п»ї 米トランプ「国境税」への反発と困惑 『国際派会計士の独り言』第14回 | ニュース屋台村

米トランプ「国境税」への反発と困惑
『国際派会計士の独り言』第14回

2月 02日 2017年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

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オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

世界中どこからでもメールや携帯がつながり、そして、欧米の先進国が自由主義と民主主義をリードしていく、そんな社会にいることを当然のものと受け止めていました。また、自分たちを取り巻く世の中はヒト・モノ・カネそしてサービスが国境を越えてボーダーレスでつながり、地域連携はさらに深化するなど、これからも世界は一体化に向かっていくのだと漠然と思っていました。しかし今、その流れの先行きが不透明になってきました。

◆地域経済連携の危機

10年くらい前に読んだ、米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマンがグローバル化した世界を分析した『フラット化する世界』(日本経済新聞社、2006年)でも、通信手段やインターネット含めITによる技術革新が進み、サプライチェーン見直しやオフショアリングなど経営モデルが変革されて地球がフラット化されているという現象を指摘していました。

地域経済連携では、例えば、ヨーロッパでの欧州連合(EU)、北アメリカでの北米自由貿易協定(NAFTA)、東南アジアでのアセアン経済共同体(AEC)、そしてアジア太平洋の国々をつなぐ環太平洋経済連携協定(TPP)、それぞれが今まで、または今後の世界経済の核の一部分として見なされていました。

その地域経済連携の多くが大きな岐路に立たされています。Brexit(英国のEU離脱問題)に象徴され次に続く加盟国の脱退が不安視されるEUの危機、トランプ米大統領が離脱を表明し日本の対応が問われるTPPの存続可能性、そしてトランプ大統領が就任以来一連の大統領令が出されその中にメキシコとの国境に壁を築きそのコストをメキシコに負担させるという要求を突きつけた米国の加盟するNAFTAの動揺がありました。

数兆円になるともいわれる建設コストをいかにしてメキシコに負担させるかについては、いまだ不透明です。トランプ大統領は就任前にドイツ紙ビルトとのインタビューで、独自動車大手BMWがメキシコの新工場で生産を計画する米国向け自動車に35%の国境税を課すと発言していました。しかし、メキシコ政府がコスト支払いは当然受け入れられないと反発する中で、ホワイトハウスのスパイサー報道官は最近の会見で、メキシコからの輸入品について20%の税金を課すことでコスト回収を図るとしています。

◆「国境税調整」は落としどころになるか

筆者は米国税制の専門家ではないので十分な検討ができる立場ではありませんが、この議論が1月末時点で混乱しているようなので、自分なりの解釈を加えてみました。

トランプ政権の考える20%の税金で、まず考えられるのは、輸入品に課税される税金、関税です。これは他の方法に比べて簡便ですが、基本的にその納税義務者は輸入者であり、結局は米国の消費者にそのまま転嫁されてしまう可能性のあるという点では、メキシコに全額負担させるという論理と違っていて納得させることができるとは思えません。また、両国が締結するNAFTA協定違反となるでしょうし、世界の自由貿易の旗振り役である世界貿易機関(WTO)の協定違反となるだろうと報道されています。メキシコはNAFTA締結国であるとともにWTOの加盟国です。このため、最恵国待遇の協定違反で米国に対するWTOへの提訴もありうるし、それらへの過剰反応としての米国のWTO脱退も可能性がゼロではないのだと思います。

トランプ大統領がコメントした「国境税」の真のイメージはまだはっきりとはわかりません。トランプ氏は、昨年6月に発表された共和党提案の「国境税調整」(Border Tax Adjustment)について米紙ウォール・ストリート・ ジャーナル(1月17日付)とのインタビューで、「複雑すぎる」と言及しています。国境税調整は、輸入品に対して同種の国内産品に課されている間接税を課し、自国産品の輸出に対して国内間接税相当分を払い戻すことが可能となる制度で、共和党主流派のライアン下院議長らが推しています。大統領側が歩み寄りを見せているとの米国での一部報道もあり、また、スパイサー報道官の最近のメキシコ国境に築く壁のコスト発言を考えれば、可能性としては結局、共和党の提案していた国境税調整またはそれに準じたものが出てくるのかもしれません。

米国のシンクタンク「Tax Foundation」 によれば、国境税調整は経済と企業活動のグローバル化に対応したものと言え、全世界で発生した所得に対して課税をするという米国の従来の「全世界所得課税原則」ではなく、間接税に多くみられる仕向け地課税原則(Destination Principle)をとっていて、法人所得税を抜本的に変えるものといえます。付加価値税(VAT)とは一線を画すものの原則として欧州のVATや日本の消費税にコンセプトが似ており、国内取引のみについて課税をするというものです。同様に、海外で生産して輸入、つまり輸入取引についても課税対象です。反対に、仕向け地、つまり最終の消費地が課税の場所となるということで、国内で生産されても米国からの輸出、つまり輸出取引については課税対象とはならないこととなります。

「Tax Foundation」の発表によると、共和党の提案する国境税調整の骨子は以下の通りです。

1 法人税率は20%に引き下げ

2 企業は減価償却をする必要はなく、取得時に全額経費算入

3 海外で稼得した所得については税金の対象とならない

4 企業の支払利息は損金算入できない

5 企業の法人所得税は国境調整される

米国の大手企業の多くは海外での販売だけでなく、市場原理に基づいて低コストやマーケットアクセスを考慮して世界各地で生産を行う一方、研究開発などでもグローバルベースで展開していて、例えば一つの所得の源泉地を特定し課税するのは難しくなっていると言えます。そういう状況を考えれば、共和党は、課税がよりシンプルなこの国境税調整は、企業がグローバル化して国際的な節税対策が進みすぎ自国に還流せず海外に留保された利益が積み上がっているともいえる今の米国には合っている法人税制だと考えたのかもしれません。

今のところ、口先とツイッターを使った「指先政策」をとるトランプ政権が今後どういう形で国境税を導入してくるのか、確かなことはわかりません。しかし、社会秩序がゆがんでしまったり、世界景気に影を落としたりするような判断だけはぜひ、避けてもらいたいと思っています。

※「ニュース屋台村」 関連記事は以下の通り
第10回 トランプ次期政権下で気になる米国の税制改革
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第6回 多国籍企業を取り巻く国際税務の混迷
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