п»ї タイに負けた日本の国際競争力 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第146回 | ニュース屋台村

タイに負けた日本の国際競争力
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第146回

6月 28日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

「日本の競争力、30位に低下。IMD調べ 今年。97年以降で最低」。その記事は5月22日付の日本経済新聞の夕刊にひっそりと掲載された。日経よると、スイスの有力ビジネススクールIMDは28日、2019年の世界競争力ランキングを発表。日本の総合順位は30位と前年より五つ順位を下げた。また前年1位だった米国が3位に転落した。記事はトランプ大統領の施策が米国の順位後退に影響を与えているかのようなニュアンスで書かれており、日経からは米国の順位交代の印象が強かった。

「日本はまだ大丈夫だ」という慢心

かねて日本の国際競争力低下を憂いている私は、「またか!」という感覚で、特にこの記事を強く意識しなかった。ところが翌日、タイの英字紙バンコクポストの1面に、「タイの国際競争力が63カ国中25位に上昇した」との記事が掲載された。「ちょっと待てよ!」と思いながらバンコクポストを読むと、前日の日経の記事と同じIMDのレポートに関する記事であった。タイはIMDの国際協力比較において、韓国の28位、日本の30位よりも上位の25位を獲得したとのことである。日本の国際競争力はなんと、私が現在住んでいるこのタイに負けてしまったのである。正直、私は驚きを覚えた。確かに私が住んでいるこの20年の間に、タイは急速に成長を遂げてきた。しかし私が恐れていたこの事態が、まさかこんなに早く起こるとは思ってもみなかった。

早速インターネットで関連記事を探すと、5月28日付の日経ビジネスで「日本の国際競争力が30位―から見えてくる経営者の、危機感」という記事を発見した。長くなるが正確を期すために日系ビジネスの記事をそのまま引用させてもらおう。

〈以下、日経ビジネスの記事から抜粋〉

「国際競争力を判断する基準は大きく4つ。経済のパフォーマンス、政府の効率性、ビジネスの効率性、インフラだ。

4つの基準のうち、インフラは15位と比較的高い評価だった。より細かい項目を見ると、携帯機器でのブロードバンド普及率や企業が持続可能な開発を優先している点などが1位になっている。インフラやICT(情報通信技術)の普及を高く評価しているのは、日本が総合順位で5位だったWEFの調査でも同様だった。

一方、4つの基準の中で最も順位が低かったのがビジネスの効率性で46位だった。より細かく見ると、起業家精神、国際経験、企業の意思決定の機敏性、ビッグデータの活用や分析については63位と最下位の評価だった。

ただ、これらの順位付けには「日本の経営者へのアンケート調査が反映されている」。国際競争力に関する調査に詳しい三菱総合研究所の酒井博司氏はこう指摘する。38位だった政府の効率性に含まれる政府債務の多さなど、統計データをもとにしている項目もあるが、IMDは統計データだけでなく、それぞれの国の経営層へのアンケート調査をスコアリングに使っている。

つまり、最下位となった各項目は「実際の競争力というより、日本の経営者が『弱い』と危機感を持っている領域といえる」(酒井氏)。〈抜粋はここまで〉

日経ビジネスの記事は最後に「弱みを感じている項目について改善策を着実に実行していくことが求められる」と締めくくっている。しかしそのトーンは「日本はまだ大丈夫だ」というもののように、私には感じられたのである。それが証拠に、調査結果が発表となった2日後の5月31日、麻生財務大臣は「たまたまそれがそうだったからと言って日本の競争力が低いと考えたことはない」と発言し、結果を認めようとしなかったようである。またこの麻生大臣の発言を報じたのは、テレビ朝日だけであったようである。日経ビジネスが結論づけた「改善策を着実に実行していく」姿勢など微塵(みじん)も感じられないのである。

「日本の経営者の危機感の表れ」だけでは済まされぬ事態

ここで私なりに、この問題を考えてみたい。まず「なぜIMDの国際競争力ランキングで、日本が30位になってしまったのか?」ということである。日経ビジネスによれば、日本は「起業家精神」「国際経験」「企業の意思決定の機敏性」「ビッグデータの活用」で63カ国中最下位であった。しかしその理由は「日本の経営者へのアンケート調査だからだ」と言う。確かに、脳医学的にもセロトニン受容体が多く、日本人は心配性の性格のようである。それでも「それだけが理由」とは思わない。

起業家精神ランキングについては、米国BAVコンサルティングとペンシルベニア大学ウォルトンスクールの共同調査、及び家庭日用品の通信販売であるアムウェイのものと二つある。この二つの調査結果は、BAVコンサルティングが日本の国際競争援助を10カ国中2位と位置付けたのに対し、アムウェイは44カ国中42位と全く異なる結果となっている。BAVコンサルティングの調査が「対外貿易の大きさ」「海外とのコネクション」「学歴の高さ」「企業家数」などを中心としており、総じて先進国に有利な内容となっている。

一方でアムウェイのものは2018年の調査で18歳から29歳へのアンケート調査となっており、実際に「日本の若者が他国に比較して起業しようとしない」傾向を示している。これは単に1年だけの結果ではない。2017年は45カ国中最下位となっている。日本の若者たちは「自分たちで起業しよう」とは考えていないことが、アムウェイの調査からわかる。

次に国際競争力調査で最下位となった「国際経験」である。2018年12月に行われた内閣府調査の結果が発表された。米国、ドイツ、韓国など7カ国の若者へのヒヤリング調査によると、日本の若者の留学希望は32.3%で7カ国中最低であった。韓国が65.7%と最も高く、次に米国の65.4%が続いた。実際にこの4年間私が毎年夏に行っているヨーロッパ旅行で、韓国人の若者たちには頻繁に会うが、日本人の若者には全くと言っていいほど出会わない。驚くことに韓国人の若者たちは、1人で旅行している人が多い。女子の一人旅もいっぱいいる。これに対して、ヨーロッパで見る日本人旅行者は、ツアーガイドに先導された年配の人たちのパック旅行が大半である。これでは「国際経験」は養えない。

「起業の意思決定の機敏性」については、思いあたるふしがある。バンコック銀行が業務提携している日本の大手コンサルティング会社、船井総合研究所で開いた話である。

船井総研が「日本で行う日本人向けセミナー」と「中国・上海で行う中国人向けセミナー」では、聴衆の反応が全く違うという。上海でのセミナーでは「聴衆がパソコンでセミナー内容を会社に報告するとともに、時として聴衆がその場で会社に電話をしてすぐに指示を出す」のだそうである。人に先がけて行動を起こせば、それだけ成功の機会は増える。ところが日本の会社の場合は、セミナー内容を本部に報告し、更に会議を重ねて実行を移す。下手をすると1年がかりの作業となってしまう。

別の事例を紹介したい。これは銀座の一流日本食料理屋で聞いた話である。カウンターにいた中国人顧客は、供される料理の一つ一つの食材の産地と購入先を聞き、それを熱心に携帯電話に打ち込んでいた。翌日、その日本食料理店のオーナー兼シェフが築地に行ったところ、それらの食材は前日にその客が産地を聞いていた数十分後には、大量の購入注文が入り、翌日には手に入らなかったそうである。この中国人はまさに「機を見るに敏」な商売をしているのである。

最後に「ビッグデータの活用」である。米国のIT専門の調査会社であるInternational Data Corporation社の2016年10月のレポートによると、「世界のビッグデータ市場は2020年に2030億ドルになる見込みであるが、日本のシェアは世界全体の1.5%にとどまる。」という。同社は毎年こうしたレポートを更新しているが、調査結果についてはあまり変化がなく、日本のシェアも1.5%のままである。

ここまで見てくると、日本の国際競争力の低下の要因は単に「日本の経営者の危機感の表れ」だけで済まされる事態でないことはおわかりいただけるであろう。

不動産、観光、商業……タイより見劣りする日本

更に別のやり方で、日本国際競争力の低下を検証してみたい。それが日本とタイの比較である。私は個人的には現在の日本の国際競争力が、タイに負けているとは思わない。タイの国内総生産(GDP)額はまだ日本の1/10であり、1人当たりのGDPは日本の1/6である。バンコクの街中はほぼ日本の自動車で独占され、工業団地の入居企業も日本の企業が大半を占めている。ところが、この国際競争力比較をタイからバンコクに置きかえてみると、日本の優位性に疑問が出てくる。

まずは不動産市場から見てみよう。2018年の東京23区内のマンション価格とバンコク都市部のマンション価格を1坪あたりに引きなおすと、3700万円と3400万円でほぼ遜色(そんしょく)ない。わずかに東京が勝っている。しかし東京23区のマンションの平均の大きさは58㎡である。バンコク都市部のマンションの平均坪数がわからないが「100㎡以下の小規模マンションの契約率は悪い」(バンコクポスト)と書かれている通り、バンコクのマンションは100㎡以上のマンションが一般的である。

こう考えるとバンコクのマンションは普通に「億ション」が売られていることになる。これら「億ション」の契約率が2018年中ごろまでは96%もあった。バンコクに住む日本人の感覚から言うと、バンコクのマンションの方が日本のマンションよりはるかに高くなった気がするのである。またこうしたマンションを購入、投資しようというタイ人の意欲も、日本に比べはるかに強い。

観光業は明らかにタイが日本より優位にある産業である。2018年の訪日観光客数3119万人に対し、訪タイ観光客数は3828万人と20%強、タイが上回っている。バンコクに住むタイ人はデパートの店員、レストランのウェーターなども普通に英語で対応する。またタイの上流階級の大半の人は、流暢に英語を使いこなす。ホテルも超高級ホテルからバックパッカー用のモーテルまで幅広く存在する。バンコクにあるマンダリン・オリエンタルホテルは「世界一のホテル」の名誉に何度か輝いている。

商業もタイの勢いはすさまじい。タイで最も来客数を誇る「サイアムパラゴン」は50万㎡の面積を持つ。これは東京ドームの10倍。新宿にある伊勢丹、高島屋、三越、小田急、京王デパートの総床面積を合わせても21万㎡であり、この2倍以上の大きさである。また2018年11月には、このサイアムパラゴンの1.5倍の大きさを持つ「アイコンサイアム」という商業施設もオープンした。売場面積だけでなく、店舗数、ブランド数、商品数でも日本のデパートと比較しても桁違いに多い。とにかく少しでも商機がありそうなら積極的に投資を行う。

企画面でも素早い。タイを含む東南アジアでは「緑茶」のペットボトルが一般的に飲まれるようになったが、この「緑茶」には砂糖が入っており甘い。この砂糖入り緑茶を積極的に海外展開したのが「oishi」というタイの食品メーカーである。もともと日本発の「緑茶」であったが、今やその「緑茶」ペットボトルの売上では「oishi」が断トツである、と業界関係者から聞いた。またカンボジア、ラオス、ミャンマーなどタイの近隣諸国に行ってみると、タイ製品であふれかえっている。もともと日本の技術をもとに開発したタイの商品がアセアン諸国の中に浸透している姿を見ても、残念ながら「日本の国際競争力低下」を感じざるを得ないのである。

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