п»ї 地道な改善こそ日本観光進化への近道 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第149回 | ニュース屋台村

地道な改善こそ日本観光進化への近道
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第149回

8月 09日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

早いもので、この「ニュース屋台村」を創設して6年が経過した。私の掲載記事も150本になろうとしている。毎回、テーマを見つける作業にうめき苦しんでいる。海外に長く暮らしていると、近年の日本の競争力低下と世界の中での相対的貧困化に気づく。日本を再度、輝く国にしなくてはならない。ニュース屋台村に書き始めて1年がたったころから、主要テーマの一つに「地方創生」が加わった。特に観光については、具体的な「地域別の観光プランの策定」などの提言を行ってきている。また私は過去2年にわたり日本の全国各地でタイ人観光客誘致のための「観光セミナー」を開いてきた。セミナーを主催していただいた日本の提携銀行各行には心から感謝したい。今春も富山、熊本、武雄(佐賀県)、大分の4都市でセミナーを行ってきた。この2年間、セミナーにおける私の主張はほぼ一貫している。

一方で、日本に出張して全国各地を歩いていると、日本の観光地の対応も少しずつ変わってきているような気がしている。今回は、そうした日本の観光地の対応や変化についてお話ししたい。

観光地の変化

最初に私がこの2年間にわたり、セミナーで提言してきた内容について整理したい。

①タイ人観光客の訪日目的は食事、買い物、観光の順であり、それぞれの土地はこの3点セットをそろえる必要がある。なお、温泉、日本酒、アンコ菓子を名物として推奨する観光地があるが、タイ人(アジア人)にはこれらは一般的には好まれない。

②訪日観光客の85%は中国、韓国、タイなどのアジア人であり、英語を使う訪日観光客はそれほど多くない。英語恐怖症になることはない。またアジア地域でもスマートフォンを持つことは一般的であり、インターネット環境の整備は必須である。

③アジア人の訪日スケジュールの平均は6泊7日であり、これだけの日数をその地域に囲い込むことが肝要だ。この囲い込みによって初めて訪日観光客がその観光地で金を使う仕組みが出来上がる。そのためには近隣の観光地同士が連携していくことが必要だ。

④訪日観光客の広告、宣伝で最も重要なのはSNSの活用である。紙媒体やテレビの利用はあまり有効ではない。

いまだに私がセミナーでこうしたことをお話しすると、びっくりされる方がたくさんおられる。日本には数多くの「観光コンサルタント」の人がいて地方公共団体や観光事業者にアドバイスしているようである。しかしこうした人たちの多くは、外国人と直接触れ合ったことがなく、単に机上のアイデアを出しているだけのようである。現にこのほど開いたセミナーで回収したアンケートでも、大半の方から「こうした生の情報は初めて聞いた」とか「従来聞いていた話と大分違う」などのコメントが寄せられた。

私は過去5年にわたりこうした内容を繰り返し話し、また屋台村でもたびたび記事にしてきた。おかげさまで、私の執筆してきた記事の中でもの観光関連の記事は閲覧回数がかなり多い。多くの観光関連の方々に読まれているようである。セミナーで講演したり、私が記事の中で提言したりしてきた観光地では、少しずつだが変化が表れてきたと感じている。

奈良に変化のうねり

今春訪問した日本の観光地で大きく変わったと思うのが、奈良である。奈良は、興福寺や東大寺、シカで有名な奈良公園など観光スポットは多い。しかし、観光地としては長い間「負け組み」である。

訪日外国人の1人当たりの消費金額が全国47都道府県で最も低いのが奈良県である。1人当たり7千円強と唯一、1万円に届かない県である(2018年実績)。有力な観光スポットがありながら、私の主張する観光の3点セットがそろっていないのである。

その要因が「やる気のなさ」だと私は手厳しく断じてきた。3年ほど前、近鉄奈良駅の東向商店街や三条通商店街の土産物店の閉店時間を聞き取り調査したが、夕方5時以降も開いている店は1軒しかなかった。ところが今回奈良を訪問してみると、5時以降も営業している土産物店がたくさんあった。残念ながら、有名な奈良漬け、墨などの書道具、一刀彫などの専門店は、5時前にはそそくさとシャッターを下ろしている。それでも、観光客用の土産物店が夜開いているのは一大進歩である。

食事についても「ならまち」という地域をブランド化して、ここにおしゃれなレストランが集まり始めている。奈良でブランド化されている食べ物は「柿の葉ずし」と「かき氷」くらいで、観光客がまとまったお金を落としてくれるメニューではない。しかし従来、圧倒的に少なかった宿泊施設も徐々に建設されてきており、大きな変化のうねりが感じられた。

熊本、そして広島

熊本と広島では現地で全く異なる意見を聞いた。熊本で観光に関わる方は「金を落としてくれる西洋人の観光客がほしい」と話していたが、広島では「西洋人は金を落としてくれないので中国人観光客がほしい」と言う。確かに熊本に行ってみると、街中で多くの中国や韓国の観光客を見かける。距離的に近いからであろう。フェリーやクルーズできている人も多いという。これらの人たちが買い物に向かうのはドラッグストアである。

私は熊本を訪ねた折、体調を崩してドラッグストアで薬を買おうとした。店内は中国人観光客でごった返し、レジが長蛇の列だったのには閉口した。ただし、中国や韓国の観光客が多いものの、熊本の街全体を潤しているようには見受けられない。観光客に金を落としてもらえる仕組みが出来上がっていないのであろう。熊本の人たちは「西洋人ならもっと金を落としてくれる」と思っているが、決して人種の話ではないような気がする。

一方、広島は「原爆ドーム」を目指して多くの西洋人が訪れる。原爆ドームを訪れる西洋人は知的レベルは高いかもしれないが、金を落としてくれるわけではない。広島県には、私が日頃から観光地誘致に必要だと指摘している3点セットは揃っている。問題は、近隣の観光地と協力・連携した観光客の囲い込みが出来ていないことにある。

今から5年ほど前、バンコク―広島間に週3便のチャーター便が就航したが、わずか半年で取りやめとなった。タイ人は観光のため広島空港に向けて飛び立ったとしても、広島にはわずか1日しか滞在せず大阪や福岡に抜けてしまう。このため広島からバンコクへの帰りの便の席が埋まらず、チャーター便の運航する航空会社の採算が取れなかったのである。全く同じことが仙台空港でも起こった。

このため広島を含む瀬戸内海に面した7県が2013年にアライアンスを組み、「せとうちDMO(Destination Marketing/Management Organization)」という組織を作った。この「せとうちDMO」が支援して瀬戸内海クルーズが始まっている。私はこのクルーズによる定期観光化を2年以上前から提案してきたが、こうした新しい試みが実行に移されていくのは、日本の観光産業にとって喜ばしいことである。

佐賀県の武雄温泉で

今年の春は佐賀県の武雄温泉でもセミナーを行ってきた。佐賀県は残念ながら、日本の中で毎年「魅力のない県」の最下位を争うほどの観光後進県である。ところが信じられないことに、タイ人向け観光では「勝ち組」となっている。2014年の「タイムライン」を皮切りに、「きもの秘伝」、2015年の「Stay」など立て続けに7本のタイ映画の撮影を誘致。撮影場所として使われた祐徳稲荷神社、嬉野温泉、武雄温泉、唐津、呼子、大川内山など佐賀県の各地は今やタイ人の「観光の聖地」となっている。いわゆる「ロケツアーリズム」という手法をいち早く取り上げ、SNS好きのタイ人に訴えかけたのである。

佐賀でのセミナーでは武雄市の方だけでなく、鹿島市から祐徳稲荷神社の鍋島朝寿(なべしま・ともひさ)権宮司にも参加していただいた。鍋島権宮司はタイ人観光客誘致のために快く映画撮影に応諾されたばかりでなく、タイ人観光客にタイ語であいさつしたり、タイ語の各種標識の設置やタイ語のおみくじを売られたりするほど大変な努力をされている。

また、私が武雄温泉で宿泊した扇屋旅館は、そのレベルの高さにびっくりした。落ち着いた部屋に伊万里焼、有田焼、武雄焼の陶器がでしゃばりすぎずに上品に飾られている。夕食で供される懐石料理は大阪市に本拠がある日本料理の料亭「吉兆」で修業されたオーナーシェフの心のこもった品々で、普通の料亭で食べる懐石料理よりも格段においしい。仲居さんは料理や陶器などにも詳しくまさにプロ。大規模旅館でもないのにフリーWifiが整備され、スマホの充電のためのコンセントも十分備えるなど、外国人観光客にも滞在しやすい環境を整えている。この春の出張では、扇屋旅館以外にもいくつかの日本旅館に泊まってみたが、多くの旅館で外国人への対応を意識している点に大きな改善を感じた。

私は熊本でのセミナーの後、武雄温泉へ移動したが、セミナーの日程の都合で武雄温泉で1日休養日ができた。この休養日を利用して有田、大川内山の窯元を訪問しようと計画したが、電車を利用しようとすると移動にかなりの時間がかかってしまう。そのためレンタカーを利用してみた。武雄から有田、大川内山へと一回りしてみたが、それぞれの移動に1時間ほどしかかからない。せっかく多くの観光地に恵まれながら、移動手段が整備されていないために「観光後進県」になっている佐賀県。観光地を結ぶ定期バスやレンタカーの導入にもっと積極的に力を入れれば、まだまだ観光客を呼び込めるのではないだろうか。

今回、日本のいくつかの土地で実感した日本の観光業の進化。「必要は発明の母」と言うが、外国人観光客が増え、積極的に観光客を取り込んだ結果による変化であろう。こうした地道な改善こそが日本の観光業のいっそうの進化を生み出すと期待している。

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