際関係を前提にすれば非現実的だと批判された。なお非武装中立政策は、社会党の後継政党である社民党の政策として残っている

(*注8)成田龍一(日本女子大学教授)『近現代日本史との対話―戦中・戦後・現代編』(集英社新書)

(*注9)第15回『「敗北を抱きしめて」―占領と近代主義の受容(3)』を参照いただきたい

(*注10)総力戦体制に関する歴史学者の論考が継続されている。前掲の成田龍一も同じ流れ。また視点は違うが、浅野豊美教授(早稲田大学)の歴史問題に関する「和解学」の試みが興味深い(2019年2月27日付朝日新聞朝刊オピニオン&フォーラム)。

(*注11)第21回『松原隆一郎「共有資本と社会的規制」(1)』、第22回『同(2)』

(*注12)大嶽秀夫(京都大学名誉教授)『日本型ポピュリズム』(中公新書)

(*注13)中島岳志(東京工業大学教授)『保守のヒント』(中公文庫)

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