北川祥一(きたがわ・しょういち)
北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国・アジア国際法務分野を専門的に取り扱う法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大手企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。アジア地域の国際ビジネス案件対応を強みの一つとし、国内企業法務、法律顧問業務及び一般民事案件などを幅広くサポート。また、デジタル遺産、デジタルマーケティング等を含めたIT関連法務分野にも注力している。著書に『Q&Aデジタルマーケティングの法律実務』(日本加除出版、2021年)、『デジタル遺産の法律実務Q&A』(日本加除出版、2020年)、『即実践!! 電子契約』(共著、日本加除出版、2020年)、『デジタル法務の実務Q&A』(共著、日本加除出版、2018年)。講演として「IT時代の紛争管理・労務管理と予防」(2017年)、「デジタル遺産と関連法律実務」(2021年、2022年、2024年、2025年)などがある。
1 「WEBサイトM&A」
現在の企業活動においてWEBサイトを利用したマーケティング、ブランディング、販売などは必須の要素となっているといえます。
その中で、WEBサイトを新たに立ち上げ多くのページビューを獲得し、ビジネスにおいて効果的なレベルまで成長させるには、かなりの期間、費用、労力などが必要となります。それら期間、費用、労力などを省き、素早くビジネスに適したWEBサイトを獲得し運営するには、既存のWEBサイトを買収することが検討されます。
「WEBサイトM&A」ともいわれ、それらM&Aを仲介するWEBサイトも存在します。WEBサイトの中でもアフィリエイトブログなども取引されているところです。
数十万~数百万円という価格帯での取引が多いものと思われますが、ときには6億円を超える価格で譲渡がなされた事例なども発生しており、話題となることがあります。
2 「WEBサイトM&A」の注意点
(1)譲渡対象・譲渡権利の明確化
WEBサイトにはコンテンツ、登録ドメイン、運営ノウハウ、運営上の契約関係など多数の要素・権利が関係しています。
画像、デザイン、動画、文章などについて必ずしも当該WEBサイトの権利保有者が著作権を有しているわけではなく、第三者である著作者から使用許諾を得ているだけである可能性もあります。
そのような場合には、その使用許諾に関する契約・権利関係について、WEBサイトM&Aの対象として含まれているか、継続・承継されるかなどの確認が必要となります。
登録ドメイン名に関する権利の譲渡の有無・可否、登録移転手続の確認も重要となります。
運営ノウハウについて引き継ぐことも想定されますが、それらが当該M&A対象とするかの確認・判断が必要となるでしょう。また、単にマニュアル書面の引き継ぎのみでは実際の運営が難しいことも少なくなく、M&A実行後の一定期間の売り主からの指導に関する取り決めなどを明確化しても良いでしょう。
このようにWEBサイトの構成要素及び運営に必要となる要素は多く存在するため、売買時には当該譲渡契約において何がどこまで譲渡対象として含まれ、それについての価格設定である点を明確化する必要があるといえます。
ところでWEBサイトを構成するコンテンツはデジタルデータですが、実はデジタルデータに対する法的権利については現行法上不透明な部分があります。
無体物であるデジタルデータは民法上の「所有権」の対象となっていないと一般的には解されるのが現状です(※1)。このようなデジタルデータに対する法的権利の不透明性は、WEBサイトM&Aにおける譲渡対象・譲渡権利の明確化の複雑性の一因ともなっていると考えられます。
(2)WEBサイトコンテンツの権利関係の確認
WEBサイト内の画像、動画、文章などのコンテンツについて全てWEBサイトオーナーの制作により著作権も全てWEBサイトオーナーが保有していることはむしろ少ないといえるかもしれません。
WEBサイト内のコンテンツについてWEBサイトオーナー以外の第三者の著作権などの権利が存在する場合には、当該第三者が権利を保有する画像、動画、文章などの著作物について使用許諾を得ているという状態が予測されます。
その他、それらについてWEBサイトオーナーと著作権者間で取り決めがない、曖昧(あいまい)な取り決めしかないという状態も実態としてはあり得ます。
そのような場合には、買い主としては、WEBサイトM&Aの前に、売り主において、それら全ての著作権などの権利の譲受や、使用許諾に関する契約を引き継ぐことが可能となる手配を義務化するなど権利関係のクリーン化を行う必要があります。
(3)広告契約の処理
売買の対象となるようなWEBサイトにおいては、アフィリエイトなどの広告収入がある場合が多く、WEBサイトM&Aにあたっては、当該広告主又はASP(アフィリエイト・サービス・プロバイダー)などとの間の契約について適切な処理が必要となります。
それら広告関連契約は、元々は売り主と広告主又はASPなどとの間の契約関係となりますので、買い主と広告主又はASPなどとの間で従前同様の条件などでの契約が可能であるかの確認や、移行の段取りが必要となります。
そもそもWEBサイトの売買の目的として従前の収益性の確保を重要点とする売買は多いと考えられるため、しっかりとした確認が重要となるでしょう。
(4)個人情報の問題
ECサイトの会員情報などウェブサイトには個人情報が含まれていることも少なくありません。ウェブサイトの売買に伴って会員情報などの個人情報の引き継ぎも必要となる場合には、個人情報保護法の規制にも対応する必要があります。
(5)競業避止の観点
WEBサイトM&Aにおいて、売り主は対象となるWEBサイトを制作しその事業を運用していたところですから、同じようなWEBサイトを制作し事業を運営するノウハウを持っているといえます。
このような状況の中で、WEBサイトM&Aの後に、売り主が売買対象となるWEBサイトと同様のWEBサイトを再度制作しその事業を運営してしまっては、買い主にとって損害となり得るところでしょう。
そこで、買い主としては、売り主に対し、売買対象と同様のWEBサイトの制作・運営、売買対象ウェブサイトと同様の事業を行うことを禁止することが検討されます。
譲渡契約において売り主に競業避止を義務付ける条項を規定するなどの対応が考えられるところです。
以上に挙げた注意点の他にも、アップデートが前提とされるWEBサイトにおけるアップデートやコンテンツ作成・運営の外注関係の契約引き継ぎの問題や、構成されるWEBサイトの各コンテンツとして構成されるデジタルデータについてそもそもいかなる法的権利が移転するのかなどの問題など、一言にWEBサイトM&Aといっても、実は単に売ります・買いますでは済まされない様々な法的観点からの注意点とそれらの検討の必要性があるのです。
(※1)デジタルデータに関する法的権利の性質等については以下の記事もご参照
第9回 「デジタル遺産の法的問題」(2020年8月5日付)https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-3/
関連書籍:『Q&Aデジタルマーケティングの法律実務~押さえておくべき先端分野の留意点とリスク対策~』(拙著、2021年刊、日本加除出版)
※本稿は、私見が含まれており、また、実際の取引・具体的案件などに対する助言を目的とするものではありません。実際の取引・具体的案件の実行などに際しては、必ず個別具体的事情を基に専門家への相談などを行う必要がある点にはご注意ください。
※『企業法務弁護士による最先端法律事情』過去の関連記事は以下の通り
第20回SNS・ブログ・動画各クリエーターは注意!!【著作物の写り込み】と著作権の法律問題
https://www.newsyataimura.com/kitagawa-15/
第19回コンテンツクリエーターが注意すべき【生成AI】利用の法的問題
https://www.newsyataimura.com/kitagawa-14/
第18回「近時話題の【デジタルフォレンジック】とは?―どんな場面で使える?」(2025年4月22日付)
https://www.newsyataimura.com/kitagawa-13/#more-22236
第17回「【WEBサイト、ブログ、SNS】での法的に適切な『引用』とは?」(2025年4月7日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-12/
第16回「『デジタル遺産』となり得るNFT②近時の動向アップデート」(2025年1月22日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-11/#more-22039
第15回「分散型自律組織(DAO)の法律問題概要」(2023年11月13日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-10/#more-14341
第14回「メタバース内の不動産も『デジタル遺産』になる?」(2023年4月19日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-9/
第13回「『デジタル遺産』に気づかず遺産分割協議をしたら?」(2022年12月14日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-8/
第12回「『デジタル遺産』となり得るNFT」(2022年6月6日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-7/#more-13019
第11回「IT大手企業の『デジタル遺産』機能の追加から考えるデジタル遺産問題」(2021年11月22日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-6/#more-12614
第10回「アフィリエイト広告の法律問題」(2021年5月3日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-5/
第9回 「デジタル遺産の法的問題」(2020年8月5日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-3/
第8回 「社内不正調査などにおける会社管理メールの調査の法的問題」(2019年12月23日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-2/
第7回「近時のデータ保護規制、中国インターネット安全法関連法規」(2018年10月24日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa/#more-7804
第6回「近時のデータ保護規制、中国インターネット安全法関連法」(2018年3月27日付)
https://www.newsyatAImura.com/kitagawa-4/#more-7297
第5回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その5)」(2017年4月14日付)
http://www.newsyatAImura.com/?p=6527#more-6527
第4回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その4)」(2016年6月3日付)
http://www.newsyatAImura.com/?p=5556
第3回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その3)」(2016年2月19日付)
http://www.newsyatAImura.com/?p=5173#more-5173
第2回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その2)」(2016年1月15日付)
http://www.newsyatAImura.com/?p=5063#more-5063
第1回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?」(2015年12月11日付)
http://www.newsyatAImura.com/?p=4960#more-4960











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