п»ї ノイズ打ち消す乱暴な解散総選挙『ジャーナリスティックなやさしい未来』第31回 | ニュース屋台村

ノイズ打ち消す乱暴な解散総選挙
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第31回

11月 21日 2014年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

仙台市出身。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP(東京)、トリトングローブ株式会社(仙台)設立。東日本大震災直後から被災者と支援者を結ぶ活動「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。企業や人を活性化するプログラム「心技体アカデミー」主宰として、人や企業の生きがい、働きがいを提供している。

◆財務省抑える戦略

安倍晋三首相が18日、衆議院解散に踏み切った。メディアは「大義なき解散」と表現するが、私は、本稿23回で指摘した安倍首相の気質とその行動特性から考えて、あくなき強者への道を突き進もうとする欲求と、その底辺には「自分は弱者である」という強いコンプレックスによる意識的な決断であり、今回は「消費税増税先送り」に反発する財務官僚との戦いも見え隠れする。

前回の選挙で大勝し、国民を味方につけた安倍首相は、次は予算を牛耳る財務省との戦いを、「増税先送り」をイシューとして国民の声を得票という形で集め、財務省を抑える戦略である。自分が弱い存在、であることがわかっているからこそ、強気に出る勝負であるが、国民はわけのわからないまま「増税は困る」と賛成し、その結果、自民党が強靭(きょうじん)な力を持ち、その力は原発再稼働や沖縄基地問題など他の政策でも発揮されてしまうことになる。

一応「大義」はある。しかし、危険な選挙である。国民が考える時間もあまりにも少ない。まともな議論も討論もないまま、消費税10パーセントの拒否感だけで、判断してしまうのは、約700億円の税金がかかる衆議院選挙の費用対効果として納得できるものではない。

この予算は、民主主義の重要な構成要素であるプロセス並びに手続きであることが尊重されて形状されるべきなのに、今回の解散に至る経緯を見ると、野党の足並みがそろわないうちに選挙をする思惑も見えて、正々堂々と議論をし、理解を得る、という態度がまったくない。

解散、そして選挙は、国民が国会議員に立法権を付託する権利を与えるために政策を考える、というプロセスでもあるはずなのに、安倍首相はあらたな力を得るための手段としか見ていないような印象だ。この行動をコミュニケーション論の側面から指摘したい。

◆ノイズ厳禁の速攻

コミュニケーションを理解する上で古典であり、基本とされるのが、米数学者クロード・シャノンと米科学者ウォーレン・ウィーヴァーの「シャノン-ウィーヴァーの情報理論」(1949年)のSMCRモデルである。つまりコミュニケーションを成立させるには、送り手(Source)、メッセージ(Message)、チャンネル(Channel)、受け手(Receiver)が必要であり、送り手と受け手の間では必ずノイズが発生するという考え方である。

これは、電信技術など科学的なデバイス(装置)においては、メッセージを伝える際に発生する抵抗がノイズとなる。そして、人と人との対話においては、知識の差、言語の違いがノイズであり、五感では、別の音・騒音(聴覚)、送り手の受け入れられない格好・様相(視覚)、自分の内面で言うと、自我や思い込み、となる。ここから、ノイズの正体を理解することで、円滑でストレスのないコミュニケーションが可能になる、というノイズとコミュニケーション関係の構造も理解できる。

このノイズ。フランスの科学哲学者ミシェル・セールは「(ノイズは)形式化できない非―知である」とし、「言葉も概念もない世界に踏み込んでいくことが新たな知を構成する創造性につながる」と指摘した。

彼の唱えたパラジット理論(パラジットはフランス語でノイズ)は、逆説的に言えば「ノイズの存在こそが豊穣(ほうじょう)な思考の道を開く」と言う。現代人の日々の悩みは、多くが対人関係であり、突き詰めればノイズが思考や心を支配してしまっている。これを乗り越える力こそが知恵であろう。

ノイズという試練、知恵という希望の中で私たちは一喜一憂している存在かもしれない。しかし、時にはこのノイズを根こそぎブルドーザーで消してしまえという行動がある。簡単に言えば、話し合いの解決を面倒臭がってお金で解決する方法だったり(時と場合によってはそれが解決策になることも否定はしない)、政治で言えば、一方的な論理による選挙だったりする。今回の師走選挙のような、国民が考える時間を与えられずに、言わば「ノイズ厳禁」と言わんばかりの速攻選挙である。

◆あらたな知に向けて

シリアやイラクを中心に勢力を拡大するイスラム教過激派組織「イスラム国」が支配下の人々を戒律で縛り、自由な行動を制限するのは、ノイズ撲滅の行動である。

ナチスによるユダヤ人迫害もそうだった。ノイズは必ず社会に必ず存在する。そのノイズに丁寧に向き合ってこそ成熟な民主的な社会である。消費税増税の先送り、沖縄の基地移設、集団的自衛権、秘密保護法や原発再稼働――。安倍政権が進めようとする政策には、ノイズがつきまとうが、それぞれ違うノイズである。

今回は財務官僚のノイズを国民のために打ち消す、という思惑に正義感が突き動かされているかもしれないが、ノイズはそれだけではないし、安倍政権が「ノイズ」とするものも、「ノイズ」側からすれば、安倍政権が「平和を脅かすノイズ」だとも言える。

選挙を仕掛け、そして勝利した後に得るのは、政策を進める権利であって、ノイズを打ち消す大鉈(おおなた)を与えたわけではない。私たちの社会は、あらたな知を創造するためのコミュニケーションの挑戦の数々が重層して成り立っているはずである。

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